※描写の関係上、デートの場所変更しました
とりあえずプレゼントです、と、霧子(仮)は突如どこからか腕時計めいた装置を取り出した。十面ダイスのような何かが盤の上に二つ埋め込まれており上下それぞれの頂点が軸となっている。そのまま上を軽く撫ぜればころころと回転しそうなものだが、しかし実際にやってみると異様に硬い。不可思議そうな顔をする真尋に、霧子(仮)は「自分でやるんじゃないですよー」と言った。
「その道具、SANチェッカーっていうんですが、それは自分で使うものじゃなくって、自動的にダイスロールが行われるものです」
「自動的に……? っていうか、昨日もこれ使ったよな。なんなんだこれ」
「簡単に言うと、スケープゴートというか、予備バッテリーというか。そんな感じのものになります」
いまいち要領を得ない説明のようであったが、しかし霧子(仮)の説明を真尋はなんとなく把握した。おそらくこれは、正気度、すなわちSAN値が削れる場合に自動的に稼働して、こちらのダメージを引き受けてくれるという道具なのだろうと。そしてその事実に思い至った瞬間、からからとその装置が回転したあたりでその認識が間違いではないだろうことに納得する。どう考えてもTRPGでいうところのクトゥルフ神話技能に相当する知識の獲得だ、SAN値が削れてなんらおかしくはない。そして回転が止まっても昨晩のように数値が脳裏に浮かんでこないあたり、今回は正気度が削れなかったということか。
ともあれそのあたりの予想を話すと、霧子(仮)は「ははぁ、やっぱりアイデア良いですねぇ」と心配そうな顔を浮かべた。
「いえね? ほら、TRPGでもアイデア、つまり想像力が高いプレイヤーキャラクターって結構簡単に発狂しちゃいかねないところがありますので、なかなか注意するべきところですかねぇ護衛するとき」
「そんなに想像力豊かでもないと思うぞ?」
「いえいえ、でもそこの調整はしておかないと。この果てのない荒野のような名状しがたき現実には、探索者に優しいキーパー、神秘の守り手たるGMは存在しませんから。死ぬときは死にます」
ごもっとも、と、これには真尋も納得の理由だった。
「肌身離さず、そのSANチェッカーをお忘れなく。一度に一般人が使用できるSANチェッカーは1つが限界ですし、上限値を越したら一発でぶっ壊れますから。壊れたら容赦なく逝きます」
「了解。……って、その言い方だと一般人でないなら複数使えるみたいに聞こえるんだが」
「使えますよ? 私なんかは7つ使えますし。まぁそうするためには、神話的改造人間になるしかないんですが」
「なんだそのパワーワード」
「アイデア高めの真尋さんなら、なんとなく予想つくんじゃないですか?」
「いや、別にオレ想像力そんな豊かでもないんだが……」
しかし癪なことに、霧子(仮)の言わんとしているあたりのことについて、真尋はおおむね見当がついてしまった。厳密な情報を聞くとおそらくまたSANチェッカーが稼働することになると思うのであくまで想像の範囲に留めておくが、要するに神話生物とされるあたりの存在とか、あるいは神話的アーティファクトだとか、そういうものを埋め込まれたり、あるいは生物的に組み込まれたり、混合されたりといったところか。どちらにせよ人間のキャパシティを破壊する操作が必要になるということだろう。これ以上考えるとさらに危険な領域に足を踏み入れそうだったので、とりあえず現時点で重要な情報のみを整理する。現時点で真尋が所持できるSANチェッカーは1つ。上限値を超えた場合に破壊され、それ以上のSAN値喪失を肩代わりはしてもらえなくなる。
「……って、あれ、とするとコイツの上限値ってどれくらいなんだ?」
「99ですね」
「高いな」
「それでも逝くときは逝きますから」
なんとも非常に悲しい話だった。さすがにこれが現実の世界であるというだけのことはあるのか。
ともあれ、一通り真尋が欲しかった情報については入手できたといえる。
「ともあれ、まぁ真尋さんにはお邪魔かもしれませんが、しばらくは周辺をうろちょろさせていただきます」
「あー、そうかい。聞きたいことはあらかた聞いた訳だが、オレはこのまま自宅に引きこもっていればいいのか? 平日にしろ休日にしろ、どう考えたってこっちの方が安全だし」
とりあえず今後の方針について聞けば、霧子(仮)はむむぅと思案顔になる。
「確かに室内に入っておくというのは間違いではないですが、いいんですか?」
「何が?」
「いえね? もしここで襲われた場合、自宅の居間がひどいことになりますよね」
「なるな」
「その場合、正気度喪失は昨晩のような遭遇と比べてはるかにひどいことになります。というかそういう傾向が出てます」
「……なんで? あ、いや、わかった」
そうか、確かにそうだ。自宅に突如神話生物なり何なり、口にするのもはばかられるほどに冒涜的な怪物が自身の住み慣れた日常に侵入し蹂躙する。いや蹂躙されるかもしれないという程度だが、これはたいそう拙いだろう。たとえるなら自宅に突然ジェット旅客機のエンジンが落下してくるようなものだ。どう考えても単なる日常風景以上に酷い正気度喪失を経験しそうではある。
