Bクラス戦の二日後、いつも通り壇上に立った雄二は普段より柔らかい雰囲気を纏っているようだった。
まるで綺麗なジャイ○ンのようで、少し薄気味悪い。
「みんな、聞いてくれ。まずここまで来れたことを礼を言わせてくれ。みんなの助力がなければ決して成し遂げられなかっただろう。感謝する」
やはり薄気味悪い。鳥肌が立ってくる。
「俺たちはBクラス戦に勝利した事で、遂にA組に勝利するための鍵を全て手に入れた。ここまで来た以上はA組に勝って勉強が全てじゃないことを教師共に教えてやるんだ!!」
『おおーっ!』
『そうだーっ!』
『勉強だけじゃねぇんだーっ!!』
薄気味悪さに気づいていないのか、周りの士気はうなぎ登りだ。ここで野暮なことを言って士気を下げる必要は無いだろう。
「皆、ありがとう。そして残るAクラス戦なんだが、これは一騎討ちで決着をつけたいと考えている」
あー、そんな事をいつか言ってたっけな。話半分で聞いてたけど、本当に一騎討ちをするのか。
「戦うのは勿論、俺と翔子だ」
代表同士で正々堂々(笑)の一騎討ちというわけ、か。
「馬鹿の雄二が勝てるわけなぁぁっ!?」
余計なことを言った明久の頬をカッターが掠めた。そりゃこの場面であえて士気を下げにいけばそうなる。
「危ないじゃないか!!なにをするんだ雄二!!」
「次は耳だ」
明久の抗議を無視して話を進めていく。毎度の事だが、この二人は本当に友人なのだろうか。
「確かに、明久の言う通り俺と翔子には天と地ほどの点数差がある。だが、それがどうした?俺達はこれまでも似たような状況でDクラス、Bクラスと戦い見事勝利を収めてきたじゃないか!!」
少しずつ雄二の演説に力が入ってくる。コイツの人を惹きつける力は抜きん出ていると、つくづく思わされる。
力のみに頼る支配ではなく、味方を鼓舞していくカリスマ性。それが恐らく今までも、そしてこれからも俺達Fクラスを引っ張っていくのだろう。
「今回も同じだ。俺達の勝利は揺るがない。俺を信じて任せてくれ、過去に神童と呼ばれた俺の力、皆に見せてやる」
拳を握り高く掲げる雄二に、クラス全体が熱狂する。
『おおおーーーっ!!!』
そして、その熱気が落ち着く頃を見計らって雄二は再び口を開く。
「さて、具体的な方法だが──勝負は日本史、出題範囲は小学校レベル、100点満点上限ありの純粋な点数勝負だ」
「ま、待ってよ雄二!小学校レベルの問題で両方が満点をとってしまったら延長戦じゃない?そうなるとレベルも上がっていくからブランクがある雄二には難しいんじゃ──」
「そうとも言いきれないさ、明久」
明久の不安を俺が笑いとばす。
「雄二の事だ、何かしら考えがあるんだろ?でなけりゃこんなピンポイントで科目を指定するはずないからな」
「その通りだ晴人。明久、あまり俺を舐めるなよ?いくらなんでもそこまで運に頼り切ったやり方を作戦とは言わねぇよ」
「雄二、勿体ぶらずに教えてくれ。眠くなってきた」
雄二がなにか策を持っているのはわかるが、本当に眠い。昨日帰ってから今朝まで寝てたはずなんだが、まだ足りないらしい。
「ったくお前は……まあいい。Aクラス代表の霧島翔子は完璧だと思われがちだが、たった一つだけ必ず間違える問題がある」
ほう……そこまで言い切れるということは、雄二が霧島に教えたって感じか。
「その問題は──『大化の改新』」
「小学校レベルだと、ありゃあ年号で聞かれるわな」
「一々俺の説明を持ってくな晴人。645年の大化の改新。こんな問題は普通明久でも間違えない」
チラリと見ると明久は冷や汗をダラダラかいている。どうやら分からないらしい。
