真・這いよれ!ニャル子さん 嘲章   作:黒兎可

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神話的爆発物処理ごっこ

 

 

 

 

 

 昼休み、弁当箱を片付ける八坂真尋と余市健彦。「朝の授業、ちょっとわからないところがあったから先生に聞いてくる」と意外な勤勉さを発揮して教室を出る彼に軽く手を振り、真尋は己の座席に着席した。窓際、後方から数えたほうが早い座席で、隅っこの方ではある。教室でもさほど目立つことのないポジションといえばポジションで、真尋はそそくさと、バッグから新聞を取り出した。

 

「やっほー。八坂君、昨日のニュース見た? あれあれ、ザトウクジラが全身、骨まで炭化した状態でカナダに流れ着いたってやつ」

 

 と、そんな真尋の様子を真っ向から無視するような勢いの暮井珠緒である。新聞越しでもわかる声の元気さと、後頭部でゆれている結った髪をみて、しかし真尋はノーリアクションのまま紙面を見た。記事的に書ける内容が少ないのか、1スペースに圧縮するように、該当するニュースがかかれている。昨日カナダにて昼前後の時刻、珠緒の言った通り巨大なザトウクジラの死体が浜辺に流れ着いた。ただ死体が流れ着いた程度ではメディアで取り上げられもしないだろう、ということを考えれば、当然そこには不可解な点がある。が、しかし真尋はそれに思考を割くこともなく、別なニュースを目で追った。もっとも口は律儀に彼女との会話を継続するあたり、彼も変わっているといえば変わっていた。

 

「まあ、載ってはいるな」

「不思議だよねー、ミステリーだよねー」

「普通に死体が屍蝋化してたとか、それが燃えたとか、そういう理由じゃないのか」

「し、しろ……? 何いってるかわからないけど、体長三十メートル以上のザトウクジラだよ? 明らかに不可思議だよ、シロナガスクジラとかじゃなくてザトウクジラなわけだから」

「悪い、何に暮井が驚いているかさっぱりわからないんだが……」

「だって、クジラの大きさを比較したら、シロナガスクジラが最大で、次あたりマッコウクジラでしょ? ザトウクジラっていったらせいぜい二十メートル前後なくらいなんだから、明らかに大きいと思うの」

 

 だいたい三十メートル以上だったら下手するとシロナガスクジラも超えてるし、と、本気の本気で不思議そうな珠緒である。一方の真尋は新聞に顔を隠しながら、頬が引きつっていた。まかり間違ってもその原因に心当たりがあろうとは言いだすことはない。もっとも、ちらりと新聞の隙間から視線を横に動かすと、実行犯(?)とも言える彼女は、気持ちよさそうに昼寝をしていた。

 

「炭化も炭化で気持ちが悪いけれど、どうなんだろうね」

「一般的な哺乳類の骨を炭にしようとするなら、それこそ溶鉱炉とかみたいに千度超える温度帯にさらさないと無理だろ。けどまぁ、そういうのはどっかの学者がいろいろと理屈つけて『それらしい』結論つけるだろ。そんなことより、今年はキャベツの収穫減るかもしれないってさ。献立、色々考えないと……」

「し、所帯じみてるね、なんだか」 

 

 仮にも毎年一月近く両親が家を空ける(毎年新婚旅行に行く関係上)という珍事に見舞われてる真尋であるからして、それはもはや彼からすれば必然である。それはともかく、話題を逸らすことに成功した真尋は、地球温暖化がどうのこうのという話から、気が付けば政治の話に転換していた。

 

「だから、国会の答弁、なんかおかしい気がするんだよね、ちょっと揚げ足とってるみたいに感じるっていうかさ。この間の、派遣の法律のやつだって。みんな複数同時に話してるけどさ、なんか全然話が前進してなかったし」

「とはいったって、マルチタスクで作業するってことは、よっぽど熟達でもしてなければ作業効率が落ちるんじゃないのか?」

「え? あ、うん……、うん……」

「その分のパワー全部シングルタスクに注力すれば解決するかもしれない問題があって、なおかつそれがまあ、なんだ? 人道的に正しいことなら、やればいいんじゃないかと思う。個人的にあれって、『嗚呼、俺こんなに仕事こなしてるんだ』って達成感くらいじゃないか? 得られるものっていったって」

「言いつつ八坂君、私の話と新聞とでマルチタスクだけどね」

「そりゃ時間もないからな。昼休みは有限だし。誰か俺の代わりに、俺の記憶に新聞の情報を書き込んでくれるようなのがいれば問題ないが、人手が足りなかったらやらざるを得ないからだろ。効率の良しあしは別にして」

