真・這いよれ!ニャル子さん 嘲章   作:黒兎可

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※今回、次回は共に霧子(仮)の壮大なバックポーンが明かされる回となります。要は答え合わせ回みたいなものなので、まだ前を見ていないお方は一通り事件収束までをご覧になってからどうぞ


太陰曰く下手な真実

 

 

 

 

 

「あ、どうもどうもです~。ありがとうございます、真尋さん♪」

 

 公園のベンチに座り、にこにこと微笑みながら真尋の手から缶を受け取る――――夢野霧子(仮)。まるで今日一日が何事もなかったかのように楽し気なその様子に、真尋は軽く頭痛を覚える。ただ左腕にとりつけられたSANチェッカーが回転することはなかった。霧子は缶の口を開け、無糖のブラックをちびちびと飲む。猫舌か何かなのだろうか。いや、特にそんな設定はなかったはずだ。単純に気まぐれなのだろう。そしてそんな彼女の口元、うすくも潤を帯びた唇やら舌やらを見た瞬間、真尋は自分の脳天にチョップを入れた。瞬間的に脳内に描かれた映像そのものを否定し忘却するためだったが、そんな彼の様子をちらりと見て、彼女は口元を押さえ、楽しそうだった。

 これにはたまらず、真尋も口を開いた。

 

「……いや、なんでアンタそんな平然としてんだよ」

「平然とはしてませんよ? さすがに北国、昼もそうでしたが夜も寒いですよねぇ。まだ春先だっていうのに……。というわけで、コーヒーが美味しい頃合いなのですよ」

「そういう問題じゃないだろ。オレはなぁ……」

 

「――――なんだったら、こういう私の方が良いかい? 真尋」

 

 とたん、彼女の声は「涼し気な男性」のものになる。異様なまでに落ち着いた声と超然とした微笑み。ほんのわずかな表情の作りの違いでしかないというのに、与える印象は大きく異なり、またその男性の声には言いようのない薄ら寒さを覚える。そんな風にして硬直した真尋を見て、霧子(仮)は再び声を戻して笑った。

 

「そんなに怯えないでくださいよ~。こうして終始、有言実行で真尋さんのことお守りしたじゃないですかぁ」

「それ以前の問題だろっ。大体、ほとんどアンタのせいなんじゃないのか? ――――ニャルラトホテプ」

 

 真尋の言葉に、少しだけ目を見開く霧子(仮)。表情こそ彼女のままであるが、その中はひたすらに闇である。本来白目が見えるところまで含めて黒一色に染まった眼を向けられては、さすがに真尋も現実を直視せざるをえないところだ。ただやはり理不尽なことに、神性らしさを発揮されていない時の方がやはり話しやすくはあるのだ。彼女もそれを察しているのか、すぐキレイな目に戻った。

 ノーデンスから脱出した霧子(仮)と真尋は、そのまま謎の怪生物(真尋はあえて直視を避けていたが、おそらくシャンタク鳥と呼ばれる類の名状しがたい神話生物)に乗ったまま、あっというまに元の家まで帰ってきた。惑星の極から日本までの帰還にわずか十分もかからなかったという事実だけでSANチェッカーが破損しかねないとも思うが、幸か不幸か現実感がなかったせいか、そこでの減少は発生せず。そしていつの間にやら家自体は何事もなかったかのように修復されており、唖然とする彼に霧子(仮)は言った。デートしましょうと。だが時刻はすでに深夜三時を回って、一歩間違えずとも補導される時間帯を過ぎている。しかし当然のように霧子は微笑んだまま。とくに例の結界とやらの中にいるわけでもなく、真尋としては反抗することしかりであったが。

 

「なんだったら、真尋さんが聞きたいことなんでも答えてあげますよ? 私のスリーサイズから、この世の狂気の果てまですべて」

 

 最初のやつ必要ないだろ、と突っ込みを入れども、さすがに真尋も事実を話すというのなら聞いてやろうじゃないか、という心境であった。彼は眼前の相手が、例の這い寄る混沌であることを正確に認識していた。だがそれと同時に、彼女が言った通りに、一応は真尋自身のことを守ったのだということも理解していた。……それが盛大なマッチポンプだろうが何だろうが、それはひとまずおいておいて。一応ではあるが、ニャルラトホテプも物語の後半、謎解きの解答編では饒舌になるときもある。それゆえ、今回の事件もおそらく収束したのだろうという前提で、その話を聞こうと判断した。コンビニでスパゲッティとサンドウィッチ、飲み物の缶を購入。

