今日は秋を通り過ぎた冬真っ只中。
木から葉は枯れ落ち、乾燥した空気が寒さと共に肌を刺激する。
そして私は全身を黒い服で身を包み、はずれにあるお寺の正門付近の塀に寄りかかって空を見上げていた。
今の私には楽しいという感情などない。
でも悲しいだとか、虚しいとかは別に思ってもいない。
ただ・・・なんだろうね?何もする気が起きない。
私にとって初めての感覚。
良くわからないけど、これって無気力というのかな?
それで何故私がお寺の前にいるのかと言われると、実はこんな事が起きてしまったから。
2008年12月24日、浦賀沖にて海難事故が発生した。
事故を起こしたのは豪華客船アンベリール号。
その船はクルージング中に突如謎の爆発が発生して沈没した。
アンベリール号は何千人単位で乗る豪華客船。
甚大な被害が想定されたけど、ある一人の手によって幸いにも犠牲者は一人で済んだ。
しかしその犠牲者は私の知る人物であったよ。
───キンジのお兄さん。
武偵である以上、何時死んで殉職するか分からない。
だから仕方ないと思っているし、何千人の命を救ったお兄さんは凄いと言わざる得ない。
でも、その事故によって訴訟を恐れたクルージング会社はお兄さんに責任を全て押しつけた。
「乗り合わせていたにも関わらず、未然に事故を防げなかった無能な武偵」と批判した。
死人に口なしだからって、好き勝手言い過ぎだよね。
本当にいろいろと救いようのない面倒な組織だよ。
まっ、私の言えた事じゃないかぁ。
しかしこれが警察関係の人物だったらきっとこんな事になってない。
これは世間に武偵があまり認められていない事も原因の一つね。
これらの要因によってお兄さんはマスコミやら会社からの強い批判を受けた。
その影響はキンジにまで及んだ、遺族として・・・・・
ただでさえお兄さんを精神的に失って弱っている所に、マスコミの苛烈な攻撃が続くのだから。
・・・これはあくまで私の考え───いや、勘と言っていい。
お兄さんは本当に死んだのかな?
間違いなくお兄さんは優秀な武偵。
そんな人が船の沈没に巻き込まれるようなミスをするとは考えにくいんだよねぇ。
それなりに優秀な武偵となると、船の状態は乗っていれば大体は想像がつく。
傾斜角、沈没までの時間、浸水区画、etc。
なら沈没に巻き込まれたのか?
私が今考えられる要因は三つ。
一つ目、乗員の捜索中の予想外の状況の発生。
二つ目が死ぬ前提の避難誘導。
三つ目は何者かの妨害。
多分このどれかだと私は考えている。
一つ目の可能性はあるかも知れない。全て個人の予想通りに状況が進むとは限らないし。
二つ目はお兄さんの性格上、割と可能性が高い気がする。
三つ目は普通なら無い。
三の場合は一人の為にわざわざ船を一隻沈めるようなもの、費用対効果が恐ろしく悪い上リスクが高い。
しかしこれらはある条件を足せば可能性はグッと上がる。
それはお兄さんが機密情報を握っていた場合。
優秀な武偵はそれだけ多数の情報に触れる機会は多い。
それはつまり機密情報にも出会う可能性も高まる。
もし機密情報を握ってた場合、相手によっては情報をもみ消そうと躍起になる為、三の可能性が生まれる。
と言ってもこれは私の考えだし、お兄さんが死んだと思いたくないだけかも知れない。
・・・・話を戻そうか。
海難事故から数日後、キンジからお兄さんの葬儀に参加して欲しいと電話があった。
でもハッキリと行くと言えなかった。
勿論私は行こうと思ったよ───けど、私にはその資格は無い。
だからお寺に来ても葬儀に参加する訳にいかなかった。
だって───私は死者を冒涜するかも知れない人間。
だからこうして精々塀の外から祈るしか出来ない。
こんなで情けないと自身に対して大きくため息をつく。
寒さで白く変化した息を吐き出し切って、今度は乾燥した空気を吸い始めたら、寺の中が突然騒がしくなった。
正門から顔だけ出して中の覗き込むと、本堂の入り口に立つキンジがマスコミに周囲を囲まれていた。
マスコミはいつもの変わらないように大きな声で質問するので、耳を澄ますと「事故についてどう思いますか?」「今の心境は?」など質問が耳まで聞こえた。
正直私は思わず顔をしかめた。
常識的に考えて、遺族にとって聞いて欲しくない事を真正面から問う。
確かにマスコミ側も日々の生活とかで稼がないと行けないのは分かるよ。
でもねぇ、せめてそれなり時間を置くとかするべきではと考える。
あんな状況のキンジを助けに行きたいとは思う・・・でも私に参加する資格は無い。
───そこで私は考え方を変えた。
葬儀に参加するのではなくキンジを助けるだけ、と。
と言ってもただの屁理屈なんだよね。
私はそう自覚しつつ、急いでマスコミの集団に割って入る。
大和 「はいはいすいませーん、通りまーす!!」
キンジ 「大和・・・・・!」
キンジはマスコミの集団から傍に行こうとする私に気づいたみたいで、弱々しい声を呼んだ。
ようやく集団から抜け出しキンジの傍に駆け寄る。
キンジはお兄さんの写真を持って、虚ろで目の焦点が合っていない様子が簡単に見て取れた。
これは精神的にかなり危険な状況。
早いところ記者達をどうにかしないとまずい。
記者1 「ちょっと!いきなり入って来て、あなた誰なの!」
後ろから記者の怒号が聞こえてくる。
ここで私は大人しくキンジのパートナーと宣言すると決めた。
そうすればマスコミの興味の対象がキンジから私に移動し、キンジの負担が減る。
私は振り向いて記者に対して答えた。
大和 「キンジのパートナーです。」
記者1 「えっ!パートナーってあなたも武偵なの?それはちょうどいいわ。あんな問題を起こした遠山金一武偵についての心境は?」
記者2 「君は遠山金一武偵とどういった関係かな?」
すると予想していた通り、獲物を見つけたとばかりに質問が殺到する。
はぁ、速攻で手のひらを返して恥ずかしくないのかな?
