真・這いよれ!ニャル子さん 嘲章   作:黒兎可

18 / 51
第五種接近遭遇(再)

 

 

 

 

 

「意外と出来がいいな、それ。――――行け」

 

 青年はそう言いながら鼻で笑う。と、ベータに向かって赤毛の少女が突進をかけた。瞬間、停止していた世界が元に戻る。足の裏から「ジェット噴射のごとく」火を吹く赤毛の少女と、それに巻き込まれ跳ね飛ばされたベータ。唖然とする真尋に、青年は肩をすくめる。金髪、真ん中分け。額にはサングラスをした美青年だ。日本人らしい顔立ちではない。右手には銀色の手袋をし、全身は季節感など無視した黒コートである。まあ北の大地住民である真尋からすればそこまでおかしな恰好ではないが、思わず真尋は、「アンタ日曜朝のなにかの番組に出てなかったか」と問いただした。

 

「出てねぇよ」

「いや、それにしてはこう、右手のその動きとか顔の作りとか……。ほら、えっと、誰かに似てるって言われません? 三う――――」

「似てねぇって! 誰にも! いい加減、銛で刺すぞっ」

 

 額を右手の人差し指で小突く青年。と、その雰囲気というか、言動を辿って真尋はおおよその正体に行き着いた。

 

「あ、アンタ……、ノーデンスか?」

「言わなくても分かるだろ。まぁ、急ごしらえでガワだけ取り繕ったから、戦闘能力はほとんどないと言って良いがなぁ」

 

 真尋が己の正体にぶち当たり、正気と狂気の狭間をさまよったその折。彼を助け、そして這い寄る混沌の目的を阻止せんが為立ちふさがった古き神の一柱。当時はナイスミドルなヴァンパイアハンターじみた雰囲気をかもしだしていたが、なるほどあれを若くすればこういったビジュアルにもなるかと、なぜか真尋は納得した。這い寄る混沌曰く、化身、自らの身を異なる形に窶す必要があっても、一度破壊されればすぐに完全な形での再生は不可能らしい。ノーデンスが老人姿であの戦闘能力を発揮していたことを鑑みるに、青年の姿というのが逆に不完全なそれなのだろう。いや、そんなことはどうでもいい。仮に目の前の相手がノーデンスだとするならば、一体彼は何を言った? 遅すぎる? 何が遅すぎるというのか。

 真尋がその疑問を問いただすよりも先に、ノーデンスは彼の左手を強引にとり、手の甲に何か文字を描くようなぞった。

 

「――――――――ッ!?」

「よし、これで契約更新は完了か」

 

 針で刺すような痛みを覚えて甲をみれば、一瞬そこに何かしらの文様が浮かび上がったかとおもえば、即座に姿を消した。意味が解らない。わからないまでも、真尋の想像力は、それが何かしらの儀式魔法の陣であることを読み取っていた。しかも、状況証拠からしてそれは一つの結論に絞られる。

 

「クトゥグアの契約を、俺に、移したとか、そういうことか?」

「やっぱり察しがいいな。微妙に違うが。厳密には『クトゥグア未満の座標』の契約だ」

「は?」

「ま、それはおいおい分かるだろ。お前なら特に何もなくアレを使いこなせるだろうしな。ただ多用はするなよ? お前がいくら規格外の構成で出来ていたとしても、所詮は人間なんだ。魔力なんて2発も打てば底をつくだろ」

 

 どうにも友好的というわけではないが、少なくともこのノーデンスの若い化身は、真尋と敵対するわけではないらしい。真尋はいぶかし気な目を向ける。そもそもこのノーデンスは、一度は真尋を殺しにかかった相手である。むしろ、今の状況は仮にノーデンスが真尋を殺そうとしたところで、邪魔者がいない絶好の機会だ。そうであるにもかかわらず、何故凶行に及ばないのか。そんな視線を受け、彼は嫌そうな顔をした。口をゆがめて「やめんか」と辟易する。

 

「正直心底腹立たしいが、こっちじゃ『アレ』と俺は休戦協定中みたいなモンだ」

 

 そういえばラブクラフト御大の原典的にそんな設定もあったな、と真尋。多少ニュアンスは違うのかもしれないが、どうやらそう大きくは事実と異なっていないらしい。

 

