部活動がなく友人関係が少ない生徒は、たいてい暇である。語弊がある言い方だが、目的意識を持っていない人間がその状況に陥っていれば当然そうである。積極的に勉強をするでもなく、何か趣味に打ち込むでもなし。八坂真尋も大概そのクチであり、放課後の彼は暇を持て余していた。八坂真尋は決して協調性がないわけでもない。その場その場で適当にわいのわいの、浅い友人関係で騒ぐのが嫌いと言うこともない。しかしここ最近の彼は根本的な部分で大きくストレスを抱える日々が続いており、その手の積極性は一段階落ちたものになっている。
クラスメイトの余市は本日体調不良につき休み、同じくクラスメイトの田中は絡まれると面倒なのでスルーしている。ならば女子生徒の暮井珠緒あたりはどうかというと、そちらもそちらで本来接点が多いわけでもなく、また自分から話しかけに行くのも何か違うとためらわれた。照れ臭いのだろうかと自問すれど、いや普通に男子高校生が特に理由もなく女子高生に話しかける必要もないだろうと言い訳めいた返事、自答が返ってくる。
なのでまぁ宿題も出ていたしと、しばらく図書室で自習しているのも悪くはないかと考え――――。
「まーひーろーさんっ」
背後から聞こえてきた女の子の不機嫌そうな声を前に、今日は厄日だと切り替えて自宅へと足を向けた。
だが敵もさるもの引っ掻くもの、ひしっ、と背後からハグによる拘束を仕掛けてくる。真尋としては羞恥と鬱陶しさとが同居したそれであるし、どちらかといえば迷惑という感覚だが、誰かに見られたらそれこそまた変な揶揄をされるだろうことは想像だに難くない。「ええい、離れろっ」と無理に引っぺがすと、その場でぺたん、としりもちをつく彼女。
「…………真尋さん、明らかにこれメインヒロインに対する扱いじゃないと思うんですけど、そのあたりどうお考えです?」
「おはよう」
「あ、はい、おはヨ……、って、違いますよ! ひどいです、冷たいですっ、私が、このニャル子が一体、何をしたっていうんですか!」
「自分で自分のことをメインヒロインだとか言うクラスの女子生徒にどういう扱いをすればいいのか、生憎、見たことも聞いたこともないんでな」
邪険に扱ってる真尋である。彼女はそれこそ頬を膨らませ立ち上がり、腰に手を当てて真尋を覗き込むよう、上目遣いに見る。それこそメインヒロインを自称するだけあってのロールプレイなのかもしれないが、生憎と真尋とは時代が合わないくらいのテンプレートな振る舞いだった。
いや、真尋が彼女に塩対応するのはまた違った理由からなのだが、それはさておき、ニャル子である。二谷龍子、真尋のクラスメイト。耳通りの良いふわふわした声、艶めく長い髪に大きな瞳。かわいらしいと綺麗と形容できる中間くらい、未だ成長途上であるというのが理解できる容貌。スタイルは一見スレンダーだが案外着やせするのを、何度かこうして(嫌々)体感し続けている真尋である。
彼女もまたこの学校においては、特に肩書のない帰宅部である。だが真尋とは異なり一般的な女子らしく、クラスメイトたちと遊んだり何だりというのを繰り返している様子である。たまたま今日は空きが出来たのか真尋に絡んでいるのだろうと、彼本人はそう勝手に納得している。実際のところは女子同士で遊びに行く回数よりも真尋に絡んでいる回数の方が多いのは彼も薄々自覚はしていたが、そのことを表立って認めるつもりはなかった。以前から何度か巻き込まれている事件……、事件? 事件のような名状しがたたい珍事とも超常現象ともつかぬ何かをきっかけに、真尋と龍子とは知り合い、とりあえずは友人関係となってはいる。その時々に応じて彼女には世話になったり世話をかけたりを繰り返しており、それで友人関係が継続しているという点を鑑みれば、彼個人として彼女本人を、人間的に嫌ってるわけではない。
そう、嫌いな娘ではないのだ。だが問題として、彼女のパーソナルスペースは真尋のそれをはるかに逸脱して接近してくるし、所かまわずというところがある。彼女本人がどう思って真尋にそうふるまっているかを確認する気は彼にはなく、彼女もそれを良いことに彼のペースを崩している節があった。
「せっかく真尋さんと一緒にどこか遊びにいこうかと思ってたのにっ」
「暮井あたりと行ってくればいいんじゃないか? 生憎、俺もそんなに遊ぶ金はないぞ」
「いえ、珠緒さん今日は部活動だそうで……、って、そういうことじゃなくて!」
「別に、どこかに一緒に出掛ける約束をしていた訳でもないし」