でもこれで対象が私に移った。
大和 「誠に申し訳ありません。プライバシーの観点から返答は控えさせて頂ます。」
一応敬語で丁寧に拒否を伝えるけど、この位で記者が止まる訳もないよね。
「俺達は真実を伝えるためにいる。遺族は返答する義務がある。」「こっちには報道の自由があるんだぞ!」等の声に「そうだ、そうだッ!!」と賛同の声が上がる。
法律上遺族に返答の義務は存在しないし、報道の自由はプライバシーとの相違を想定しなければならない。
明らかに言ってきた記者はプライバシーなんか放り投げているのが直ぐに分かるよ。
前もって似た騒ぎになるとは予想していたけど、面倒だよね本当に・・・しかたない。
私は全体が見える位置に行くと、写真や動画が撮られてもいいように微笑を浮かべつつ。
大和 「 こ れ は 警 告 で す 。」
記者達に優しく言い放ち、それと共に私の精神を蝕むものの抑えを意図的に、ほんの微かだけ緩める。
記者達「・・・・・」
すると先ほど騒がしかった寺の正面は即座に静まり帰り、そこにいた記者全員が顔を青くする。
中には腰が抜けたみたいで地面に崩れ落ちる記者もいた。
パッと確認した感じ発狂した人は居なさそう。
漏れた量もこれだけなら失神したりもしないし、まぁ後で体調不良を発する人は続出するかも知れないけどね。
それに今回私が記者達にしたものは報道されない。
カメラやマイクには真実を述べる為の材料は記録されていないし、流石に記者の口から言われただけでは信憑性がなく報道出来ない。
後々名誉毀損で訴えられると困るだろうしね。
大和 「理解して頂いて嬉しいです。それではキンジ、行きましょうか。」
キンジ 「えっ、あぁ・・・・」
記者達が再起動する前にキンジを連れて寺の中へ撤退する。
さて、中に入ったはいいけどこの寺の構造なんか知らない。
その点、存在感知(私の能力名)が良い感じに役立った。
無かったらきっと迷っているよ。
私は後ろに付いてくるキンジに顔を合わせる。
大和 「ごめんねキンジ。驚かせちゃったかな?」
キンジ 「少し驚いたが・・・大丈夫だ。」
大和 「そう・・・・」
お互い特に話す雰囲気でもなく、私達は寺の木製の廊下を歩いていると。
大和 「んっ?」
存在感知にまさかと思うものを発見してしまう。
───はぁ~。一体何をやっているの?
