真・這いよれ!ニャル子さん 嘲章   作:黒兎可

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※がりがりSANチェッカーが回ってます


冒涜的戦闘と冒涜的数の暴力

 

 

 

 

 

「夜鬼ですかねぇ、あのビジュアルは。昨日の今日で相手が同じ種族となると、勢力は一つに絞れそうです」

 

 とかなんとか言っている霧子(仮)の横で真尋のSANチェッカーは高速回転中。脳裏に浮かんだ数字が「87」なあたり、一気に削られた気がする。

 それもそのはずと言っていいのかどうか。昨晩、暗がりの中で見た空を舞う怪物のそれを、正面からとらえてしまったからに相違ない。真尋のイメージでは慣れが発生するだろうと考えていたのだが、しかし日中、細部のディティールがよく見えるような光の中での神話生物の直視は、あまりに真尋にもダメージが入っているらしい。姿かたちは昨晩見た範囲と相違ないものの、脈動する筋肉、呼吸音など昨晩まったく気にしていなかった部分などが視界に入り、ほとほと頭を抱えている。ちなみにそんな真尋をかばうように前に出ている霧子(仮)のSANチェッカーは、二秒ほど回転して止まっている。慣れているのだろう。

 ともあれその夜鬼、ナイトゴーントとも呼ばれるその怪物は、地面で苦しむようにのたうち回っている。

 

「どうしたんだ、アレ」

「ちょっとした魔法を使いまして、多少ダメージを与えましたうまくいってれば羽根のあたりが多少切れてると思うので、昨日ほどすばしっこくは動いてこないと思いますよ」

 

 言われてみれば、見るもおぞましい紫色の体液とおぼしき液体が、顔料か何かのごとくものすごい勢いで地面を染め上げている。そしてそれに気づいた瞬間すぐ目をそらしたものの、残念ながらSANチェッカーの起動は止めることはできなかった。

 80。

 なるほど、わずかに冒涜的光景を見るだけでも正気度を削られるというのなら、99などという上限値はあっという間に消し飛ぶのも頷ける。そんな真尋の様子を理解してか「手短に済ませますかね」と肩をすくめる霧子(仮)。大通りへ向けて走り、歩行者天国の中心に落下しているそれに向けて、彼女はライトセイバーのごとき特撮番組のヒーローが使っていそうな武装のおもちゃを向ける。ちなみにこれは、道中で彼女が興味を惹かれて真尋が買ったものだ(平然と万単位の金額が飛んだ)。

 

「興味本位でも、こっちを見ないでくださいね? あっという間にチェッカー壊れますから」

 

 首肯したものの、彼女が何をするのかくらいは見ようとしたのがまずかった。

 突如彼女は手に持っていたそれで、空中に何やら模様のようなものを描いた(当然その軌跡は空中で何も描いている訳ではないので、何が描かれているかはわからない)。がわずかその操作で、ステッキの先端から黒い粘液を滴らせた軟体動物の複数ある足ないし触手のような、巨大なそれが出現。ぬめぬめと音を立てながらぶんぶん振り回され、そして地面で今にも立ち上がろうとしていたその動物の首にぶつかり。ぶちん、とかぶちゅん、とか、そんな音が鳴るのと同時に、何かが空の彼方まで飛んで行った。飛び去ったそれは遥か高くを舞い、市中を走る列車に激突しただろう、遠く見える範囲でいう、あたり一面に紫色のシャワーをまき散らす。と数秒遅れてまるで忘れものでも思い出したかのように、胴体、「なぜか頭一つ分だけ背が低くなった」化け物の首あたりから、噴水のごとく周囲に体液がまき散らされた。

 からからとSANチェッカーが回転する。触手の正体について考えるまでもなく、なんらかの魔術なのだろうとかそういう他の推測を抱くも、目撃してしまった時点でその発想に意味はない。

 72。

 

