「あははははは! 真尋さん、あれ! あれ! 空に、空にっ」
「言われなくてもわかってるっての、言われなくても――――っ」
西の空に輝くものは決して明けの明星などではあるまい、もっと恐ろしいものの数々である――――その赤い火に照らされる輪郭を直視した瞬間、真尋の脳は電撃的に映像をキャッチした。彼のイメージのなせる業か、はたまた何かしらの電波的なものを受信したか。しかしそれはひどく測りがたく今生、今の時代における世界の映像なのかさえ定かではない
その軍隊のうちの一つの火球のごとき光弾に真尋の意識がフォーカスする――――それは一つの星の記憶。無数の宇宙船飛び交う荒廃した惑星にて、大砲のような腕から火炎とも光線ともつかない何かを放射し異形の怪物を屠る巨人。遠目で見れば人のシルエットをしているようにみえるが実態は違う、下半身は乗り物のようにも見えるひどく名状しがたい形質を誇るし、上半身に至っては――――真尋のイメージが上向きになった瞬間、彼の脳裏が熱源と光に焼かれ、ようやっと我に返った。
雑音のような、口笛のような音が聞こえる。
ひざをつき倒れる真尋に、秀太は声をかける。
『おい大丈夫か?』
「大丈夫じゃないが……、あれか? 星の戦団って」
『何か見えたのか? おいおい、お前も感受性強いやつか?』
「お前もって何だ、お前もって。ほかにもいるのか」
『いたっつーかな。邪神にとりこまれて、今じゃバンバン周囲を燃え散らしてるよ――――って、オイ! 待てって』
秀太の言葉をすべて聞かず、立ち上がり真尋は走る。現状見えた彼らは、今か今かと攻撃の瞬間を待ち望んでいる存在であることは確定だろう。星の戦士と呼ばれる彼らはオリオン座方面の星系から飛来し、圧倒的な戦闘力で敵対者たる旧支配者やそれに連なる存在と戦う存在。文献によっては天使ともされることがあるらしいが、なにぶん文献が少ないため真尋もリアルクトゥルフ神話知識で把握している情報量は少ない。ただ一つ言えることとしては、彼らは現在のところ「惑星保護機構」なる組織に連なっている存在であることだろう。イースともまた別軸の存在で、名前からして宇宙警備隊なりそれに類する存在だろうが、まず間違いなく真尋たち地球人類にとって好意的な存在ではあるまい。そもそも地球そのものに一体どれくらいの旧支配者、暗黒神話群の神々やそれに連なる眷属が眠っているかという話であり、彼らの目的からすれば優先事項は人類よりもそれらの殲滅に向けられるだろう
ゆえにもし現在地球が残っているのだとすれば、それはかなり紙一重のレベルであるはずだ。
そして真尋の想像力は、ほぼ間違いなくゲームセットの状況を導き出していた。本来の「取引」とされる日程よりも早く彼らが動き出しているこれは、果たして這い寄る混沌が真尋に干渉した結果発生した齟齬か否か。
イス=カたちは、見覚えのある公園にて銃撃戦を繰り広げていた――――それは彼女らが持っていたビデカメラを連想させるその銃型装置、カメラ部分から射出される光線を用いてのものだ。イス=カの背後には女子高生が一人。どうもイス=ルギの攻撃から庇っているようだった。
真尋は龍子をその場におろすと、フォークを振りかぶり「投擲する」。投擲されたフォークは電撃を帯びながら、イス=カとイス=ルギの間に落下。瞬間、天空から稲妻が降り落ち、空間が一瞬「ひび割れる」。数秒経過と共にフォークが消滅しひびもいずこかへと消え去ったが、水を差される形だった二人は真尋を注視した。なお真尋の背後にはクー子が浮かんでおり、状況はかなり物騒な流れへと移行しつつある。
雑音のような、口笛のような音が聞こえる。
なお龍子はそんなさ中でも、爆笑しながら撮影を続けていた。
「――――どうした、現地人……、現地人? うむ、貴様はアレだな、この呪文をとっていたヤツだな、うむ」
「イス=ルギ、貴方相変わらず人の顔と名前を覚えるの苦手なのですョ。真尋サンなのデス」
「黙れイス=カ、そういう話ではない! 何用だ、現地人」
「あれは、何だ」
西の空を指さす真尋に、イス=ルギは嘲笑を浮かべる。
「なんであんなものが、今、この場にある。そもそもアンタらの作戦決行は明日、明後日だったはずだ。作戦を速めて襲撃を加速させたとして、何故こう緊急に状況が変化する。それこそ1日2日で終わるような準備じゃないだろっ」
