転生したら取り敢えず原作ルートをぶっ壊すだろ   作:杜甫kuresu

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俺のたった一つの大きな嘘。
待っているさ、何時迄も。


chapter3『思い通りにならないこと』

『んじゃあ真珠湾攻撃のおさらいな。まずエンタープライズは方向間違って事故るんだな?』

「や、やめてくれ……。そう何度も言われると少し恥ずかしい」

 

 俯いてボソボソと懇願が聞こえた。夜、机上の男の説明には容赦がなかった。

 もう時は近い。最初の関門は後1週間も経たない内にやってくることになるというのが日付上の現実だ。

 

 彼はスイッチを切り替えるとむしろ彼女が見劣りするほどサバサバとしていて、エンタープライズがもじもじとした様子であろうが何の躊躇いもなくぶった切る。

 

『しゃあねえだろ。本番でミスるな、そして頑張れ。航路は無視れよ、トラブったらもう終わりだし』

「わ、分かっている……」

 

 史実の上での彼女は戦闘機を送り届ける帰り道に真珠湾攻撃が起きている。

 その時の給油作業には天候不良で遅延が発生しており、さすがに救援に向かう気ならば忘れて航路を変更するしかない状況なのだ。

 

「指揮官には怒鳴られるだろうなあ…………」

『仕方ない。此処についたら後は気合で何とか頼む、海上戦は門外漢だし』

 

――分かっているつもりだが、命令違反は殆したことがない。

 さすがにとやかく言うことはないが、少し抵抗は在る。

 

 んーっと、と彼は記憶の糸を手繰りながら話を進める。何せメモすらすることが出来ないのだ、今までの会話は必死で記憶して何とかしている状況だ。

 元より眠ることのない彼にとっては一夜を暗記に費やすなど造作もない。ただ心中で呟く、以外の暗記法がないのは随分悩まされていたが。

 

『ま、とりあえずこっから6月までが勝負だ。俺も戦場には行けないからな…………』

 

 彼の声が暗くなる。

 命令ばかりで手を貸せないことを気に病んでいるようで、彼女が居ない時の彼は溜息ばかりが目立っていた。

 サバサバしているのも、それくらい極端に切り替えないと本音が漏れるからなのかもしれない。

 

 それとなく気づいていたエンタープライズが、頬杖を突いて冗談交じりに励ます。

 

「出来ることをしてくれるだけで十分過ぎるよ。元は私のワガママじゃないか」

『そうは言われても参加しちまうとなあ? この体はもどかしいぞ…………』

 

 らしくないな、とポケットから取り出して机に放り投げる。

 痛くはないのだろうが痛っ、と彼が呻く。

 

『カセットテープレコーダーは投げるものではなーいッ!』

「明るい曲はないか? 夜は気分が落ち込んで良くない」

 

 話を聞いてくれよ、と少し弱々しい口調で呟く。

 

 しかしエンタープライズが鼻歌を始めた時は曲を流さないと取り合わないのは分かっていたからか、仕方なく『成るがまま騒ぐまま』を流し始める。

 

「明るい選曲だ、悪くない」

『時々扱い悪いよなお前…………』

 

 とは言っても最初はそうでもなかった。

 釣り合いが取れないと思っているのを察して、あえて乱暴に扱っているのだろうか――――なんて彼は思ったことも有るが、にしたって遠回し過ぎて困る。

 

 結局ただの理不尽という事で彼の中では済まされている。

 

『っていうか早く寝ろよ。体調崩されたらパーだって何回も言ってるだろ』

「少し夜更かししたぐらいで寝込むほどヤワじゃないぞ、私達は」

 

――ちょっと前に熱出したくせに。

 聞こえない声で悪態をつくが、イヤホンでは意味がない。

 

 それに、()()()()()()()()()()()()()

 

「…………夜は眠れないのだろう?」

『うん? そうだな、つまんなかったぞ。最近は忙しいけど』

 

 主に暗記に。

 

「あなたは寂しがりやだからな、一人は嫌じゃないか?」

『いや? そんなことは――――』

 

 良いから、とそのまま彼女は目を閉じて音楽に聞き入る。

 彼には行動決定権というのは特に無いので、諦めて彼も静かに音楽を聞く。

 

――よくやったなあ、このまま寝ることも多かったっけ。

 もう遥か彼方の記憶にさえ感じていた。最近の忙しさというのは彼にとって中々のハードワークな部分もない訳ではなかったが、それは同時に濃密な時間を過ごすことにも繋がっていた。

