「――――少年、少年、おなかすいた」
ぺち、ぺち、と頬に軽い痛みともつかないやわらかな威力を感じ、真尋は目を開ける。
視界は真っ暗。体を起こそうとすれど、左腕に力が入らずバランスを崩し、再度仰向けに倒れる感覚がある。頭こそ打ちはしなかったが、倒れた背中の質感はコンクリートよりは柔らかく、しかし石づくり独特の安定感と冷たさがあった。思考が成立していない真尋だったが、程なくして視界がちらちらと明滅しながら安定すると共に、焼き切れていた思考回路がつながり始める。体感的には酷く気分が悪い。おそらく強制的にテレビの電源でも落としたようなものであろうと考える彼ではあるが、だからといって一度死んだ記憶まではそうやすやすと消し去ることはできない。だがそれでも、自身を覗き込むクー子に感謝の言葉を述べる程度には真尋は冷静さを取り戻していた。
「ここは……、見覚えがあるような、ないような」
クー子に起こしてもらいながら、真尋は周囲を見渡す。暗所、薄暗闇に輝く巨大な文明の跡地を連想させるそれは、しかしいかんとも真尋のような人間のサイズを基準に考えれば大きすぎるものである。少なくとも真尋の前方数十メートル先に「はっきりと」見える階段の段差でさえ、ゆうに真尋の身長は越していそうだ。真尋の身長を基準に考えれば、少なくとも5倍以上の開きがそこには存在する。
と、再び真尋の視界が真っ黒に染まる。ふと真尋は、おそらくこれは夢で拷問を受け続けていたことによって下がり切った正気度の影響だろうと判断した。いまだ左腕の感覚がないのも、ショゴスにとりこまれかけたのが直接の原因か。
「少年、見えてない?」
「…………、大丈夫だ、今は見えてる」
数秒で回復した視界。自分の左腕の状態を見るために視線を下ろしていたのだが、復活した目によって見えた彼自身の服装は、ちょっと想定外のものだった。おそらく顔形そのものは変わっていないだろうが、服装が大いに異なる。それは根底を洋服の形式に合わせたものであるのだが、用いられている概念としては現代的なそれではなく、より古き時代のエッセンスを持ち、しかしかつ現代的な用法を前提としたデザインのものである。白いワイシャツのような形容に困る上着、外見の生地の厚さに反して異様に快適に動き回れそうな違和感を感じさせるパンツ。さらには首にはタイと形容するにはあまりに長く、しかしマフラーとするにはあまりに分厚くというそれが乱雑に縛られ留められている。
「物質的に俺、こっちに突入はしてないよな。とすると物質変換は起こってないだろうし」
「?」
不思議そうに頭を傾げるクー子に、劉実だったらもっと良い感じのリアクションが返ってくるだろうと思わず苦笑い。彼女にそれを求める話ではないのだが、それでも確かに本人の弁の通り、真尋に不快感を抱かれない、というよりも真尋が接しやすい人格として成立していたのだろう。
もとよりドリームランド、幻夢境とは「潜在意識に存在する」並行世界のようなもの、らしい。異世界、パラレルワールドと言うにはもっと観念的な要素も強く実在性もあやふやではあるが、一定のプロセスを踏むことでこの世界への侵入を可能とする。そもそもこのドリームランドそのものが、知性体の観念によって成り立っているような記述が散見されることからも、本来の意味での異世界、パラレルワールドとはまた別なものなのだろう。ともあれこちらの世界に来る際に、眠った状態で突入する方法と覚醒世界から直接突入する方法とがあるのだが、そのうち後者である場合、もともとあった物質世界のその恰好や装備が、ドリームランド基準の文明レベルにおちた状態の物体に置換されうるのだ。ゆえに服装が異なっていることに対して真尋はそう考えたのだが、しかしそもそも意識のない状態で、かつ夢の中と断言された以上、実態はおそらく異なるだろう。少なくとも、すぐさま答えが出る問題ではない。
なお真尋はその情報を思い返し、どこか違和感を抱いてはいるが、少なからず基本として知っている情報は彼のリアルクトゥルフ神話知識に準じる。
