前回(番外編)のあらすじ。
クラスメイトの新渡戸咲からVRゲームのお誘いをいただいたよ。
0. game start
初めては誰だって怖い。
知らない人。知らない知識。知らない世界。
逃げるのは簡単だったかもしれない。
でも、そうしなかった。
私の中で確かに揺るぎない何かがあったから。
成し遂げたい何かがあったから。
だから。
一番必要なものは、最初の一歩を踏み出す勇気だけだったのだと、気づかせてくれた。
1.
「こ、これが、かの有名な"あみゅすふぃあ"……」
ごくり、と喉を鳴らす。
簡素なベッドに腰掛け、緊張した面持ちで手元を凝視しているのは、高校の制服、ではなく、まだ夕方だというのにヒラヒラしたレースが所々に装飾された薄ピンク色の寝間着を着ている小花衣風音である。
風音が手にしているのは、円冠状の巨大なゴーグルのような機器。
——アミュスフィア。
VRゲームにおいて世界中を震撼させた歴史的事件、『SAO事件』。
当時中学生だった風音も、連日ニュースとなっていたのでその事件のことは知っていた。
世界初のVRMMORPG"ソードアート・オンライン"。通称——SAO。
たった一人の天才によって、そのゲームはゲーム内でHPが0になる、つまり死亡した場合、現実世界のプレイヤーの"死"を意味するデスゲームと化したのだ。
ログアウト不可。
外部からの救出も不可能。
そんな状況下で、当初プレイしていた約1万人ものプレイヤーが、ゲーム内に囚われたのである。
結果的に約4000人もの命を奪ったとされる悪魔のゲームとして、その名を歴史に残した。
ゲーム内で一体どのようなことがあったのか、今でも風音には知る由もないが、2024年、囚われていたプレイヤー達は解放され、事件は終幕を迎えたという。
その事件の最中、更に安全性を確立した新型が発売された。ナーヴギアの後継機。
それが、アミュスフィアだ。
ナーヴギアが頭を覆い隠すヘルメット型であるのに対して、アミュスフィアは目の周りだけを覆うゴーグル型。
もう二度と『SAO事件』のようなことが起きないよう、アミュスフィアには様々な対策を施しているようだった。
セキュリティやらセーフティ機能やら電磁パルスの出力やらと、電子機器に詳しくない風音にはよく分からないことだらけだったが、取り敢えず"安全"ということは理解できた。
現在、風音が緊張しているのは、アミュスフィアの安全性を考慮してのことではなく、ただ単に人生で初めてのVRゲームに及び腰になっているだけである。
「そういえばVRゲームも初めてですが、同級生とお買い物に行くのも初めて、でした……」
このアミュスフィアと対応ソフトを買うきっかけとなったクラスメイト、新渡戸咲のことを思う。
"ゲームをしよう"と話しかけてきてくれた彼女。
嬉しかった。
自分の容姿が周りから浮いているのは分かっていた。
日本では自分の容姿は受け入れられないのだろう。
異物な存在に話しかけづらいというのもよく分かる。
だから、嬉しかった。
本当は咲と一緒にゲームをプレイするつもりだったが、アミュスフィアを購入してすぐに新体操部の顧問からお怒りの電話がかかってきて、咲は泣く泣く学校へと戻ったのだ。
部長権限はそこまで機能しないようだ、と他人事のように考えていた。
咲と別れた後は、はやる気持ちを隠せず早足で自宅へと帰宅。制服を脱ぎ捨て、咲の助言通り楽な格好に着替えて、現在に至る。
「こ、これで仮想世界に行けるのですよね……?」
壊れ物を扱うように両手でそっとアミュスフィアを持ち、真正面から見たり下から見たりと、感心した様子で様々な角度からアミュスフィアを観察する。
新しいオモチャを買ってもらった子供のように目を輝かせている。
数分後。
一頻り熟視し続け満足したのか、アミュスフィアを真っ白な太ももの上に優しく乗せる。
ふと。VRゲームの触れ込みを思い出した。
「……別の自分に、ですか」
別の自分。
現実世界の自分ではなく、新たな自分になれる。
風音にとってのVRゲームというのは、"少しでも自分を変えられるかも……"という希望的な部分が大きい。
小心者で悲観的で意気地なしの自分を。
VRゲームに興味を持った一番の理由は、咲に誘われたのが嬉しかったから。
風音の胸の奥底にしまっている希望は
もしかしたら。
ひょっとして。
あるいは。
そんな曖昧なifを願っているだけなのだ。
(……うん。せっかくのゲームですし、楽しむことが大事)
今更、当たり前のことを言葉にして出したりはしなかった。
「……よし」
小さく呟き、アミュスフィアを装着する。
ベッドに横たわり、リラックスして身体の力を抜く。
窓の外は茜色に染まっていた。
軽食も食べた。
水分も補給した。
トイレも既に済ませてある。
準備は万端である。
まじめな風音の性格は、ゲーム1つするにも全力であった。
「ふぅ……」
息をゆっくりと吐き、緊張した心も落ち着いた。
目を閉じ、期待と希望、ほんのちょっとの勇気を持って、
「——リンク・スタートっ」
仮想世界へと続く、魔法の言葉を口にした。
2.