因みに、高校レベルになると645年に起こった蘇我入鹿、蝦夷暗殺を乙巳の変、その後一連の改革を大化の改新と呼び分けるためだ。
「だが、翔子は間違える……アイツはほぼ完璧な記憶力を有しているが、それが仇になるのさ」
「あの……坂本君」
「なんだ、姫路」
おずおずと手を挙げて発言を求めたのは姫路。やはり半分以上は博打のこの作戦に意義を申し立てるのだろうか。
「霧島さんとは仲良しなんですか?随分と霧島さんをよく知っているようでしたが……」
そこ?!いや、気持ちはわかるけど!!やっぱり姫路も女の子だから気になるのかな。
「ああ。アイツとは幼馴染だ」
「総員狙えぇっ!!」
俺と秀吉を除く全男子が臨戦態勢を取り上履きを構える。狙い先は勿論雄二だ。
「俺が一体何をしたって言うんだ?!」
「遺言はそれでいいか!?Aクラスの前にお前を殺す!!」
最早目が血走っている。このクラスの男子がモテない理由はここにある気がする。要するに異常に嫉妬深い。
「あの…吉井君?」
「ん?どうしたの、姫路さん」
「吉井君は霧島さんが好みなんですか?」
「そりゃ、まあ。美人だし……ってなんで姫路さんは僕に対して臨戦態勢を取るの?!なんで美波は教卓を持ってるの?!」
カオスすぎてなんも言えねぇ…隣では秀吉がオロオロしてるし…しゃーねえなぁ。
「はい、皆落ち着け。雄二と明久を処刑するのはAクラス戦が終わってからでも遅くないだろ?早く戦争を済ませるためにも俺と雄二、明久で宣戦布告に行ってくるよ」
「「待て晴人!!勝手に俺達(僕達)を処刑台に載せるな!」」
「いいからさっさと行くぞ!めんどくせえんだ!!」
『いや、どっちだよ!!!』
何故かいい感じに纏まったクラスメートを放置して、俺は雄二と明久を引きずりながらAクラスへ向かった。
「おい晴人。勝手に話を進めたからには何かあるんだろうな?」
「昨日帰り際にAクラスの男子を何人か買収しておいたから教室に入ること自体はすんなりできるってだけの話だ」
少なくとも、相手を交渉のテーブルに持ってくることは今すぐにでもできる。
「すごいや晴人!それならもう一騎打ちは決まったも同然──「それがそうとも言い切れないんだよ、明久」……え?」
「雄二、恐らく交渉の場に出てくるのは霧島じゃなくて優子だ」
「あの弁舌の鬼か……」
雄二が苦虫を噛み潰したような顔になる。弁舌の鬼、というのは優子の二つ名で、ディスカッションの度に相手の反論を完全に封じる上に、誰もを納得させるという所から来ている。
「そこで、だ。この交渉は俺が行いたいと思う。俺にも秘策があるからな。その為にさっきまでお前の話をこれ読みながら聴いていた」
「試召戦争の……ルールブック?」
明久の言う通り、俺が持っているのは試召戦争のルールが書かれたものだ。
「よく分からんが……わかった、今回の交渉はお前に任せる。何がなんでも一騎討ちに持ち込め」
「了解」
そんな話をしていると、既にAクラスの前に到着していた。そのドアを少し乱暴に引き開ける。
「失礼する!!Fクラス所属の八坂晴人だ!!今回はFクラス全権代理として、交渉に来た。既に話は通っていると──「ええ、聞いているわ。入ってちょうだい」──よう、三日ぶりか?優子」
案の定、待ち構えていたのは今回最大の障壁、木下優子だ。
「言っておくけど、あの時の恨みを忘れたわけじゃないんだからそこの所は忘れんじゃないわよ、晴人」
「ハッ、そんくらいわかってる。だからこそ俺が来たんだよ。お前の全力を俺が捻り潰す為にな」
ただでさえ怒気を纏った優子の目がスっと細められる。
「いいわよ、かかってきなさい。そちらに飲み物を用意してありますからどうぞ?」
(ねえ、雄二。なんか木下さん怒ってない?)
