真・這いよれ!ニャル子さん 嘲章   作:黒兎可

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「全世界が君の敵だ。どこまで逃げられるかなぁ?」といったところです


神話的完全密室

 

 

 

 

 

 一応は少年院に放り込まれたらしい、真尋の取り調べは凄惨を極めた――――むろん、それは真尋の側からすればだが。

 なにせ状況証拠は完全にそろっている上、真尋のアリバイなんてものを消し飛ばすだけの情報が後出しでぽんぽんそろってくる。監視カメラは当日、業者が入ってメンテナンス中につきほぼ機能しておらず、二人の真尋が走る映像はなし。また廊下を走っていたときの分と教室の目撃証言については、どちらも真尋の予想通りの推移を辿っている。なお廊下の目撃についてはプラズマ現象で幻覚がどうのこうのなどと言う学者もいるとかいう話を、大真面目にガラの悪そうな警察官に言われてしまい、反応に大変困った真尋である。

 現在の有様で、真尋が幾度否定しようとも状況は覆らない。拘留期間が変わることはないが、心象は悪くなる一方である。が真尋とて言い分はある。実際やっていない上に説明ができないし、一度したところで鼻で笑われて「精神科医にはかかれんぞ」と拳を振り上げられかけた。実際に暴力沙汰にまでは発展していないが、時間の問題だろう。徐々に徐々に真尋の精神が削れていっているさなか。

 

「お前みたいなクズが一番嫌いだ。否定してればいいとか思ってるんじゃないぞ? 絶対逃がさないからな。まともに大学出て働けなくしてやる」

 

 その、あまりにも現役警察官から投げかけてほしくなかった脅し文句が、一番堪えた。

 そもそも真尋のバックグラウンド自体が現実離れしている事情もあるが、それでも希望の芽をわずかでも摘み取るだろう一言はダメージが大きい。

 さらに輪をかけて、両親が海外で新型インフルエンザにかかって倒れたと続報があった。旅行に出てその有様じゃ世話ないだろ、と突っ込みを入れたかったが、しかしことは緊急を要するらしく、現在向こうの病院で隔離状態らしい。泣きっ面に蜂じゃないんだから、と言わんばかりに、膝を抱え悶々と緊張感が抜けない夜が続く。当然ロクに眠れるわけもなく、そんな中で更生活動も続けられるわけだが、実際折り合いは悪い。職員の心証が悪いのは当たり前だが、もともとそういうことを犯す人間でないこともあり、いうなれば内部におけるコミュニティに全くはいっていないのだ。話題だってそりゃ全くかみ合うこともない。いじめられないだけましといえばましだが、ほとんど空気に等しい。

 この状態が自白をすれば解消されるかといったところで、そういうことはない。痴漢冤罪とかと違って、罰金払えば仮釈放ということでもないのだ。さらには既にニュース沙汰になっており、色々と好奇の視線にさらされ続けてもいる。

 ともあれ冤罪という一事がどれだけ当人の生活に影響を与えるか。果てはそれに対して、仮に真実が発覚しても周囲が誰一人として彼の名誉回復を補助してくれることはないだろうと確信するに至るだけの、人間の冷たさを思い知らされた。

 いうなれば所詮、真尋のメンタルは一男子高校生の域を超えない。正気度合――――すなわちSAN値を無理やりにでも削らない道具でもなければ、心身ともにすり潰されていくのは当然といえば当然だ。

 拘留されて何日経過したか定かではなく、取り調べの二人もほとほと飽きた、呆れた顔を浮かべ始めるころ。

 

「――――面会だ。クラスメイトからだ」

「え?」

 

 ほんの少しだけ真尋に転機が訪れた。

 

 

 

   ※

 

 

 

「あ、よかった。八坂君もう大丈夫なんだ。なんでも錯乱したって聞いてたから、心配したよ」

 

 真尋にそう笑いかけるのは暮井珠緒、真尋のクラスメイトである。真尋に言わせれば「ちょっと変な子」であり、いわゆる情報通、歩くスピーカーの類である。別にこの歩くスピーカーというのは真尋が考えた造語ではなく、同じくクラスメイトの余市をはじめ、多くの生徒間でなぜかそう呼ばれている類の話だ。ちなみに真尋がそれとなく事実を伝えると「私、そんなの聞いてないよ~」と素で泣かれたのは記憶に新しいような、新しくないような。

