真・這いよれ!ニャル子さん 嘲章   作:黒兎可

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夜鬼:6
食屍鬼:78

※すみません、久々すぎて原作舞台がどこだか忘れていたので過去話含め描写変更しました。


吐き気を催す大戦争

 

 

 

 

 

 ささやくような男の声が聞こえる――――。ダイ、とかデッド、とか聞こえたそれは、しかし言い終えた後にぐるるとうなり声のような響きを伴っていた。

 窓の外に見た夥しい光景の直後、電気が消灯。窓の割れる音と共に真尋の耳に届いたそれを察知してか、霧子(仮)は「目を閉じて耳ふさいでください」と叫んだ。瞬間、地面に投げつけられた閃光。猛烈な光と音が窓向こうに投げられる。その効果は意外と大きく、犬のような声がひるんだのがわかる。数秒後、蹲る真尋の手を取り霧子(仮)は入り口の方へ駆け出した。

 

 「……窓に! 窓に! ってならなかったことを喜ぶべきか、そうでないか……」

「それだけ言えるなら余裕がありますね、真尋さん。いや、ちょっとあの数はさすがにないですね……」

 

 既に臨戦態勢の服装に変貌している霧子(仮)であるからして、状況はかなりやばいのかもしれない。いや、明らかにやばい。あれだけの怪物群がのどかな街の一角を覆いつくしていたことも問題だし、そんな街でスタングレネードが炸裂したという事象そのものも色々と問題がある。入り口を出た瞬間、こちらの姿を視線にとらえたのか背後で犬のうなり声のようなものが上がる。うっはー! と軽く驚いたような声を出しながらも、霧子(仮)は走る速度を遅くすることはなかった。

 

「なんだよアレ。いや、ナイトゴーントはわからんでもないが」

屍人(ゾンビ)、いえ食屍鬼(グール)といった方が差し支えないですかね」

「そういや連中、仲良いって設定とかあったっけ。ドリームランドだかなんだったか」

「おお、アイデア! じゃなくて図書館ですかね。リアル読書知識があるおかげで、少しはSANチェッカーの減りが軽いと良いんですが……」

「そうでもないって。もう50切った。41」

「あ、これ気を抜くと直葬されるやつですね」

 

 やりとりこそ余裕があるようであるが、霧子(仮)は笑みすら浮かべず冷や汗をかいている。状況はやはりまずいらしい。

 

「いや、今までの減り具合からして直葬はされないんじゃないか?」

「とはいえど、どうせ最後の最後は神様出てくると思いますので、もう一つくらいSANチェッカーあげましょうかね」

 

 言いながら、霧子(仮)は左腕のSANチェッカーを一つ外し真尋に手渡す。と、それをつけようとした彼の腕を止めて、真剣な声で言い含めた。

 

「いいですか? 必ず、今つけているSANチェッカーが0になってから取り付けてください。じゃないとかなりやばいことになりますよ」

「やばいって……?」

「…………脳みそが、破裂します」

「あ、うん、わかった」

 

 冒涜的事件に対するチートアイテムじみたものではあるが、その実やはりクトゥルフ神話のアーティファクトの類ではあるらしい。とてもじゃないが試す気にもなれず、真尋はそれをポケットに入れた。それを確認してから、霧子(仮)はここに来て少しだけ微笑んだ。

 

「まぁでも少し時間はとれますかね。さっきのスタングレネードで結界の効力が切れたはずなので、彼らもおいそれとすぐには活動できないでしょう」

「結界が切れた……? 結界って、アンタが作ってたわけじゃないのか?」

「ええ。わたしももちろん作れなくはないですが、基本、あれは襲う側が張るものです。自分たちの行動を外部に知らせず、こっそりロクでもないことを行って、何事もなかったかのように日常の闇に紛れる。そういった目的のため、ニャルラトホテプの信奉者団体が作り上げた術式で、現代では広く使われているものになります」

「ロクでもないな這い寄る混沌」

「いえ、ロクでもないのは団体の方ですよ。ほら、ニャルラトホテプ自身はそんなこと関係なくなんにでも変身できますから、気にする必要ありませんし」

「そうでなくったって、自分の信奉者たちくらい管理できないのかよ……」

「んー、ほら、宗教ってそういうものですし? 拡大解釈、職権乱用、なんでもありありです。儒教とか正直ヤバい類のものですよ?」

「そういう話、全然詳しくないけど昨今怖いからスルーするぞ」

「えぇ~……」

 

 なぜにそんな不満そうな顔をしているのか。まるで痴漢冤罪で捕まったサラリーマンがごとき、己の無実でも証明しようとして失敗したかのような落胆顔である。それを追及する意味を感じなかったので真尋はとくに聞かず、さきほどの霧子(仮)の言った話の続きを促した。