真尋は上半身を起こし、周囲を見渡すと、その場には夥しい数の得体のしれない物体が転がっていた。それは元はおそらく流動性のあるタールめいた液体のような半固形の有形生物であったろうことが想像できる有様をしていたが、しかし実態として転がっている死体めいたそれらの残骸は、やはり一目で生物という在り方に対してひどく冒涜的な姿かたちをなしていた。たとえば有形の物体と化しているうちの一体は大型の皮膜の内側に筋繊維を編んで作り上げられたような骨格を模した何かがあり、それが口を開いて牙を持ちうめき声でもあげているかのような形状にその穴を歪めており、また別な個体に関してはチープな映画のモンスターのような顎を持つ、頭の上半分がなくひたひたと液体が垂れているそれで胴体に関しては人体を裏返しにしたかのように内臓などがてらてらと光っており、しかし実際のところその内臓さえも末端のパーツに行くにしたがって部分部分が筋繊維のようなものが寄り集まって編まれたものであることが明らかであり、それらの正体が一律に同一の生命体であったろうことを容易に想像させた。
真尋はそのディティールについて詳細を想像するよりも先に視線を逸らし、思考を停止した。夢の中ではついぞ不可思議なほどにまでできなかった現実逃避であったが、もはや生命の危機を直感するほどの猛烈な勢いで視線をそらした真尋である。そしてクー子がその視線を追って「全部死んでる」とぼそりとつぶやいた。
「……こいつら、夢の中にいた奴らか?」
「たぶん。ヴァルキリーとかはイメージの塊だけど、これとかは別」
「そうかい。……しかし、ドリームランドを一気に抜けることは出来なかったか」
「?」
とりあえず逃げるぞ、と立ち上がる真尋はクー子の手を引く。不思議そうに彼の背中を見つめるクー子。真尋はそのまま、彼女が転ばない程度の速度で走り出した。幸か不幸か、視界は安定しはじめている。左腕が使えないことを除けば、意外と真尋の肉体(?)はダメージを負っていないらしかった。
広がる世界は経済成長期のアメリカとバロック建築とをいびつなように合成したような光景だ。地平の果て、空の限界は地下の天井がドーム状にこの場所を覆っていることを認識させる空洞である。そして都市自体は真尋の知る見る限り、やはり人間よりも大きなサイズの生物種に合わせられた構造をしているように見えた。明らかに真尋にとって初見であるべき光景である。実際、彼に見覚えはなかった。
だが――――なぜか真尋は、どこに向かえばよいのかという認識があった。
「どうした?」
真尋が直感に従って急ぎ足で移動していると、クー子がどこか納得のいっていない表情であることに気づく。彼の問いに、クー子は「さっきの」とだけ返した。
「なんでアンタに俺を殺させたかって? ……いや、むしろ俺が謎なんだが。あれで予定ならドリームランドそのものから脱出できる手はずだったんだが……」
「なんで脱出できる。というか、そもそもなんで死ななかった?」
「あれは、たまたまだろ。七割くらいの確率だろうって思ってた賭けで、まあ、一応勝ったってだけの話だ。前提条件はいくつかあるが、代表的なのは二つだ。敵の行動目的と、夢で出来ることの限界だ」
「限界とは、どういう?」
「とりあえず順番通り説明するが、相手の行動を振り返ったときのことだ。そもそも俺を発狂させるために行動を起こしているのはわかったんだが、だったらもっと簡単に一度、夢の中で俺を殺してしまえばいいんだ。普通、自分が死んだとか、死ぬほどの痛みとか、それだけでも十分に精神的にすり減らされる。肉体が死なない以上、これは最高の拷問と言えるかもしれない。だというのに相手がそれを手段として使ってこなかったってこと。これが最初の違和感だ」
敵の目的が真尋の精神をすり減らし、彼らの意のままに扱えるように弱らせるなり発狂させるなりであろうという推測が、ノーデンスと話した時点の真尋には思い浮かんだ。そこから逆算した結果、しかしだからこそ相手が真尋を殺しにかからないことに違和感が出たともいえる。