意識が0と1の世界へと渡っていく。
あらかじめ登録しておいたアカウントとパスワードを入力。
すると、ログインが出来たことを知らせるウィンドウが表示された。
そして、
『Welcome to Gun Gale Online !』
全面真っ暗の景色の中。
手始めに、浮かび上がってきた文字列が風音をお出迎えした。
「おおぉ〜」
ゲーム初心者の風音には、これだけのことでも感動するようだ。
感嘆するだけならばよかったが、
「あ、ありがとうございますっ」
何故かお辞儀をしていた。
歓迎されたことに、感謝しているようで。
育ちの良さが出ている……というよりは、ただの天然にしか見えないのが現実だった。仮想世界の中であったが。
歓迎の文字も数秒で消える。
周囲を見渡しても、そこはまだ暗闇の中であった。
だが、見下ろせば自分の姿は確認できる。
現実世界の風音は自身のベッドの上で寝ているはず。
それでも、こうして立っていると実感できる。
少し不思議な感覚だったが、「なるほど、これがVRか」と納得させた。
ここが何処なのかを詮索する前に、すぐに初期設定をする空間なのだと気付いた。
『名前を入力してください』
と、虚空から無機質な音声が流れてきたのだ。
風音は音声案内に従って、名前を入力するために目の前のキーボードへと手を伸ばす。
「あ」
が、その手が止まる。
「名前、考えてなかった……」
う〜ん、と頭を捻り考え込む。
風音という名前には風音自身も気に入っている。両親からもらった大切なな名前なのだから。
だからこそ、この名前を使いたい、と。
しかし、ゲーム内では別の自分に、新しい自分になれる。だというのに現実の名前をつけるというのは如何なものか、と。
「うむむむむ……」
2つの選択肢で葛藤していた。
この頃の風音は知らなかったが、MMORPG、ひいてはネットゲーム等においてネームに本名を使用するのはタブーである。いつでもネットというのは危険な世の中なのだ。
知っていれば、こんなに悩むこともなかっただろうに。
——数分後。
「決めました!」
結論が出たのか、再び風音はキーボードに手を伸ばして名前を入力し始める。
『
本名の"
風音的には本名の一部も使ってるし現実とは違う名前も出来た、と大満足の様子。
一応の為、誰かと被らないようにヘボン式ローマ字表記の"Fuu"ではなく、日本式ローマ字表記の"Huu"にした。
名前に続き、必要な項目を音声案内の指示の元、次々と埋めていく。
数十秒ほどで全ての項目の入力を終えた風音。
暗闇の世界が再び動き出した。
そして、ついに。
ガンゲイル・オンライン。通称——GGO。
小花衣風音はフウとなって、銃の世界に飛び出したのだ。
3.