「おまけに肉体ごとならまだしも、『精神だけ』殺したところでバケモノ共の思う壺だ。それにまぁ、意外と俺の加護(ヽヽヽヽ)も上手いこと扱えているみたいだしなぁ。そこは評価しておいてやる」

「……精神だけ?」

「無視か。まあ別に大した話じゃないからいいが。って、なんだ本当に気づいてなかったのか。いいか? ――――」

 

 

 

 

 

 ――――――今いるこの世界は、お前の見ている夢だ。

 

 

 

 

 

 ノーデンスの一言に、今度こそ真尋は唖然とした。いや、完全に予想外だったといってもいい。一瞬思考が停止する真尋に、ノーデンスは半笑いをしながら続ける。

 

「現実のお前の身体は、『ちょっと』半死半生ってところだ。お前の学友とか『アレの化身』がついぞ傍にいて看病していやがるみたいだが、まあ状況は芳しくないわな。いっこうに意識が戻らんのだから」

「半死、半生……? いや、それはともかく。じゃあ何か、俺の精神は今、ドリームランドにでも居るってことか?」

正解だ(イグザクトリィ)。そして、目下絶賛『拷問中』みたいだな」

 

 そう肯定するノーデンスに、真尋は頬が引きつった。彼にとって非常に悲しいことに、現時点までの一連のすべてが直列でつながってしまったのだ。

 ニャルラトホテプが直接的に介入してこない理由についてはともかく、少なくとも真尋の精神を拷問するという目的であるならば、今日び、龍子惨殺にはじまった一連の流れは確かに真尋の精神に多大なる影響を与えていたといえるだろう。とするならば――真尋の想像力は、寸分たがわず真実にたどり着く。

 

「……つまり何か? 俺の精神をズタズタにした状態にして、その状態でこのドリームランドで、俺の――――『死者の書(アル・アジフ)』の力を振るおうとしたとか、そういうことか」

「なるほど。察しが良すぎるのも考え物だな。話していて気持ちが悪い」

「オイっ」

 

 しかしなるほど、確かにそういう事情であるならば――――取り調べの不自然さも、まるで真尋の精神を狙い撃ちしたかのように続く事件の連続も、頷けはなくはない。

 

「だとするなら、主犯格が誰かとかわかるかアンタ」

「知るかっ。だが、まあ推測できなくもないだろ。アレが干渉するのを『面倒がる』領域にお前の精神を封印するなんぞ、それこそ当人レベ――――」

 

 

 

 ――――ノーデンスの上半身が、次の瞬間消し飛んだ。

 

 

  

 遥か後方で爆発が上がる。ノーデンスの上半身、主に腹部めがけて、小型のミサイルが激突したらしい。なんだこの自由さは、さすがに真尋の夢であるとみるべきなのか。いやしかし、そういう事情ゆえにかあの小型メイドロボットとかいう訳の分からない存在がいても不思議ではないかもしれない。きっと真尋の夢だからだ。あんなもの実在するわけはない(編注:当人は知りませんが、この世界ではベータことベルテイン・プロトのような電動侍女型機械人形の開発が行われています)。そう現実逃避しながら納得する真尋の眼前で、上半身が消滅したと同時に下半身が氷の結晶となり、そのままぐしゃりと砕けて粉みじんとして消えた。

 

「っというか弱ッ! いや、ガワだけとか言ってたし仕方ないのかもしれんが……。っていうかちゃんと標準装備じゃねぇか、ミサイル、あのメイドロボ……」

 

 グロテスクな映像が目に極力映らないような配慮がされたかのごとき状態に、真尋は錯乱せず、ただただ「なんでこんなタイミングでだよ!」と半眼で、その「ミサイルを撃たれた」方角を見た。

 一言で言えば、真尋にはそれが視認できなかった。決して発狂するだの何だのして視覚からその存在を「消し去っていた」わけではなく、単純に早すぎるのだろう。爆発、熱風、衝撃波と炎の海がちらついたりと、その程度しか人間の認識には入ってこない。夢と言ってる割にこういうディティールが嫌に現実的ではあるが、ふとノーデンスの言い回しが脳裏をよぎる。真尋が現在、拷問を受けている――――。とするならば、たとえここが真尋の夢であるのだとしても、その夢の制御が完全に真尋の手にわたっているはずもないのか。