 が、しかし真尋は違和感を感じた。声の調子こそいつも通りだが、顔色が悪い。ポニーテールもリンスとかの艶が感じられない。体調が悪いとまでは言わないが、全体的に覇気がないという具合か。まあ眼前でクラスメイト惨殺なんぞ目撃したなら当たり前ではあるかと思いはすれど、しかしどこか、そうではないひっかかりを覚えている真尋だった。

 

「……どうした、擬態に失敗したワームみたいな顔色してるけど」

「何、その例え、ちょっと意味わかんないです」

「あ、いや、すまん、失言だった。普通に顔色悪いけど、大丈夫か?」

「あはは……。まあ、うん、大丈夫とは言い難いけどね。私もほら、えっとその、八坂君が教室から逃げて、しばらく錯乱してたみたいだし」

 

 意外と彼女は感受性が強かったかと、真尋は内心頭を抱えた。

 アクリル越しの彼女の様子をうかがう真尋。どうにも状況からしてさっぱり原因も目的もわからないものの、関係性でいえば自分たちの側、常識の外側の事態に巻き込んでしまったような、そんな状態だ。直接責任はないだろうが、真尋とて罪悪感を覚える。

 そんな真尋の内心を知ってか知らずか、珠緒は少しだけ困ったように笑った。

 

「でも私も、翌日の朝にはちゃんと復活したんだよ? ほら、寝たらすっきり、みたいな」

 

 てへ、とウィンクする彼女だが、しかし真尋には、彼女が今ここにいる目的がさっぱりわからない。そんな真尋の感想が伝わったわけではないだろうが、彼女は真尋を少し真剣な目で見た後、何度か頷いてこう言った。

 

「うん。やっぱり、八坂君じゃないと思うな」

「……ん?」

「ニャル子ちゃんにあんなことしたの、絶対八坂くんじゃないと思う」

「………いや、目の前でその、見たんじゃないのか?」

 

 事実そうではあるが、違和感を覚える真尋に、アクリル越しに小声で珠緒は決定的なことを断言した。

 

 

 

「――――だってあの時、八坂君って二人いたじゃない」

「――――――ッ!」

 

 

 

 嗚呼、錯乱したというのはそういうことかと、真尋は軽い頭痛を覚えた。あの時、あの場で真尋が扉を開けたとき、いくら凄惨な光景が存在したからと言って誰一人として「扉を開けた真尋」の姿を目撃していないとは限らなかったのだ。とするならば彼女は二人の真尋を目撃して、そして何かしら「気づいてはいけない」この世の真理の一端にふれてしまったのか。ニャル子風に言うなら「アイデア!」という奴だ。

 思わず固まり声が出ない真尋をよそに、珠緒はひそひそと続ける。

 

「この話、実際目撃したのは私だけみたいなんだけど……。でも、みんなもなんで違和感感じないのかな。ニャル子ちゃんを殺した真尋くんと、それを追っていった真尋くんとで血のかかり具合が絶対違ったっのに」

「……その話、警察には」

「したって、とりあってもらえなかったもん。だから色々、自分で調べてみたの。本当は真尋くんに会って確信を得てから調べたかったんだけど、なんでか全然、誰も彼も会わせてくれようとしなくって」

 

 そりゃあれだけ心象最悪な状態ならば仕方ないと思いはすれど、真尋は乾いた笑いが漏れた。

 

「大体、いまだに屋上の扉があんな壊れ方してるのに、誰もそれに触れようとしないし。絶対おかしいって、あれが一番意味不明だし。余市くんもしばらく認識できてなかったみたいだし」

「すまん」

「? なんで八坂君が謝るの?」

 

 おそらくだが真尋が使った力が、神話的スーパーパワーに由来するそれだからだろう。破壊された状態の具合を見て、おそらく大多数の人間が発狂するなり何なりして、その「壊された事実」から目を背けてしまうに違いない。その点でいえば、一度発狂したせいか珠緒はすんなりとその事実を受け入れていた。

 

「って、ちょっと待て。余市、その言い回しだと今は認識できてるんだよな。錯乱しなかったか?」

「うん、してたよ。何かに気づいたみたいに、はっ! ってなって、しばらく『俺は何も知らない、知らないんだ知らないんだ』ってぶつぶつ言いながら蹲ってたし」

 

 すまないと再三、内心で頭を下げる真尋

 

「でも今はちゃんとしてるし、だから二人で色々調べてるの。八坂君が犯人じゃないって証拠を」

「……ありがとう。でも、なんで?」

 

