あ、本編です。
前回のあらすじ。
ピトフーイからラインなし狙撃を教わったよ。
0. a visitor
"女の子は砂糖とスパイス、それと素敵な何かで出来ている"。
何処かでそんな唄を聴いたことがあった。
ああ。
確かに。
わたしは、女の子というものの片鱗を味わった。
1.
けたたましい発砲音の連続。
撃たれている。
茶色い外套の下に、デザートピンクの服を着用している小さな少女が。
途切れることのない弾丸の嵐が少女目掛けて一斉に飛んできている。
情けない悲鳴を上げながら身を隠せるほどの木の裏側で、小さな体を更に小さくして涙目になってしまう。
スコープ越しにその様子を眺めていたOSV-96を構えた男性にも見える中性的な女性アバター——フウは、心配そうな顔で慌てた声を上げた。
「あわわわっ。エムさんエムさんっ!レン撃たれてますっ、撃たれてますよ!?」
進行形で激しい銃撃に晒されているレンの身を案じるフウだが、通信機越しに返ってきたのはフウに名前を呼ばれたエムという巨漢の男の冷静な声。
「この音、相手はマシンガン使いだな。7.62mmの汎用機関銃に5.56mmの軽機関銃。レンはそのままじっとしていろ」
「助けてくれないのー!?」
「今問題がないなら大丈夫だ」
「えぇ………」
無線がわりの特殊な通信機器から、レンの悲痛な叫びも聞こえてきたが、エムによって一蹴された。
容赦ない弾丸が、レンの身を守る盾となった木を無情にも削り取っていく。
「くそぉ————!!」
レンの叫びをBGMに、その光景を眺めながら、フウは事のあらましを思い出した。
自分が今、何をしているのか。
どうして此処にいるのか。
その全貌を。
時間は数日前まで遡る。
2.
1月28日。
現実世界では、肌を突き刺すような寒さが続いていた。
対照的に、仮想世界の——GGOの世界ではそんなことは関係ない。
むしろプレイヤー達の熱気で暑いくらいだった。
相変わらずネオンの光が反射して、眠れない賑わいを見せるGGOは硝煙の匂いを漂わせている。
久し振りのこの賑わいが、今となっては嗅ぎ慣れた匂いが、フウ自身がGGOにいることを実感させてくれる。
長身痩躯の美女、ピトフーイからラインなし狙撃の技術を教えてもらった後。
フウがGGOにログインする時間は減っていた。
GGOに飽きた訳でも、何か嫌なことがあった訳ではない。
フウは廃ゲーマーと呼ばれる人種とは違い、適度にゲームを楽しみ、現実世界の生活も大切にしていた。
元来真面目なフウは、ゲームに没頭してリアルを疎かにするということが出来ない
現実世界のフウ——風音は高校生。
学校もあれば宿題もある。
弓道部にも最近はよく顔を出すようにもなった。
……まだ、友達はいないが。
その為、GGOにログインする時間は以前に比べると格段に減っていたのだ。
そして、今日。
ある知り合いから一本の連絡があった。
SCBグロッケンにある、とある一軒の酒場。
そこにフウは呼び出されていた。
約束の時間より早く来すぎた彼女は一人、待ち合わせ場所にて時間を過ごしていた。
しばらくして約束の時間になった。
するとすぐに、目的の人物がフウの座る席を見つけ、小走りで駆け寄ってくる。
ストンと、席に座った途端、
「SJに出よう!一緒にっ!!」
説明も碌にしないで、小さな身体を前のめりにしてフウに詰め寄ってきた。
デザートピンクの戦闘服を覆い隠す茶色い外套を被ったレンである。
フウが声をかける暇もなかった。
酒場のボックス席で、向かい合う二人。