 

「こう言うと変かもしれませんけど、表ざたに神話生物とか魔術師とかが活動しようとすると、周囲の別組織とかからつぶされるんですよ」

「あ……? なんでだ、関係ないんじゃないのか?」

「いくつか理由はありますし、組織によっても理由は異なる場合もありますが、まぁ端的に言ってしまえば『自分たちの情報漏洩』にもつながりかねないからですかね」

「自分たちの? つながらないだろそれ」

「どうしてです? 例えば大パノラマの手前、都心とかで冒涜的映像が流されたとしたとき、その中で発狂していない人間がいたとすれば、結構な確率で『こっちの』業界関係者ってことになりますし。そういう可能性がある情報がぽろりと出てくるだけでも、裏で色々企んでいる相手からすれば厄介なことになりかねないというのもありますから。まぁもろもろ『俺たちの邪魔になるから止めろや』ってところあたりなんでしょうかね」

 

 そういえば、と。「アーカム計画」なる小説など例にもれず、基本的に狂信者やらなにやらは、最終的な計画実行時まではこそこそ隠れて動いているのが常である。当たり前と言えば当たり前だが、一歩間違えれば核ミサイルをぶち込まれて終了というのも十分にありうるわけで、そういう意味では自己防衛のために関係する情報各所をふさぎまくるというのも、方法論としてないわけではないのかもしれない。そして少しだけSANチェッカーがカラカラ回るあたり、真尋からすれば本当どうにかしてもらいたいところである。今回は判定が成功したのか減少しなかったのでまだマシだが、いいかげん頭が痛い。SAN値が減って痛いというより、SAN値が減るのを阻止する方法が思いつかないのが痛いのだ。だが耳をふさぐ、目を閉じるというのは間違いなくホラー映画の死因の一種であるからして、真尋に真実との対峙から逃げるという選択肢は存在しない。ともあれしばらく走った先、歓楽街を抜け鉄道をまたぎ、どうにか広い公園に足を止めた。桜は散りすでに青葉が生い茂っており、なにより池だか川だかが凍っていない。それでも妙に肌寒いあたり、立地的な事情を嫌でも思い出させた。

 さすがに疲れたのか、池沿いのベンチに腰を掛ける霧子(仮)。真尋も同様に疲れていたので、隣にお邪魔した。

 

「さっきの数だと、さすがにアンタでも勝てないのか?」

 

 落ち着いたころに、思わず真尋はそう尋ねた。対する霧子(仮)の返答はシンプル。

 

「真尋さんを守りながら戦うのは難しいですね。さすがに周囲すべてを覆い囲まれた状態で、両方に注意をもっておくのは難しいかと」

「そういうものなのか?」

「そういうものです。私の使える魔法というか能力というか、その関係でいっても、こちらが一撃成功させれば勝てるかもしれませんけど、同様に私も相手から何発かもらったらその場でジエンドですから」

 

 どんなに強化したところで、人間の限界値は神話生物とかには及びません、と。苦笑いを浮かべる霧子は、どこからかカプセル錠剤を取り出した。

 

「ところで真尋さん、お薬水なしでも飲める人です?」

「出来なくはないが、率先してやりたくはないが……。なんだそれ、飲めってか?」

「ええ。万が一真尋さんがさらわれた場合も想定して、発信機です」

 

 嫌に本格的というか、現実的になってきたなと真尋は嫌な汗をかいた。敵もなりふり構ってきていないのは察していたが、どうやら霧子(仮)もなりふり構っていられる状況でもないらしい。数日で体外に排出されるという説明にとりあえず納得し、そのモノトーンカラーのカプセルを無理やり呑む。うえっとなったところ、軽く背中を霧子に叩かれて飲み込んだ。

 

「保険もかけたところで……。う~ん、しかしやっぱり動機面がさっぱりわからないですよ」

「うぅ……、まだ喉に違和感が……」

「泣き言いわない。男の子じゃないですか」

「そういう男女差別、良くないと思うんだが……。で、何だって、動機?」

「ほら、真尋さん言ってたじゃないですか。ナイトゴーント使役する以上はノーデンスだって」

「もしくは這い寄る混沌な」

「ノーデンスだって! とはいえど、実際ノーデンスの可能性を真尋さんが除外したのと同じ理由で、確かに真尋さんをさらう理由が相手にはないんですよね。別にアブダクトされやすい体質とか、宇宙人受けする顔立ちとか、そんな人間基準の価値観とかもないでしょうし」