 

『…………俺はこれでもキツかったが、充実はしてたな』

 

 エンタープライズが静かに頷いて月を見る。あの日と同じ三日月、一月過ぎたのだから当然のことだ。

 

「奇遇だな、忙殺されて何も覚えていないかと思ったが――――案外覚えているものだ」

『俺は目標意識を持って生きたのが久しぶりだったし尚更な』

 

 社会に出てからの彼という奴は全く目的意識を持てなかった。

 別に社会に絶望しただとか見失ったのではない。忙しかった、疲れていた、考える気力がなかった。

 

 虚無漂う生活、それに直結する空ろな労働。特にやりがいはないが、家に帰れば好きなゲームが出来る。

 料理は面倒だから買ってきた惣菜だらけ、後悔はまああまり無い。

 無い、無い、無い。

 

――そうだったな、俺はそれに不満を持てなかった。

 ある意味男は気づかぬ内に錆びていて、嫌なことは嫌だと抵抗することを忘れていたようだ。

 

『…………今この瞬間に元に戻れたなら、神様も偶には拝んで良いんだがなあ』

 

 返答はなく、代わりに聞き慣れた穏やかな寝息。

――ずっと頑張ってたもんな。

 何も言わず、ただ覚えている限りで一番静かな音楽を流し始めた。

 

 彼らの共通点というのはそう多くないのだが、辛うじて見つけるならこれらだ。

 

『止まらず、悔いず、知ろうとする』

 

 それだけでこの二人には十分すぎた。

 

 

 

 

 

 

 

「――――止まれ」

 

 静かな威圧。世界に向けられたその明確な絶対命令に艦載機達は為す術無く飛び踊り、墜ちて行く。

 水面の上の彼女はさながら虚像のように微動だにしない。

 

 その紫水晶は決意に研ぎ澄まされ、靡く髪はさながら死装束。手ごと下げられた弓は殺意を象徴し、飛び回る艦載機は『駒』。

 少女は漫然たる死。ただ触れぬのみ、偶然その手が何も刈り取らぬのみ。

 

 向かい来る異形の艦載機など燕と同義。

 

「機体ネーム『SBD』の自動操縦を解除、これよりエンタープライズの指示による手動操縦に移る」

 

 途端に飛び回っていた彼女のSBDドーントレスが怪しく赤に光る。それを見ていた指揮官は後に持ち合わせいた雑紙にこう書き記す。

 

 その揺らめく残光はまさしく亡霊だった。本来誰もが避けてきた『手動操作』に切り替えられたヤツラは、まさしく空の死神へと成り代わっていたに違いなかろう。

 言うならば変態――――――それは漠然とした殺意の兵器から、その時だけは真の死神へと昇華されていたはずなのだ。

 

「続き、『F4F』の自動操縦も解除。同じくエンタープライズの手動操縦に変更する――――存分に疾走れ」

 

 少なくとも二十。その数を『全て目視で』彼女は制御していた。

 

――流石に神経に負担がかかるか。

 頭の奥が熱を持って仕方ない。それでも彼女は『駒』を手に取り一手を指し続ける。

 止まるな、突き進め、立ち塞がるならば砕け。

 

 これは元は彼の提案だ。手動操作をやけっぱち気味に試して倒れたその日に

 

『むしろ動かせるだけスゴイんだが、もうちょい出来るようにならないのか?』

 

 と言われてこの方式を確立した。

 勿論、修羅の道にほかならない。元々難しく形骸化していた機能であり、難しいからこそ発展しない。だから尚更難しいの無限地獄だ。

 

 見ての通り脳に尋常ではない負担がかかり、見合った成果は基本得られない。機種単位でしか制御を切り替えられない開発の遅延も手伝い、難易度は明らかに高い。

 しかし彼女はそれを遂行した。

 

――それが、成すべき事だから。

 

「邪魔だ」

 

 撃ち漏らしかねた機体を後ろから追跡する。この状態から追われる側が攻撃に移ることは困難であり、実質的に彼女の勝利だ。

 

 本来は盤面で考えるのがセオリーである航空戦を、彼女はルール違反で覆した。

 今この瞬間だけは、全ての駒が――――『エンタープライズ』の意思そのもの。

 

「どうした南雲機動部隊。機体性能ばかりで操縦がおざなりだぞ?」

 

 その笑みはただ無感動。見るものに恐怖すら呼び起こし、かの名を叫ばせる。

 遠目から僅かにその歪な姿を観測した一航戦は小さく

 

「まさしく『灰色の亡霊(グレイゴースト)』だな――――!」

 

 そう呟いた。

 

 まさしく亡霊。実体など無く、されど確実に恐怖を与え、そして誰にも侵せず忘れ去れない海の悪鬼。

 聞こえていたのか、そうではないのか。定かではないがエンタープライズはその時確かに

 

「お褒めに預かり光栄だ、一航戦」

 

 そう答えた。しかしその余裕とて長くは続かない。

――そろそろ灼ききれるか?

