真・這いよれ!ニャル子さん 嘲章   作:黒兎可

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今回もちょっと短め
※前回から終盤戦なので、色々と本作的にヤベーイ! 情報がぽんぽん出てきます。なので前の話をお読みでない方は、とりあえず2章だけでも網羅してからを推奨します



偽史 vs 推理

 

 

 

 

 

 

「その火の神格というのは、そもそもがその構成論理に無理があり、また説得力が破綻しているとはいえないだろうか。例えばその理由について知っているか?」

 

 クー子のいた場所にあるのは、もはやただの黒い消し炭のような死体のみ。もとが女性の死体であることはわかるが、人相などについては完全にぐずぐずに砕けており原型をとどめていない。腕回りがごちゃごちゃ色々ついているように見え、体系はうっすらグラマラス、わずかに首元にマフラーのようなものが残り、なぜか胸の中央がうっすら光っている。そんな有様となったクー子に対して、真尋は先ほどの暗黒のファラオの一言で、至るべきでなかった結論にまで自分の想像力が及んでしまったことを確信した。決して相手に乗せられたわけではなく、しかしそれでも確認するかのように真尋はその言葉に答えた。

 

「……もともと、クトゥグアって存在そのものが、つじつま合わせで定義された邪神だからか?」

 

 真尋の知識からしてそれは、クトゥグアそのものについての記述というよりも、そもそもそれはクトゥルフ神話における四台元素分類と対立構造そのものについての基礎情報が必要になるかもしれない。

 そもクトゥルフ神話における世界観というものは、H.P.ラヴクラフト師がしたためた原著たる恐怖小説群を基盤に、複数作家によってその世界観を「なんら先触れなく」複数作家間で共有し使用することで、一時代の読者たちがその背後関係に共通の神格を見出させることにあるといえた。共通するものは設定ではなく概念であるのだから、そこに設定の体系化は行われず、またぶれが存在することも当然ある。このかなり実験的な試みが成功したかどうかといえば、今日でのかの作家の扱いを鑑みれば想像だに難くない。それに真っ向から抗うかのように、かの弟子が一人としてオーガスト・ダーレスはこの試みを表向きにした。その際に設定が固まっていなかった、逆に言えばその分未知の領域が大きかったその神々を、分類し体系化する。この折、とある作家の指摘により発生したものがクトゥグアだ。

 それに直結する分類は、いわゆる四大元素に対応させた分類である。善悪二元論的な分類については別として、火、水、大地、空気の四つに分類し、それぞれ対応する属性が敵対しているとする。その際、定義に存在しなかった火の神格として、新たに創造されたものがクトゥグアであるとされている。

 実際問題として、真尋の目の前にそのクトゥグアが肉体をもって、また神としての能力や姿もともなって存在していることから、真尋自身はこの話とは別にクトゥグアという存在がれっきとして存在していると考えていた。だが、現状のこれを見るに、事情はいくらか異なるのだろう。ノーデンスの若い化身は言った。少女はクトゥグア未満の化身だと――――。

 

「そもそもかの火の神性そのものについては、その定義に関する情報さえほとんどない状態だ。ただその中においても這い寄る混沌との因縁について――――つまるところかの神の住まう森を焼き払ったということについて広く知られている。だが大前提として『そんな事実はどこにもない』。いわゆるンガイの森そのものは存在している事実はない。だが這い寄る混沌は現在同様に警戒をしている。それは何故だ?」

「……事実として全く同一の事件があったわけではないが、それに近い事件が過去に起こっているということか」

「正解だ。嗚呼そうだ、そうであろう、それでこそだ」

 

 心底嬉しそうな声を出すネフレン=カに、真尋は全身が怖気立つ。ファラオはそんな真尋に構わず言葉を続ける。

 

「だがそれもまた、完全に正解とは言い難いところがある。そなたのその思考の結論が『死者の書』に記載されている過去、現在、未来すべての暗黒神話にまつわるそれであったとしてもだ。それを引き出すそなたのバイアスがかかるからこそ、その事実は必ずしもすべての正解を引き当てるとは限らない」