目を開ける。
薄暗い暗雲とした黄昏。
最終戦争後の地球という設定にピッタリの雰囲気といえるだろう。
フウが降り立ったのはGGOの中央都市、『SBCグロッケン』。
周囲に目を向ける。
高層建築物が
ネオンの光が眩しく、大型ディスプレイからは大音量の広告が流れている。
ごちゃごちゃとした街並み、といった感想が思い浮かんだ。
その街並みに合わせてプレイヤーも男性が多く、迷彩服を着込んだり、ボディアーマーを纏ったりと全体的にゴツイ。
どのプレイヤーにも共通しているのが、人によって様々な銃を武装しているということ。
硝煙と火薬、油の匂い。
自分がまさに"銃の世界"へと来たのだと胸が震えた。
フウにとっての未知の領域。
専門外のことばかりの世界。
いつまでもここに留まっている訳にもいかないので、意を決して歩みを進める。
「…………?」
と、不意に違和感を覚えた。
目線が高い。現実よりも遥かに高い。
歩くスピードが速い。一歩が大きいようだ。
そういえば、まだ仮想世界の自分の姿を確認してないことをフウは思い出す。
ちょうど良く何かのショップの横を通ったので、ショーウィンドウを鏡代りにして自身の全貌を拝むことにした。
そこには、
「お〜、おおぉ〜!」
長身で線の細い、中性的な顔立ちをした美人なお姉さんがいた。
「わぁ〜。すごい……。これ、私なの……?」
声も現実より低く、大人の女性といった雰囲気を醸し出している。
「本当に別人だ……」
色素の薄い髪ではなく、艶のある漆黒の黒髪。
神秘的な翡翠色の瞳ではなく、芯のある力強い黒の瞳。
「私……んんっ、いや、俺?ん〜、僕?うん、これが一番しっくりくる気がしますね」
少し大人っぽさをイメージして、話し方も変えた。
最後に全身を下から上まで眺めて、嬉しそうに無邪気に笑って、GGOの街並みを散策することにした。
歩いていると直ぐに声をかけられた。
「おう、あんちゃん。その装備、初期装備だろ?今日始めたばっかかい?なんともレアなアバターを引き当てたもんだなぁ」
「綺麗な姉ちゃん、どうだい?一杯呑んでかないか?初心者だろ?奢ってやるよ!」
「いい品揃えのガンショップ知ってっから教えてやるよ!今度一緒に狩りに行こうぜ!」
「あれ、どっちだろうな?女かな?」
「いや、男じゃね?」
「そこの人!そのレアなアバター俺に売ってくれ!!」
人によっては男性に見えたり、女性に見えたりするらしい。
現実世界なら、従来の人見知りを発揮してそそくさと逃げるように避けるのだが、フウになってからはしっかりとコミュニケーションを取ることができた。
みんなが風音を、フウを歓迎しているように思えた。
容姿が変わったことが要因だろうか。風音は考え方も前向きになっていた。
GGOで遊ぶ。いや、むしろVRMMOを楽しんでいた。
様々な人達と触れ合い、誰かとコミュニケーションを取ることの喜びを感じる。
風音にとってとても有意義な時間だった。
GGOにログインしてからどのくらい時間が経ったのだろう。
現実世界の時間とGGOの時間はリンクしていると聞いた。
上空を見上げる。
空の様子を見るに今はもう日が落ち切って夜になっているようだ。
「今日はそろそろ終わりに……」
名残惜しいが、別に今日しかプレイ出来ないわけではない。
明日もまたログインすればいいのだ。
「……でも」
勿体無いとフウは思った。
「銃の世界に来たのに、それっぽいことしてないですもんね」
そうだ、と。
プレイヤーおすすめのガンショップを教えてもらったことを思い出し。
最後にそこに寄ってからログアウトすることにした。
路地裏が入り組む複雑な地形。
迷いそうになりながらも、地図を確認しながら目的地までフラフラと歩いた。
「えっと、ここを右に曲がって……。あっ、あった!」
老舗のお店といった風情のあるガンショップが、フウを待っていたかのように建っていた。
「こんにちは〜……」
そろそろとガンショップの入口に足を踏み入れる。
「うわぁー!!」
今日何度目の興奮だろう。
ズラーっと並べられた、黒光りし光沢を放っている多種多様な銃にフウは圧倒されていた。
先にガンショップに入店していたプレイヤー達が、その微笑ましい光景を見て笑みを浮かべている。
銃というものをフウはドラマか映画の中でしか見たことがなく、実物を見るとそれぞれが異なる威圧感を持っているのを感じた。
とりあえず、あわあわしているのはみっともないので、お店の中を見て回ることにした。
フウでも名前ぐらいは聞いたことのある有名なものからマイナーなものまで展示してあった。
「これは……」
ピタっ。
フウは足を止める。
他の銃よりも銃身が長く、上部に円筒のスコープが付けられている銃。
一般に
「か……かっこいいっ」
すぐさま値段を確認。
「………………ぅ」
始めたばかりであるフウの初期金額ではとても買える値段ではなかった。
他の狙撃銃も確認するが、どれもフウには手の届かないものばかり。
決めた。
その目には決意に満ちた光が宿っていた。
「——お金、貯めます!」
後のフウの狙撃銃、『M24』の目の前でそう宣言した。
「………明日からっ!」
発言だけ聞けば後ろ向きな宣言にも聞こえるが、あの時のフウの表情は本気だった。と同じガンショップにいたプレイヤーは語っていたという。
こうして、フウの——小花衣風音の初めてのVRゲームは幕を下ろしたのであった。
頑張る女の子は可愛いよねって話。