じりじりと、イス=カに近づきながらもフォークを構えたままの真尋。位置関係としては前方に近づくことになるので、発狂している龍子を背に庇っていることにかわりはない。
真尋の疑問としては、そもそも真尋から呪文を取り出す期間がかなり空いていたことである。一週間前にこの時代に入ってきたとしても、例の儀式などその他もろもろに関してすぐさま終了するというのなら、やはり真尋を早々に昏倒させる必要はない。ゆえに真尋の結論としては、準備の期間は(真尋から術を取り出す時間を含めて)それなりにかかるということだ。そして龍子が接触したことで真尋が目覚めた時点で逃げ出した以上、その準備期間は最低でも2日と見込める。
にもかかわらず、状況が急変した時点でとはいえいきなりここまで事態が変化することはあり得ない。変化しているからには、何かしら真尋たちが見落としていた何事かが存在するはずだ。そもそも真尋は提示された前提すべてを疑ってかかっているので、その結論は当然の帰結である。
雑音のような、口笛のような音が聞こえる。
対するイス=ルギは、オーバーなジェスチャーで肩をすくめた。答えるつもりはないらしい。
そんな彼に変わり、イス=カが真尋に彼が見ていない時間の話を教える。
「さっき急いで追いかけたのですョ。でも見失って、それで見つけた時には、この『おかしくなってる』女子高生に銃を向けていたのですョ」
「おかしくなってる?」
「そうなのデス」
珠緒と精神交換しているイス=カの隣に並ぶと、彼は地面に転がっている女子高生に視線を振る。よく見れば小刻みに震えたまま微動だにせず、見開いた眼は瞬きさえできないのか充血している。
クー子が暇だったのかこちらによって抱き起すと、ブレザーから生徒証が落ちる。「田宮英子」と書かれたそれは、一瞬視界に入れるも、真尋は再び視線を前に向ける。
「少年、えーこ」
「? いや、それより、金縛り……、緊張状態、とか、発狂してるのか? これ。アンタが俺に見せようとしていたカートリッジだったか? でやるとこうなるのか?」
「ならないですヨ! これ、明らかにヤバいのを見た感じなのですョ……、普通に邪神とか目撃したか、精神交換されたかですョ」
…………………………………………。
「待て待て、精神交換すると発狂するのか!? 精神交換すると」
「え? あ、はい。話してませんでしたのですョ?」
「初耳だっ」
「そうなのですョ。意識があるまま精神交換されると、移動中に『アイホート』とか『ヨグ=ソトス』とか『ティンダロス』とかと遭遇しかねないので、結構な確率で発狂するのですョ。まぁ襲われたりせず逃げ切れはするのですが、それはそれとして精神はアレなのですョ。我々も相手方も発狂する条件は同様で、だから基本、我々の精神交換は睡眠薬で意識を失った上で、さらに相手の就寝中を狙うのですョ」
ちなみに交換し終わった後は衝撃で目が覚めるお得仕様デス、と銃を構えながらも何故か得意げなイス=カ。この期に及んで新情報を当然のように放り込んでくるあたり、彼女も情報提供者としてはあまり信用ならない類だと真尋はその証言のレベルを下げ警戒度を上げた。緊張感がなさすぎるわけではなく、おそらくは文明の違いでわからないところもあるのだろうが、それにしたってそれにしたってである。
雑音のような、口笛のような音が聞こえる。
「なんでわざわざ精神交換したんだ? コイツ」
「精神交換したとは別に言ってないが――――、言っていないが、む?」
イス=ルギが言葉を続けようとする間もなく、上空をにらむ真尋。いつの間にか空一面が白く、まるで昼間であるかのよう。違いは空を覆う雲のようなガスのような何かがひしめいていることと、そこに映し出されるヒトガタのシルエット。そして。
『――――――――』
人間に理解できない言語が放たれていることである。
「……計画が早まったから、アナウンス、あるいは最終通告をしている。意味はわからないが、まだ挽回のチャンスはあるってことか?」
「――――っ、貴様、何故それを」
「いや、これくらいは初歩的な推理だろ」