「あはは……。確かに効率は落ちるかな? 集中力もそうだし、実質作業時間が膨れ上がることに違いはないから」

「……まあそれでも、やらないんだったら、少なからずよからぬ思惑があるんじゃないかって勘繰ってしまうんだが、俺」

「でも、人間いっぱいあつまって話せば何かしら結論は出るんじゃないかな。まあ、女の子同士だと世間話の割合とか増えちゃう気もするけど……」

「はっきり言って、よっぽど規則でもない限りは、男が10人を超えて集まるグループっていうとロクなことを考えないと思ってる」

「すごい偏見だね!」

 

 というか八坂君の過去に何かあったの、と真尋の闇でも感じ取ったか、珠緒の頬が引きつる。なお真尋の脳裏に描かれてるそれは、複数の半魚人が彼を取り囲み何らかの儀式のために「いあ! いあ!」と輪唱する姿であるからして、一般社会のそれに適応されるかどうかはまた別なお話。

 

「まあ双方に良し悪しがあるからなんとも言えないが、少なくとも俺はそれを判断する立場にない。よって沈黙を選択する」

「選択されちゃうと、話ふった私の立場がないんだけど……。うーん、どっちが悪いのかな、その場合って」

「だから、なんでもかんでも二元論的に分析しようっていうのは、そもそも情報の取捨選択とか、分析が浅いんだよ。批判するにも、批判しないにも、必要なのは彼我双方の情報なんだから、できるかぎり冷静に、客観的に、相手の正当性を担保する情報も確保したうえで、それに対する反論を持ち合わせて、はじめてまともなコミュニケーションが成立するんだろ。お互いその状態までできる限りもっていって、はじめてお互いの不足分をとりあう議論が成立するんだろ。それさえできないのに、一方的に臭いものに蓋するように野次り続けたり追放したりっていうのが、そもそも間違ってるってだけで。何物にもまっとうな怒りとかって、あるだろ」

「そりゃ、まぁ……」 

「だから、語りえぬことには沈黙するしかないんだよ。沈思黙考して、熟考して、それでもできる限り素早く結論を出さなきゃいけない。試行が許されないところだからこそ、それを普段から想定して考える必要があるんじゃないのか?」

「んー、八坂君それが一般的な話みたいに語ってるし、私もそういうのいいなーって思うってるんだけど、世の中の人って八坂くんほどピュアじゃないからね、たぶん」

 

 ピュア? と頭をかしげる真尋に、彼女は首肯する。新聞を下ろしてみれば、くりっとした視線と正面から見つめ合う形だ。少し頭をかしげれば、彼女は何かこう、子を慈しむ母親のような、柔らかな笑みを浮かべた。

 

「それってさ、いうなれば綺麗ごとでしょ」

「王道だ」

「うん、だから、つまり理想っていうか、努力目標じゃない? 毎日忙殺されてる人たちに、そんなこと考える余裕はないって。たいがい今の自分の成績だとか、友達関係だとか、それくらいしか考えてないよ」

「ミクロ的にもマクロ的にも、両方失敗だと思うんだけどなぁそれ……」

「みく……?」

「あー、世帯とか個人の小さい視点と、行政とか司法レベルの俯瞰視点と、みたいな感じ」

「なるほど……」

「まあ、それはそれ、これはこれって言いたいのはわかる。実際、誰が何をどう重要に思って行動してるかなんてのは、ケースバイケースだしころころ変わるけどさ。でもまぁ、なんというか、そこはかとなく嫌な感触が残ってるのは事実だからな」

 

 他ならぬ俺自身がそうそう実行できてる訳でもないし。自虐的に笑う真尋に、珠緒は困ったような笑みを浮かべた。彼女にはわかるまい、というかわかられても困る。目下真尋にとっての悩みとしては、そう、沈黙こそすれどそこから先に一歩も踏み出すことができないでいるという現状だった。ちらりとみれば、未だ一つ飛ばして隣の机で気持よさそうに眠る二谷龍子がいる。真尋は一瞥するだけで、そこから何か思っていることに対して行動に移すことが出来ないでいる。それこそ沈思黙考し、結論は出ているのだが、次のステップに踏み込むことが出来ないでいた。

 と、視線を戻せば、珠緒が生暖かな視線を送っていた。

 

「どうしたんだ?」

「……別に。んー、『真尋くん』ってひょっとして、何か悩みとか、あったりしない?」

「いきなりすぎるが、別にないぞ」

「そう。ならいいんだけど」

 

