黄巾党との戦いが終わりしばらく経った、ある日。孫策の館の訓練所から一人の男の雄叫びが上がっていた。その男とは。
「熱血ぅぅぅぅぅぅっっっぅぅぅ!!」
先の戦で一騎当千の活躍をみせ、大陸中に江東の虎の再来と言わしめた真田幸村がそこにいた。
幸村の今の姿は異様であった、自分の背中に身の丈以上の大きさの岩を紐で括りつけ。その状態で腕立て伏せをやっているのだ。人間離れしたことをやっているのだ。
更に幸村の眼前には幸村と同じように背中に岩を紐で括りつけいる呉の兵士達が幸村と同じように腕立て伏せをやっていた、流石に岩の大きさは幸村の半分以下ぐらいの大きさであるが。
「くうぉぉぉぉぉぉ!!」
「こ、根性ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「ま、まだぁぁぁぁ!!」
しかしながらも流石呉の精強なる兵だろうかこのような過酷な修練にも付いていっている。たが流石に疲労の色は隠せないでいた。
彼らはこれと同じようなことを約二時間弱おこなっているのだ、普段の訓練ならそれくらいなんともないだろうが、始めてする訓練に体がまだ慣れないのだろう。
既に過半数がうつ伏せになり息を切らしていた、上向けになっていないのは背中に岩を括っているからである。
さて、幸村はこれまで呉の兵士達に訓練はつけてはいたがここまで本格的にやったことはなかった、それが何故今になって幸村が本格的に訓練を行うことになったかというとこれもまた幸村が原因なのである。
理由は一つ幸村の勇名である。
幸村の活躍とその名は大陸中を駆け巡っている、更に江東の虎の再来や江東の紅き虎などその呼び名もあまりにも有名になり呉に兵として志願するものが大勢孫策の元に集まったのだ。
そのせいで新兵の育成や訓練に今まで訓練を受け持っていた祭や他の将たちの手が回らなくなったのだ、しかし、そこで白羽の矢が立ったのが幸村である。
以前より度々呉の兵士達に訓練をつけていた幸村なら大丈夫だろう、ということになり幸村は経験を積んだ呉の兵士達に訓練を付けることとなった。
しかし、幸村が受けていた訓練とは武田式修練。訓練ではなく修練である。武田式修練は戦国でも有名な修練。様々な噂が後を絶たないでいた。
体がガリガリの男が武田式修練を受け、修練を終えたとき体が筋骨隆々になっていたり。病に掛かった兵士が気合だけで病を治したり、拳で岩を砕いたり、溶岩の中を泳げるようになるなどこのような噂が流れていた。
その話を聴いた孫策たちは乾いた笑みでしか返せなかったそうだ。
「ん〜、まあこんな感じかな?」
幸村たちの修練を離れたところから見ている佐助、その手には報告書らしき物があった。
恐らく訓練の内容などを冥琳に報告するためにまとめているのであろう。
そんな報告書をまとめているさなか訓練場から響いてくる声は……。
「気合いだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「熱血!!ねっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇつぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅう!!」
「………はぁー、このぶんだと武田軍みたく暑苦しい奴らが出来上がりそうだね………。」
そう呟きながら佐助はその場を後にする、しかしその呟きのように、後に熱血真田隊が誕生するのとになるのをまだ知らない。
短いな〜、もっと増やしたほうがいいのでしょうか?