ということで、2回目のSAN回復ポイント・・・回復ポイント?
「"Where there is Cosmos, Chaos lurk and fear reigns"~♪ "But by the insanity story have been told ferret ,mankind was given hope of fake~"♪」
「何だアンタ、そのSAN値が下がりそうな歌は」
「おおー! なかなかシャレオツな店内ですねー。っと、真尋さーん! これですよ、これ! このクレープ!」
「は? ちょっと待て、なんだこれ持ち帰りとかじゃなくて普通に店内で飲食できるような専門店じゃないか。ガレットとか、さも当たり前のように置いてあるし」
「およ、ガレットをご存知とは、真尋さん博識ですねぇ。でもそれがどうされました?」
「一品ごとの値段帯の問題だ! 500円以上の値段とか、普通に食事1回分の値段だぞ。高校生の俺たちが寄るような店舗じゃないだろ」
「おっと、そっちに突っ込みがいきましたか、相変わらず所帯じみてますねぇ……。でもまぁ、いいじゃないですかぁ、たまには。デートみたいなものなんですし」
「何がデートだ、何が。大体、デートだろうが何だろうが、金銭感覚を失うのは只の考えなしだっ」
「真尋さん女の子と食事に行く時、普通にサ〇ゼとか入っちゃいそうですねそのノリだと……」
「何だ、何か文句あるのか? おい、なんでそんな打つ手なし、みたいに肩をすくめるんだアンタ。学生の金銭感覚が大前提だろ」
「いえ、私は別にいいんですけどね。いうほどサ〇ゼのメニューを知り尽くしてる、食べつくしているってこともないですし」
「それに大体、下手な時間の間食とか、普通に太るだろ」
「大丈夫! おやつは全部、別腹ですよ」
「全部って何だ全部って。一体何品制覇するつもりなんだアンタ……?」
市電を使い駅前から数分。赤レンガのちょっとおしゃれなお店で、店の外観相応なお値段のクレープを購入する真尋と龍子である。ちなみに真尋はキャラメルソースで、ニャル子こと龍子はチョコバナナキャラメル。どちらもまあ無難といえば無難に聞こえなくもないが、これで金額的には、近所の古本他総合リサイクル販売店でセブンの息子の変身アイテムが買えてしまう値段である。軽く戦慄しながらナイフとフォークを持つ真尋は目が笑っていない。対して龍子は平然とバナナとクレープ生地を切断し、楽しそうにもちゃもちゃと食べていた。
店内は内装、テーブル、座席、小物、皿やらグラスなど含めて一通り店の外観にそった、かなり洗練された店である。座席で向かいあいながら、真尋は肩身が狭い。明らかにこういう店に不慣れな男子高校生の図である。実際、当然というべきか女性層やらマダム層が多く、その中に点々とカップルが混じっていたりするのも、彼の肩身の狭さを助長していた。半眼で龍子を見つめるも、特に気にした様子もなく、嬉しそうに、大変美味しそうに、音もなく食べて飲み込んでいた。
「あれ、どうしました?」
「なんでもないよ。……で、アンタ、最近どうなんだ?」
「どうだ? って、何がです?」
「学校でだよ。思いっきり目の前で炸裂してたろ、あれ。何かその後、俺の知らないところであったりしたか?」
「あー、あ、それですか……」
周囲がわいわいがやがやとは言わないまでも、それなりに人が多いこともあって、小さめの声の会話程度だったら誰も気にしないだろうという具合である。とはいえど、聞けば一歩間違うと宇宙的真理に到達しかねない情報の断片にかかわる事柄であることは十分承知している真尋であるからして、その口から出てくる言葉は、色々と調整されたものになっていた。要は「命狙われてたが、俺が入院していた時とかそのあとに何もなかったのか」というところである。
当然のごとく龍子もそれを察したが、彼女は困ったように笑っていた。
「正直、私もそこまでどうなったかは把握してないんですよね。把握する必要がないというか、外部に任せたというか」
「外部に任せた?」
「姉の同僚さんというか、本当なら一緒に真尋さんのところに来る予定だった人がいらっしゃるんですけどね? 直前で季節外れのインフルエンザにかかってしまったらしく、何もできなかったそうなんですが。その人との連絡パイプは残っているので、ご協力願いました」
「というかなんでインフルエンザ……」
「私も、さすがにそこまでは。調べる必要もあまり感じませんし。
ともかくそっちに投げたことで、色々と抑えが効いている状態らしいです。実際のところ、私の方にとばっちりが来たのは、姉のことが原因だったようで」
