翌、昼休みに結集したニャル子たちは、サンドウィッチ片手に長谷部秀太の捜索に走った。もっともそれは残念ながら功を奏さず、学内で彼の姿を全く見かけないという事態に陥る。授業開始直前になって観念した龍子は「クー子、お願いします」と飲み物を献上し、放課後の拘束に至った。
「で、なんで俺はこんな拘束されてんだ?」
「自分の胸に聞くべき」
そして現在、新聞部の部室に確保された長谷部秀太である。両手足を、おそらく学校の備品だろう布の巻き尺で拘束され、クー子に引き連れられてきたのだった。
金髪、ふわふわした髪を適当に逆立て、下渕の青白い眼鏡をかけた少年。小さい頃はさぞ愛らしかったろうその容貌はいくらか小生意気な風であり、しかし外見は年相応に青年のそれである。龍子や珠緒、真尋たちより一つ年上ということもあって身長や体格も多少大きい印象だが、しかし陸上部というステータスを感じさせない印象があった。どちらかと言えばインテリ風であろうか。否、何をしても悪ガキ風ではあるのだが。
クー子は「よよよ」と泣くしぐさをする。
ちなみに龍子とイス=カは特に何もしていなかったこともあり、若干目が点になっている。その有様がますます秀太の居心地を悪くしていた。
「縄抜けの技能とか取ってないぞ!? なんでこんな人権無視されてる状態なんですかねぇ、ええ!!」
「はわわわ、シュータくん、悪い癖。昔からTRPGと現実との区別がついてない」
「何慌てたみたいな感じで言ってるんだよ。っていうか実際TRPGみたいなものだろ人生。ジョーダン抜きに」
「いえ、確かに悪い癖かもしれませんが……、惑星保護機構勤めということを考えると、あながち冗談でも何でもないかもしれませんね」
主に自分がプレイヤーキャラクターとして探索者的な振る舞いを強要され、結果デッドオアアライブオアルナティックであるのならば、人生観も変な形に凝り固まるのも仕方ないかという、龍子の同情めいた一言であった。
一方、秀太は秀太で惑星保護機構の名前を彼女が出した時点で「何だ?」と胡乱気な視線を向けていた。
彼は彼で、龍子の顔を見て何かというのを特定していた。
「誰かと思えばお前、『素晴らしき星の英知の会』のとこのヤベェのの妹じゃねえか。何やってんだこんなところで」
「素晴らしき星の英知……?」
「姉が所属していた機関の名前の一つですね。主に『暗黒の男』とか『ニャルラトフィス』を信仰している団体です。私は幸運にも無関係ですが……。というか、私をご存知なんですね」
「顔だけはな。後、無関係って言ったって、八坂真尋の周りにいるんだから関係者なんじゃねぇのか? いや、俺たちから見れば嬢ちゃんは、ギリギリっていうか、グレー一歩手前みたいな感じなんだが」
「嬢ちゃんとは聞きなれない呼び方ですねぇ……」
振る舞いは完全に年上の先輩的なそれだった。そして彼の言葉の端々から、やはり龍子や劉実の「本当の」出自は漏れていないと安心する龍子である。なおイス=カは龍子の姉が「ヤベェの」と称された方に興味津々らしい。
「ぐ、具体的に何がヤベェのか教えてくださいですョ!」
「あン? そりゃお前、数人のメンバー連れてとはいえクァチ――――」
「あー、その話は私がいないところでお願いします。SAN値を下げさせないでください」
「あ゛? あー、まあいいか。嬢ちゃんは一応、一般人か。で、なんで俺はこうして拘束されなきゃならな――――」
ぴりりりりり、と。ひどく古い固定電話のような音が鳴る。秀太は「俺だ」と自分のポケットを示す。とれないとジェスチャーで示すと、クー子はそそくさと彼のズボンの右ポケットに指を差し入れた。どうやら拘束を解くつもりはないようである。
「メールだなこりゃ。……いい加減、拘束解いちゃくれないか? お前」
「ん。シュータくんに事情を知ってから逃げられると面倒。ちゃんと取り決めて契約書を作ってから解放する。作らないにしても確信するまではダメ」
「まず事情とか全然わかんねぇんだが……。いや、下手に言質なんて取らせねえぞ、そこの話をされない限りは。あー、そこの嬢ちゃん二人は、とりあえず俺が何なのかは知ってるってことでいいのか?」
「惑星保護機構の所属、という程度の情報なのですョ」
イス=カの言葉に二度首肯する龍子。事情はやはり適当にしか知らないらしい二人を見てから、秀太はクー子を一瞥する。クー子はクー子で何も反応を返さず、秀太はため息をついた。
厳密に言うと微妙にズレてはいるんだがな、と半太は反笑いになり自己紹介。
「惑星保護機構がこっちでやってる、孤児院の所属なんだよ。勢力的には、一応地球圏内のってことになってる。だから別に惑星保護機構に俺が組してる訳でもないから、こんなに警戒する必要はねぇんだよっ」
