真・這いよれ!ニャル子さん 嘲章   作:黒兎可

26 / 51
偽史 vs 混沌

 

 

 

 

 

 

「しかしその名前で呼ばれるのも久しいね。実に百二、三十年ぶりかな?」

「き、き、何故貴様がここに――――っ」

 

 涼し気な男の姿をとりながら、見た目にそぐった涼し気な声で微笑む這い寄る混沌に、古のファラオは明らかに動揺している。しかし、それでもなお眼前の相手に怨念のこもった睨みを向けている。眼前の両者の有様を見て、真尋は自身の推測が大きく外れていないことを確信した。

 既に真尋を取り込む態勢から通常の姿に戻った暗黒のファラオ。向かい合う暗黒の男。這い寄る混沌の化身が、二体。片方は独立した人格の振る舞いをしており、もう片方は這い寄る混沌本体に依存した振る舞いをしている。これが導き出す結論ならば――――。

 

「まさか『私の制御を外れた』化身が、ここでめきめきと自我を育んでいるとはね。いや、むしろ『元に戻った』と言うべきかな?」

「ほざけ! 貴様、我が、我が()を返せ――――――!」

 

 叫ぶネフレン=カは、どこからともなく取り出したステッキを投げつける。それは瞬間巨大な大蛇へと変化した。巨大と言っても、あくまで現実にありうるサイズ感だろうか、だがアナコンダのようなコブラのような、ひどく形質は形容しがたい。

 それに対して這い寄る混沌は、外套の裏から何かを取り出し右手に握る。拳銃のようだ。口径などは何かの映画で見たことがある。ベレッタの8000だったか、真尋のその予想は正しい。慣れた手つきで安全装置を外し、両手で構え狙いすます。三度、狙撃。的確にそれらが頭部、片目、胴体を射抜く。とくに胴体への狙撃は、真っ赤な血液が猛烈な勢いで噴出したあたりからして心臓でも的確に撃ち抜いたのか。いや、というよりも暗黒の男、すなわち魔女の集会において冒涜的な儀式により出現するはずの存在なのだから、何故そんな文明の利器に頼るのかというのも色々と謎である。が真尋にちらりとウィンクしてくるあたりからして、ひょっとしたら彼の正気度を減らさないようにと言う配慮なのかもしれない。既にそれ以外の個所でがりがり削られているところなので今更と言えば今更なのだが、しょせんは邪神の類ゆえ、人間基準でものは考えていまい。

 そのまま彼はネフレン=カの胸部、頭部も確実に狙撃する。貫通と同時にこちらは真っ黒な血液が噴出するが、しかし徐々に穴が塞がっていくあたりからしてやはり化身の類である。再生途中を狙いすまし、さらに彼はファラオの喉元をぶち抜いた。

 

「お……、お……、」

「おのれ、と叫びたいんだろうが、やっぱり喉をやられると声帯が再生に引っ張られるから面倒くさいんだよねぇ」

「おのれ――――! 貴様が、貴様さえいなければ我が国は!」

 

 怒りのまま叫ぶネフレン=カ。表情には先ほどまでの余裕はなく、ただただ激情に支配されている。これがニャルラトホテプそのものの手による自作自演であるならば完全に嘲笑される対象だが、しかし真尋は事実がどうもそれではないだろうことを理解していた。少なくとも、あのファラオが放つ怒気は本物である。二谷劉実が真尋に向けた好意が本物であったのと同様に、それは例え這い寄る混沌から発されたものであったとしても一切が嘘偽りないそれだ。対する這い寄る混沌は、どこまでも涼し気に笑っている。

 

「うん、うん。それでこそ、だ。そうでなければ『私の一部』ではない」

「我は――――我は断じて『貴様ではない』! おのれネフェルティティ(ヽヽヽヽヽヽヽヽ)!」

 

 ネフレン=カの発言は、明らかに物語に対して違反する言葉であり、態度である。これではまるでただの探索者であるが、しかし実際、眼前にいるあの王にとっては事実なのだろう。

 

「彼女は知らなかっただけだ。そう叫んでは、君に仕えた彼女に対して失礼だろう」

 

 史実に存在しないネフレン=カの問題をどう解決するか。そこが、真尋がかのファラオと這い寄る混沌が分離し、独立した存在となっていると確信した部分であった。ごくごく短時間の接触であるが、その振る舞いから導き出される結論として、少なくとも眼前の男は実際にファラオであった存在なのだろうと説明がつけられる。とするならば、わざわざ這い寄る混沌の気が変わったのなら、その化身の体を成して真尋を取り込みにかかる必要は全くない。何故なら一度、真尋が取り込まれかけた際はこの本体の影響を受けているとおぼしき涼し気な声と態度のままだったのだから。ならば何故化身のまま取り込もうとしているのか。