 だが、どうにもこの世界といえど、絶対的な物理法則そのものは存在するらしい。それは例えばリンゴを投げれば放物線を描き地面に落ちるというような、当たり前といえば当たり前の現象である。

 

『――――エラー、解析不能、解析不能。危険、危険』

 

 胴体、腕などからパーツの破片をまき散らしながら、地面に落下するベータ。エラーのアラートを続ける彼女と、それに対して余裕といった様子で真尋の目の前に降り立ったクー子。さもありなん、いくらベータが人間の技術の粋を結集して出来上がったスーパーロボットであっても、敵はときに星系の恒星にたとえられるほどの熱重量を誇る異形の神、その化身である。活動期の太陽にいくら鉛弾を打ち込んだところで、結果は火の目をみるより明らかであろう。いっそ哀れにも見えるほどに、ベータは抵抗できていなかったことが理解できてしまった。

 と、ふとクー子が真尋の手を取る。

 

「どうした? って、熱っ」

「少年、逃げたほうがいいかも。かこまれる」

「は? ――――っ」

 

 クー子の指摘を受けた瞬間、背骨の内側をムカデか何かが這いまわっているような、言い知れぬ不快感が走る。ただそれにより真尋の身体に異常が起きるよりも先に、クー子は真尋を立ち上がらせ、背中に抱き着き、やはり足から火を吹いて空を飛んだ。

 眼下に広がる半島。形状は鏡合わせになっているが津軽半島のようなシルエットをしていることがわかった。わかった、その一帯に何一つ建物がなく、またベータが倒れた付近から「うねうねと」、地面よりタール状の液体のような、見覚えのある何かが這い出た。それは一つではなく、複数の触手のような、粘液のような、筋繊維のような何かであった。

 

「とりあえず『出口を探す』のが得策。今は逃げ――――はうぅぅ……!」

 

 と、真尋を抱きかかえてジェット飛行するクー子が、得も言われぬうめき声をあげる。ちらりと下方、というか自分の首から下を見れば、きらきらと光り輝く、得体のしれない何かが口から流れ出ていた。それは強酸性の刺激臭と酸味を口一帯に広げ汚染し、なお己の身体を抱きしめる少女の手に容赦なくかかっている。どうも非現実的、冒涜的光景を前に正気度が減退するよりも、現状のこの据わり心地、乗り心地の悪さに乗り物酔いめいた状態に陥っているらしい。いや、その自覚が全くなく、具体的に言えば「肌の触覚がほとんどない状態」になっているのは、間違いなく一時的に発狂している状態である。というか、そのせいでおそらく昇ってくる吐しゃ物をこらえることもできずに垂れ流しなのだろうが。

 クー子はややうめき声に涙をにじませながらも、それでも「ん……、んん!」と健気にも真尋の身体を強く抱きしめ、そのまま遥か彼方、「鏡合わせになったような造詣をしている」北海道へと入った。暗がりでも陸地のおおよそのシルエットが認識できる程度には人の明かりが存在するが、しかしその建物の様相はおおよそ真尋が知りえるような造形をしていない。いや姿かたちは間違いなく真尋が知る街のシルエットであるのだが、明らかにその要所要所が、こうしてみれば異様なまでに「デフォルメ」されているというか。例えば入り口もなく、塀も適当、屋根と舎の境もなく、まるでそう「興味がないからこそディティールが全く成立していない」とでも言わんばかりの手抜き工事だ。これが仮に漫画的なつるっとした造形であれば現実感も薄いだろうに、否応なくコンクリートだったりレンガ造りだったりと実在の建物の材質をもってして成立している建築物である。そうであるが故に。真尋を本格的な、現実感の喪失が襲った。確かにこれは真尋の夢がベースなのかもしれない。なのかもしれないが、それにしたってもうちょっと何かあるだろうと、思わず頬が引きつった。そしてそれにより垂れ流されていた吐しゃ物が、背後のクー子の髪にかかる。「はうぅあ!? はぅぅ……」と悲痛な声をあげる彼女に、真尋は思わず「済まない」と謝った。