「姉?」
「ほら、クジラが流れ着いたじゃないですか。全身炭化したもの。あれの時点で既に、『姉の体』を含めて色々漂着していたらしく。そのとばっちりらしいです」
「そういえば、なんか聞いた覚えがあるな。アンタの姉から……」
――――こう言うと変かもしれませんけど、表ざたに神話生物とか魔術師とかが活動しようとすると、周囲の別組織とかからつぶされるんですよ。
――――まぁ端的に言ってしまえば『自分たちの情報漏洩』にもつながりかねないからですかね。
――――『俺たちの邪魔になるから止めろや』ってところあたりなんでしょう――――
「なんでそっちは報道されないんだ? 明らかにどっちも大事件だろ」
「いえ、組織も手をまわしたらしいですけど、それ以前に、第一発見者の方が、その、直視した瞬間にヤっちゃったといいますか、アレしちゃったらしいといいますか」
「…………」
間接的に見知らぬ第三者の正気を消し飛ばしてしまった、その片棒を担いだ気分になった真尋。ひどく居心地の悪そうな顔である。切断したクレープとアイスクリームを口に入れても、いまいち味がしないのは仕方ないだろう。そんな彼の気を紛らわせるためか、龍子は「えいっ」と自分のクレープを真尋の半開きだった口に押し込んだ。
「……ん。止めろっての。だからデートじゃないって言ってるだろ」
「そう言いながら、しっかり食べてますね。器用に歯とかで、フォークに唇とか接触しないように徹底する必要は、あまり感じませんが…………」
ここで「大体アンタは、そういうことやって何の得がある」とか「こういうことやるのに抵抗がないのか」とか、そういうことは言わない真尋であった。藪をつついて蛇を出しそうだと直感的に判断してるのだろう。よって彼がとった行動は、何も言わずに自分のクレープを切って一口食べるだけであった。
「そもそも大前提として、俺の快気祝いだろ。何で自己都合を優先してるんだよ」
「一回食べてみたかったんですよ♪ さすがに一人じゃ入りづらいですし」
「どうしてだ? ここ、一人で来てる客も多そうなんだが」
「まあいいじゃないですか。真尋さんも眼福なんじゃありませんか?」
「そ、ん、…………」
もっともこれに言葉が続かないあたり、真尋もまだまだ修行中と言えるかもしれない。
してやったり、みたいに微笑む龍子は、確かに彼の初恋の女性の面影が強く残っていた。
「あ、高いで思い出しました。そういえば真尋さん、四月ごろにテレビに出てませんでした?」
「は?」
「いえ、土曜日のスペシャル番組的な企画で一度、見かけた気がしたので。カレーとか作ってませんでした?」
「あー ……、まぁ、出てはいたか。参加賞目当てで」
「参加賞?」
「商品券。前、深夜の通販で包丁セットのやつをやっていたやつが欲しくってな。当日、そのまま電話する気は起きなかったんだが、後日店頭でお試ししてみたら妙に使い易くって。ただ自腹を切ってまで買うのは癪だったんだが、ちょうど暮井から誘われて、ホイホイついていった」
「真尋さん、変なところで意地を張りますよね……」
ちなみにその包丁類は、自宅で現在も丁重に使われていた。
「いえね? 姉から、ちょうどそれが放送中に『将来クラスメイトになるから、顔を覚えておくといいでしょう!』とか言われていたのを思い出しまして。あのときの真尋さんの作ってたカレー、ものすごく高そうだったなーと」
「意外と安上がりだぞ? 材料代については。電気ガスと人件費は除くが」
というかさらりと予言めいたこと言いやがるな、と、真尋は左頬を引きつらせた。事前にいずれ会うことを前提としたその会話は、まあ彼女の本性というか、正体から察すれば当たり前な言動であるかもしれないが、しかし、おや? と真尋の想像力は違和感を覚えた。なぜそんなことをわざわざ、この眼前の少女に語る必要があるのか。二人はその起源を同じくし、存在としてはほぼ同格といってよいはずだと真尋は考えていたのだが。
その話をオブラートに包みながら聞くと、龍子は「あ、それでしたら」と一度咳払い。
「せっかくなので、真尋さんにはお伝えしておきたいことが。少し正気度が下がるかもしれませんが、それについてはご勘弁を」
「帰るぞ」
席を立つ真尋。
ひしっ、と彼の腕に縋りつく龍子。
「待ってくださいってば! 真尋さんだって、姉のこと、もっと知りたいでしょ?」
「ええい、鬱陶しいっ。そんな危険のあるような情報を、世間話みたいなノリで話すなっ。俺の正気度は誰も保障しちゃくれないんだよ!」