 

 長く続ければ死に至るだろう。倒れたエンタープライズが艤装の担当に言われた言葉だ。

 幾らエンタープライズが優秀であるとは言え規格そのものは一般の航空母艦。決して不可能を可能にできるほどではなく、現実をひっくり返す物は何も手にして居ない。

 

 唯無理をしているだけに過ぎないのだから。

 

「不味いな…………『SBD』を自動操縦に切替!」

 

 激痛に歯を食いしばりながらF4Fワイルドキャットを操作し続ける。

 

――もう少しだ、もう少し動け!

 脳裏で叫んでひたすら捌く。手動ならば的確に致命傷となる部位に機銃を叩き込めるのを見込んで、ひたすら撃ち落とす。

 機銃の音。ジュラルミンの空を切る音。どんどんと音が彼女から消えていく、体の機能に支障が出ていた。

 

 だがキリなど無い。あの時とは違い四隻で済んでいるとは言え、艦載機の総数は彼女の倍などでは済まない。

 

 限界だ。一隻が潜り抜けて、寮舎に向かって爆撃を敢行する。

 

「――――逃がすか!」

 

 それは彼女の部屋も含まれていたように見えた。

――彼が居るというのに!

 

 急いで撃ち落とすが現実は変わらない。

 

「クソォ!」

 

 彼女は動かない。火煙を眺めようと、抉れた部屋が見えようと決してもう振り返らなかった。

 事前に彼が言っていた言葉が脳裏を走り回る。

 

『俺に何か有ったと思っても忘れろ。足枷になる為に此処で待つ訳じゃない』

『お前が思いっきり戦えるように、邪魔にならないように此処に居るんだ』

 

――ああ、やってやるさ! 壊れていても知らないからな!

 涙は出なかった。

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ…………!」

 

 息も絶え絶えに脱力しながら砂浜から歩き出す、行き先は言うまでもない。

――まさか壊れていないだろうな!?

 

 虚ろな目つきで寮舎に向かう彼女をヴェスタルが止める。羽交い締めにされるだけで普段からは想像つかないほどにあっさりと引き止められてしまった。

 当たり前だ。

 

「エンタープライズちゃん! ボロボロなんだから今は休んで!」

 

 そんな事は彼女が一番知っている。

――空襲が終わってからも体が痛い、頭が重い、意識は今にも飛びそうで、吐き気は止まらない。

 体からは血が流れていた。流れ弾が掠ったのだろう。辛い、倒れそうだ、もう意識を繋ぎ止めるので精一杯。

 でも、でも。

 

「ヴェスタル、分かってるよ。分かってるから今だけ歩かせて――――ッ!」

 

 執着に似た異様な炎が瞳に灯る。写したのはあの無機質な姿。

――やったんだ。完璧ではなかったけど、あの程度で艦が機能不全になんてなる訳がない。

 やっと希望に近づいた。彼に伝えなくては、誰よりも傍で懸命に支えてくれた彼には、最初に言葉にしなくては。

 

 例え体が軋もうとも、その先に何も待っていなかったとしても。そうしようとしなくては――ダメだった。

 

「一旦休んで、ね!?」

「駄目だ――――――今だけは、駄目なんだよ…………!」

 

 ヴェスタルを振り解いて歩き出す。

 明らかに体の全てに負担がかかっていて、そんな力も残っていないはずなのに。ヴェスタルの顔が驚愕に固まってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおいエンプラちゃん、無理はするもんじゃないぞ?」

 

 一瞬だけ、それが彼の声だったように錯覚を起こした。

 すぐに現実に引き戻されて、それが指揮官であることを思い出す。何故かそれに落胆すら覚えて、不思議な気分で頭の隅が覆われる。

 

――本当に紛らわしい人だ。

 

「なんのようだ…………」

「何の用だとは随分だなあ。労いに来たんだよ」

 