 やがて飛行していたクー子は高度を徐々に落とす。と、その先にはディティールの省略されていない建造物が一つ。なぜこれだけは左右反転した構造になっておらず、それゆえに妙にいびつに見えた。すなわち八坂家、真尋の精神にとっての安全地帯が一つである。

 真尋を下すと、クー子は「ううううう!」と絶叫しながら両腕とか髪とかを燃やす。主に真尋の吐しゃ物がかかった個所を消毒でもするかのごとく、洗い流すかの如く燃焼させ爆発させていた。当然真尋にもその爆風がかかり、げほげほと咳き込む。と、気管に胃液が少し入ったのか、地面に倒れこみ咳が止まらない。

 

「少年、何か私に言うことがあると思う」

「あー……。悪かった」

「わかれば良し」

 

 案外と普通の少女のようなリアクションをとっているクー子であるが、大本の神性を考えるといろいろと謎である。這い寄る混沌にいわく、化身とは本体がみている夢のようなものであるらしい。であるならばノーデンスが人間の精神を模倣する形で化身することが出来るのはまだわからなくもないが、言い方は悪いが太陽が人の形をとったところで、こういう人格を発生させられるのかという謎だ。魔法とかも存在しているらしいこの世界だが、おそらく邪神まわりのベースはSFチックな論理がベースになっているだろうと信じて疑わない真尋であった。

 が、それはともあれ。口を拭って立ち上がる真尋に、頭一つ半くらい低い位置からクー子の、何かを期待するような視線が投げられる。

 

「………………なんだ?」

「契約。あの、ひげの人から引き継いだやつ」

 

 若い方はひげ生えてなかったんじゃないか、という真尋の感想は置いておいて。

 

「すまんが主語と述語と目的語を明確にしてくれ。情報ゼロから理解できるくらいに俺は超人的な能力とか持ってない」

「? そう。契約。私の『火力』を使う代わりに、私のこの身体の維持に責任を持つ。そういう契約」

「……まさかと思うが、腹でも減ったか?」

「減った」

 

 何か作って、と言わんばかりの、きらきらした目を向けられ、思わず真尋はため息をついた。そんな悠長な暇などあるのかという謎はあったが、しかし真尋の直感が告げていた。少なくとも半日程度は猶予が出来たという確信が、彼の根本にある何かから受信されていた。それゆえか家の戸を開けクー子を招き入れると、家の時計をちらりと見てため息。外はあれほど真っ暗だったにも関わらず、時刻は午前十時半を示していた。いや、それよりも注目すべきは――――デジタル時計に示されていた日付が、それこそ「龍子が殺された日」から一日たりとも経過していないということか。

 

「……まあいい。リクエストあるか?」

「生ものの海産物は、飽きた。せめて加熱するか、さばいて」

「よっぽどだな、アレの食糧事情は……。とりあえずノーデンスよりは気の利いたもの出してやるよ」

 

 言いながら冷蔵庫を開けレタスをさばき、卵を茹で、スパム缶を開け火を入れる。トマトをスライスしてパンを軽くフライパンで炙り、ジンジャーとマヨネーズをベースにソースを作る。素早い手際でそれらをサンドすると、冷蔵庫の中にあったタッパーの「全く腐っている様子もない」シロップ漬けのリンゴを取り出して、デザート代わりに皿に盛りつけた。ミックスジュースを牛乳で割り、お手軽なハンバーガーとデザートを配膳。

 眼前に広がったそれに、クー子は目を点にした。

 

「…………カルチャーショック」

「どうした? カロリーはともかく栄養バランスは多少気を遣ってるが」

「カロリーは燃やせるから、無問題。すごく、料理してる」

「そりゃ料理だからな。ちょっと手抜きだが」

「これで手抜きとか言ってたら、世の大半の男子は憤死する気がする。いろどり綺麗」

 

 いただきます、と食事を開始するクー子を見ながら、真尋もハンバーガーを一つ手に取る。久々の自分の料理の味に、ひたすらレンコン攻めだった日々からの解放によって多少の感動を覚えつつ。真尋はテレビをつけた。そこに映る、カナダに「全身が炭化した大型のザトウクジラ」が流れ着いたニュースを見て。

 

「…………思い出した。そういえば、この話を暮井としてたんだな」

 

 そして真尋は、自身がこの世界に陥る前の「本当の」一日目を思い出した。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。