「まあ、確信を抱いたのはついさっき? ショゴスに取り込まれかかってた左腕に、フォーク振り下ろした時だ。あの時、俺の手に対して全くダメージが与えられなかったというか、ぶっちゃけ『手を貫通してるのに切断も何も発生していない』っていうか、ゲームのCGの当たり判定がないやつみたいなって言ってわかるか?」
「?」
「まあ、とにかく通常ありえない状態だったんだよ。で、そうまでして俺にダメージが入らないとすると、そこから考えられる結論は二つ。一つは、俺は俺自身を傷つけることはできない。もう一つは、相手は俺を傷つけることが出来るがあえて傷つけてない、もしくはデメリットがある。で、そもそもよくよく考えてみれば――――ドリームランドで一度死んだ人間は、二度とこちらに来られなくなる代わりに、現世で意識を覚醒するはずだってことを思い出した」
あくまで書籍準拠の知識なので真尋としても半信半疑ではあったが、しかしそれに該当する方法で現世に帰ることが出来るということだけは、真尋の想像力は確信していた。それ故に上記2条件をクリアした状態で死ぬ方法として、彼はクトゥグアを使用することを決意した。
「とりあえずこっちには出てこれたが……。正直アレだな、二度と御免だね。思考が火でぶった切られるって、あんな感じなのかって思った」
「少年、その死にたくないって発想は、普通」
「だろうよ。……まあ、そこまで俺も発狂してなかったっていうことは喜んで良いのかもしれないが、どちらにしても夢の拷問らしきものからは脱出できたんだろうってのはわかる。なんであそこにショゴスが転がっていたのかは知らないが……」
おそらくそれに突っ込みを入れ始めると、考えることを止めて保った真尋の正気が一気に削れるだろう故に、真尋はそこで思考をストップした。実際はおぼろげながら予想を立てられなくはないが、既にここは夢の中「ではない」、もう一つの現実世界だ。SANチェッカーさえ持たぬ人の身であれば、そこの運用は慎重に慎重を重ねるに越したことはない。
ともあれ話している途中で、真尋は視界の端に触手めいたマゼンタ色に輝く何かが映ったのを確認して、前方に出るのを中断しクー子と共に隙間から前方を覗いた。そこには角を持つ毛むくじゃらの小柄な人間のような生命体、少なくとも文明や知性を持つことがわかる服らしきものを着用した何かが、手に形容しがたい銃のようなクロスボウのような槍のような道具を運搬しつつ、周囲に視線を巡らせていた。パトロールか何かだろうか、真尋はそれを見て一切の正気度喪失を負わずに、その視線がこちらからそれた瞬間を見計らい、側方の小道に走った。
「人間もどきっていうか、亜人種っていうか……。って、いや、明らかにさっきムーンビーストらしきものが見えたようなきがするが……。って、いや、おかしくないか?」
咄嗟に逃げ出した真尋であったが、しかし情報を整理して違和感を覚える。先ほどの連中に見つかると何か危険であるということが真尋の中に確信としてあったものの、しかしそれに関連する種族は、つまり「ムーンビースト」ないし連中の奴隷であるところの「レンの人間もどき」ないし、それら共に這い寄る混沌に従属している生命体には違いない。であるならば本来ならば真尋に危害を加えることはできない、あるいは危害を加えうる可能性があるなら一目散に退散するはずであるが、ならばこの状況は何が違うのだろう。
「這い寄る混沌の気が変わって俺を取り込むことにした……、ならわざわざドリームランドまで出向いて色々やる必要はないだろうし。とすると、ムーンビーストには俺の知らない何かがあるってことか?」
「――――ッ、少年っ」
ぐ、とクー子が腕を引き真尋の足を止める。次の瞬間、眼前にどさりと「何かが」落下してきた。それは明らかに真尋が本来なら足を踏み出していただろう場所におり、かつ振り上げた腕がまるで人間の首でも掴んでそのまま地面に背中から押し倒すような、そのような動きをしていたところまでは真尋にはわかった。この時点で、真尋はなぜこのタイミングで視界が暗転しないのかと心底思った。思ったところで実際視界が暗転すれば窮地そのものなので、まったくもって笑うことができないのだが。