 それは逆説的に、化身が真尋を取り込むことになんらためらいもない相手だから。這い寄る混沌の中に、真尋を守ろうという夢野霧子――――つまり二谷劉実が生まれる前の存在であったから。いや、そうでもなければ説明がつかないのだ。先ほどの這い寄る混沌の言葉からもその裏付けがとれる。すなわちこのネフレン=カは、這い寄る混沌の化身であるが、這い寄る混沌から独立した化身であるのだろう。

 

「おっと」

「っ」

 

 這い寄る混沌はそんなネフレン=カを軽く無視して、真尋の前に転がる死体に目を向けた。

 

「なるほどね。確かにクトゥグアの依り代として使えなくはないだろうけど、また無茶をするなぁノーデンスも。真尋も中々、精神的にダメージを負っただろうに」

「……どっちもだ。クトゥグアの化身も、『アンタの化身』にも」

「ん? 嗚呼、その様子だと『元が誰か』ということについては、気づいていそうだね。まあ、とはいえどノーデンスも単に、あの時、眼前にあった死体を利用したというだけだろうからね。そこに区別がつくほど本体は人間というものを理解してはいないだろう」

 

 SANチェッカーだけでも回収しておこうか、と這い寄る混沌はその死体の腕から、腕時計のような装置を一つ取り出し、息を吹きかけた。たちまちそれはうねうねと表面に名状しがたい肉の繊維が編まれるような変態を繰り返し、真尋がいつか見たことのある、十面ダイスが二つ取り付けられたような装置と化した。

 真尋にそれを手渡す這い寄る混沌。腕につけると、からからとダイスが数回回転する。77、という数字が真尋の脳裏に浮かぶと同時に、ちらちら明滅していた視界が安定した真尋である。ただ左腕の感覚だけは未だに違和感が残った。

 

「だが、私から言うことは何もないよ。君は大丈夫だろうからね」

「何言ってるんだアンタ」

 

 真尋の疑問に答えるより先に、這い寄る混沌は無貌のスフィンクスに押し倒される。

 

「――――ニャルラトフィスっ!」

「……やれやれ、こっちは相変わらず駄目なようだね。気持ちも分からないではないが、真尋くらい物分かりが良いと個人的にはうれしいが」

 

 這い寄る混沌の化身めがけて、何度も爪と拳を振り下ろすスフィンクス。上半身がぐずぐずに崩れ、真尋の眼前に右腕だけが飛んでくる。既にこの程度では動揺すまいと思う真尋であったが、SANチェッカーは当然のごとく回転を始める。そのスフィンクスの背後から、全身血まみれの奇怪な生物――――這い寄る混沌と同時に現れた、おそらくシャンタク鳥だろうそれを前に、はじき出された数字は64。やはりというべきか、これの減少速度は一切合切容赦がなかった。

 と、その折れ吹き飛ばされた右腕が動き出し、指をぱちんと弾いた。その上方に暗黒のファラオが出したのと同様、巨大な三つの瞼が開く。ただこちらの方が明らかにサイズが大きい。人間二人か三人くらいなら容易に飲み込めるくらいの大きさだ。そしてそこから、やはり黄色い粘液めいた涙のようなそれがぼとぼとと零れ落ち、形を成していく。

 零れ落ちたそれは、やがて徐々に形を成していく。色が真っ黒に変色したかと思えば、西洋甲冑がベースとなりながらも全体的には日本人武士が装着していそうな鎧。兜の下から真っ黒な長い髪が後ろに流れているそれは女性的でありながら、しかし頬当で隠れる顔は女性か男性かは定かではない。燃えるような赤い瞳に長身の姿、腰には刀と背中には火縄銃。黒いマントにはいわゆる歪んだ五芒星、エルダーサインが描かれていた。

 明らかに異様な武士――――闇将軍とでも呼ぶべきか。それは「火縄銃の原理を無視し」何発も銃弾を連射する。一発一発が大砲のような音であり、それにともなってか威力も上々。スフィンクスの肉をえぐり、またその威力で這い寄る混沌から弾き飛ばす。そしてほぼ次の瞬間には這い寄る混沌も何事もなかったかのように復活して立ち上がり始めているあたりからして、既に現実の光景ではない。真尋の横にあった腕が未だに残っているあたりからして、もはや正気の世界ではあるまい。なお真尋の脳裏に浮かんだ数値は56。意外にも減少は少なかったようだ。

