今私は地下坑道に通じる階段があるという小屋に来ている。
一見、中に何もない小屋だが、目を凝らしてみると床に少し出っ張りがあり、引っぺがしてやると地面に打ち付けられた木製の扉が出てきた。扉は所々穴が空いており、埃やカビが酷かったがある方向だけ濡れ雑巾で掃除されたかのように綺麗だった。
──方角は北。その先はミシェスさんの家、なるほどね。
──人気のない時間を見計らって毎晩プチはここから湧き出していた、って訳かな。
流石に小柄な私でもこの穴は通ることができない。大人しく扉に備え付けられた小さな鍵を開け、そのまま扉を開く。
「っ...こほっけほっ...」
瞬間、噴き出した埃が辺りに舞い、むせ返る。
埃臭さにカビ臭さ。この地下坑道が長らく使われていないのは瞭然だった。
──うっ...扉の状態からある程度は覚悟していたけど、まさかここまでとは...
予想を超える酷さにたじろきながらも、私は意を決して埃の渦へと飛び込んだ。
──────
降る階段はそう長くはなく、階段の先から洩れた日の光が地面に淡く照らす程度には浅い。私は腰に吊るしたランタンに威力を加減したファイアボルトを放ち、薄暗い辺りを照らした。
まずは広間に着いたようだ。天井、床、壁は荒い岩肌がむき出しだが、軽く小突いてみたものの堅く、今すぐ崩れるという事はなさそうだ。正面には扉があり、辺りには放置されたツルハシや鉱石を積んだ皮袋が散乱している。まだプチの姿は見当たらない。
私は扉を開け、もはや明かりなしでは見渡せない暗い通路をランタンで照らした。左手には扉があり、前には長い通路があり。プチの姿は──いた。
プチ。表面がつるつるすべすべで弾力がある謎の生き物。可愛げのある見た目に反して凶暴であり、戦闘能力のない子供や家畜が襲われ食われるなどいった事件も起こっている。
通路の先にいるプチはまだこちらに気付いていないようだ。私は先んじて魔法記憶から魔法の矢の術式を引き出し詠唱し──
──このくらいの魔法なら、声に出すまでもない。
私は詠唱を音にせず口の中だけで終え、その直後、空間に異常が現れる。
それは束ねられた魔力の奔流。私に内在する
その矢は暗い通路の中、私とプチを直線で結び、プチの身体を容易く引き裂いた。
──おおっ!プチが一撃で!
──この身体に湧き上がる魔力!不死者と化して昔の自分より確実に強くなってる!
心で小躍りしながら警戒は怠らず、まずは左手に見えた扉を開ける。
かつての生活感溢れる小部屋の中には、数匹のプチと赤いプチ──ベスプチだった。
ベスとは2という意味で、見た目こそ赤いが基本的にはプチとは変わらない。しかし赤く希少であるということもあり、通常のプチより戦闘能力が高いらしい。新聞のプチ格闘場コーナーに書いてあった。
ただそんなベスプチだろうと所詮有象無象であり──
「アイスボール!」
極冷気と暴風が小部屋の中で発生し、そのまま爆ぜる。
暴力的な強風の中で叩きつけられ凍るプチ達は、出来の良い氷のオブジェとなり、そのまま壁に打ちつけられきらきらと砕け散った。
──うん!これなら依頼なんてパパっと終わらせられる!
意気揚々と引き返し先の通路を直進する。
途中プチが数匹いたが、全て魔法の矢で引き裂き倒した。そんな中、一欠片だけ状態の良いまとまったプチの破片があった。
──プチの...肉?実?はお肌に良いとは言うけれど...
──これ、本当に食べられるのかなぁ。
頭では一度思い留まれと言うけれど、一度感じた期待は止められない。
不死者となって、生存の為の食事は必要ないが、肉体の維持という意味では必要だ。食べなければ痩せ細って、ただでさえ非力な私がもっと非力になってしまう。一度は死なせてしまったこの身体、出来る限り大事にしたい。外見的には血の気があまりなくなってしまった肌だが、きちんと今血は通っているのだから。
周囲を警戒し何も危険がない事をよく確認して、私はそのすべすべしたプチの欠片を手に取りかぶりついた。
辺り無音の中、自分の咀嚼音だけが頭に木霊する。
──......無味?
なんだか小麦粉を水に溶いてそのまま飲んでいるような気分。
──これで本当にお肌つるつるになるのかなぁ...
──でも、あのもちもちのプチと同じ成分を取っているならきっとなるはず!そう信じよう!
私は微妙な虚無感から目を背けながら、その場を後にした。
──────
再び左手にあった扉、そこは武器庫だった。その内部にいたプチ達も同じくアイスボールで凍らせ、引き返し直進の扉を開ける。
ただただ細い道。人一人程度の細く長い道があった。その中にプチ達は所狭しとひしめいており──
──こんな場所で効果的な魔法は──
「ライトニングボルト!」
直進する不可避の雷が放たれ、直線状にいたプチ達を等しく黒に焼いた。
プチ達の焦げた臭いを背に歩く。
すると変な臭いが前方から立ち込めてきた。
それは酢を濃く煮詰めたような臭いで、余りの臭気に吐き気を催しむせてしまう。
「うっ...っけほっ」
その瞬間には、正面からは目を背けていたから気が付かなかった。臭いは強く、さらに強く。
涙目になりながら前を見る。すると目の前には青い液体の怪物がびちゃびちゃと音を鳴らしながらすぐそばへと近づいて来ていた。
「ひっ!」
反射的に魔法の矢を放つ。しかしそれは倒れない。そして見てしまう。その怪物が触れたプチの残骸がどろどろに溶けてしまっていることを。
初めて明確な形で覚えた死の恐怖。それは簡単な魔法さえも詠唱できなくなってしまうほどの混乱を与えた。
そして青い液体の怪物──スライムは少し立ち止まったかと思うと震えだし──自分の身体を切り離した。その先は魔法の矢を飛ばそうと私が伸ばしていた右手へ。着弾する。
「ああああ!があああっぐうううっ!!」
焼けるような痛みと、抉り突き刺すような痛み。
今まで経験したことのない、いや経験し得ない痛み。視界が暗くなり激しく点滅する。
受けた右手はどろどろに溶け腕を侵食し、崩れ落ちた断面からは血が溢れ出す。
常人なら失血死する量だが、私は不死者だ。動かす身体がある以上死にはしない。それが精神的に功を奏したのか。
──とにかく、あれから逃げないと...!
瞬間的に戻った理性を総動員させ、英雄の魔法を自分に掛ける。
薄まっていく恐怖と、取り戻される理性。
──あれは、スライム...
──そしてあれは、硫酸だ...!
スライムはああ見えてかなり速い。自分の足では追いつかれまた溶かされてしまうだろう。そう考えた私は──
「テレポート...っ!」
瞬間、空間が歪み、私は空間を跳躍した。
難しいですね