それは立ち上がる。姿はおおよそ三、四メートルほど。逆関節の足を持った白い胴体、しかし全体をみれば不思議と人間を連想させる。もっともその手足の先端が三十センチ以上の長さを誇る触手めいたそれであったり、全身に黒い刺青のような文様のようなものが彫り込まれていたりする。立ち上がった姿で見れば、頭部に該当する個所は女性人体のとある局所を思わせる裂け方かつ開口部からはドレッドヘアのごとくマゼンタ色に発光する紙のような舌のような触手のようなものが何本も垂れている。かつ総じて重量感を感じさせるその形態は、しかして本来のムーンビーストと形容するには違和感のある様相をしていた。
『――――――――』
「っ!?」
開口部が更に開き、その奥から咆哮するかの声が聞こえる。と同時に、周囲からざわざわと蠢く音やささやくような声が聞こえる。明らかにその動きは真尋たちの存在を周囲に知らせる声に違いあるまい。と、眼前の巨体は巨体に見合わぬ速度で腕を振り上げ、猛烈な勢いで真尋たちめがけて振り下ろす。咄嗟に飛びのく真尋と、彼をかばうように前に立つクー子。クー子がその触手めいた腕を受け止めると同時に、彼女の足元の古代コンクリートの地面にひびが入った。
「な、な、ななな、な――――」
「エリート」
ろれつが回らない真尋に対し、クー子は特に何も感想がないのか、淡々と言う。
「使徒。遣い。改造種。しいて言うなら
「……そうかい」
少なくとも真尋の持ちうる知識の外にある存在であることは十分に理解できた。おそらく本来のムーンビーストの強化された存在であるということはわかったのだが、しかしてそれ故に全く対策の立てようがない。このままぎりぎりとクー子が力比べを続けていてもそのうち相手の奴隷に囲まれるだろうし、そうはいっても真尋たちが直接この月獣人と戦って逃げきれるかというのも疑問といえば疑問である。既に両手を発火させて殴り合いを始めているが、相手は名状しがたい鎌のような何かを振り下ろして、クー子と互角の様子である。
クー子、いや、クトゥグアを使うか――――。ノーデンスの言葉を思い出す真尋。真尋の場合、二回が限界と言っていたか。ならばもはやこの場において、使うなら今しかあるまい。真尋が懐を探ると、案の定というべきかフォークらしきものがそこには存在した。それは二股の、ややさびた金属の、かなり古い型のもののようである。ともあれそれを構え、だらりと垂れた左手の甲を見る。が、ちょうどそのタイミングで真尋の想像力は、とてつもなく嫌な予感を覚えた。ありていに言って、彼自身がクー子に焼却されるイメージだ。いや、確かに考えればこの場で使う以上それは必須で、かつクー子によって真尋が殺されるので現実世界に帰ることができるわけであるが、しかしそういう類の確信ではない、もっと根本的な死を予感させる直感である。そして真尋は気づいた。そもそもノーデンスは人間基準に合わせて物を考えることが不得手なのだ。だから人間の姿に化身して真尋の前に現れたのだろうとすると。そこから考えれば「二回は限界」という言葉の意味を、より深く考える必要がある。それはつまり「二回以上は撃てない」という意味ではなく「二回撃ったら死ぬ」という類のニュアンスだったのではないかと。
「どうもそっちが正解っぽいな」
そしてその考えに一律確信を得て、彼は周囲を見回した。集まってくるそれらは、彼が今まで見てきたどの神性、どの神話生物の類と比べても彼の正気度を削るに値しない。あくまで人間のシルエットではなく、人間ベースの要素に獣の要素を足し引きしているからか。しかして周囲一帯を覆う数はゆうに二十は超えそうで、これくらいの数の存在が手に槍のようなものを構えている様は、狂気とは別種の命の危険を真尋に感じさせた。
瞬間、真尋は考える。現状を打破する方法として一番最適なものは――――――。