テーブルに手をつき、フウへと顔を近づけるレンは必死の形相だ。
流石のフウも、レンの謎の必死さに苦笑いを浮かべるしかない。
一応、レンが何かを懇願していることは理解できたようで、いつものように人の良さそうな柔和な表情で問いかける。
「えっと。今日僕を呼んだのは、その……え、えすじぇー?についてですか?」
「そうっ、SJ!その通り!!話が早くて助かるよ〜!」
「……あの、とりあえず落ち着いてください」
興奮しているレンをなだめるように肩に手を置き、静かに座らせる。
酒場に来てなにも頼まないというのは気が引けたので、冷静になってほしいという気持ちも込めて二人分の紅茶を頼んだ。
「こほん。それで、そのSJとはなんですか?先ずは説明をお願いします」
仕切り直すため咳払いを挟み、先程からレンが口にしていた"SJ"という単語について再度問う。
「うん、そうだよね。——で、SJっていうのは、"スクワッド・ジャム"の略称で、今度開催されるGGOの大会のことなんだよ」
「スクワッド・ジャム、ですか」
「そう。あ、イカのジャムのことじゃないよ?」
「いえ、そんな気持ち悪い勘違いはしてませんよ」
「……あ、そう……。ま、まあ、そうだよね。はは……」
「……?」
乾いた笑みを貼り付けたレン。
何気ない一言が、レンを傷付けたようだ。
——スクワッド・ジャム。
ここでは
つまり、少数精鋭のチームでバトルロワイヤルをする、というのがスクワッド・ジャムの主な趣旨である。
SJについて簡単に説明を受けた上で、先程レンの言った台詞を頭の中で再生した。
『SJに出よう!一緒にっ!!』
サッと口元を手で覆う。
「………………」
思わずにやけてしまいそうになった。
いや、おそらくしっかりとにやけていたのだろう。分かったから手が自然と動いていた。
ここは仮想世界。
プレイヤーの感情をダイレクトに伝えるこの世界で、感情を隠すことは不可能に近い。
「……?どうしたの?」
「いっ、いえ」
レンに不審がられてしまったので、気持ちを鎮めるために生暖かい紅茶を流し込む。
データで再現されたミルクの匂いとほのかな甘味がフウをリラックスさせてくれる。
だが、心に淡い暖かさを感じる。
(私を、頼ってくれた……)
それだけで。
それが、心嬉しいことであった。
生まれて初めて、誰かに頼りにされた。
何よりそれが
優れ過ぎた異端な容姿は周囲の人を遠ざけ、
頼られることは一度もなかった。
きっと私が信頼できないからだろう、と考える度に胸を締め付けるように苦しくて悲しくなって、泣きそうになった。
だから、風音にとって心から頼り頼られる関係というのは信頼の証なのだと、いつも一人で想像していた。
レンと共にPKを繰り返していた時は、敵を倒すためというビジネス的な関係なんじゃないかと、心の何処かでそう思ってしまっている自分がいたのは事実だ。
弱い自分が、勝手に信頼して勝手に裏切られるのが怖かった。
なので、レンが言葉にしてくれたのが、フウにとっては一番嬉しかったし、安心できた。
それを態度に出すのは子供っぽくて恥ずかしい、とフウは思っているからか、露骨に表に出したりはしない。
ちょっぴり大人になりたいお年頃なのだ。
「だ、大体の話の概要は分かりました。そのSJという大会にレンは参加することになったけど、人数が足りなかった、ということですね」
「そうなんだよ〜。ピトさんに出場するように言われて……」
「ああ、ピトさんに……」
口の上手いピトフーイのことだ、またレンのことを上手い言葉で言いくるめたのだろう。