実際のところは初歩的な推理でない飛躍も含まれているが、そのあたりは真尋の根本からして外れる要素はないので、彼はその確信を疑うことはなかった――――ある意味でそれは彼自身が狂気の世界に身をゆだねつつあることを暗に示しているが、そこまで真尋は頭が回っていない。
ただ事実として、この状況に打開策を見出すためには、真尋は正気の世界に背を向ける必要があることは確かであった。
イス=ルギは慌てて再び瓶を取り出そうとする。現状、どう見ても完全に詰であったが、それでも何故かイス=ルギは慌てていた。それに真尋が疑問を覚えるより先に、状況は変わる。
「くっ、かくなる上は――――」
『――――そこまでだ、残念だったなっ』
イス=ルギのバッグが「切り飛ばされ」、突風がさらい、とある男の手に。白銀の猿を模したような仮面をつけた、金髪のそれは長谷部秀太である(真尋に名乗っていないので彼は知らないが)。奪われたそれを前に、彼は口をぱくぱくさせていた。
雑音のような、口笛のような音が聞こえる。
秀太は顎をなでて、何やら納得したようにうなづく。そして次の瞬間、腕を振るとイス=ルギが精神交換している余市の足を「斬り飛ばした」。
「――――! おいアンタっ」
『悪いな。<心理学>は俺のスキルだ。まぁ後に
「何意味のわからないこと言ってるんだアンタ、意味のわからないことを! そいつ、俺のクラスメイトだ――――」
駆け出そうとする真尋を、クー子が腰に抱き着き抑える。
『――――勘違いするなよ一般探索者。今、俺たちが相手取ってるのは「世界の命運」だ。新しいキャラシート作ることが出来ない以上、今やれるだけのことをやんだよ』
そのまま両腕も同様に斬り飛ばす。流血、動脈特有の鮮血がほとばしり、それが真尋の脳裏にあるついこの間のような「夢のような」出来事のトラウマをフラッシュバックさせる。数週間前、真尋が遭遇したそれは卑近な恐怖であり、身近な恐怖であり、そして自らに大きく罪を背負わせる類の恐怖だった。身近な人間を手にかけ、書けざるを得ず、また冤罪で捕まり精神も肉体も疲弊し、殺されかけ――――。瞬間、手元からフォークを取り落とし、腰の抜ける真尋。ここまで無理に張りつめてきていた分がいっきにぶり返したらしい。真尋が自称するまでもなく、いくら暗黒神話的経験値が積み重なっても、メンタルは高校生のそれ。さすがに一杯一杯なのだった。そしてSANチェッカーがからからと回転を始める。
イス=カは両手で目を抑えて「スプラッタなのは苦手なのですョ!」としゃがみ視線をそらしていた。嗚呼、別段彼女も状況を改善できるのなら、多少なりとも犠牲は問題ないとするか――――。
だが、それに真尋が何かしらアクションをするまでもなく、事態は一刻を争っていた。
クラゲのような、イソギンチャクのような――――どこから湧いたのか、気が付けば所せましと、周囲一帯にそういった怪生物が浮かんでいる。生物たちは何かしら意思疎通をしているのか――――先ほどからずっと聞こえていた、雑音のような、口笛のような音が聞こえる。
「ヨ!?」
「なっ」
この生物群は、まずイス=カとイス=ルギめがけて襲撃をしかけた。ホラー映画でピラニアが人間に群がって食らいつくすような、まさにその有様である。秀太も思わず飛びのくがそれでも腕に数匹間違ってか噛みつかれ、無理に振りほどくと同時に鮮血が舞う。
ぐちゃぐちゃと音を立てるさ中、真尋はとてもそれを直視できなかった。ただただうめくような声をあげるばかりで、しかし、不意に手元に落ちているフォークと、左手の甲に浮かぶ魔法陣に目が行く。
「少年。おすすめはしない。焼き払え切れないし、できたとしても少年の心は消し飛ぶ」
真尋は気づいた。上空を覆っていたガスのように見えたそれら自体が、半透明なそのクラゲめいた怪生物の群れであったことを。それが「飛行するポリプ」と呼ばれる現生物であり、かつてイースを滅亡に追い込んだ、旧時代の地上の覇権を担った生物群であることを。未だ滅亡さえしておらず、何処かで息をひそめるかの生物群を。
真尋は震え、そして周囲を見渡す。龍子の姿がない。
眼前には、いまだ怪物の群がる「骨と肉片」をまき散らす躯が二つ。
「夢……?」
「少年。現実」
「…………っ」
拳を強く握る真尋。現状で真尋ができることはない。その選択肢は多く奪われている。詰んでいる状況がさらに悪化しただけとも言える。