当人たちは割と真面目な話であったのだが、声が聞こえないだろう周囲からするといちゃついてるようにしか見えないのか、生温かな視線が贈られる。実態を知っていれば鳥肌ものどころの騒ぎではないのだが、無知とはかくも恐ろしい。だがそれらの視線に気づいてしまったせいか、あるいは泣き出す一歩手前みたいな顔をされてしまったせいか、正体が正体であっても半ば彼は罪悪感めいた感情に襲われる。やむなく、あきらめたように真尋は席に戻った。
せめてもの抵抗とばかりに、バナナを一つ奪う。
「あっ」
「それで、何がどうなんだって?」
「バナチョコ……、いえ、なんでもありません。
えっと、ですね? まず化身としての成り立ちの話なんですが。私は姉の子機ではありますが、大本、本体の子機ではないんです。なので実質、私はごく普通の女子高校生というわけですね。あ、普通にしては美少女ですが」
子機? といぶかし気な真尋に、両手でろくろを回すようなジェスチャーを交えながら、龍子は言葉を選ぶ。
「分離していった流れ、と言いますか…………。まあそれはいいか。化身っていうのは、誕生する際に目的というか、ミッションがあるんですよ。その上で、私は姉とは違うミッションを帯びてます。いうなれば、真尋さんをサポートするために居る存在ってことです。よって私は、真尋さんを守る存在としての化身の姉とはまた違った存在なんです」
「いまいち要領を得ないんだが……」
「姉は真尋さんを守るために作られた存在なので、つまり最悪、大本が『大本として』ふるまう必要がある化身なんです。ですが私は、大本が大本としてふるまう必要がないような、そんな化身。
姉が自分から公言していなければ、おそらく命の危険にさらされたりするまで気づかなかったんじゃないですかね」
「自分がそういうのだと気づいていないってことか…………。なんか、深き者どもっぽいな」
「まあもっと自由度が高い存在ではあるんでしょうけど、とはいえ女子高生というか、あくまで人間としての機能を優先してる化身なので、変身したりとか、大本が出張ってきたりはできないらしいです」
「知識とかが中途半端なのもそれが原因か?」
首肯する彼女をじっと見る真尋。要するに、ニャルラトホテプの本体と思われる、あの「暗黒の男」の人格が出てこない、さらに言えば特殊能力を持たない化身ということらしい。そもそも這い寄る混沌が相手であるのならばこれくらいは平然と嘘をついてきそうなものだが、聞く限り真尋は彼女の言葉に嘘がないと直感できる。これは「彼女が認識していないだけで」ということではなく「そのことについて心配する必要がない」というたぐいの直感だった。
ため息を一つ付いてから、彼は再度問いかけた。
「それって、化身する意味があるのか? 完全に別な生命体になってないか?」
「あ、いえ、とはいえど大本にフィードバックはされるらしいですし、基本ベースが大本から派生してることに違いはないので。
とはいえ別にそんな、予知めいたこともできませんし、腕もびろびろーって伸びませんし、SANチェッカーも複数つけたら頭が粉砕しますので、そこはご安心ください」
「最後の一言には、全く安心できる要素がなかったんだが…………」
半眼で睨むように見られても、龍子は困ったようにあははと笑うだけだ。可愛いらしい。さすがに真尋から不快感を抱かれないようデザインされた、ひるがえって、真尋に好まれるよう設計されたと言うだけのことはある。あるのだが、それを正面から受け入れてしまうは真尋のアイデンティティ、人間性の否定だ。意地でも認めるわけにいかないのか、真尋は黙ってコーヒーを口に含んだ。
と、ここで龍子がふと不思議そうに、真尋に問うた。
「真尋さんて、どうしてそんな気難しくなっちゃったんですか?」
「別に、好きでなったわけじゃないぞ」
「じゃあ、どうしてそんなに不機嫌そうなんですか? いえ、元気がないって言ったらいいですかね。いつもより落ち込んでる感じがするっていうか」
「そうか?」
「言動はともかく、ふとした振る舞いが」
「なんでアンタがそんなの分かるんだよ……」
「それは、これでも私、真尋さんのことはちゃんと見ていますので」
その一言と同時に、えへん、と胸を張る龍子。ちょっとした殺し文句である。また彼女の姉を彷彿とさせる振る舞いだった。
真尋はなんとも言えない名状しがたい表情のまま、しばらく黙り。
「入院明けだから、まだ家に戻って、慣れてないんだろ。単純に」
ごまかすように、そう言って顔をそむけた。
ニャル子の言う高そうなカレーは、本作スピンアウト「深山さんちのベルテイン/the Great Ultimate One」をご参照ください;