 いまいち珠緒の意図が読めず、真尋はまたもや疑問符が浮かぶ。そして再び視線を新聞に落とそうとした――――。

 ちょうどそのときである。真尋の視界が一瞬、すべて赤く染め上げられたのを見て、とっさに周囲を見回した。珠緒はそのまま真尋にはなしかけているようだが、しかし、真尋が立ち上がり動いているのを認識している様子はない。とするならば――――真尋は経験則から、これがいわゆる、人払いの結界とか、そういう類のものであると確信した。数週間前に彼自身が遭遇したそれと全く同様といえるので、検証する必要もない。そして視線をいまだ熟睡するニャル子に向けた瞬間、思わず頬が引きつった。

 それは端的に言えば孔であった。空間を捻じ曲げて空いた孔、という表現は正しくない。例えば新聞でも強引に引き裂くように、無理やりベール状の何かを押しのけ引き裂いて腕を出した、といったような、そのような絵面だ。明らかに無理をしていることが如実に理解できる類の光景である。そしてその向こう、鈍い銅のような色をした、怪しくも機械的に、ウェーブ状の波打つような模様のあしらわれた、人間ならざる手が出てくるのを見た。

 それを見た瞬間、真尋はとっさに胸ポケットに入れておいた、プラスチック製のコンビニ弁当などにつけてもらえるフォークに手をかける。だがどうにも、その相手のモーションの速度に真尋自身の動きが追い付いていない。認識上はその一秒にも満たない時間が何倍にも引き延ばされた映像として再生されてはいるのだが、体がそれに対応することができず、ようやっと右手を胸の裏ポケットに入れるか入れないかといった段階だ。

 一方の穴から出た手は、握ったその拳を開く。指の本数はくしくも五本だが、しかし嫌にそのシルエットがあいまいだ。かろうじて人間の腕のシルエットに近いのはわかるのだが、まるで雪の結晶か。ホログラフィックのような映像の不安定さである。ただ開かれた手から出てきたそれは、明確な形状を伴っていた。

 それは手のひらサイズに入るものでありながら、赤青黄の三色のケーブルが巻かれた装置だった。表面には液晶画面で「03」の数字。側面には押下するだけのスイッチが取り付けられている。一見して得体のしれない何かだが、真尋の想像力は著しくさえていた。すなわちそれが爆発物の類であることを、一目見た時点で判断できていた。

 真尋の手がフォークをようやく掴み、内ポケットから引き抜いたその時点で、既にその光る腕は装置のボタンを押していた。とっさに真尋は教室の状況を思い出す。仮にフォークで装置を破壊したところで、内部の火薬燃料による爆発は避けられまい。そしてそれの被害を一番に誰が受けるか――――。

 腕が孔の中に戻り、消失すると同時に、教室を覆っていた赤い結界はその存在を消す。と、考えるよりも先に、真尋の身体は動いていた。それはあまりにも、普段の真尋からはかけ離れすぎていた行動だった。ただ同時に、のちに述懐すれば真尋本人からして当然の行動でもあった。

 椅子で未だに眠っている龍子。彼女の肩を突き飛ばした上で、机の上にあった爆弾を腹に抱え、フォークを振り下ろす。かち、かち、という音が止まると同時に、制御盤が大きく欠損したのか、内部にすくっていた「目玉のある炎」と視線が合った。

 

「――――――――ッ」

 

 瞬間、真尋の視界は突然ブラックアウトした。嗚呼、いわゆる軽い発狂状態だと真尋の想像力が結論を出す。明らかに小型爆弾の中にあったのは、何かしらの神性の眷属であろうものを、SANチェッカー(精神の保護装置のようなもの)もなしにいきなり直視したのだ。そして次の瞬間、真尋の身体は大きく吹き飛ばされた。熱と猛烈な力がかかり、また耳に轟音が鳴り響く。まず天地の感覚を失った真尋は、背中から地面に激突する。と、激突した地面が明らかに「変形した」。真尋の身体の吹き飛ばされた威力に耐えられず陥没した感覚がある。が、いくらなんでもおかしい。それほどの威力で激突したならば真尋の身体もただではすむまい。にもかかわらずただ痛みだけで済んでいるということは――――。1秒もかからず結論が出た。真尋の身体は再び空中に投げ出され、そしてそのまま鼻先から「地面に」激突した。

 

「て、天井だったか……」

 

 背中よりも体の正面、鼻、胸骨と局部の痛みを覚え、気絶しそうな痛みを覚える真尋。と、その真尋の暗転した視界が揺さぶられる。嗚呼不可思議かな、他の何も見えないというのに、彼自身をゆすっている彼女の姿が、夢野霧子を名乗っていた二谷劉実の姿が見える。否、劉実ではない。その背は小さく、制服を着ているのだから、それは二谷龍子であるべきだろう。