「約束してなかったら、真尋さんと遊びに行ってはいけないんですか?」
「だから、準備が必要だろ。いや別に事前に通告していたからと言って、必ずしも一緒に行くとは限らないが」
「ひどいです! こころないです! だいたい真尋さん、いっつも一人でいるときは小難しいこと考えながら、眉間のあたりがぎゅううって寄って固まってるんですよ、もっと学生生活を楽しまないとっ」
龍子を一瞥して、真尋は頭を左右に振った。
「楽しむって、どうやって」
「可愛い子と遊びにいったり、映画見たり、お買い物したり、色々あるじゃないですか」
「そのあたり一通りやったけどな」
「一回だけじゃなくて、もっと…………って、あれ?」
「どうした」
「いえ、何か今、すごくうれしいこと言われたような気が…………、あれ?」
「……気のせいだ、忘れてろ。あー……、じゃあ、家にでも来るか?」
「!? え、えっと、そういうのはまだ早いんじゃ…………」
「一回自宅に強襲かけといて何いってんだアンタ」
それだけ返して踵を返す真尋に、待ってくださいよと言いながら走る龍子であった。
「………………」
「………………」
そして八坂家、リビングにて。
ソファに座りながら毎月購読している特撮雑誌を見る真尋と、ゲーム機片手にぴこぴこやってる龍子。お互いにお互いが自由に過ごしており、特に何もなく静かで平和である。テレビではゴールデンウィーク開けすぐの頃のニュースで「クジラの変死体」の話が未だに長く議論が続けられており、真尋としてもほとほと、その事件からは目をそらしているところであった。
と、龍子が立ち上がり、またしても腰に手を当てて真尋を覗き込む。
「…………真尋さん、おかしくありませんか?」
「何がだ?」
「どうして、年頃の男女が一つ屋根の下! ご両親のいない男の子のお家にご招待なんてドキドキイベントだっていうのに、そんな黙々と雑誌なんて読んでるんですか! 大体、よくもそんなガチガチのガチで特撮情報集めてるくせに趣味普通だとか言いますよね!」
「こら、返せっ、先月出た敵の新フォームのプロップのコメントが見れないだろ」
「明らかに専門用語じゃないですか! せっかく一緒にいるんですから、もっとこう、その……」
「とか言ったってアンタもそういうテの期待はもって来てないだろ」
それはまぁそうですが、としゅんとなることもなく居直る龍子。こういう切り替えの早さのような振る舞いに、どことなく彼女の姉を想起させるところがある。とはいえそんな彼女に、案外と気を許していると言われても仕方のない真尋である。いや、彼自身も負い目のようなものが多少あるのが影響しているのかもしれないが、それはともかく。
「あ、じゃあTRPGやりましょうかTRPG! CoC!」
「いや、今からやったら夜中当然のようにすぎるぞ」
「途中で中断していただいても構いませんよ、そこは。あまり遅くなるとお母さんも帰っていらっしゃるでしょうし。さすがにそこまでお邪魔するのも気が引けるというか」
龍子、意外とそういうところの節度は弁えているらしかった。
だったら初めからやらなければいいじゃないか、とは真尋の内心であったが。
なお、一週間くらい母親も忙しく、家に帰ってこないという情報は藪蛇につき真尋も口にしなかった。
「というか今夜冷え込むって、今ニュースでやってるだろ。下手すると雪降るから、早いところ帰れ」
「えぇ……」
「途中までは送るから、ほら」
真尋の家に来て2時間もかからず、特に何もなく進展? もなく、文字通りただただ適当にぼーっと遊んだだけで終了する一日である。何やら不満そうな龍子相手でも、真尋は特に気にした素振りはない。いや、気にし始めたら色々とむしろ問題であるし、特に「意識してる訳でない」相手に対しての振る舞いとしては可笑しくはないだろう。
「そんなにアレなら、今度コーチャにでも行くか? 大型書店。色々置いてあるぞ、公式読本だったり特写本だったりキャラクターブックだったり超全集だったり」
「何一つ私が楽しめる要素が思い浮かばないんですが……。というか真尋さん、本格的にそれって特オ――――」
「いやだから、普通だって」
「まあ、私もコメントは差し控えさせていただきますね。……そういえば、コーチャ何年か前に東京の方にも出来たそうですね」
ともあれ雑談しながら家を出て、龍子と通りを歩く真尋。とりあえず駅前方面に家がある、以上の話を聞いていない彼であるが、特に彼女の家に上がり込むつもりも毛頭ないので、特にそれ以上の情報を聞くことはない。