「何が言いたい」

「例えばそう――――クトゥグアにまつわる事象が起こったのは、それよりもはるか未来、20世紀に入ってからだ。事細かに語りはしないが、その際に這い寄る混沌と相対したかの『闇を照らせしもの』は、すべての前提をひっくり返す方法を用いたのだ」

 

 この時点の情報で、真尋の想像力は正しくその解答を導き出していた。その情報こそ、クトゥグアがクトゥグア未満と呼ばれていたその原因。すなわち、クトゥグアという存在の「あいまいさ」に直結する。

 

「火の神にまつわる信仰そのものは全くなかったわけではなったが、いずれも這い寄る混沌を退けるほどの能力を、威力を、存在としての強度を誇るものではなかった。だからこそ、それら全てを束ね、創作にいわくの『クトゥグアという存在を再現しうる』術式をくみ上げた――――!」

 

 おそらくその時点で、その探索者だろう誰かは正気を失ってしまったことだろう。それほどに、なされたことが異常であることを真尋は、真尋の繋がっている魔導書は理解していた。

 

「――――つまり、クトゥグアとは『魔術』であって、神ではない、か」

 

 様々な火の神格――――おそらくヤマンソなどを含むそれら――――から、文字通り必要な部分の要素のみを切り出し、つなぎ合わせ、あたかも一つの神であるかのような振る舞いを確定させる。であるならば、詠唱の失敗はつなぎ合わせ、あるいは呼び出す他の神格のバランスを崩すことにつながるのだろう。だからこそクトゥグア召喚の方法は非常にリスクが伴っていると言える。つまるところ、クトゥグアは逆なのだ。神が先にあり伝承が後についたのではなく。伝承が先行し、それを後追いする形で人為的に形成された存在なのだ。

 

「虚飾、すなわち我から言わせれば虚飾に他ならない。だからこそ、ここにおいてアレは脆いのだ」

「要するに、観念的な世界だからこそ、もともとの存在の実在性があやふやな、そんな存在だからこそ這い寄る混沌みたいな、形成がしっかりとした神には弱いって、そう言いたいわけだな」

「手間が省けて助かるな」

「だったら、だとしても、だからこそおかしいじゃないか。だったらあのクー子っていうのは、一体何なんだ――――いや、違うのか。あれもクトゥグアじゃないのか」

 

 眼前の暗黒のファラオは言った。クー子は第三者が作った存在であると。そしてまた真尋が作りうる存在であると。死体を見る真尋。その腕には、腕時計のような、しかしぐずぐずに炭化して燃え尽きているものが取り付けられている。

 

「独立した神としての存在でない、とするなら……。そもそもあの人格自体は、誰かが意図的に作成した設定みたいなものとか、そういうことか。つまりクトゥグアとは全く別な術式で作られた、魔術――――」

「あれは、クトゥグアの召喚術式『そのもの』だ。有機体の体を成してはいるが、本質は魔法陣の方が近い。しかしこの程度の情報でそこまで答えるに至るのは、やはり素晴らしい。だからこそ――――」

 

 暗黒のファラオは真尋を見て、くつくつと笑いながら足を踏み出す。真尋は後ずさるに後ずされない状況だ。身体は既に無貌のスフィンクスによって取り押さえられており、クトゥグアだったはずの死体――――おそらく真尋が彼女を虚飾によって構成された何かだと認識したせいで変化したものなのだろうそれを見て、猛烈に頭が回転を始める。明らかに真尋にとってさらに不都合な真実を、彼の正気を消し飛ばすだろう想像の結果が導き出されるだろうそれを前にして。

 しかし、真尋は――――。

 

「――――ふざけてんじゃ、ねえってっ」

 

 先ほどまでの混乱と動揺がウソのように、腹の底にふつふつと、燃えるような怒りを感じた。果たしてそれは何に由来するものか――――彼を守ったかの存在の敵対に対する事実か、はたまた直前まで自分を守った少女の姿をかたどった何者かを、こんな形で追い詰め消滅させたことに対する義憤か。真尋はそれを判別することさえ放棄して、思考をまわす。例えこの場で正気を消し飛ばしても良い。何か眼前の相手に対して、一手、一手を打てなければ――――。