「…………」

「ふぅ、いい汗かいちゃいました。――――って、あれ、どうしました?」

 

 既に光るステッキの先端には、先ほどあった物体は存在しない。というか、その触手が「大きく口でも開くように広がって」、残った怪物の身体を丸ごと覆いつくして消失したあたりからして、すでにSANチェッカー再起動と同時に、現在68である。早すぎる。あまりに早すぎる。一日経たずに50近く正気度が削られそうなこの状況に、早くも真尋は絶望感を覚えていた。

 

「な、なんでもないや」

「なら構わないんですが……。まぁいいでしょう。今後は忠告を聞いてくださいね?」

 

 嫌でも首肯してしまう真尋であったが、そのまま「じゃあデートの続きと行きますか!」と全く調子が崩れていないあたり、やはりこの女性と自分とは生きる世界が違いすぎると再認識したのだった。なお空は青空に戻っているので結界が解除されたのだろうが、どう見ても紫色の液体についてはフォローがされてなかった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「いやー、今日はありがとうございました! なかなか楽しめた一日でしたね。この本とか!」

「ああそうかい。……って、アンタはオレが夕食を作るのを手伝ったりするつもりは全くないってことでいいのか?」

「私、海外生活が長くて、おそらく一般的な日本の文化にはなじんでいないですよ」

「名前、霧子とか名乗ってなかったか。日本人の名前だろ」

「え? あ、それはですねー、えー、まぁ日本人でも私、秘密組織のエージェントですし!」

 

 最後の方で急に慌ててわたわたとしていたが、まぁもともと真尋の認識でも彼女は偽名を名乗っていただろうということで、詳しく追及するのは止めた。デートが一通り終わって自宅、日もくれ夕食の時間帯。準備に追われる真尋と、興味深げにテレビをかけながら本日買ってきた本を読んでいる霧子(仮)である。何が面白いのか、手元のその美少女ばっかり出てくる小説群をみて「んー、これはなかなか」など謎の寸評をしている。

 

「何か気に入ったのがあったのか?」

「いえね? この、最後の最後でヒロインの正体が判明して、それで主人公のとなりにいられないってなってるのに、最後の最後でクラスに転校してきて『これからも一緒ですね♪』ってエンディングが、なかなか悪夢的だなぁと」

「悪夢的なのか……?」

「トラブルから主人公が一生逃げられないっていう死刑宣告でもされてるみたいで、なかなか楽しいじゃないですか♪」

「そういう感想を抱いたことと、その感想をして楽しそうとか言えるアンタの神経が俺にはわからん……」

 

 たとえどれほど見てくれが綺麗でも、基本的に彼女は危険人物であると真尋は理解している。理解しているが、わずかばかりSANチェッカーがからっと動いてしまったあたり、あまり深く考えるのを止めた。深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ。狂気と戦い続けているだろう彼女への理解に踏み込むことは、すなわちこちらも狂気の世界へ足を踏み込むことなのだろう。

 

「おお、普通に和食ですね。焼き魚焼き魚と」

「楽し気なところ悪いんだが、これっていつまで続くんだ?」

「ほぇ? あー、そうですねぇ。おおむね『私の仕事』としては『月曜日まで』で終わりかなと」

「それはつまり、儀式の発動タイミングまでオレを守り切れれば勝ちってことでいいのか?」

「おおむねそうなります。そうじゃないパターンもありますが、私が真尋さんから離れられないということと、SAN値を減らさない前提で考えるならほかに選択はないでしょうねぇ」

 

 うなづきながらみそ汁をすする彼女に、真尋は肩をすくめる。

 

「察するに、相手と直接対決するっていうのは難しいってことか」

「そうなりますね。……やっぱりアイデア良すぎじゃありません? 真尋さん。説明が早くて助かりますが」

「アンタと会ってわずか一日も経ってないけど、なんだか自分でもそうじゃないかと思い始めてるよ。すでにSANチェッカー、60切りそうだし」

「やばいですねぇ。私も本腰入れてどうにかしないといけませんか……」

 