 後にしてくれるか、と立ち塞がる指揮官を横に押しのけようとするが力が弱々しすぎて彼は微動だにしない。

 そのまま倒れ込んでしまうのを、急いで指揮官が抱きかかえて支える。

 

「どうした? そんなになってまで向かう場所はどこよ?」

「…………私の、へや」

 

 霞む視界の中で小さな声で応える。もう何と言ったのかすら彼女には上手く思い出せない。

――ああ、歩けないな。

 動け、動けと何度言っても自分の足だと思えないほど動かない。苛ついて、けどその感情すら続く気力がない。

 

 その小さな言葉に応えたように体が急に浮遊感に包まれる。

 

「よいしょっと。あ~、何か痛い所ある?」

 

 指揮官が彼女の足と肩に手を回して持ち上げていた。

 要はお姫様抱っこの形になる。

 

 空ろな意識のまま、エンタープライズが少しだけ恥ずかそうに彼から顔を逸らす。

 

「ない、けど…………」

「よっしゃ、じゃあ行こう」

 

 エンタープライズが意識朦朧と抜け出そうとするのをしっかりと支えたまま、指揮官は寮舎に向かって歩き出す。

 

 ヴェスタルが何かを言おうとしたが、後ろに振り向いた指揮官の

 

「すぐ戻ってきます。俺もエンプラちゃんが心配ですからね」

 

 やれやれ。そんな困ったような笑みを見て、口を噤んでしまった。

 

 

 

 

 

「はい、到着ですよお姫様」

「冗談はいいから……」

 

 疲労なのか羞恥なのか顔を紅くしたままのエンタープライズを、硝煙臭い部屋に指揮官は降ろしてやる。

 フラフラとした足取りで壁にもたれて立ち上がる彼女に肩を貸す。

 

「全く、何時までたってもお前は変わんないなあ……やる時は後先考えない」

「うるさい……」

 

 ゆっくりとした足取りで、角の欠けた机に歩いていく。

 すぐ横まで抉れているし、僅かに小火は見えたが無事だった。

 

 勿論、上に置いてあったそれもだ。

 

「無事だったか…………」

「おっとっと!」

 

 バランスを崩すエンタープライズの体に手を回して指揮官が持ち上げる。

 それすら気にも留めず、彼女はイヤホンを片方だけ取って、右耳に付ける。

 

「無事か…………?」

『おいおい、お前こそ大丈夫かよ!? 息荒いぞ、ってか何かちょっと燃えてる音して怖いし!?』

 

 心配性な彼の声。

――安心した、何時も通りだ。

 

 小さな声だったが、それでもしっかりとした声で。彼女はカセットテープレコーダーを口元に当てて

 

「まずは第一関門、突破だぞ…………」

 

 そう呟いて倒れた。

 

『おいイケメン声! ちゃっちゃか診てやれよバカ!』

 

 彼の叫びは指揮官に届かなかったはずだった。はずだったのだが。

 

「言われずともそうするさ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 気味の悪い笑顔を添えて小さく指揮官は答えた。

 

 

 

 

 

「…………まだ体が重いな」

 

 呟いて肩を回す。鈍い痛みと共に、動きの劣化がひしひしと感じ取れる。

 ベッドの上というのはとても暇だった。ましてや彼女の状況は尚更だ。

 

 今回の脳の酷使は中々効いているようで、体の調子が戻るまでの1週間は絶対安静を言いつけられていた。

 

「今日は何日だ?」

『まだ二日ですよお嬢様、落ち着いて下さい』

 

 誰がお嬢様だ、呆れたような口調で返す。

――いや実際お嬢様だよなあ。

 

 彼はこの二日間、彼女の話し相手を延々と続けていた。幸いというか彼にとっては不運か、ここには食事と見舞い以外に誰も来ないのも有って彼に黙る権利は無かった。

――まさかここまでお喋りになるとは。

 

 朝も、昼も、夜も、眠れぬ宵闇も。

 ほらそこ羨ましいとか言わない、当人がどう思うかは別問題だ。

 

『…………何、寂しいわけ?』

「い、いやっ。そんな事無い…………」

『どっかで聞いた台詞ですな』

「しつこい」

 

 へい、と気圧された彼は黙ってしまう。

 

――しっかし不思議なもんだ。上手く行ってるんだな、これで。

 重桜は結論から言って、急襲にも関わらず真珠湾攻撃に失敗した。

 彼も似た歴史を辿った国民として呆れているものだが、それでも重桜はアズールレーンを脱退した。つまり、予定通りに事は進んでいた。

 

「指揮官は怒ると怖かったな…………」

『怒鳴り声で誰だお前はって思ったね俺は』

 

 情け無用の男かもしれない。ちょうどユニオンだ、いやあれは東○版か。

 しかし彼としてはその怒鳴り声に妙な聞き覚えが有るとも言う。エンタープライズはさっぱりだと首を傾げていたが、どうしても心の片隅に引っかかっているらしい。

 

――聞き慣れたと言うより、知り尽くしてるような?