(俺に言われても知らねぇよ…ただ、こうなれば晴人のペースだ)
「それで、話って何かしら?」
優雅にカップで紅茶を飲む優子。足を組んだりしたら完全にお嬢様だ。
「俺達Fクラスはお前達に宣戦布告をしにきたわけだが、こちらとしては戦力的に圧倒的に不利だ。そこで、お前達にハンデを貰いたいと思ってな」
「ふうん……それで?」
「両方の代表が前に出てきての一騎討ちだ」
「そんなものに、アタシ達が乗ると思ってる?アンタや姫路さんはAクラスの中で勝てる人がほとんどいないのよ?そんな二人に出てこられたらこちらとて危険じゃない?
大体アンタ、今一言も『クラス代表』って言ってないわよね?それってつまり坂本君が出るとは限らないじゃないの」
「お、なんだ?Aクラス様は自信が無いのか?まさか?俺達最底辺クラスに負けるのが怖いからハンデなんてあげられません、とでも言うか?そうだな、それを全校生徒の前で放送したらどうだ?Aクラスは臆病者の集まりだ、と」
「その手には乗らないわよ晴人。アタシの怒りを煽って冷静な判断を奪おうとしてるんだろうけど、アンタの性格を熟知しているアタシにその手は通じないわよ」
いや、ここまでは予想通りだよ、優子。
「それは残念だ……所で話は変わるが、Cクラス戦は楽しんでもらえたか?俺達からのほんのプレゼントだったんだが」
「やっぱりアンタの差し金だったのね──別に、ちょっと面倒だっただけですぐ終わったわよ」
より正確には焚きつけたのは俺と秀吉だが、秀吉の命のために黙っておく。
「流石Aクラスだな。だが、ここから合計で4連戦やるつもりはあるか?」
「……どういう事?」
「そうだなぁ、或いは3クラスで軍事同盟を結んで同時に宣戦布告するか?」
「そんなブラフ──「本当にブラフだと思うか、優子?」だってルール上そんなこと出来るわけ……っ!!」
「残念、ルールには『原則としてクラス対抗戦』とある。それはつまり、例外が存在するということの証明だ」
(なるほど……晴人の狙いはそこか)
(え、どういう事?雄二)
(見てればわかる。この前哨戦、俺達の勝利だ)
「さて、優子。好きな方を選ぶといい。この場で
「ふ、ふざけないで!DクラスとBクラスは戦争に負けてるのよ!?三ヶ月は戦争できないはず!!」
「おっと、知らなかったのか?DクラスもBクラスとも俺達Fクラスと講和条約を結んでるんだぜ?結果的にあれらの戦争は全て平和的解決。つまり引き分けだ」
「くっ………!!」
さて、いくら弁舌の鬼とて動揺しては上手く頭も動くまい?だがここで俺の作戦が崩される事になる。
「……受けてもいい」
「「「翔子(代表)(霧島)?!!」」」
いつの間にか、誰にも気配を気取らせずに雄二の隣に現れていたのはAクラス代表、学年首席の霧島翔子だった。
「……その勝負方法で受けてもいい」
この女の思考回路だけは全くと言っていいほど読めない。顔に出ないだけでなく、単純に破天荒なのもあるが。
「それは一騎打ちの話か?」
コク、と頷くと雄二の左腕に自分の両腕を絡めてまるで抱き──
「いでででで!!翔子!離せ!!俺の腕が砕かれるような激痛を感じている!!!」
訂正、雄二の腕を関節技で締め上げている。
「……一騎打ちを受けていい、ただし一つ条件がある」
「条件……?内容にもよるが」
「……負けた人は、勝った人の言うことを一つ聞く」
「つまり雄二が負けたら雄二は霧島のモノになると」
「……そう、どうする?」
「ふざけんな!そんな──「わかった、受けよう」──おい晴人」
「……交渉成立、詳しい日程は優子と決めて欲しい。私はこれから雄二を教育してくる」
「了解。とりあえず俺と明久が戻る時に雄二は返してくれれば好きにしてくれて構わない」