そして同情するように微笑む霧子(仮)に言われるまでもなく、だんだんと自分が本当に想像力豊かなのではないかと思い始めてきた真尋であった。
「やっぱりアイデアいいですよねぇ。というわけで、私としてはここでたむろするのはあまりお勧めしませんかね。すわっ! って感じです」
「何だ、その感嘆句……」
「ともあれ、そんなわけで私のアジトにご招待しようかと思います。これから数日間は私の自宅で過ごしていただこうかと。四六時中、ずっと防御態勢になりますが、それについてはあしからず。私はソファとかで寝ます」
「えっ」
そして、真尋がその言葉に固まってしまったのは言うまでもない。何か問題でも? という風にほほ笑みながら小首をかしげる彼女に、
改めて目の前の、夢野霧子(仮)を見やる。日本人離れした端正な顔立ちにすっと通った鼻筋。一見するとクールに見えるものの微笑むと不思議と幼さがそこに見え隠れするような不思議な印象を抱くが、総じて可愛らしさの残る大人の女性である。外見だけなら文句なしで、口調が時折おかしなことになっているが、いわゆる妙齢の美女というやつであろう。いわく外見的には魅力的な女性に映る(内面までは彼には察しきれていないが)わけで、そんな相手と数日間櫃屋根の下で一緒という状況は、たいそう宜しくない。間違いでも起きたら責任をとれないということを踏まえて、どうしても首肯することが出来ない真尋だった。
「あ、赤くなってますねぇ……。ん、ん? あ、なるほどぉ」
「その好事家みたいなにやにやした面持ちを止めてくれ」
「いえいえ、まぁそういう『視点』も初体験というわけではなかったですが、ティーンエイジャー相手に抱かれるとは思ってなかったので、なかなかこそばゆいですね。照れちゃいます」
「わざわざ口にするなっ」
こっちの方が照れるわ、という内心をさすがに口にはせず、真尋は眉間を軽く抑えた。
しばらく両者ともに思案顔になる。どうでもいいことだが、想像力豊かと指摘された真尋の方はさっぱりアイデアが出ないが、おそらくこれは想像力の種類の違いだろうと判断した。クリエイティブな想像力ではなく、連想力というべきか。今回相手にしている潜在敵に対しては、むしろ弱点をさらけ出しているに等しく、甚だ遺憾な真尋である。そういう意味では確かに、一番最初にSANチェッカーを用意した霧子(仮)の判断は十分優秀といえ、おそらくその判断を成すだろうだけの経験値を伺わせた。
やがてしばらくすると「アイノゥ!」と突如手を打つ彼女。
ただし発された言葉は、間違いなく真尋にとって予想外のそれであったが。
「真尋さん。デートしませんか?」
「……は?」
どうしてそんな結論になったと回答を急ぐまでもなく、霧子(仮)は返答する。
「要するに外に出ていればいいのですよ。昨晩の真尋さんが襲われている状況からして、敵方もある種の結界みたいなのを張って自分たちの存在を外界に認識させないようにしているみたいですし。となれば、これが妥協案としてベストかなと」
「まぁ、言われれば確かに妥当な気はしてくるんだが……。デートっていったって、オレ、そういう経験ないから全然それっぽいコースとか用意できないんだが」
「のんのんのん! そこまでマジなデートとか求めてはいませんよ。外に出てればいいので最悪近所のスーパーで買い物を一緒にするとかでもいいですから。まぁその場合、半日以上スーパーでつぶす必要がありますが」
「さすがに無理だな。あー、そうなるとどうしたものか……」
外に出て時間をつぶすといっても、そもそも基本はインドア派である。わざわざ古い本を探すためだけに区間五千円以上もかけて駅から駅で途中下車したり、大型本屋を目指して県を三つまたぐとか、そんなすっ飛んだ行動力とかもないインドアである(※編注:筆者は何度かやらかしました)。となると必然提示できるコースは彼が普段めぐっているあたりの趣味が中心となるので、要するにまぁまぁ、軽めのオタクなコースである。こんな美人を連れ込んで良いものかとかいろいろ思案するところはあるのだが。
「真尋さんが用意してくれたルートだったら、特に何も問題ありませんよ?」
こう満面の笑みで言われてしまっては、いち男子高校生としては断りづらいところがあった。
***
「ほえー、ほえー、ほえー」
「さっきからずっとそんな反応ばっかだなアンタ」
「いえ、そりゃほえーっともなりますとも。なるほど、真尋さんの豊かな理解力とか想像力とかは、日本のサブカルチャー的文化によって育まれた感じなんですね」
「っていってもオレだってここは初めてだけどなぁ」
一概に否定できないところではあるが、しかしそれを肯定するのも何か釈然としない。やはり一緒に行くのは失敗だったかと思いはしたが、しかし存外目の前の女性は楽しそうに周囲の本を手に取ってみている。片手に買い物かごをしてはいるが、おっかなびっくりという様子で漫画本を手に取ったりしている。