 うまく説明はできない。

 

『まあでも、その後はよく頑張ったなって言われてたじゃん』

「30分も連続で怒鳴られていた後では魂が抜けていた…………」

 

 そりゃ言えてるな、と彼は苦笑い。

 

――褒められてた時のニヤけづらが思い浮かぶようだぜ。ケッ。

 傍から見ると明らかに気が緩んでいたらしい。にしてもこの男もしつこい。

 

 どうやら普通に狙っている男が悪いと心配しているようだ。別に彼氏面というわけでも何でも無いらしい。

 

『ウェーク島とか細かい所は大丈夫かねホント…………』

「細かな戦闘全てが正史に則った戦闘は資料を見た限りでは無かった、何よりもう歴史は狂い過ぎも良いところだ」

「しっかりと腰を据えて、やってくる状況を迎え撃つしかあるまい」

 

――何だそのスーパー主人公なイケメン台詞。

 とはいえ忙しなく話しかける理由も不安というのが少ならからず有るわけで、実際は強がりも良いところだ。

 

 弱音を見せても仕方ない。

 

『ゲームだと…………次はドゥーリットル空襲だな』

「またアレか…………バカなのか、人類は?」

『アレをやり遂げたお前らにも問題は有るぞ絶対』

 

 命令はこなすものだ、と淡々とした返し。思わず彼はため息。

――にしても『再現』ってのは一体どこまでやるもんなんだ。

 

 エンタープライズの資料漁りの見聞だけではさっぱり彼には掴めない。間違いないのは「第二次世界大戦は再生される」という漠然とした事実だけ。

 本当はこれが正解なのかもわからない。エンタープライズが守ったことで実質的に増えた戦力は相当数有る。果たして影響しないのかだって、本当はさっぱりだ。

 

 まるで霧の中で薄氷を歩くような賭けだ。どこが薄くて、どこが行き止まりで、どこが穴なのか。

 その想像に呑まれた彼の不安は伝染する。

 

「…………これで良いのだろうか」

『何だ、今更弱気な』

 

 仕方ないじゃないか、弱気な声。

――俺にだって分かるか、んなもん。

 

 本当はここに強い誰かなど居ない。

 居るのは普通を捨てた少女と、普通に放り出された男だけ。本来とても弱くて、互いに手を引っ張って辛うじて動くような小さな歯車。

 幾らそれが虚栄で大きく見えたとしても――――二人はそれでも、ただの人間と、ただの普通の空母だ。

 

 たった二人で偉業を成し遂げるほどの存在ではないはずなのだ。

 

「不安になる。これがもっと恐ろしい結果を呼び込んでいるとしたら?」

『分からん』

「何の意味もなかったら?」

『分からん』

「現実に勝てなかったら!?」

『分からん!』

「だけど、あり得る!」

『だから、分からんと言ってるだろうが馬鹿娘!』

 

 

 

 

 

『ああーもう! 俺はかっこつけた言葉はそうホイホイ言いたくないんだ! 仕方ないやつだな!』

 

 彼は音漏れなんて次元じゃないほどの大声を出す。彼女の鼓膜はそれに苦痛すら訴えて、それでもイヤホンで耳をふさぐ。

 

 世界を塞いで、男の言葉を聞き続けた。

――その方がマシだった。

 

『良いか!? やったことが正しいかなんて将来どっかの誰かの手前勝手な判断基準で決められるつまらんもんだ!』

『今のお前は成し遂げたいことのために全力で、それの何が違う!? おかしいか!? お前は何か間違ったことをしていると今この瞬間に思うのか!?』

 

――贅沢な悩みなんだよ。そんだけやれるのに。

 動く気力の作り方も忘れて。やりたいことを忘れて。生きるだけになって。そうじゃないと躍起に思い込んで。それで結局突然こうなって。

 