 

「では、後は頼むよ」

『――――是非も無し』

 

 やはり声はやや高いが、低く調整された少年のようなそれである。腰から刀も引き抜き、そのままシャンタク鳥と共にスフィンクスへ闇将軍は襲い掛かった。

 一方の這い寄る混沌は、ネフレン=カへ足を踏み出す。背中から翼を生やし、その翼の羽根の礫をもって攻撃するネフレン=カへと、涼し気にそれをかわして狙撃を繰り返す。その狙撃をまた片方の翼で庇い、というのをお互いに繰り返しながら距離を詰める両者。そして真尋に向かう流れ弾に関しては、真尋自身がフォークを適当に振るって、穂先から「雷を放ち」、飛来するそれらを粉々に蹴散らしていった。

 

「君という存在は。君がやろうとしていたことは、本当にその程度で揺らぐことだったのかな?」

 

 ひたすらに煽り続ける這い寄る混沌と、激昂する暗黒のファラオ。何が恐ろしいかといえば這い寄る混沌から放たれるその言葉が、声音が、何故か今まで聞いたことのないほどやさし気なそれであるからだ。やっていること成していることをみれば煽ってるとしか言いようがないのに、これではまるで諭してるかのようでさえある。

 

「違うだろう? 歴史というのは、過去の誰かの意志を想い次ぐことだ。君のその願いは確かに掛け替えがないものだった。その正義は確かにそこに在った。だからこそ、それが正しく残っていなくとも、必ずその願いは次のどこかに伝わり、そして叶えられる」

「――――貴様が、貴様がそれを言うか! 我が名を奪い、名誉を奪い、最愛のかの人までも奪い、嘲笑い貶めた貴様が!」

「地位や名誉は永遠ではない。それは、いつか必ず止まる。栄えたものがいつかは滅ぶように。そしてそれは一人だけが手にできるものだ。だが想いは、願いは、巡り巡って、時には形を変えて多くの、それこそ君が知らなかった何億何京、那由他の彼方まで広く伝わる、かもしれない。伝えようという意志がそこに残る限り、それは一つの宇宙が終わったとしても、いつか、いつの日にか誰かが知り、そしてそれが叶うかもしれない。身近な友達を助けたいという想いでさえも、誰かの死に意味を持たせたいという願いも、君の、正義がなかった世界を作り替えたかったという信念も――――」

 

 まるで幻想だ、物語だと真尋は思った。だがしかし、真尋はそれに異を唱える資格はない。他ならない真尋自身が、かつて二谷劉実が彼に抱いただろう願いを果たし、未だ生き恥をさらしているのだから。

 気が付けば、真尋の眼前にあったはずの死体は、クー子の姿に戻っていた。五体満足、血に濡れた個所もなく、ただただ穏やかに、すー、すーと寝息を立てている。

 

「そんなことに、意味が、あるか!」

 

 ネフレン=カの叫びに、這い寄る混沌は瞬間外套を手に取り、猛烈な勢いで懐に潜り込み、両足を「薙いだ」。真っ黒な、巨大な何かに変貌したそれがネフレン=カの両足を通過すると、もはやそこにあったかのファラオの下半身は、どろどろのタール状の何かに拘束されていた。

 

「ショゴスだと? 馬鹿な、何故こんな――――」

アレ(ヽヽ)の子供というのが正しいかな。かのアル・アジフに曰く、ショゴスというのは自然の種族として存在しているわけではないからね」

「何故、何故だ! 例え貴様がニャルラトフィスそのものであったとしても、貴様は、貴様の肉体は化身でしかない! 貴様の存在の強度と、熱意と、その程度に我が怒りが、負けるはずはない! 貴様と我と、何が違うというのだ――――ぁぁっ!」

 

 両肩から腕を引きちぎった暗黒の男は、そのままネフレン=カの額に手を当て。

 

 

 

 

 

「それは、いわゆる一つのアレだ――――企業秘密、というヤツですよ♪」

 

 

 

 

 

 まるで劉実のようなことを言いながら、そのまま文字通り「顔面を剥がした」。

 真っ黒な孔だけが残ったネフレン=カは、黄色い粘液へと変化しその場にどろりと崩れ落ちた。それが徐々に徐々に、這い寄る混沌の足元の影に吸収され、やがて何も残らなかった。

 

 

 

 

 




本作のCVイメージ
 闇将軍:釘宮理恵
 
 
次回、たぶんエピローグ。もしかしたらもう一話伸びるかも・・・?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。