「なんだアブダクトされやすい体質って。並の不幸体質どころの騒ぎじゃないなそれ……。っというかアンタ、這い寄る混沌の可能性を除外してるが、何か理由でもあるのか?」

 

 真尋の至極妥当な問いに、彼女は確信をもって首肯した。

 

「ええ。ありえないといえます。もし本気でニャルラトホテプがその類のことに手を出していたなら、そもそも今頃真尋さん正気じゃないでしょうから」

「え゛っ」

 

 嫌な断定のされ方だった。

 

「直接相手に聞こうにも、そもそも襲撃している時点でこちらの話など聞く気はないでしょうし、まっとうなコミュニケーションに持ち込めるだけの状況を作らないといけないわけですが……。とてもじゃないですが、思いつきませんね。いっそ、県外に逃げちゃいましょうか? 数日くらいなら行方をくらませられるでしょうし」

「行方くらましたくらいでどうにかなるのか? それって」

「場合によっては私以外のエージェントも派遣されるでしょうし、そちらと協力ならば、といったところですかねぇ。ともあれ時間は稼がないと――――――今みたいにですね」

 

 今みたいに、という言葉の真意を、真尋が問いただすよりも先に、霧子はそばに落ちていた木の枝を拾い、どこかに構える。そして周囲を警戒するように首を左右に振っていた。嫌な予感を覚えた真尋が立ち上がると、その瞬間に月光は青から赤に。そして周囲には、明らかに人間の原型を残し、しかし顔の形が犬を思わせる形に変形しているそれを目撃した。数にして周囲一帯を埋め尽くす勢いのそれは、ゆうに五十は超えるだろう。やや姿勢が悪く、ぎょろりとした鏡面のような目が真尋を見据える。わずかにゆがむ自らの姿を直視し、一瞬頭痛を覚えると同時にSANチェッカーがからからと回りだす。37。まずまずの数字だ。

 

「全力出すわけにもいかないですからねぇ。メリーポピンズするには傘が必要ですし……。おーい! あのー、一応聞いておきますけど、何か取引できる話とかはありますかねー? さすがに皆殺しとか、人さらいされる前に事情くらいは聞いておきたいんですけど。一、探索者的には」

 

 霧子(仮)もやけっぱちなのか、そんなまともな返答が返ってはこないだろうセリフをのたまう。ところが意外なことに、この一言は功を奏した。がやがやと食屍鬼たちが顔を見合わせ、なにごとか話し合い始める。おや? と二人して頭をかしげていると、上空からナイトゴーントが一体下りてくる。とっさに霧子(仮)が真尋の頭を押さえて上を見させないようにしたので、おそらくそこにはやはりうじゃうじゃと化け物どもが闊歩(滑空?)していることだろう。

 

『That's not what I was agreement』

 

 聞こえてきたのは、なぜか英語だった。発声器官自体は彼らに存在するのだろうか、案外と普通に聞き取れるもので、SANチェッカーが回らないくらいだ。一瞬真尋に目配せした後、霧子が上空に苦笑いをする。

 

「Can you speak Japanese? It's very important for us」

『Sorry, but We cannot do』

「Oh……, Oh well……, Screw it. 真尋さんには私が翻訳して話します」

 

 なんとなくだが、どうやら日本語がしゃべれないらしいことだけは真尋にもわかった。

 そして何言か霧子(仮)が上空の夜鬼とやりとりしていると――――背後の水面から、何かが立ち上がったような音が聞こえる。聞こえた音は一つどころではない。複数の何かが水面から立ち上がるような音。それと同時に食屍鬼たちが明らかに狼狽えている。この時点で真尋はなんとなく状況というか自分たちの背後の様子を察しはしたが、しかし想像することもなく思わず霧子の手を握った。

 

「ふぇ? ま、真尋さん?」

 

 何も言わずに、くい、くいと背後を指さすと、霧子はそちらをちらりと見て軽く眉間を抑えた。

 

「あー、完璧インスマスな感じですね――――って、おっとと!」

 

 いきなり真尋をお姫様抱っこすると、霧子はそのまま前方に走る。食屍鬼たちはなぜかそれを避けるように移動した、そして真尋たちの背後、池の方に向かって走り出す。空中からも、ごう、ごうという音を立てて池の方めがけて降下していく連中が多かった。この時点で、背後からびちゃびちゃというか、びたびたというか、まるで大型魚が地面に打ち上げられてうごめているような音と、引きちぎられる肉や折られる骨や飛び出る血の音などが聞こえたりしている。背後を振り返らずとも、真尋の豊かな想像力は核心的にその情景を描き出していた。おそらく水面から上がってきたものは半魚人の類である。細かいビジュアルは想像することさえできないしするつもりもないので割愛するが、それに向かって冒涜的な生物群が戦闘を仕掛けているのだろう。