 それでも彼は生きている。不安なんて山ほどあって、それでも戦って生きていく。

 下らないことに悩んで、死にたくなったりしながらでも結局生きている。やる気が無いことにすら悩むやる気を無くしてそれでも生きていく。

 

 腐ったように、死んだように。さながら亡霊のように男はただの記録装置だった。

 以前から。彼女と出会ってから。今も結局そう。

 

『お前は俺を信じると言った! だから俺はお前にその言葉に対して誠意で返してやる!』

 

――ヒーローには贅沢な悩みすぎるぜ。

 お前はもっと、もっと先へ翔べるヤツのはずなんだ。

 せっかく出来るんだから、こんなヤツになる前に先へ行ってくれ。

 

 お前がこんなレコーダー以下になったら、それこそ世界はお先真っ暗だ。

 

『俺はお前を必ず信じる! 机の上でもゴミ箱の中でも待ってやる! 待ち続けてやるから――――――お前もお前自身を信じろ!』

 

 静寂が生まれた。男の叫びは所詮イヤホンの上で、言葉は彼女の中で反響した。

 嫌になるほど反響して、それに心臓が動き出して、幾年過ぎただろう。分からないほど長い静寂を彼は静かに待った。

 

 故に、彼女も答えた。

 

「…………何だそれは? 告白か?」

 

 笑いながら、「もう大丈夫だよ」と。

 男も笑う。

 

『好きに受け取れ。誠実なお言葉をお待ちしております、だ』

「おが多いな」

『バカ、巫山戯てるけど真面目だぞ?』

 

 きっと彼は自分に人間のカタチが有ったなら。

 死ぬほど真っ赤な顔をしてただろうと思った。人間じゃなくて、本当にラッキー。

 

『頑張れ、エンタープライズ』

 

 

 

 

 

 

 

 これが男の最後の言葉。それきりカセットテープレコーダーは、何も返事をしなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

「何故、答えない」

 

 次の日。

 尋ねた。音信不通。

 

「恥ずかしいのか? 別に忘れても良いんだぞ」

 

 また次の日。

 言った。音信不通。

 

「オーケーといえば良いのか? 言ってやるぞ、それくらい」

 

 やはり次の日。

 願った。音信不通。

 

「なあ!? どうしたんだ、何か答えてくれ!」

 

 そして次の日。

 怒鳴った。音信不通。

 

「お願いだから…………今更、置いていかないでよ……ッ!」

 

 それでも次の日。

 嘆願した。音信不通。

 

 

 

 

 

 男は普通だ。まあ何処にでも居る。

 子供の頃の夢は漠然と寿司屋だったという。そこらへんの寿司屋がたいそう美味く思えてのことだったそうだが、大人になった彼はその味を思い出せない。

 仕事はつまらない営業マン。残業はそこそこ多くて働き先は恐らくややブラック。しかし死にもしないのでそれに対応はしない。

 部活は未所属。中学時代は剣道部だったが、高校では幽霊部員の漫研。大学とうとう未所属故に実質的なやり通したことなど無い。

 顔、普通。年収、そこそこ。背丈、やや低い。体重、少し痩せすぎ。

 

 趣味はゲームとツイッターに流れる色彩豊かな絵を眺めること。ゲームは流行りものに乗っかり倒していて、艦隊これくしょん、グランブルーファンタジー、Fate/Grand Order――――そしてアズールレーン。

 特段ガチ勢ではないが、必ずログインはしていた。エンドコンテンツはじっくりと、一年で一個終わるか終わらないかのペースだった。

 

 ビミョーな彼が一個だけ特筆するなら、たった一つの空母への入れ込みようだ。

 装備は最強、レベルはマックス、ケッコン済みで親愛度最高。

 ボイスはたまに聞いていた。何故か安心したらしい、周りからはその話をするとよく呆れられていた。

 

――その空母の名はエンタープライズ。

 そう、彼女だ。

 

 

 

 

 

 彼にとって彼女が届かないものであったように。その日。

 彼女にとって彼は届かないものになったのだ。

 

 恐らく、最悪のカタチで。




もう落ち見えた人もいるのかもしれない。ステイ、捨てい。

見てるだけの貴方は亡霊。書いただけの俺も亡霊。喋るだけのアイツも亡霊、戦うだけのアイツは亡霊。
これはゴーストレコーダー(亡霊達の記録係)の物語。

せいぜい頑張って終わりを見届けましょうよ、傍観者(亡霊)同士。
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