「――――ッ、飛べるかアンタ!」
月獣人と互いに異種格闘技戦のような有様となっているクー子に真尋は叫ぶ。と、クー子は首を「百八十度」回転させて後ろを向き「ぎりぎり」とだけ返し、また戻した。瞬間真尋はクー子の背後に無数の悪魔のような幻覚を見たような気がしたが、きっと気のせいである。しかし彼の叫びに何をしたいのかを察したのか、クー子は相手を蹴り飛ばして真尋の方に急いで駆けてきた。そのまま彼の身体を抱きしめ、耳元でささやく。
「今度は、吐かないで」
「……善処する」
次の瞬間、彼女の足が「爆発した」。いや、以前から真尋も本当は察していたのだ、例によって彼女の足はメルトダウンするかのように発光し輪郭があいまいに消失しながら、そのすべての肉であったろう個所を燃料として発動し空中へ飛んでいたことを。が、しかしそこまで真尋の想像力は楽観的ではない。改造種、とか言っていた時点でこの程度、何らかの得体のしれない方法で対応してくるだろうという予想があった。事実、下方から「巨大なコウモリのような羽根をはやし」、月獣人は飛び上がりこちらに向かってくる。距離にして二十メートルはあるかないか。速度的には向こうの方がやや早いといえるかもしれないが、この状態でクー子に戦闘をさせることが無謀であることくらい、真尋も十分理解している。となると必然、右腕しか使えない真尋がフォークを構えて戦うことになるだろうという前提で、彼はそっと旧いフォークを取り出し――――。
「――――――っ、って、できるかっ!? ふざけんな、高校生なめんなっ」
クー子の風圧に負け、手元からフォークがあらぬ方向に飛び去ってしまった。それは月獣人の身体にぶつかると、そのまま適当な方向に落下していく。武装が完全になくなってしまった真尋であるが故に、対応する方法が全くない。さすがにこの状況は完全に詰みといえた。
――――真尋の脳裏に頭痛が走り、一瞬、何かのイメージが映る。その実態をとらえるよりも先に、彼らの後方に「すすけた黄色い外套をまとった」何かが、月獣人を殴り飛ばした。
『――――――』
「――――っ」
ちらり、とその頭まで被った外套から、赤い視線が真尋たちに向けられる。真尋の脳裏にはこの状況でこの場にいることの妥当性を無視して、既に脳裏には見たことも聞いたこともない戯曲が流れている。仮面をつけた王、黄衣の様相は間違いなく外宇宙が神格の一つであろうし、彼の正気度を削るものであり、そもそも真尋自身その戯曲を見たことも聞いたこともないのだが、どこからともなく彼の知識に入り込んでいる以上は死者の書に記載があるのだろう。ともあれ、そんな金縛りにあったような真尋の頭上で、クー子は頷いた。
「よろしく」
『――――』
真っ黒な、五本あるトカゲのような指のうち親指を立て、背を向ける黄衣の何者か。それは下方から再び上昇してきた月獣人に向かい、飛び蹴りを決めそのまま街に落下していった。破壊された建物の破片が飛び散り、煙が上がる。
「少年、どっち?」
「……あ? あー、あ、ちょっと待ってろ」
下方、未だ何者か覚醒世界にあってはならない異形の存在が対決を続ける中、真尋はこの地下空間らしき場所の全域を俯瞰して考える。ある程度の発展した文明がかつてこの地に存在したことを思い起こさせる場所でありながら、しかし町全体の構造はかなり区画割りされており、似たような風景が続く。土地勘のないものが一目見て、何をどう街の構造を把握できるかという話ではある。そもそも真尋がここに来たのは初めてであるのだから、あくまでも直感に従ってどっち、と指さすくらいしかできようはずもない。
だが、真尋は頭を押さえながら、確信をもって指をさした。
「あの、緑色の棟のところに、後で」
「後で?」
「準備がいる。蜂蜜酒がいる」
真尋本人は気づいていなかったが、その時、彼の喉から出ていた声は「普段の彼の声とは完全に異なった」それであった。
本作でのCVイメージ
存在しないはずの記憶をたどる真尋:石田彰