 真尋から受け取った缶コーヒーを、霧子(仮)はやはりちびちびと飲んでいた。

 

「さて、じゃあ何が知りたいですか? たいがいのことには『SANチェッカーが壊れる直前まで』答えてあげる所存ですけど、話の整理もなしにいきなり衝動のままに質問したりすると、話がこんがらがっちゃいますからね」

「最初からだ最初から。全部。具体的に言えばオレのことと、今回の事件のあらましと、あとアンタについてだ」

「私について?」

「アンタ死んでただろ。オレは、その……」

 

 視線を逸らしながら落ち込んだ様子の真尋に、嗚呼、と納得したように霧子(仮)は微笑んだ。

 

「真尋さん、私が死んじゃったと思って、落ち込んでくれたんですね?」

「…………」

「大丈夫ですよ~、真尋さん。私が何だかご存知ですか? 世界終末のラッパを吹きならす獣、嘲笑う播神、這い寄る混沌ですよ? 殺されたくらいで死ぬわけないじゃないですかぁ」

「そういわれると意味不明ながら納得の理由だが、釈然としねぇ」

 

 気持ちはわかります、と霧子は楽しそうに笑った。わかるんだったら態度を改めろと思いはしたが、所詮は邪神の化身でしかないのだ、そんな彼の思いは無駄どころかちり芥に等しいことだろう。しばらく笑ってから、霧子は指を三つ立てて数える。

 

「では、①私のこと②今回の事件のこと③真尋さんのこと、という順番でお話しますかねぇ。まあ知っての通り、真尋さんの隣にここ二日ほどニコニコ這い寄っていたのは、わたくし、這い寄る混沌ニャルラトホテプに相違ありません。あ、ちなみに夢野霧子っていうのは『幻夢の時計』って本からとりました。あれ、私最後に霧になって逃げてましたからね。名前っぽくすると語感、悪くないかなーと思いまして」

 

 なんともまぁロマンチックさの欠片もない由来である。

 

「まさかいきなり正解を引かれるとは思ってなくて、あのときはびっくりしましたよ~。さすがのアイデア! ですね」

「って、やっぱりアンタ、オレの様子見ながら嘲笑ってたんじゃないのか? 単に」

「いえいえ。真尋さんを守るというのも私の目的でしたし、そのためにけっこう手間をかけて、私も組織に所属してましたから」

「はぁ……? あー、まぁ、なんかの組織から派遣されてるとかいってたか。それはマジだったのか……」

「ええ。星の智慧派ってわかります? よく私を崇め奉ってる組織筆頭に数えられるアレですが。あれ、実は2000年代初頭あたりから分裂しはじめてですね。いわゆる原理主義と革新派みたいな割れ方ですね。ノーデンスの言葉を借りるなら、カトリックとプロテスタントみたいなものです。このSANチェッカーはそのプロテスタント側が作った道具で、真尋さんをお守りするには是非ともほしい! チートアイテムだったので、まぁ、そんなわけで、化身すること早二十数年でしたよ」

 

 無涯博士のときも五年かけたとか言っていたが、この邪神、もしかしてそういう仕込みのようなことは、案外ちゃんと時間をかけてやる相手なのだろうか。いや、わざわざ自分が目指す一瞬、一日かそこら程度のためだけに数十年かけられるその精神性は間違いなく人類のキャパシティを超えたそれなのだろうが。認識のスケールの違いに軽く眩暈を覚える真尋と、ちょっとだけ回転するSANチェッカー。

 

「まあ、あの私の死体は、あっちで海の藻屑と消えているので大した問題ではないんですが。あとできちんと発見されることでしょうし」

「って、そこもそういえば突っ込みたかったぞ。なんでそんな、死んでるのに生きてるんだアンタ」

「そりゃ、あれもこの私も『化身(アバター)』だからですよ」

「わかる言葉で話せ」

「そりゃ、もちろん♪ んー、とはいえど化身の基本的な意味というか、ニュアンスというかは知ってますよね? ノーデンスの場合は、あえて真尋さんと接触するにあたり『人間規模のスケールでの世界の俯瞰の仕方』とかも含めて獲得するために、ああして化身してたような気がしますけど、ともあれあっちは能力を制限されています。なんでだかわかります? ――――本来、化身っていうのは、その神性本体からすれば『夢のようなもの』でしかないからです。目的をもって造り操りはすれど、おおもとの神性すべての認識、人格、能力が反映されない状態で活動する以上、まぁ、ほぉ~ん? って感じなんですよ」