「そうなんですか? バックにいるってことは、結局同じでは」
「やってる、て言っても力を貸してるってくらいだ。別に惑星保護機構が肩入れしているところが、一つとは言ってない。それこそアホみたいに沢山あんぞ」
「はぁ……。まぁ、確かにこうして拘束したまま話すのもなんだかかわいそうですし、解いてあげた方が――――」
「――――シュータくんは、ハスターの『神話的改造人間』。話し終わるまで両手を自由にするのはダメ」
「……神話的、」「改造人間ですョ?」
クー子の言葉にいまいち思い当たりはないものの、しかし何かしら攻撃手段を持つ相手であろうという認識は持ったのか、二人そろって秀太から一歩後ずさる。一方の秀太は、視線をさらに胡乱げなものにしてクー子に文句を垂れた。
「……おいおい、俺にそこまで反抗されるのを前提にしてるって、どんなヤベェ話なんだ? クー子」
「週刊、地球の危機」
「そいつは大層物騒な話だな。はっ」
話しながらも、クー子は秀太の携帯端末を操作している。「いい加減人の私物を物色すんの止めろ」と言われ、そのまま端末を龍子に手渡した。
「って、オイ、何でそっちに渡したんだよっ」
「あー、一応、メールの内容がこっちに関係ありそうだったからですかね。指令、だそうです」
「あ゛? だったらなおさらなんでそっちに渡すんだ?」
いい加減、話が一向に前進しないので、龍子たちは秀太に情報共有した。その上で、秀太はものすごく嫌そうな顔を浮かべた。真尋とはまた違う印象であるが、おそらくはAPPかフレーバーテキストの違いか。ともあれ、事情を聴いて秀太はイス=カに文句をつけた。
「情報の精度が悪すぎるだろ超文明人。それだとさすがに、俺に相談したところでどうこうなるかわからねーぞ?」
「ョッ!?」
「えっと、つまりそれはどういう……?」
「考えてみろよ嬢ちゃん。現状だと後、その問題の期日まで五日足らずか? それだけの期間で処理しなきゃならない問題が山積みだろうが。それに大体、導き出せる推論も二つと来てる」
と、クー子は彼の拘束を慣れない手つきで外し始めた。どうやら本腰を入れたのを確認して、拘束する必要がないと判断したらしい。手首に残った跡を見て、秀太は辟易した表情を浮かべる。
「一つは、指示に対する俺たち側の不手際だ。これについては、そのメール本文を見ないと何とも言えないが、問題はもう片方だと思ってる」
「もう片方ですョ?」
「――――メールで指示された内容以外に、何か向こうの機嫌を損ねることがあった場合だ。要は、事前に提示されていない条件が存在する場合ってことだ」
正直その場合はかなり厄介だぞ。
秀太の言葉に、龍子たちは黙らざるを得なかった。正直にいえば、そこまでパターンについて考察を巡らせていなかったという話でもある。ただ秀太は秀太で、TRPGや恐らくその他の事件で培っただろう経験値が生きていた。彼の思考は、意外と冴えていた。
「そこの超文明人の話からして、相手の潜伏先はこの学校、生徒の誰かだっていうのは凡そわかるんだが。問題はこの場合、何をやられるかってことだろうな。…………まぁいい。いい加減、メール内容見せてくれるか?」
手渡された携帯端末の画面を操作し、内容にこれまた顔を顰める秀太。相手は「十文字 霧彦」となっている。
「あー、一応俺も共有しておくぞ。確かに五日後、来週の中くらいに惑星保護機構の本隊の連中と会合する予定にになってるらしい。で、それまでにそろえる必要があるものが三つ。
一つは魔導書の類なんだが、それはこっちのほうで持つから俺は気にしないでいいらしい。
二つ目は、名簿」
「名簿ですか? 一体何の……」
「あー、何人か名前を書いていあるな。そいつらのプロフィール情報を集めろって言われてる。これはまぁ、職員室とかに何かまとまってるのあるだろうから、今日か明日か侵入してコピーだな」
「さらっと侵入とか言っているのですョ!?」
「場慣れしてますね……」
「TRPGならこんなもんだろ」
確かにこれは悪い癖だな、と龍子は少しだけ苦笑い。本人はいたって真面目なのだろうが、聞いてる側は一瞬真面目不真面目を混乱するし、相手の正気度を疑ってしまう。否、ひょっとしたらそういう狂気状態に陥っている可能性も否定はできないが、さすがにそれを検証する気は龍子にはなかった。
「三つ目は…………、これは」
「どうしましたか?」
「ポリプの召喚術式、魔法陣がここ学校のどこかに設置されているらしい。……いや、設置これからされるのか? それを回収っていうか、破壊しろと」
「ポリプ……?」
「ヨヨヨヨヨヨヨっ!!!!!」