「しかもっ、知らない男の人と二人で参加してねーとか酷くない?それでよく私が参加すると思ったよね!」
「あはは、ピトさんらしいですね」
プンプンと不満そうに頬を膨らませる。
そんなレンを見ていたフウには、レンが案外SJに対して前向きなのが分かっていた。
ただ、ピトフーイはそのきっかけをくれたに過ぎないのだろうと推測できた。
「……んん?」
と、レンの発言に気になる部分が。
「"知らない男の人と二人で"……?」
「うん。何か変だけど強い人だって言ってた」
「……そう、なんですか……」
「あれ?どうしたの?」
「いえ、お気になさらず」
プイッと顔を背ける。
機嫌が悪くなったようだ。
(二人だけだと思ったのに……)
完全に私的な理由であった。
しかし、よくよく考えるとSJは小規模とはいえ大会だ。
ならばそれなりの強者達が参加することを予想するのは容易い。
そこに狙撃しか取り柄がない自分だけがレンと参加したところで、なにかレンの役に立てるのだろうか。いや、厳しいだろう。
相手は5、6人のチームで登録するはず。
そうなると、二人だけでは決め手に欠ける。
そう思えば、ピトフーイお墨付きのプレイヤーが一緒なのは心強いものだろう。
フウの心情的には不本意なのだろうが。
「ピトさんの知り合いとはいえ、知らない男の人とだけ、っていうのがちょっと躊躇われるというかなんというか」
現実世界とは逆で、フウのことを下から上目遣いで見上げるレン。
断られると思ったのか、不安な表情をしている。
レンに曇った表情はしてほしくないフウは自身の機嫌のことなど忘れて、レンを安心させるために努めて明るく望み通りの返答をする。
だって——
「大丈夫です、分かりました。僕も参加します。そのSJに」
「ホントにっ!?」
「はい」
「よかったぁ〜」
微笑むフウに、パァっと晴れやかな表情で喜んでいる。
まさにフウの見たかった表情だった。
——レンには笑っている顔の方が似合っているのだから。
***
スクワッド・ジャム開催まであと少し。
参加者は続々と集まりつつある中。
今ここに、もう一人の強者が戦場に舞い降りることが決まったのであった。
***
「では、後で作戦会議しましょう」
「作戦会議?」
3.
1月29日。
レンがフウをSJに誘ったのが昨日。
今日はその翌日。
香蓮の生活は今日も平常通りに進んでいた。
大学の講義も全て終わり、自宅のマンションでくつろいでいる。
壁に掛けられたモデルガンのP90を見て、先日別れ際にフウに言われたことを思い出した。
「作戦会議って、SJのことなんだろうけど」
まじめな彼女らしいと、小柄なお姫様のことを思い浮かべる。
「そういえば、時間とか場所とか聞いてなかったな……」
SJまではもう時間がない。
作戦会議をするならそろそろしなければならない時期だろう。
スマートフォンで時間を確認する。
微妙な時間だった。
「まだ授業中かな?それとも部活やってるかのかな?」
連絡を入れておこうと思ったが、授業中に着信音が鳴ってしまったら風音に迷惑がかかると思い、遠慮しておいた。
風音から連絡がくるまで『神崎エルザ』の曲でも聞きながら、SJのルールでも再確認しておこうかなと、簡易スピーカーに音楽プレーヤーをセットしようとしたところで、
——ピン、ポーン。
と、慎ましやかなチャイムの音が。
香蓮の自宅に誰かが訪ねてくるのは珍しい。
このマンションに住む香蓮の姉夫婦か、ネットショッピングで購入した物の受け渡しくらいか。
(なんか、買ったっけ?)