「その擬音から俺は何を理解すればいいんだ……?」

 

 だが理解できないまでもSANチェッカーは回転を続ける。いまだに数字が出ず回転しっぱなしというのがあまりに不気味だが、少なくとも霧子(仮)のことを真尋は多少信用していた。ニャルラトホテプ相手に何をと彼自身思いはすれど、まぁ実際命を助けられているのもあってか、敵対心が思いのほか強くないのも理由の一つか。だからといって目の前の相手が、人類全般に親し気な存在でないことだけは明らかなのだが。

 

「ですが、私は違います。私の化身は基本的に私の身体を『分裂させ』、使用しての変身、原子レベルからの形態変化になりますから。つまりですね、仮想的な人格の作成とか、作成した人格に対してニャルラトホテプが対応して演じる、『変心する』必要があるわけです。そこのところいくと、ニャルラトホテプほどこの宇宙のありとあらゆる知性体を観察してきた存在もいないというわけですね。霧子ちゃんというパーソナルくらいなら、お茶の子さいさいなわけです」

「おもちゃにしてきたの間違いじゃないのか? 観察じゃなくて」

「真尋さん、小学生のころにアルコールランプとか使いませんでしたか? 理科の実験とかで。ライターに火をつけてランプに移す感じの。ニャルラトホテプからすれば、私がやっていることはそれくらいの感覚なんですけどねぇ」

 

 やはり人類と邪神とで、判り合うのは無理があるらしい。やはりわかってはいても胸と頭が痛む真尋である。いくらなんでも初恋の女性が世界崩壊をもくろむ邪悪なる意志を体現した神性であったとか、しかも性別自体存在しない疑惑さえあるとか、あんな良い男の声したラスボス然とした状態でファーストキス奪われたとか、もはやその事実だけをもってしてもSAN値が不定の狂気に落ちるほど削られてしまいそうなところだった。吐き気を催す、とはこういう状況を言うのだろう。だが真尋はそれでもめげずに会話を続けた。

 

「……えっと、つまり、結局アンタはニャルラトホテプ以外の何物でもないってことでいいんだな」

「んー、ちょっとだけニュアンスが。夢野霧子を演じてるニャルラトホテプは夢野霧子以外の何者でもありませんし、それ以上にニャルラトホテプが素を出せばニャルラトホテプそのものだということです」

 

 じゃあ次に移りますか、と霧子(仮)は指を一つ折りたたんだ。

 

「今回の事件についてですが、まぁ、おおむね大きな流れは察してるかと思ってます。真尋さん答え合わせしようかと思いますが、どうです?」

「あー、要するにアレだ。クトゥルフとか、そこら辺の神性とかとディープワンズが精神的な交信とか、そんなことをしようとしたと。そのためには特異点(ポータル)が必要で、オレが狙われた。ノーデンスは、理由わからんがそれを止めようとして。で、その相手の中枢にはニャルラトホテプが当然いると判断していた。だからクトゥグアの化身をつれていっていたが、結局アンタに出し抜かれていた、と」

「うわぉ……。んー、アイデア! すぎて私の話すことがほとんどないんですが……」 

 

 ええー、みたいな、ちょっと引いたような声を上げる霧子(仮)。半眼の真尋に「ち、違うんですよ」となぜか釈明のごとき言い訳をはじめるが、一体何に対する釈明なのかは本人同士わかってはいないに違いない。

 

「いえ違うんですよ。そういうことじゃなくてですね? その、そう! そこまであらましに予想がついているなら、今更真尋さんは何を聞きたいのかなーと」

「事件の根本的原因のところとかがすっぽり抜けてるじゃねぇか。大体、それに対してアンタが結構な年数、仕込みをしてきたっていうのも説明になってないぞ」

「あー、それ言っちゃいます? 言っちゃいますかぁ、……。ええぃ、女は度胸! この名状しがたき夢野霧子のようなもの、誠心誠意解説してあげようじゃありませんか!」

 