 

「逃げますよ真尋さん。わかってると思いますが後ろは決して振り返らないことです。たぶん、SANチェッカー壊れます」

「そうかい、そうかい! 嗚呼、まったく散々だなこんなタイミングになって! なんだこの理不尽な状況!」

 

 理由もわからず得体のしれない怪物群とかにさらわれそうになって、なおかつなんらかの儀式の生贄にされかかっている。この状況自体訳が分からないところではあるが、事態が転々としているのも真尋の認知コストを大いに削っていることだ。突然の魚人の乱入の意味も解らないが、さきほどまで真尋たちを襲おうとしていた連中が彼らを妨害する側に回っているのも意味が解らない。

 そうこう走っているうちに空の色が青に戻った。とりあえず結界からは抜けたのだろうが、まったく安心できる余地がない。しかしこうして走っていても、霧子(仮)の手はほんのり冷たく、しかし外気よりはいくぶん暖かく、生きている人間の感触と熱を真尋に伝えてくる。心臓が張り裂けそうなほどに混乱を極めている状況もあってか、そして相手が異様に美人だということもあってか、彼の正気な部分は「あれ、これってつり橋効果とか働いてるんじゃないだろうか」と冷静な分析を下していた。実際、わずか2日ほどしか面識のないこの女性に、真尋はかなり好感情を抱いている。相手のことをそもそもほとんど知らないにも関わらずだ。さすがにそこまで軽い人間に育てられてはいないと彼自身が自負していることもあって、状況が特殊すぎるのが原因だろうと結論づけた。

 

「どうしましたか? 真尋さん」

 

 そしてちらりと真尋を振り返る霧子(仮)に、やはり心臓が一段と脈打つ。漫画とかだったら顔が赤らんでいるだろうが、あいにく現実世界では単に挙動不審になったり、異様に汗をかいたりするだけである。そんな様子を見かねてか、彼女は一度速度を落とし「どこかで休憩しますかねぇ」ときょろきょろ周囲を見渡した。

 立地を考えれば、この場は繁華街。何かの小説で探偵がバーに居たりする土地柄であるが故にか、休憩所と呼べるあたりからはどことなくピンク色な雰囲気が漂っており、「ないない」と、ぼんやりしはじめる頭を左右に振る真尋だった。

 

「ァイア・ァイア・ク()ゥルー・フタグン」

「は?」

 

 そんなタイミングで、突然聞こえた言葉である。変なアクセントと濁った声、妙ななまりに、思わず反射的に背後を振り返ってしまったのがまずかった。そこに立っていた2メートル近いシルエットは、鈍器のようなもので霧子(仮)の頭部を殴り飛ばした。理解が及ばず、真尋は一瞬反応が遅れ、そしてSANチェッカーが回転する。

 

「えっ」

 

 その一言だけを言い、目を見開いたまま霧子(仮)は地面に横倒れになった。

 

「――――な、お、おい! アンタ、しっかりしろ、おい!」

 

 膝をつき霧子を揺さぶるものの、彼女は驚愕したかのように大きく目を見開いたまま、びくとも動かない。まるで死んでしまったかのようなその有様に真尋は気が動転。脈をはかるよりも先に彼女のスーツ胸部に耳を当てる。胸の感触などより、ちょっと速度が速いものの一定のリズムで脈打っていることに安堵。だが、安堵したと同時に真尋は腹を蹴り飛ばされた。ごろごろと転がり、仰向けになり、そして、目撃した。

 霧子(仮)を襲ったシルエットは、トレンチコートにシルクハットを着用した何かだった。それはまるでがま口財布のように横に広がった口を持っており、2メートル近いその体系はわずかに小太りと形容できるかもしれない。いや、小太りという形容は正しくない。おそらくそれは「生物種として正しく」、首が太く頭とつながっているのだ。ぬめりけのある地肌がネオンの街頭に照らされ、てらてらと乱反射している。一歩一歩真尋に向けて歩くごとに、ひたりひたり、という、薄い皮膜がこすれるような音が聞こえる。

 

「これが、か()ぎか」

 

 そしてシルクハットをはずし、その容貌の全容を顕にした。

 左腕から電子機器が爆発するような音が鳴り、そして、そこから真尋の記憶はない。

 

 

 

 

 




インスマス面からおそらくアイデアクリティカル、幸運ファンブルして、クトゥルフ様の御姿までたどり着いた模様。
 
バッドエンドっぽいけど、まだまだ続きます。
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