リッチ少女のティリス放浪記   作:メメントロベリア

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夏が終わったと思ったらいつの間にか年が明けて二月でした。


第8話:王都パルミア

「ライトニングボルト!」

 

 放った魔力の稲妻がイークの集団を掠めて焼く。

 

「リナリア!」

「ああ!」

 

 突然の攻撃に混乱したイークの集団にリナリアが飛び込み、すれ違い様に次々と切り付けていく。足が、胴が、腕が、首が。意味を持たない形となって地面に落ちていく。

 一部の個体を正気を取り戻し彼女に殴りかかろうとするが、それらは全て舞踏にも似たステップを前に空を切り即座に長剣に切り伏せられる。

 

──凄い。

 

 その様に思わず息を呑む。彼我の生と死を分かつ状況だというのに、彼女の剣はそれが平静であったかのように淡々とかつ冷静に振るわれる。美しいというこの場に似つかわしくない感想が頭を過ぎるほどに目を奪われ──

 

「危ない!」

「──え」

 

 手を取られ、引き寄せられる。そして聞こえた風切り音。滑って背中が地面に叩きつけられ、目を開けるとすぐ近くにリナリアの顔があった。私の気付いていない敵の攻撃に対して庇ってくれたのだろう。目を配るとやや遠くにイークの射手の姿があった。

 

「大丈夫? まったく、余所見をしてると危ないよ。魔物の出るような状況じゃ常に気を配っていないと」

「ええ、そうね。ありがとう、気を付けるわ」

 

 そのままの姿勢で再びイークの射手と向き合う。相手は直ぐに次の矢を番えようとしている。しかし、次射までならこちらの詠唱の方が早い。

 

「──魔法の矢!」

 

 手を伸ばし、狙いをしっかり意識し見定めて放つ。その先にあるのは射手の弓。放たれた光は弓を弾き飛ばし、その衝撃に小柄なイークの身体は耐えられず大きな隙ができた。

 

「はあああっ!」

 

 その隙を逃すまいとリナリアがイークの射手へ踏み込み、横一文字に両断した。

 

「ふう...この辺りは大体片付いたかな」

「ええ、物質感知をしてみたけれど他に魔物らしい反応は無いわ。これにて依頼達成ね!」

 

 パルミアの掲示板に張り出されていた依頼。市民の一人が自分の所有する土地に魔物が居ついてしまったので、その討伐をお願いしたいとの事だった。今はリナリアと合流して二人でいることから食費や雑費も単純に倍となるため、魔物討伐という多少の危険を顧みても即日で報酬が欲しかった。

 

「まさか、王都に付いてすぐやる事が魔物討伐だとは思わなかったよ...」

「...しょうがないでしょう。気になる魔法書を買っていたら宿に泊まるお金まで無くなってしまったのだし...」

 

 バックパックの中から魔法書を取り出す。先ほどの衝撃で痛んだりしてしまってないかと確認したが大丈夫のようだ。

 

「...蜘蛛の巣の魔法書って、お屋敷の書斎にもあったやつじゃないか。もう読み終わってると思うし同じものを新しく買わなくてもいいと思うけど...」

「いいえ、同じじゃないわ!」

 

 そうして私は巻末を開いて見せる。

 

「ほら、原本が同じでも翻訳者が違うのよ!」

「え...でも原本が同じなら内容も同じだろうし、新しく読み直さなくてもいいんじゃ...」

 

 ひとまず落ち着く為に一つ深呼吸をする。

 

「ふう...いい、リナリア。原本がどうあれ一度誰かに解釈されたものは最早別物なの。国を跨げば、そして大陸を跨げば尚更よ。解釈する者も人である以上環境から影響を受けるわ。文化、主義、思想...そういったものが根底にある以上、それらが違えば解釈は違い、解釈が違えば扱われる主題も変わってくる。結果、同じ大本でも違う側面、内容を見せる...という事よ。分かったかしら?」

「ううーん、そういうものなのかなぁ...」

 

 いまいち納得のいかない顔をするリナリア。今になって思えば、彼女が本を読む所は見たことが無かったと思う。

 

「ならいいわ、今度みっちり教えてあげるから...」

「...なんか上手く丸め込まれそうになったけど、ほどほどにしないと町のすぐ外で野宿するはめになるよ」

「それは...ええと、気を付けるわ」

「ならいいけどさ、主を守る従者としては安全でいて欲しいからね」

 

 辺りを警戒しながら使えそうな武具を回収している最中に異常は起こった。

 

──魔力(マナ)の流れがおかしい。

 

 魔力の流れは普段は空気のように循環するはずだ。そのはずが一定方角に全て流れていってしまっている。

 考えられるのは魔法生物による影響か、それとも魔道具による干渉か。

 

──とりあえず気を付けるように言っておこう。

 

「リナリア──」

「危ないっ!」

 

 リナリアに突き飛ばされ覆いかぶさられる。直後に光と雷のような甲高い轟音が鳴り響く。

 

──一体何が。

 

「あ──」

 

 背後にあった大木にぽっかりと円状の穴が空き、自重に耐えきれず倒壊する。数瞬遅ければ自分もああなっていただろう。束ねられたライトニングボルトにも似た一撃、しかし。

 

──あれは、あれは魔力に拠るものじゃない。

 

 魔法であるならば、術後に魔力の拡散が起きるはずだ。しかし拡散が起きているのは術者とみられる者の周囲のみで、こちらの周囲に影響は及ぼしていない。

 

──あれは、光そのものを高速で撃ち出したかのような。

 

「おや、外したか。私も鈍ったかな」

 

 枝を踏み抜き近づいてくる靴音。テレポートを使いたいがリナリアを残しては飛べない。

 

