真・這いよれ!ニャル子さん 嘲章   作:黒兎可

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本作での声イメージ
 八坂真尋:鈴村健一
 ニャル子:浅野真澄



名状しがたき美女のような何か

 

 

 

 

 

「やぁ、どうもおはようございます」

「――――え、」

「どうかされました?」

「あ、いや、なんでもない。おはようございます」

「おじゃましてもいいですか? 外で話すようなことでもないと思いますし」

「あ、あー……、まぁ、どうぞ」

 

 冒涜的かつ忌まわしき昨晩の出来事もそうそうに翌日の朝。あまりの事件に茫然自失とすることも一種のショック状態に陥ることもなく、ただただ普段通り朝食の準備をし終えたころ、八坂真尋の前に再び彼女が現れた。まぁごくごく当たり前というか、家のインターホンを押して家主が出てくるのを待つ程度には普通の来客としてだ。何故真尋の家の住所を知ってるのかという謎はあったものの、そんな疑問は一瞬消し飛んだ。

 こうして扉を開けた真尋が一瞬思考停止するくらいには、彼女はやはり美人といえた。

 夢野霧子――――明らかに偽名なのはわかりきっているのだが、呼び名がないのでとりあえずそう仮称しよう。長い髪、愛らしい容姿、グラマラスなスタイルでかつ背は真尋と同じか少し上。おおむね二十代中頃くらいに見える女性である。ただ服装は昨日と大きく異なる。黄色の肩だしセーター、ストライプのネクタイ。黒チェックのミニスカートにニーソックスと、明らかに私服、オフの日といった格好だ。いや、しかして妙齢の美人の女性が、しかもスタイル抜群の女性がこんな格好をしているのだから、真尋からすればたまったものではない。思わず赤面するのを隠しながら、彼は家の中に霧子(仮)を案内した。

 

「朝食ですか。いいですねー、料理のできる男の子は嫌いじゃないですよ?」

「良かったら何か食べるか? ご飯とみそ汁くらいしか出せないけど」

「はいよろこんで! やっぱジパング民はお味噌汁ですよね~」

 

 何か果てしない違和感を感じはするが、それの正体がいまいちわからない真尋と、そんな彼の様子を気にすることなく対面の席に座る彼女である。

 丁寧に手を合わせて朝食を食べる彼女。特に変わった様子もないといえばないのだが、なぜか不思議とまじまじ相手を見てしまう真尋。彼女は彼女でそれを気にしてる様子もなく、白米、みそ汁、あとたくわんを平らげた。

 

「ふぅ、ごちそうさまと。じゃあお話しますか。たぶんもう『SAN値』は戻ってると思いますから」

 

 人心地つく間もなく、彼女は咳ばらいをしてにこりと笑った。

  

「あー、夕べのこと詳しく話してくれるって言ってましたっけ? っていうかなんで昨日あの後すぐにとかじゃなくって今日なのか……。オレを助けた後、そのままどっかいっちゃったよな」

「それは、『真尋さん』が連鎖的にSANチェックに失敗しそうな勢いだったので、多少日常回帰してあげてからの方が良心的かなーと。自然精神分析ですねー」

「いや、あの、言ってることがよくわかんないっていうか。……って、あれ、オレ、名前言いました? なんで知ってんだ?」

「そこは、ほら。企業秘密ってやつですよ」

 

 満面の笑みで指を立ててそう言い切る彼女。なんだろう、美人なのだがその仕草は異様に胡散臭い。ただ「冗談ですよ」とくすくす笑いながら、霧子(仮)は話を続けた。

 

「まぁまず質問事項を整理しましょうかね。おおむね予想はつきますが。

 ①昨日真尋さんを追ってたあの化け物は何か。

 ②それを退けた私は何者か。

 ③SAN値って何か」

「いや、最後のは知ってる。アレだろ、海産物になみなみならない恐怖心を抱いた人間が書いたような類の……」

「おっと、予備知識があるのなら話は早そうですね。ことクトゥルフ神話がここから重要になってきますので、そこお忘れなく。

 ……っというより、意外と真尋さん、口が悪いです? 友達いなかったりするんじゃ……」

「うるさいっ、っていうかほぼほぼ初対面の相手に心配されることではないわっ」

 

 つい反射的に悪い口をきいてしまった真尋であったが、しかし霧子(仮)は特に怒らずにこにこしている。これが大人の女性の包容力というものか、あるいは単に話を適当に受け流しているとみるべきか。いまいちこの女性そのものについて、その存在自体に胡散臭さを覚えている真尋であるからして、そのあたり判然としない。

 

「ちなみにクトゥルフ神話的な知識として、どれくらい知ってるか聞いてもいいですか?」

「大体、原作者がかかわってる範囲は知ってると思うぞ。深く海で眠り続ける巨大なタコ頭の邪神クトゥルフとか、割と人類守ってくれるけど憑依されたら骨なくなるハスターとか、大体こいつが黒幕といっても過言じゃないかもしれないニャルラトホテプだとか――――」