まぁこんな事をするとなると大きな理由があるんだろうけど、仕方ないか。
キンジ 「大和?」
急に立ち止まった私をキンジが不審に思ったのか、後ろから声を掛けて来た。
振り返って申し訳ない気持ちでキンジに伝える。
大和 「ごめんなさい、ちょっとやる事が出来たから一緒に行けなくて・・・・」
キンジ 「あぁ・・・わかった。」
私はそう言ってキンジと別れる。
キンジと別れたら、本堂の側面側出入りから外へ出る。
そして寺に隣接している林を広く見渡す。
林は薄暗く、風によって葉っぱがカサカサと音を鳴らす。
私はポケットからペンとメモを取り出し文字を書き始める。
書き終わったらメモを破り、小さな紙飛行機を製作し、風向きを計算して投げる。
紙飛行機は空中で風に乗って滑空し、木や葉に隠された林の中に消えていった。
そして私は林に背を向け裏口から寺を後にした。
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兄さんを失ってから一週間が経った。
一応一週間経った事で、完全には整理がついていないが少しは考えがついた。
それで今日は学校の放課後の屋上に大和を呼んだ。
結局あれから俺はいろいろ忙しくて、まともに会話が出来なかった。
じいちゃん達に手伝って貰ってなんとか処理は終わった。
以前はマスコミが詰め掛けて邪魔だと思っていたが、寺に集まったのを最後に誰一人来なくなった。
来なくなった理由は多分だがあの出来事だろうな、葬式の時に大和がマスコミを追っ払ったあれ。
あいつ、普段は温厚で優しさの塊みたいな性格をしているのに、あの時は表面は笑顔で取り繕っていたが、目や雰囲気は全く笑ってなかった。
俺は直接見られてないのにあの瞬間、本能の非常ベルがガンガン鳴っていた。
しかし一体なんだったんだ?あの感覚は・・・・
僅かに殺気も含まれてはいたが、それ以上に別の何が存在していた・・・・・
ちなみに後々になってから、大和の雰囲気を直接浴びせられた記者は正直ちょっと同情してしまったのは内緒の話だ。
追加で言うなら兄さんの葬式部屋に着くと、じいちゃんや兄さんの同僚が慌てた様子で俺に「何か起きたのか!」と聞いてきた。
慌てた理由を聞いてみると「危険な雰囲気を感じてのぉ、なにか巻き込まれたのか心配になった!」と言っていた。
確かにじいちゃんは軍人だったから危機感とかが鋭いだろうけど、ここから正面まで結構距離があるはずだろ?えげつな過ぎるだろ。
そんな風に思い出しながら階段を上がりきり、屋上に通じる扉を開ける。
屋上には腰まで伸びる黒い長髪を風になびかせ、落下防止の手すりに手を置く大和の姿があった。
大和は俺に気づいたようでこっちに振り向く。
いつもと変わらない微笑を浮かべ普段と変わらない様子だが、何処となく寂しそうな哀愁を漂わせる。
俺はゆっくりと大和に近づき、話し始める。
キンジ 「突然呼び出してすまない。」
大和 「それは別にいいよ。それで、考えは決まった?」
キンジ 「まぁな・・・」
大和はじっと黒い瞳を合わせて何を言われても拒否しない、そんな視線を送り続けていた。
俺は時間を掛けて考え、自分で決めた事を伝える。
キンジ 「パートナーを解消して欲しい。」
大和 「了解したよ。」
俺の考えに大和は頷いて答えを返す。
視線で察していたが、思った以上に早く返答が返って来てちょっと困惑するな。
キンジ 「随分と即断即決だな。」
大和 「解消はあると考えていたし、それに私は迷ってる段階なら提案や相談はするけど、決めた事を拒否したりしないよ。それも他人の考えとなるとね。」
こう思うのもどうかと思うが、俺ら強襲科の死ね死ね軍団でこんなに他人の意見を聞いてくれるのは大和と不知火くらいだろうな。
と言うか二人以外に頼れつつ、常識的な相談できる奴が居ねぇ。
大和 「それでパートナーの解消の後はどうするの?」
キンジ 「一般高校に転校する。それまでは武偵を続けるつもりだ。」
大和 「じゃあ転校はいつ頃するの?」
キンジ 「今年の申請期間は過ぎちまったからなぁ。再来年の四月の予定だ。」
大和 「それじゃキンジ。それまで何かあったら私を頼ってね。出来る限り私の命に代えても護ってみるから。」
この大和の言葉は正直言ってありがたかった。
確かに転校まで何も起こらないとは限らない。
それに大和の実力は折り紙つきだ。今回はお言葉に甘えさせて頂こう。
しかし命まで掛けられたらたまったものじゃないぞ。
キンジ 「いざとなったら少し頼らせて貰うぞ。ただし命まで掛けるな俺が困る。大体俺からの話はこんな所だ。大和からは何かあるか?」
大和 「うんうん、ないよ。」
大和は首を左右に振る。
キンジ 「そうか。」
俺はそう返事すると階段へ振り向き歩を進める。
そのまま勝手に閉まった階段の扉を開け、下に降りようとした時だった。
大和 「───キンジ。」
大和が俺と話をした場所のまま、俺の名前を呼んだ。
キンジ 「なんだ?」
俺は足を止め、振り返らずに返事を返す。
大和 「パートナーを解消しても・・・友達で居てくれるのかな?」
普段の声より僅かに不安の混ざった声が耳に届く。
パートナーを解消しても友達で居てくれるかだって?
俺にしてみれば、大和の疑問の答えを考える事にほんの僅かな時間も必要はない。
そんなものは元から答えは決まってる!
キンジ 「そんなの当たり前だろ。何変な事言ってんだよ。」
俺は大和の方に身体を動かし視線を写すとそう宣言した。
それに対し大和は、良かったと言わんばかりに今迄で一番最高の笑顔をして喜ぶ。
大和 「ありがとう、キンジ。」
夢の悪夢:その怪物は、どんな生き物でも嬉々として捕食してしまう。