端的にいえば、真尋たちは専門店に来ていた。いわゆるコミック・アニメ専門店というやつである。表紙にはかわいい女の子が虎耳もっていたり、あるいは線が太く男らしい兄貴が店長やっていたり、しかしともあれ駅で言えば2、3かそこら、都心でいば電気街とかにもある何階建てかの建物に来てるこの二人。「外国人とかいないわけではないですし、私の容姿でも案外目立たないかもしれませんかねぇ。うまいこと考えましたね真尋さん」と軽く頭を撫でられたりといったことはあったが、それはさておき。デートということで、普段絶対に行かないサブカルチャー坩堝の一つへ行ってみようと思い、なんだかんだ実行に移して現在、軽く後悔している真尋であった。来はしたものの、ぶっちゃければそんなに買うものがない。わざわざウィンドウショッピング的なことをするためだけに紙幣一枚使用するのはそれはそれで癪なのだが、いかんせん現状が現状だった。まぁもっとも、隣の彼女は彼女で意外と楽しそうではあるが。
「うわ、これは……。えっちぃのはいけないと思いますよ、私」
「って、さも当然のように対象年齢18歳以上のゲームソフトを手にするなって」
「だって私、18歳未満じゃありませんし」
「オレがまだ15だっての」
「それは真尋さんの事情ですし。それに、結構こういうの好きなんじゃないんですか? ほらよく小学生くらいの男の子とかにありがちな、誰も見ていないことを確認してから、えっちな写真集とかを手に取って、ポロリ写真をチラ見してるように見せかけてガン見したりしてぇ」
「他人の過去を捏造するなっての」
「いえいえ。そういう衝動があっても、男の子ですから問題ないですよ。むしろないといろいろ問題があるんじゃないでしょうか」
「ジェンダー周りの問題は最近色々うるさいから止めるぞ」
「そうなんですか? う~ん、地球のことは難しいですねぇ」
アンタも地球人だろ、という突っ込みも面倒なので真尋は流すことにした。というかこんな美人とする会話でもないし、そもそも妙齢の美女がこんな得体のしれないものを手に持って平然とけらけら笑っている時点で目立つ目立つ。周囲はチラチラとしかこちらを見てこないのもまた、真尋の胃に悪い。
丁度そんなときであった。
「あ、いますね」
「は? ――――――――ッ」
唐突に霧子(仮)が腕を振り上げたかと思えば、その手の先には某宇宙大河活劇映画の光る剣がごとき何か(なお根元に風車が象られているあたりからして、元ネタは特撮番組に依存していそうだが)が握られていた。そしてその腕を、ぶぅん、と猛烈な速度で振り切った次の瞬間、はるか外の方角で、聞き覚えのある怪物のような絶叫がこだました。
「いきますよ?」
そのまま真尋の手をとり、突如走り出す霧子(仮)。何をやったのか、と問いただすよりも先に、真尋は一つ違和感を覚える。眼前、店の中にいる周囲の人間の誰一人として突然の彼女の暴挙に見向きもしなければ、外の怪物の声にさえ驚いている様子もない。否、それどころか、カゴを適当に放り出して棚を蹴散らしながら走る彼女と自分に、だれも見向きさえしないのは明らかにおかしい。そしてここで、外に出る前に霧子(仮)が言っていた言葉を真尋は想起した。結界、結界とかいっていたか?
ふと左手に巻いたSANチェッカーを見れば、猛烈な勢いで回転を始めている。どうやらまたぞろ、余計な知識を身に着けてしまったようだ。
表に出ると真尋の手を放し、霧子は突然セーターの胸元を大きく手前に引いた。と、そこに腕を突っ込み、大きく見えるようになった胸の谷間の間から、何やら取り出そうとしている。
「ちょっと待っててください」
「あ、アンタ何やってんだこんな時に!?」
果たしてそこから現れ出たのは、懐中時計めいた装置の取り付けられた、中央のバックルが淡く輝くベルト。帯は革なのか、それがずるずると胸の間から出てくる。ときおり地肌にこすれるのか「やンっ」とかそんな嬌声を出しやがるからに、真尋の下腹部的には大層悪い。ともあれ取り出したそのベルトを腰に巻くと、彼女は指で、眼前に五芒星でも描くかのごとく動かした。
「だから何やってるんだって……」
ふとみれば、空は赤い。昨晩と比べれば明らかに昼間という明るさで、赤というよりはどちらかといえば赤紫という色味ではあったが、なるほど、これが結界内にいるという証左ということか。
そして視線を彼女に戻すと――――昨晩見たライダースーツ姿、赤いマフラーに大量のSANチェッカーという姿。意味がわからない。何故一瞬であの私服からこの姿に変化したのか。
「……は? 変身でもした?」
「んー、形態変態次――――ああ、だいたいそんな感じです。これ、かみくだくと変身ベルトみたいなものです。”
真尋は混乱している。が、そんな彼を、もっと言えば彼のSANチェッカーを見て、霧子(仮)は表現を選んだ。