「あー、結構です。十分っぽいですね。というより、普通に読んでるレベルの知識っぽいですね。高校生の読書としては中々重いものだと思ってますが……」

「そんなことはどうでもいいから。……っていうか、なんでオレの名前知ってるんだ」

「では丁度良いので、①から順当に説明していきましょう」

 

 やはりにこにこ笑う彼女。だんだんとこれがアルカイックスマイルなのではないかと疑い始める真尋である。

 ともあれ彼女の話をまとめればこうである。彼女が所属するとある秘密機関(名前を出すと消されるとか言っていたので無理には聞き出していない)とやらが、これまた別な秘密組織(なおこっちは表向きの名前として挙げられたものを知っているレベルらしく逆に教えられないとか)が企てた人身売買の情報をキャッチする。相手組織に潜入していたスパイが入手したそのリスト。

 

「で、その人身売買のリストにオレの名前があったってわけ?」

「そうなりますね。情報が正しければ真尋さんをさらうこと、何かの儀式の時間が書かれていました」

「儀式?」

「まぁ平たく言ってしまえば、いけにえってやつですね。選定条件は向こうにしかわからないのですが、それでも相手はちゃんと真尋さん個人を狙ってきてるってことです。いやー、危なかったですね昨晩は」

「マジかよ……」

「マジもマジ、大マジですよ。ちなみに私はそのリストに載っていた真尋さんの個人情報のおかげで、真尋さんのご両親が結婚十七年目にして十七回目の新婚旅行に出かけてることとかも知ってたりします。ご愁傷様です」

 

 正直その情報を知られていることに関しては、返す言葉もなかった。情報を知られているという事実からして相手の言っていることの信憑性について、というよりも、年頃の息子一人をおいてTPOをわきまえずいちゃつくあの両親が長期で出かけていることについてだ。

 気を取り直して頭を左右に振る。真尋はふと、重要なことを思い出し、そして気づいた。

 

「……なぁ、まさかとは思うけど、その敵対組織とかって、クトゥルフ神話とかに関係してたりするのか?」

「おぉ、アイデア! なかなか想像力がおありですね」

「いや順当に考えればそういう話にならないか? この流れ的に。……でも、っていうか、そもそもそれってマジなの? 本当に?」

「おおむねマジです。さっきからたいがいマジしか言ってない気がしてますがマジです。まー、しいて言えば邪神同士は属性があったり敵対関係が直接存在してるって訳じゃないみたいってくらいですかねー。いうなれば全員、潜在敵と言いましょうか。敵の敵は味方に一時的になることはありますが、基本最後は蹴落とす姿勢ですね」

「なんだか邪神から直接聞いたようなこと言うなアンタ」

「って、発狂した友達がげらげら笑いながら言ってました♪」

「穏やかじゃないなぁ」

 

 いや、だがその話が実際真実なら、ある程度説明がついてしまう事柄がある。昨晩の真尋の身に起きた異常についてだ。怪物に追われているさなか、突如明らかに自分で自分の肉体や衝動が制御できなくなるタイミングがあった。そのいずれもが怪物の声や姿をとらえたときに起こっていた出来事ならば、それは怪物の有様がまぎれもなくこちらの正気度合――――すなわちSAN値をダイレクトに削っているということだろう。

 

「クトゥルフって創作じゃないのかよ」

「んー、ほら、御大のお弟子さんみたいな人にXXXXって居たじゃないですか。彼がもう本当にそっちの秘密結社の人間で。体系化されるまでは予想してなかったと思いますが、世に知らしめることで彼らが目的とする神の存在を広く知らしめるのが目的だったみたいですかね。そもそも御大が海の手のものに強い恐怖心を抱いていたからこそ、あっちのチャンネルが受信できたんじゃないかと私は思ってますけど」

 

 筋が通っているようないないような。しかしやはり、どっかで実際見てきたようなことを言う女性だ。

 ともあれ、と彼女は胸を張りながら続ける。

 

「このままいけば日曜日か月曜日、つまり明日あさってのうちどちらかで儀式を決行するような算段みたいですので、真尋さんがそんなつまらないことでコロコロされてしまわないよう、私が誠心誠意ボディーガードするっていう話ですね!」

「コロコロいうなコロコロ。って、なんでそんなとこだけ無駄にテンション上がってるんだ……」

 

 軽く頭を押さえる真尋に、彼女はきょとんとした後、こう言ってのけた。

 

「だっていくら化け物とはいえ、合法的に、物理的にいたぶることが出来るじゃないですか」

 

 このセリフを聞いた瞬間、ああ昨晩みたあの非人間的というか、冷血を極めたみたいな顔は見間違いじゃなかったんだなと、謎の納得を得た真尋であった。

 

 

 

 

 

 

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