と、駅前を通り抜けるさ中――――――かしゃり、という音と、光と、鈍痛を感じ、真尋は意識を失った。
※ ※ ※
「――――へ?」
突如として倒れた真尋を抱き起す龍子。と、真尋の目の焦点が合っていない。頬を軽く叩いてみても反応はなく、しかし瞼を開いて光を当てても、瞳孔の開き具合は変化する。一応、生物的な故障を起こしてはいないようだが、突然のこの気絶とも言い難い変化は、あまりにも不自然である。不意に、ニャル子の脳裏に
突如発狂に陥った、としか考えられない状況を前に、龍子は彼を背負い走り出した。基本的に、彼女は普通の女子高生である。生憎と自分よりがっしりしてそうな男子高校生一人をお姫様抱っことかで抱えられるほど体力はない。幸か不幸か公園手前で倒れたこともあり、いったんそちらに運び込む。幸いにもベンチ2つのうち、一つはちょうど女子生徒が立ち上がり空いたところだ。
と、ベンチに真尋を寝かせた直後、ニャル子と真尋の前に珠緒が現れる。カメラと拳銃を足して二で割ったような道具を片手に、ニャル子たちに向けて構えたまま。
「珠緒さん?」
「――――えっと、違うのですョ。『文明保護機構』のイス=カというのですョ。二谷劉実サン、少々お話を――――」
「は、はい? えっと、私、ニャル子ですけど、二谷龍子ですけど」
「…………あ、あレ?」
突然の名乗りに困惑する龍子。と、次の瞬間、彼女たちの間に火柱が出現する。文字通りの火柱であり、スタングレネードのごとくその光は龍子とイス=カを名乗った珠緒の二人の目を焼いた。しばらくその場で転げたり、「目がっ! 目がっ!」とうめき声をあげるが、段々と回復してくる。気が付けば彼女たちの前に、未だ春だというに肌寒い北海道の気候に真っ向からケンカを売る、ワンピース姿の、小さな少女がいた。赤いツーサイドアップな髪型は、燃えるように光っている。また手足の輪郭も熱した鉄のごとく輪郭があやふやで、現実世界にいたら一目で人外であることが判るくらいには異常な外見をしている。
クー子である。邪神クトゥグアの化身――――炎の魔人である。
これを前に、龍子は猛烈な頭痛を感じてその場に倒れる。意識はあるが、とてもまっすぐ立って歩けるようではない。一方の珠緒に至っては「ギャョー!」と非常に名状しがたい絶叫を上げて気絶していた。白目を向いて微動だにしない。完全に互い、非現実的な光景と背後に存在する邪神の意識体を連想し感づいたことで引き起こされた、一時的狂気の類である。もっとも引き起こした張本人は「?」と不思議そうに頭をかしげて、倒れた龍子の顔を覗き込んだ。
「ニャル子」
「う、うう……、クー子ですか? も、もうちょっと安全な登場の仕方をしてほしかったと言いますか……。姉ならいざ知らず、私はただのパンピーなので。おまけに前世というか、一族的なトラウマが……」
「緊急事態だった。仕方ない。少年、何かあった? 変な喚ばれ方してる」
「あー、そうですねぇ……」
クー子はとある事件以降、真尋がある「神」より譲り受けた化身である。おおよそ週に数度、彼女が望む食べ物を与えることで彼を庇護している関係であった。それ故、彼女の告げた非常事態という言葉がかなり重みをもつ。
頭を抱えながら説明しようとする龍子に「まってて」と言いながら、真尋のポケットからハンカチをとり水飲み場まで走るクー子。両手の熱を落として人肌程度にして湿らせ絞り、龍子の額に乗せる。
「あー、助かります。ありがとうございます」
「無問題」
「えっと……、そうですね。事情はあっちに倒れている、珠緒さんが知ってそうなんですが、とりあえず意識がないみたいなので…………、真尋さんの家に運ぶと問題ありそうですけど、どうしましょう」
「無問題。少年、両親は一週間はいない」
「あ、そうなんですね。ということは真尋さん、あえて黙ってましたね……」
頭を抱えながら上半身を起こす龍子。持続時間はそんなに長くなかったのか、段々と頭痛は引いている。一方の珠緒は相変わらず変な顔をして伸びたまま。真尋は廃人同然で、クー子は無垢な様子できょとんとしていた。
「……えっと、運ぶの手伝ってもらえます?」
「わかった」
と言いながら、クー子は龍子を肩車した。
「…………って、私じゃないんですよ! 真尋さんでも珠緒さんでもいいですから、お願いしますよ!」
「了解」
ともあれ発生した事象に対して、驚くほど緊張感のないくらいぐだぐだとしながら移動し始めるニャル子達であった。
本作でのCVイメージ:
暮井珠緒(イス=カ):中原麻衣