 このとき、真尋の認識は時間を置き去りにした。彼にとってのみ、世界がひどく緩やかに回っているように感じられるこれは、それ自体で一つの狂気の世界だ。だが彼はこれを好都合と、己を取り込もうとする相手に対して理性を総動員して考察した。

 ネフレン=カは言った。目的は真尋を取り込むことであり、狂わせ壊すことであると。だが恐怖させることは直接の目的としていないとも。また彼は言った。クトゥグアの存在について語る際、その事実そのものは過去に存在しなかったと。だとするならば、そもそも歴史上に存在しないだろうネフレン=カという存在はどう説明をつけられるのか。また、ネフレン=カは言った。己は最も古き「闇を照らせしもの」と。そしてこの存在は、同じ言葉を、一体どういう意味合いで使用したか――――。

 

「――――っ」

 

 真尋は胸元からフォークを取り出し、投げつける。その金属には稲妻が走り、電気的な理屈を用いて人間の腕力で放てる速度を超えた加速を始める。ネフレン=カは咄嗟に腕を重ねて胸の中央をかばうような動きを見せる。かつて真尋が対決し決着させた這い寄る混沌の化身をしても、その中核に輝く立体を持っていた。そうであるが故に、おそらくそれが化身の中心部といえるものなのだろうという推測を立てることは簡単だが、だからこそよほどの事情がなければ簡単に一撃を入れさせてくれることもない。

 だが、真尋の狙いはそこにはない。相手がひるんだ一瞬で、真尋はクー子だった誰かの死体の「胸の中央に」、残りのフォーク一本を突き刺し、抉った。果たしてそこから現れたものは、ネフレン=カの胸のそれと同様のものであった。真尋はそれを見て、ひどくうれしそうな、悲しそうな、寂しそうな、こらえたような苦笑いを浮かべた。

 

「……まさかとは思ったさ。まさか、元がアンタだったとか予想できるわけないだろっ」

 

 真尋はそれに対してフォークを振り下ろした。刺さったフォークから入った亀裂が、内部の中央に至ると同時に結晶から光が失われる。それと同時に、周囲から光が徐々に失われていく。まるで多面体そのものが周囲から光でも吸収しているかのようだ。そしてその変化を前に、無貌のスフィンクスも、ネフレン=カでさえ後方に飛び、退避する。明らかに真尋の、その手に持っているものに警戒を見せているその有様を前に、真尋は自身の推理が外れていないことを確信した。

 やがて暗黒が真尋の背後を支配すると、そこから巨大なシルエットが出現する。それは硝子か黒板をひっかくような音をならし、発泡スチロールの摩擦するような音の羽ばたきをまき散らす。鱗にまみれた馬のような頭、鳥のような蝙蝠のような翼と胴体にも鱗はびっしりと生えており、またその大きさだけで無貌のスフィンクスと同等のサイズ感である。それはそのままスフィンクスめがけて襲い掛かる。一方で、しかしネフレン=カはそれに加勢することはない。

 真尋の背後の暗黒から、もう一つのシルエットが現れる。頭まで覆う黒い外套はそれだけで魔術師めいているが、その下が明らかに外套と合っていない。黒い革ジャケットとスラックス、白いシャツをまとっていることが見て取れる男は、真尋の少しだけ前に立つと、フード部分を後ろに流した。長い髪を頭の後ろでまとめた、それは美しい男だった。日本人離れした顔立ち、整った印象のある雰囲気はどこか劉実や龍子を想起させる。大体二十代後半から三十代前半くらいか、涼し気な印象を与えるその様は、しかしどこかその超然とした様相に、真尋はひどいデジャビュを覚える。間違いなく、まず間違いなく、真尋は男が何者かを理解していた。

 

「ニャルラトフィス……!」

「――――この姿のときは、暗黒の男と呼んでくれ。我が愛しき『最初の』探索者」

 

 聞きなれない、異なる名で呼ぶネフレン=カに対して、暗黒の男は――――ニャルラトホテプは、やはり涼し気に、嘲笑うように超然とそこに存在していた。

 

 

 

 

 




本作でのCVイメージ
 暗黒の男:井上和彦

真尋の推理内容などについては、後半について追々・・・
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