 真尋からすると彼女とはさほど接点があるイメージはなかったのだが、珠緒は一瞬、寂しそうな笑顔を浮かべる。

 

「だって、八坂君がニャル子ちゃん殺すわけなんて絶対ないもの。あんな――――生き別れた家族の形見でも見るみたいな感じの顔してた八坂君が」

「――――――」

「ニャル子ちゃんを見てるときの八坂君、すごく嬉しそうで、すごく切なそうで、すごく寂しそうで、すごく遠い目をしてる気がしたから。少なくともそんな顔を向けていたニャル子ちゃん相手に、凶行に及ぶはずはない。カンペキな推理でしょ?」

 

 にっと笑った後、得意げにウィンクを撃つ珠緒に、真尋は声が詰まり、視線を逸らした。決してそんな顔を龍子に向けていたはずはない。はずはないのだが、しかしどうやら珠緒の観察力は、真尋の出来の悪いハリボテの向こうを見透かすくらいの精度があったらしい。事実、隠しようもないほどに真尋は龍子に対して形容しがたい感情を向けていた。はじめは彼女の姉が小さくなったくらいの、そんな印象だった。だが違った。類似はしているが、決して彼女たちは同一の人格とは言えなかった。だからこそそれが、真尋の内心に重くのしかかってきていた。

 

『姉の人格は、真尋さんをあの時に守ったことでその役目を終えましたから――』

 

 かつて妹本人から、直接言われた言葉である。そしてこれこそが、真尋が二人を(根源はともかく)別人として考えるようになったきっかけだった。

 真尋のそんな内心を知ってか知らずか、珠緒は少しガッツポーズをとる。

 

「だから少しだけ待ってて。これから余市くんが、録画持ってくるから」

「録画?」

「いくら監視カメラの入れ替えっていったって、全く映像を残してないのは警備の問題になっちゃうから、何か予備の装置くらいは置いてあったろうって思って、先生に問い合わせたの。そこから業者を辿って――――真尋くんが二人映ってた映像が残ってたのを見つけたの。今どき珍しいテープ映像だから、証拠能力はまあまああるんじゃないかと思う」

「すまん……。手間かけた」

「いいっていいって。だって、私たち友達でしょ?」

 

 不意に涙が浮かぶ真尋。だがそれを流すまいと上を見上げる。弱音は吐いていられない。今は自分が解放されるその可能性にかけよう。そして必ず龍子が殺された原因をつきとめるのだ。あの龍子のことだから、何かしら起こった際にこちらで動けるよう手をつけてくれているはずだと、真尋は確信していた。ともあれ拳を強く握り、感謝の言葉を述べた。

 

「真尋くんは、犯人を捜すんだよね」

「ああ」

「うん。じゃあ、私も力かすよ。たぶん余市くんも――――」

 

 丁度そんなタイミングで、ノックとともに扉が開かれた。向こうからは見知った眼鏡の少年が入ってくる。こちらも珠緒同様にいくらかダメージを受けているようだが、真尋の顔を見ると気の抜けた笑いを浮かべた。

 

「やあ、八坂君。相変わらずの様子だね」

「何が相変わらずなのかさっぱりだが、まあ、とりあえずそっちも元気そうで」

 

 クラスメイトの余市健彦と、真尋はお互いに苦笑いを浮かべた。と、健彦がふいに眼鏡のつるを抑えて――――。

 

 

 

「――――――悪いけど、僕は元気じゃないよ」

 

 

 

 顔面から外したその瞬間、顔の左半分が、眼鏡と一緒に外れた。

 

「え?」

「――――っ」

 

 眼鏡についている健彦の左目、鼻、口。顔に対して斜め線を引き、そのまま下半分が外れたような状態である。それが首を基部として、赤い皮と肉が伸びている。しかして問題としては、その内側に骨に該当する物体が何一つ存在しないことだろうか。粘性、血液がちたちたとそこから垂れており、しかし本人は痛みも何も感じていないように微笑んでいた。

 真尋の背後で、がたりと監視が倒れる音が聞こえると同時に、珠緒たちの方の職員も膝から崩れ落ち、泡を吹いた。

 

「ほら、暮井さんのせいで僕、こんなになっちゃったんだ()

 

 声帯も引っ張られているのか、発音がやや怪しい。いや、そんな分析をしている場合じゃない。珠緒はアクリルガラスに背中をつけて、真尋の名前を連呼している。ちらりと視線が彼女と合い、しかし真尋はガラスに腕を叩きつけるくらいしかできない――――。