 言いつつ食事をしながらも、彼女の視線はテレビに向けられている。当然のように市中で紫色の液体が飛び散った光景について、まったく報道されている気配はない。いったいあれだけで何人のSAN値が喪失されたのかということについて、真尋は積極的に考えるのを放棄していた。自分の責任もないわけではないだろうが、時に身を守るためには人間は利己的にならないといけない。というかこの調子で続いたら、間違いなく自分は廃人コース一直線なので、何とかしてほしいところだ。もっともそのあたり、霧子(仮)にどうこうできる問題でもないだろうことは真尋にもわかってはいるのだが。

 

「やっぱり、その、オタクっぽい女の子の方が好きだったりしますか? 真尋さん」

「は、はぁ? なんだよ急に」

「いえね? 単なる情報収集ですよ、情報収集。護衛対象の」

「なんでそんな話聞きたがるのかがさっぱりわからんのだが……」

「私が護衛しているときに都合よくそんな女の子が現れたら、別な邪神か何かの姦計かなと疑うべきかと」

 

 というかそれは、相手方の方がこちらの好みのタイプを把握しているということになりかねないのだが。積極的にそのことについて、真尋は考えるのを放棄する。ここ一日二日で考えることを放棄するくせがつき始めているのではないかとおもわなくもないが、なにごとも身を守るためには必要不可欠である。

 

「別にそういうわけでもないぞ? まぁ突っ込みを入れ続けるのも疲れるから、落ち着いた女の子の方が好みではあるが」

「でも共通の話題があったほうがいいんじゃないですか? 自分の趣味を認めてもらうこともあるでしょうし」

「あのな、一つ言っておくけどオレそこまでマニアックじゃないからな? せいぜい特撮とかアニメとか、適当に流し見するくらいで」

「それでも十分マニアック扱いされそうな昨今だとは思いますが……。まぁいいでしょう。あ、ちななみにちなみに、容姿とかはどうです? 例えば私とか」

「…………」

「なんで目をそらしたんです?」

 

 割とタイプの顔をしていたから、とはさすがに正面きっては言えない真尋であった。

 さすがにこの話題が続くのは思春期の男子高校生としては色々辛いので、すぐさま話題をそらす。

 

「そ、それはともかく。アンタ、昼間襲ってきたアイツのこと、夜鬼とか言ってたよな」

「言ってましたっけ? あ、言ってたかもしれませんね」

「なんでそんな重要情報忘れるんだよ。……夜鬼って、あれだろ? ナイトゴーント。レッサ・オールド・ワン」

「その分類自体、私からすればナンセンスな気もしますが、カテゴリー的には間違っていないんじゃないですかね?」

 

 ナイトゴーント。やせ細った人型をベースにした生物で、全身が黒い海洋生物のような皮で覆われ、顔はのっぺらぼう。コウモリのような巨大な羽と長い尻尾、牛のような大きな角を持っている、とかだったか。確かにおおむねその特徴には合致した姿かたちをしていたように思う。そして重要なのは、その種族が何に仕えていたかということだ。

 

「オレの記憶が正しければ、アレってノーデンスとか、這い寄る混沌に仕えてなかったっけ?」

「いやだなぁ、真尋さん。そんなマッチポンプするわけないじゃないですかぁ」

「は?」

「あ、いえ失敬こっちの話です。んー、まぁどっちかといえばノーデンスの方が一般的ですかね。ニャルラトホテプがナイトゴーントを使うのは、あくまでも間借りみたいな関係かなと」

 