 

「ま、真尋さん……?」

 

 茫然としたように、口だけ不自然に微笑みでも浮かべてるような形で、彼女は目を丸くしていた。冗談ですよね、と今にも聞こえてきそうな具合である。真尋はとても珍しいものを見たという思いだ。あの、二谷龍子がである。その大本を鑑みれば、おおよそこの世のすべての事象を見透かしていてもおかしくない彼女がである。何だ、このまるで何も想定していなかったかのような、そんな様子は。

 

「アンタでも、そんな顔するんだな」

「――――っ、真尋さん、しっかりしてください、真尋さん!」

 

 思わず口をついて出た感想と同時に、真尋の全身から残っていた余力と感覚とが抜けていく。腕に力が入らず、口の押えも効かず、ただただ全身に妙な熱を覚えたまま。いつ意識を失ってもおかしくない状態ではあるのだろうと推測できるが、そんな真尋に、彼女は涙を流していた。

 

「やめてくださいよ、真尋さん――――それじゃ、そんなんじゃ、私が、私が生まれた意味がなくなっちゃうじゃないですか。私はここに、真尋さんのためにいるのに、これじゃ全く、なんでそんな――――もっともっと仲良くなって、それから、いっぱい、したいことも、やらないといけないことだってあるの――――」

 

 涙を流し続ける彼女の言葉、しかしそのすべてを認識するよりも先に真尋の意識は消灯した。

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

 

 

「なんともいえない」

 

 朝食を終えて片づけた真尋は、クー子に自分が意識を失う直前の話をした。すなわち覚醒世界、この夢幻郷に至る前の事柄である。まずは敵だろう相手につながる情報を探ろうと、そして少なからず彼女とて邪神の化身であるのならば、それなりの知識を期待してもよいのではと言う判断である。が、実際のところクー子は断言することはなかった。

 

「なんとも?」

「いくつか、爆弾、というより、私に近い眷属を置いていったところに心当たりはある。空間に孔をあけた、というところ、意外とすくない」

「と言われたところで、こっちには推察するだけの情報ないんだが……」

「一つは、『惑星保護機構』。もう一つは『文明保護機構』」

 

 人差し指を立てながら、クー子は微笑む。どうでもいいことだが、見た目が十二、三歳程度の身長の低い女の子が胸を張って得意げになっている様子は、中々に愛らしいものがある。多少その光景で癒されたのか、真尋の感じていた連日の不快感は、わずかに和らいでいた。

 

「惑星保護機構は、銀河英雄騎士団。善き意志、善き知性を守ることを主とする、強大な星に仕える、天使」

「天使?」

「天使。ぴっかぴかの、ぼーぼーぼー!」

「アレもそうだったんだが、その擬音で俺に一体何を察しろというのか……」

 

 もっとも腕だけとはいえその姿を目撃したかもしれない真尋であるからして、おそらく背中に羽根を生やした中世的な人間の姿をしているそれではないのだろうと、おおよその推測は成立した。そもそも天使というカテゴリー自体「天の使い」という以上の意味あいを持たないので、人間世界から乖離すれば乖離するほどその姿かたちは異形さを増していく。このあたりクトゥルフ神話に近いものがあるかもしれないと、真尋は苦笑いを浮かべた。

 

「文明保護機構は、時空をかける知性。形に縛られず、色々な文化や文明を探して、学んで、そして保護する」

「時空ねぇ……。いわゆる”大いなる種族”ってやつか?」

「どストライク」

 

 前者についてはともかく、後者についてはおおよその正体に当たりをつけた真尋である。サムズアップをよこすクー子に少しだけ肩をすくめ、事実確認を続ける。

 

「整理すると、まあつまりだ。地球人じゃないどこかの組織が、アレ(ヽヽ)を殺すために爆弾を置いた、と。んーそうすると俺が今ここにいる理由がさっぱりなんだが……。どう考えてもアレを殺すって作戦と、俺を拷問するって作戦がつながらなさそうだと思うんだが――――って、何だ?」

 

 真尋の目の前に、にこにこ微笑みながらクー子が右手を突き出していた。「お小遣い頂戴」とでも言われているような錯覚を覚えはしたが、念のため確認する真尋である。

 

「少年、お駄賃」

「って、情報料とるのかよっ」

「とるとる。網目模様の甘いやつがいい。橙色のだとなおよし」

 

 どっちもないぞと、真尋は久方ぶりのようにさえ思える「脳に負荷のかからない」頭痛に、こめかみを軽く抑えた。

 

 

 

 

 

 

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