 

「くそっ、フォークでも何でもいいから何かあれば……、いや、無理かこれ」

まひろくん(ヽヽヽヽヽ)、まひろくん……? へ? 何? あれ、まひろくん?」

 

 声が震え、焦点が合ってない。そんな彼女に向けて余市は歩きだし、手に持っていた眼鏡をはなした。重力に引っ張られるように、ぐらりと顔面が落ちる。いや、顔面だけではない。左半身、やはり体に同様の斜め線でも入れたようにそれが剥がれ、胸の上のあたりが「ぺろん」とめくれあがっているような状態だ。そして服さえ含め、その裏側は血液と筋繊維の集合体のような有様で、グロテスクというレベルではない。

 

「お前、ショゴスか?」

「――――ねえ、ツイスターゲームしない?」

「え? まひろくん、なにこれ? え? いやだよ、まひろくん? なにこ――――」

「ッ――――、止めんか余市!」

 

 一瞬にして真尋のアイデアは、彼が何をしようとしているか察した。脳裏には遊星から来たりし謎の物体との遭遇を描いた映画の映像がフラッシュバックする。

 そして真尋のその想像の域を、余市は全く出ることなく実行した。ぐらりと上半身が伸び、ゆらぎ、その全身が全く持って一部の隙もなく筋繊維と血液じみた液体の集合体であるということをありありと見せつける。そのまま上半身を大きくひねった四足歩行になり、首と半分の上体を伸ばし、アクリル硝子に顔面を叩きつけた。割れるわけはないが、その衝撃に思わず真尋はたじろぐ。と、そのまま余市のこめかみから、大きな目玉が「生えた」。横眼に、延々と真尋の名前と疑問符のみを繰り返す珠緒の顔面に、己の頬を「くっつけた」。

 そのまま覆いかぶさるように体をひねり、余市、いや、余市に擬態しただろう「何か」は珠緒の身体に中途半端な形で絡みついた。何度も何度もアクリルに拳を叩きつける真尋。しかし全くもって効果はない。後ろの気絶している職員の服をまさぐれど道具もなく、そして再び視線を彼女たちの方に向ける。

 

「――――――――たすけてよぉ、まひろくん……! みないでよぉ」

 

 そこにあったものは、もはや二人の人間の体を成してはいなかった。

 腕と足とは人間、それこそ各々の元の形状を残したそれであったが、中心を含めて既に肉の塊と化していた。それでも顔面は余市と珠緒、双方の頬がいびつに融合したそれである。頭部も含めて既に癒着から結合に移り始めており、珠緒と余市の、接触している側の目の形状と焦点がぐずぐずになっている。嗚呼、ひょっとしたら余市本人もこうしてショゴスに取り込まれてしまったのかと、真尋は心の底から深く絶望した。

 

「わたし、こんなの、いやぁよ……!」

「暮、井――――ッ」

 

 変質した何かは、そのまま真尋に向かって突撃した。アクリル硝子は基部から壁から根こそぎ破損するかたちで吹き飛び、真尋ごと巻き込んだ。だが、真尋はとっさにそれを蹴り飛ばす。「痛い」という二人分の人間の声に、真尋は涙が流れた。

 

「意味、わかんないっての。普通巻き込まれるにしても、インターバルとか、あるだろうが――――!」

 

 とっさに転がった珠緒のバッグから、弁当箱を拾い上げ内部を開ける。幸か不幸か、その中には小さいながらもれっきとしたフォークが存在していた。

 逆手に持ち手に取り、真尋はうるんだ目のまま眼前を見る。

 

「まひろ、くん、これ、ころして、よぅ……、ねえ、ねえ……」

 

 珠緒は泣いていた。余市健彦の、既に人間性を欠いた顔面と違い、暮井珠緒はひたすらに泣いていた。

 ただただ顔面を覆い隠し、みないでと全力で主張するようにしながら、それでもなお、真尋に懇願する。

 

 一度だけ真尋は手元と、彼女の顔を見て―――――。

 

 

 そこから先、数日間の記憶が真尋にはない。

 ただただ手に、ひどく嫌な悲しい感触を残しながら。気が付けば、真尋は隔離病棟のような場所で、拘束服をもって身動きをとれなくされていた。

 

 

 

 

 




本作でのCVイメージ
 暮井珠緒:中原麻衣
 余市健彦:小野坂昌也
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