「そこにいて」

 

 有無を言わさず立ち上がるリナリアは靴音のする方へと飛び──

 

 

 

「ふっ──!」

 

 亜麻色の髪の上から帽子を被り、ロングコートの上からは銃器が収められたベルトが数帯巻かれている。いかにも軍人か傭兵然とした風貌をしていて白い大型の銃のようなものが肩から腰へベルトで吊るされ、両腕で抱えられている。

 その彼女へ、できるだけの力を込めて両手で長剣を振りかぶる。

 

「おやおや、ご挨拶だな。人に向かって急に切りかかってくるなんて」

 

 その斬撃は短く切り詰められた散弾銃(ショットガン)を抜き両手で構えた銃身で防がれる。やわな盾ならば貫く一撃を耐える散弾銃とは普通ではない。手ごたえはある。しかし、一度完全に防がれてしまった以上、次へとも転じにくい。

 

「──神器(アーティファクト)か」

「ご明察。見た所お前の重層篭手(ガントレット)もそうと見た。その筋力、剣が悲鳴を上げているぞ?」

 

──このまま鍔迫っていてもどうにもならないけど。

──ここで退いたら散弾銃の餌食になる。しかもこの距離なら一撃で致命傷だろう。

 

 どうするか思考を巡らせていると。

 

「ふっ」

 

 右手で構え直し大型銃でこちらを突こうとする。即座に斬り払うが散弾銃はこちらを向く。

 空いた左手で散弾銃を弾き飛ばし剣を首筋に──

 

「っ...」

「ははっ、やるな。ローランの剣士か、珍しいな」

 

 腹部に硬く冷たい感触。彼女の手には拳銃(リボルバー)が握られていた。

 だが、彼女はおもむろに構えを解き、大型銃と拳銃をしまう。

 

「やめだやめだ。今回は魔物を撃ちに来たんだ、狙いは人じゃない」

「くっ...なら、どうしてネリネを撃ったんだ!」

「ネリネ...? ああ、あの黒衣の奴は人間だったのか。てっきり洗礼者かリッチか何かだと思ったのだがな...」

「なっ...!」

「勘には自信があったんだがな...ははっ。まあともかく、すまない事をしてしまった。もし町で会ったら何か埋め合わせをしよう」

 

 彼女はその長身と、ベルトが複雑に絡み合うコートを翻し立ち去った。

 

 

 

「リナリア! 大丈夫!?」

 

 傭兵風の女性が去り、取り残されたリナリアへ駆け寄る。特に目立った外傷はなさそうだ。

 

「ああ、うん。大丈夫だよ」

「彼女は一体なんだったのかしら...」

「...彼女はネリネを魔物だと思ったらしい」

「! それは...」

 

 私自身が不死者だと知られてしまったら、この旅どころか国に追われる身分となってしまうかもしれない。

 

「一応勘違いという風で承諾したみたいだけど...彼女には気を付けた方がいい」

「そうね...」

 

───

 

「ふぃいいい~」

 

 宿屋の共同浴場、王都ともなれば宿自体もまた立派でこのような入浴施設もある。湯煙で周りは見えにくいが、一応不死者という身の上の為人の居ない時間帯を選んで入浴している。リナリアはちょっとした用事があると言って町へ出てしまった。

 王都に着けばたっぷり休めると思った道すがら。いざ着いてみたらすぐにこの騒ぎで休まる時間が無かった。明日からはどうしようか、なんて事を考えていると。

 

「ふう...」

 

 がらがらと音を立てて開く戸。聞き覚えのある声。

 背は私よりもずっと高く、リナリアよりも少し高いほど。だが女性的であるかといえばそうだ。最初に見た時の印象よりは幾分か若く見える。少し前まで少女であった面影を残して彼女はそこにいる。帽子の下で短めに纏められていた亜麻色の髪は綺麗に解かれていた。

 

──私を撃った、あの人だ。

 

「ん? おや、先客がいたか。普段この時間帯は人がいないものだから油断していたよ」

 

 どうやらあちらはこちらに気付いてはいないらしい。湯煙と暑さで不死者特有の白い肌が誤魔化せているのも好都合だ。

 

「私も同じ様に思っていたのですが。...もしやお邪魔でしたか?」

「とんでもないさ、今のように突然の出会いという事もある。私は基本的に王都を拠点しているが...君は初めて見るな。旅の者か?」

 

 悟られないように、知らないふりをして話す。

 

「ええ、旅人です。最近になって冒険者手帳を取りましたが、遺跡(ネフィア)もまともに潜った事無いので名目上冒険者でもある、ぐらいです」

「なるほどな。最近になって冒険者が増えてるとは思ったが、君ほどに若い子は初めて見たよ」

 

 彼女はシャワーを浴び終え、浴槽に漬かり私の近くに座る。

 

「...失礼を承知ですが、貴女もあまりお年には見えませんが」

「ははっ、よく言われるよ。まあ、私は前職の都合というのもあってああいう場は長いからな...。しかし冒険者か、大変な時期に冒険者になったものだな」

「何か有ったのですか?」

 

 彼女は少し事を憂うような目線を流しながら。

 

「ああ、今王都は遺跡探索に国を挙げている。遺跡には危険が付き物だ。だが安易に兵士を派遣して、自国の民を犠牲にしたくない...というので白羽の矢が立ったのが私達冒険者という訳さ。多額の報酬と引き換えに死地へ向かわされる...特に王都が最近躍起になっている遺跡は死亡率が非常に高いともっぱら噂だ」

 

「太古より、人を呑み込み続ける未踏の迷宮──レシマスはな」

 

 




久しぶりに書くと難しいですね...

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