「……八坂はいい人。優子、くれぐれも邪険に扱わないで」
「おい待て晴人!俺の人権──くぺっ」
あ、霧島が雄二の首を変な方向に曲げた。そしてそのまま引きずっていく。
霧島が見えなくなってから、俺も口を開く。
「……相変わらず霧島は強烈だな」
「そうね……で、細かい話を詰めていきましょ」
「ああ、そうだったな。それで一騎打ちは霧島と雄二って事でいいな?」
「その事なんだけど、一騎打ちの全五回戦で先に三本取った方の勝ちにしたいのだけど」
よし、ここまで含めて想定通りだ。
「理由を聞こうか」
「先ず、アンタと姫路さんが出てきた場合のリスクを考える。
アンタと代表が現代文又は古文で戦うことになった時、代表には勝ち目がない、アンタの国語は信じられないほど高いからね。
姫路さんの場合は場数が違う。実際上位の五人なんて点差があっても精々数十点。二度も戦を経験してきた姫路さんに前回の戦争でも前に出ていない代表じゃ操作面で不利が生じる。
代表にはああ言ったけど、アタシはアンタが策士であることを知ってるから油断したくないのよ」
「──三つだ」
「な、何がよ?」
「俺達に科目の選択権を三つ寄こせ。そのくらいのハンデはいいだろう
あともう一つ、俺達が選抜される五人を予め教えておいてやる代わりに、当日はお前達のクラスが先に人を出せ
状況に応じてこちらが出す人間を定める。問題あるか?」
優子はしばらく考えていたが、しまった、という顔をして俺を睨んできた。
「…アンタはここまで見越していたのね。アタシが五本勝負に持ち込む事まで」
「まあな。雄二は絶対の自信を持っているようだがアイツは肝心な時にミスをする。それを考慮して策を考えただけだ」
「わかったわ、アンタの作戦に乗ってあげる。こちらからも最後に提示するけど晴人──アンタ、絶対にアタシと勝負しなさい」
「……フッ、交渉成立、だな。勝負は今日の10時からだ。明久、帰るぞ」
「なんで僕の出番ないのに連れてこられたんだよ、晴人」
「揉め事になったらお前を身代わりにして逃げる為に決まってるだろ。さ、雄二を探してこい」
「なんてヤツだ!!いつか復讐してやる……!」
そんな捨て台詞を残して明久が部屋からいなくなるのを見計らって、優子と目を合わせる。
「なあ、優子。まだ怒ってんのか?」
「あ、当たり前でしょ!!あの後アタシが秀吉にどれだけ質問攻めにされたか!!それにアンタと秀吉のせいでCクラスといらん戦争させられたのよ?!なんかアタシばっかり狙われたし!!」
「悪かったな。今回の戦争が終わったらスイーツバイキングでも奢ってやるよ」
「すぐ物で解決しようとするその性格、直した方がいいわよ?それとも、アタシのことを安い女だと思ってる?」
「あーはいはい、だったらこの戦争の後、俺のできる範囲でお前の言うこと聞いてやる…「ホント!!?」…俺のできる範囲で、だからな?」
急に機嫌を直した優子……本当に女はわかんねぇな。
「試召戦争に参加する五人はまず雄二、俺、明久、むっ…康太、んで姫路だ。科目選択権を誰に使うかはまだ伏せさせてもらう」
「ええ……覚悟なさい、手加減はしないから」
「それはこっちのセリフだよ、優子。お前が相手でも、いや…お前が相手だからこそ、本気でやらせてもらう」
「ふふっ、負けないから」
「ああ。また後でな」
「お前ら、準備はいいな?」
選抜メンバーである俺、明久、姫路、康太は強く頷く。
「よし、試合には出ないお前らも俺達の背中を押してくれると助かる」
『おう!!応援は任せろ!』
クラスメイト達は快く引き受けてくれた。
「よし、俺達もやれることは全てやってきた。全力を尽くして決闘に望む!行くぞ、出陣だ!!」
それぞれの願望を胸に秘め、静かに、そして熱く。最後の戦いが幕を開けようとしていた。