 はぁんと、そういうものかと軽く頷く真尋。思えばノーデンスとニャルラトホテプとは、間接的に呉越同舟する間柄だったかとも書籍知識から思いだす。

 そもそもノーデンス。故ダーレス氏、ラブクラフトの弟子のひとりであるが、彼の四台元素分類での解釈においては、クトゥルフと敵対、対応する水、海の神とされる。実際そういった要素を含んではいるが、直接的にクトゥルフと対応する神であるかは置いておくとして、旧き神とされる存在の最高神とも言われる。この神が何であるかといえば、比較的人類には友好的な神であるということだ。それが人さらいを企むというのが、よくわからない。

 

「いえいえ、なにもノーデンスが直接真尋さんをさらうと考えているかは別ですよ? ほら、彼らって一応利害関係があるっぽい相手であれば、時に力を貸したりもしますし」

「とはいえど、ノーデンスと利害関係がある何者かっていうのが、それ自体あんまりイメージがわかないというか……。まだしもニャルラトホテプが悪だくみしてるとかの方が現実味があるっていうか……」

「どうしました?」

「……いや、ひょっとしてアンタ、ニャルラトホテプだったりするか?」

「一体どうしてそんな結論になりましたか」

 

 軽く頭を押さえ視線を逸らす霧子(仮)に、真尋は半分くらい冗談めかして言った。

 

「この状況、もし本物のニャルラトホテプが存在するのなら、一番ライブな感じでオレの右往左往する様を楽しめるのはアンタのポジションかなと」

「何を馬鹿なことを……。大体、そうだったら私が真尋さんを助けるわけないじゃないですか」

「まぁそういう裏付けがあるから、冗談半分で言ったんだが」

 

 すく、と立ち上がると、霧子(仮)は両手にアイドルゲーム発のキャラクターぬいぐるみを装備し、そのままぽこすかぽこすかと真尋にパンチを繰り出した。

 

「てい、ていていっ! きりこぱんち! だぶる!」

「ちょ、止めろって、どうしたいきなり!」

「人を冗談半分で這い寄る混沌扱いしておいて、何平然と笑っていやがりますですか真尋さん! さすがに懐の広さと母性に定評のある私でもとさかにきましたです! はいはい! ひだりひだり! みぎ!」

「わ、悪かったって、さすがに……」

 

 確かに言われてみれば、これは真尋が一方的に悪いといえるかもしれない。素直に謝るも、しばらく霧子の機嫌は直る様子がない。

 

「まったく、どうしたら許してくれるってんだ……」

「んー、じゃあそうですね。何か一つ、真尋さんが私の言うことを聞いてくれるのでしたら――」

「却下」

「なんでですか、いきなり!」

「会って一日二日の、得体の知れない相手に、そんな全権移譲めいた空手形渡せるかッ!」

 

 しごくまともな真尋のセリフであるが、むむぅ、と何か諦める様子のない霧子(仮)である。大体からしてこの女性、真尋と相対しているときのこのキャラクターと本性とが別なのでは、と彼は疑ってかかってる。大体からしてSANチェッカー七つも使えるとはいってるが、逆に言えば「7も使わざるを得ないだけSAN値が減っている」人間なのではないかとも推理、解釈できるわけで。そんな相手がまともな人間であるかというと、果たして。どれだけ美人で見た目は好みのタイプでも、一線を譲るつもりはない真尋だ。

 

「むむぅ、仕方ないですね。それじゃ一旦この話は保留しましょう。保留ですよ、保留」

「忘れるつもりは毛頭ないのかよ……」

 

 と、そうこう話していると。びたり、と居間の窓に何かがたたきつけられるというか、張り付くような音が聞こえた。一瞬、テレビの映像にノイズが入り、二人の視線が窓に向き。

 

「――――――――」

「きゃっ! 真尋さん!?」

 

 

 

 窓一面を覆いつくす複数体のナイトゴーントと、その奥に見える犬と人間を混ぜ合わせたような汚らしい人型の生物群を前に、SANチェッカーが一気にうなりをあげた。

 

 

 

 

 

 




夜鬼の数:1D6+2
食屍鬼の数:1D100+10
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