 そして双方、深夜のテンションなのか微妙に声のトーンが高いような。大変に近所迷惑であるが、誰一人として公園に人影は現れない。

 

「とはいっても大したことじゃありませんね。ああいう組織の動きっていうのは、めいめいあることだったので。問題はノーデンスに、真尋さんの存在を感づかれることだったので。わざわざ化身まで出してきていた以上、私も適当に対応していたら色々と大変なことになった感じですので」

「ノーデンスが出てくるっていうのは、いつわかったんだ?」

「いやだなぁ真尋さん、そんなの二十数年前からに決まってるじゃないですかぁ」

 

 こいつぶん殴ったほうがいいんじゃないだろうか、とニコニコ顔の霧子(仮)を前に、真尋の脳裏に誘惑めいた衝動が走る。

 

「なんでわかるのか、とか聞かないでくださいよ? 真尋さんからすれば、中空にあった雨粒が、そのまま重力に従って地面に落ちるっていう程度の認識に近いことなので。こればっかりは生物的なスペックの差ですかね」

「認知機能の差ってことか? ……なんだかラプラスの悪魔じみてるな」

 

 いわく、すべてのものに働くエネルギー情報と、それを観測し処理しうるだけの知性が存在しうるならば、おおよそその知性にとっては世の中のすべては完全に予想することができるだろう、という感じのことらしい。俗にラプラスの悪魔と呼ばれる物理学の超越概念である。真尋のそんなセリフを受けて、霧子は胸を張った。

 

「そりゃ、一応これでも神ですし」

 

 まぁ確かに、ニャルラトホテプレベルであればそれも可能だと言い切られてしまえばそれまでである。少なくとも、真尋は彼女が本来持ちうる価値観や概念、スケール感を全く感じ取ることが出来ないのだから。逆に彼女が真尋たちに合わせることができるのは、いわば「大は小を兼ねる」という理屈だろう。GBAでGBのソフトが遊べたり、あるいは初期型DSでGBAのソフトが遊べたり、NewDSでDSのソフトが遊べたりと言ったレベルの話だ。

 

「まあおおよそ二十数年前に今日、というかさっきまでの簡単な展開の予想が立ったので、これはまずいなぁと。せっかく『準備してきていた』真尋さんをみすみす殺されるのも面倒だったので、まあ、画策したわけです。『私』に変身して例の組織に出入りして。でだんだんと条件が確定していったので、十年くらい前にクー子(ヽヽヽ)に私が燃え散らされるイメージも予想が立ったから、無涯博士も狂気の世界に引き入れて、行動を起こしそうな場所に接触させましたし。いやぁ、『論文に化身(アバター)した』のは久々で、案外大変でしたよー」

「もはや俺には、その化身っていう概念がわけわからなくなってきてるんだが……。っていうか、クー子?」

「クトゥグアの女の子バージョン、ってことで、略してクー子」

「安直……」

「あら、では御大のごとき品詞ごてごての解説文じみた名称の方がよかったですか?」

「いや、それもそれで面倒だからいい」

 

 既に眼前の相手自体、霧子(仮)だの霧子だったものだの散々に内心で形容してる真尋のセリフである。と、そんなことを知ってか知らずか、霧子は「しかし中々真尋さんもたくましくなりましたねぇ」と嬉しそうに笑った。

 

「何がだ?」

「いえね? だって、今真尋さんと話してるのって、這い寄る混沌ですよ? 私のした所業、しうる所業、絶対知ってるじゃないですか。御大の原作読者な訳ですし」

「それは……」

「ま、あんまり興味ないんで別に問い正したりすることでもないんですけどね~。じゃ、三つ目の疑問、真尋さんについてですね」 

 

 真尋の内心を知ってか知らずか、霧子(仮)は軽い調子で話を続け。

 

 

 

 

「ノーデンスもいってましたが、真尋さん――――あなたは特異点でありますが、それ以上に。私が13世紀くらいかけて作り上げた、死者の書(アル・アジフ)の原本。現代において唯一といえるでしょう、一切の欠損なき、完全な魔導書です」

 

 

 

 ここにきて、真尋のSANチェッカーは再び回転数が爆発的に跳ね上がった。

 

 

 

 

 

 

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