『これは――――、まずいな』
秀太は突風を発生させ何処かへ飛び去り、クー子は真尋の手前に立ちドーム状に炎を展開。周囲に殺到するポリプから真尋を守っていた。
真尋はついに力尽きたというべきか、その場に五体を投げ出す。ここ連続で起こっている状況全てにおいて、真尋はその時点の真尋において最善を尽くしていたが、どれ一つとして真尋の独力で解決に至れることもなく、今回もまたその類であった。もし解決することができるとすれば――――真尋は絶対にとらない選択肢を頭から除外する。龍子を「殺害し」、「胸に秘められた『
と、そのドームをかぎ分けながら、現れる何者かが一つ。
『――――カカ、ついこの間ぶりであるか?』
「っ」
黒く染め上げられたもとは銀だったろう鎧姿。煤や火炎の影響か黒ずんでいるシルエットに、頬あてにより顔は不明だが、男性のそれではあろう、しかし妙に声音は高く感じ女性のようでもある。真尋はこの相手を知っている、知らないはずはない、ついこの間といって良いくらいに「真尋を助けた存在のうちの一人」であった。
俗にTRPG的に言えば、闇将軍――――織田信長あたりが習合されている、這い寄る混沌の化身だ。
それがこの場にいることも不明であったが、しかし驚くべきはさらにその先。どろりと音を立てて融解したかと思えば、鎧の中からは「龍子が現れた」。袖で額の汗(と化身が変身したろう黄ばんだ粘液)をぬぐう龍子。
「ふぅ、瓶の中に召喚術がって助かりましたね……。なんでピンポイントに信長だったのかわかりませんが。アレですかね、ひょっとして未来では這い寄る混沌とは別な邪神の扱いなんですかね? 信長って」
発言は意味不明であったが、真尋はその追及をするのを本能的にやめた。
「――――っ、アンタ、今までどこに」
「ちょっと探し物を。って、真尋さん、どうしたんです? そんな顔して」
どこか楽しげにさえ見えるように、何かを信じるよう微笑む龍子。その様は見るだけで否が応にでも劉実を想起させ、真尋は視線をそらした。
「そのまま、ずっとそこで倒れたまま。這いつくばったままでいいんですか?」
「…………」
「真尋さんは、姉から生きてほしいと。生きて幸せになってほしいと、そういうメッセージを受け取ったんじゃないんですか?」
「…………」
「諦めるのは、まだ早いんじゃないんですか? 真尋さんは、あなたに出来るあらゆることを、本当にし尽くしたんですか?」
「だったら、俺に何ができるっていうんだよっ」
その真尋の一言は、それこそ真尋の底から吐き出された言葉だった。
初恋の彼女さえ守れずに、そこのしれない悪意に終始振り回され、そして結局現在も、彼自身の力で選び自らの運命をつかみ取っている訳ではない。
TRPGに例えるなら、真尋はキーパーソンであっても決して探索者と呼べるものではない――――自らの独力で、運命に抗うことさえできていない。
「もう遅いだろ! アンタ絶対わかって言ってるだろ、じゃあ俺に何ができるっていうんだよ!」
「…………それでも、出来ることはあります」
龍子は目を閉じ、諭し続ける。そしてしゃがみこみ。真尋の視線の先に座り、彼と目を合わせた。
「――――人がもし神に勝てるのだとすれば、それはあきらめず思索し、継承するからです。その想いは、願いは、物語は、いつかやがて何処かの誰かの手に渡り、力になります。
ほかならぬ真尋さんのつながっている『それ』が、その証じゃありませんか?」
真尋の胸元に手を当て、龍子はそれこそ、勇気づけるように繰り返した。
「未来はまだ決着してません。真尋さんには、まだ出来ることがあるはずです――――その先の手段は、私がなんとかします」
「…………」
真尋は何も言わず、上体を起こした。視線を龍子には合わせようとしない。それは彼女に対して何かしら後ろめたい感情が働いているからという訳ではなく――――。
「………………だったら、少し付き合ってもらうぞ」
どうせ世界が滅ぶまでの間だけだ、と。ばつが悪そうに言う真尋に、龍子は慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
次回、最後の推理パートと逆転
うまくすればエピローグまでいっきに打てるかも・・・? 文字数次第ですが;