いまいち口にされた神話生物の正体がわかっていない龍子と、それに対して絶叫を上げるイス=カ。奇声でしかない悲鳴に一瞬びくっとする龍子である。クー子は何も言わず、秀太はため息をつきながら説明する。
「まぁ、そっちの超文明人にとっての『天敵』みたいなやつだ。具体例は挙げないでおいてやるが、人間からすれば絶滅させられなかった天然痘クラスでヤバイってイメージすればいい」
「ええ……」
流石にその情報相手には、龍子でさえ引いた。
「と、ともかく、まず四人だから、チームを二つに分けた方が効率的だと思うのですョ。それぞれ②と③を探すチームに」
「分けると一口におっしゃられても、中々難しいところがありそうな……」
「いや、その区分けだったら分ける必要ないだろ。プロフィールくらいだったら俺の方で一日もあれば集められる。問題はポリプの術式だな。個人のロッカーの中とかに仕込まれても特定は無理筋だぞ。そんなもん、都合よく探すレーダーなんてないんだ」
「そうなんですか。うーん、とすると…………、イス=カさんは、何かそういうレーダーとかあるんですか?」
「一応、同郷人を探す装置はあるのですョ。でも現在電池切れで……。充電が回復する見込みが当分ないのですョ」
「何というか、色々積んでますね。まあ、学内の女子ネットワークを使えば、ある程度の証言とか情報は来週頭くらいまでで集められるとは思いますけど、何をもって特定するかって部分になりますからねぇ……」
頭を悩ませる三人に、クー子は人差し指を立てて、断言した。
「――――論理を組んで、推理するしかない」
「……無茶ぶりなのですョ」
「いや、実際他にはねぇけどな」
「あはは……。ではとりあえずですが、情報収集は月曜日までにはある程度集めておきます。でもこれにも問題が一つ」
「問題ですョ?」
「ええ。証言内容の精査が追い付かないかもしれないことと、相手側が今週末までに対応しているか怪しいことです。あくまでも私の手が回る範囲は、学内、女子生徒の範囲だと思ってください。例えば男子生徒がどうこうしている、というエリアまでは、やろうと思えばやろうと思えばできなくないですが、精度は落ちると見ていただければ。…………珠緒さんが居れば、そのあたりはちゃんとなんとか出来たかもしれませんが」
「ョョ! もしかして、この体に入ったのは失敗だったですョ……?」
歩くスピーカー女とか喧伝されることもある彼女であるが、実際新聞部として真面目に動いていることもあり、そのあたりの人望は龍子よりも確かなのである。そこを体は同じとはいえ、イス=カがどうこうできる道理はないだろうという判断だった。
クー子は「考える人」のようなポーズをとりながら、机の上に座っている。こっちはこっちで色々と思考を巡らせているらしいが、外見が外見のこともありどの程度役に立つかは未知数といえた。ただし、秀太はある程度彼女のそれには信用を置いているため、両手をたたいて一度話をまとめにかかる。
「まぁ、PCの人格が違ったら取得している技能も違うだろうし、実質キャラシートは数値共用のある別人って感じだろ。ただ現時点で……、ちょっと考えた範囲のことなんだが。敵は、こっちの動きを妨害してくる、というのが予想だよな」
「ん」「はい」「ですョ」
「チーム分けっていうのは、さっきと別区分けだったら俺も賛成だ。つまり――――防御と攻撃。メールのミッション遂行のチームと、情報収集をして敵を特定、対応するチーム。そう考えて、俺と子ろ、じゃなかった、クー子は別々に置いた方がいいだろう。で、これもまた状況から言って、求められる能力の系統が違う。防御についてはクトゥルフ神話的な知識の比重が強く、攻撃は和マンチ的な対応力がいる」
「和マンチですョ?」
「これもTRPG的な話ですね……。ルールブックの穴をつくような人って話です。セッション自体が崩壊する可能性もあるので一概には良し悪しは言えませんが」
「今回の場合、セッションでトラブル起こすのは相手な訳だし、それを崩すリアルスキルは必要だろ」
「ョョ、お二人が何を言ってるかさっぱり……。あと龍子サン、意外と知っているのですョね……」
「私もたしなむ程度にはやりますから。おそらく、長谷部さんほどではありませんが」
「俺だってせいぜい歴は十年も超えないぞ。まだまだアマチュアレベルだ。ベテランになってくると二十年三十年なんて平然と超えてくるからな」
「業界の闇が深いのですョ…………っ」
「まぁそこでとりあえず聞きたいんだが――――」
龍子とイス=カに向けて、秀太はひどく真面目な顔をした。
「お前らのうち、クトゥルフ神話技能の高い方はどっちだ? 技能点で表してくれ」
「「わかるわけないです」」
要求技能:リアル推理力
次回、出題編? 終了予定