記憶を辿りながらエントランスの様子を映すモニターを確認する。
そこには、
「えっ」
香蓮の通う大学の附属高校の制服。
「風音ちゃん?」
『ひぅっ!?は、はい、小花衣風音ですっ』
可愛らしい悲鳴。
突然の香蓮の声に驚いたようだ。
こんなに挙動不審だと、見てるこっちが悪いことをした気分になったので、エントランスのオートロックを解除して香蓮の部屋まで来てもらうことにした。
しばらくして、
——ピン、ポーン。
再び、慎ましやかなチャイムが鳴る。
玄関の鍵を開錠して、扉を開く。
緊張した面持ちをしている、制服姿の風音がいた。
一度来たことがあるのに、顔が強張る程緊張しているようだ。
現実世界の風音を見下ろしていると、1月下旬の冷たい風が吹いて風音の制服のスカートをはためかせる。
「あ、寒いし、中入っていいよ」
「は、はい」
トコトコ歩いて玄関をくぐる。
しゃがんで脱いだローファーをしっかりと揃える。
風音をリビングへと通して、
「適当なとこに座ってて。なにか用意するから」
「お、おかまいなく」
自分はキッチンの方へ。
(たしか、お茶菓子が余ってたような)
数日前に香蓮の姉夫婦からお茶菓子をいただいたが、一人では食べきれなかった残りがあるのを思い出す。
冷蔵庫には高価そうな柄の入った箱が。
取り出して中身を確認してみると、そこにはカステラが数切れ残ってあった。
二人分のカステラを適当な小皿に盛って、便利な紅茶のインスタントスティックからパパッとカップに移したら、お湯を注ぐ。
ケーキフォークを用意したら、それらをお盆に乗せ、風音の下へ。
「ところで、今日はどうしたの?」
風音の前に紅茶を出しながら、聞いてみた。
「ご、ごめんなさい。連絡もなしに突然……」
「ううん。全然大丈夫だよ」
ちょっとびっくりしただけ、とは言わなかった。おそらく謝られてしまうだろうから。
風音に謝られると謝られている方に罪悪感が生まれるのは何故なのだろうか。謎である。
香蓮が疑問に思っていると、風音の形のいい綺麗で瑞々しい唇が開く。
「……さ」
「……?」
そこまで緊張されてしまうと、とんでもないことを言われるのではないかと香蓮にも緊張が移りそうだったが、香蓮の心配は杞憂であった。
「——作戦会議にっ!……きました」
「………ああ」
——やっぱりか。
そんなところだろうとは思っていたようだ。
突然の訪問とGGO内で行うものだと思い込んでいたため、無駄に身構えてしまっていた。
「め、迷惑でしたか……?」
反応が悪い香蓮を見て怒っていると勘違いしたのか、泣きそうな顔で風音は尋ねてくる。
「えっ?そんなこと思ってないよ。GGOの中でやるものだと思ってたから驚いただけ」
「やっぱり、連絡ぐらいはした方がよかったですよね……」
「だ、大丈夫大丈夫っ!そんなに気にしてないから!」
だから、その泣きそうな顔をするのはやめてほしい。香蓮は心から願った。
「ほっ。よかったです」
(うーん。眩しい笑顔だ)
後光が射してるような笑顔に目を細める。
風音が連絡をしなかったのは"家に行っていいですか?"と聞いて、断られるのが怖ったからというチキンな理由なのだが、今の香蓮にはもうどうでもいいことである。
「えっと、じゃあ……」
「………?」
不意に風音は腰を上げ、
「よっと」
「………………???」
香蓮の膝の上へちょこんと、座ってきた。
(え、なにこの状況……?)
流れるような一連の動作に香蓮の頭にはハテナが浮かぶ。
今の香蓮は客観的に見るとお行儀よく正座して、膝の上に等身大の西洋人形を乗せているような格好になっている。
「えへへ……」
困惑し過ぎて、思考停止している香蓮とは反対に、嬉し恥ずかしいといった風に頬が緩みきっている。先程までの泣きそうだった儚い美少女とは別人のようだ。
背中を預けている風音。香蓮の顔のすぐ近くには色素の薄い髪が。絹のような美しく、だがそれでいてフワフワと柔らかく揺れる髪。
「……くんくん」
「ぅひゃぁ……っ!?」
何を思ったか、鼻を近づける。
人間の本能的なものだろう。そうであってほしい。
花の匂いか、それとも果実の香りか。
甘いが、胸焼けするようなものではなく、ほのかな甘い香り。
香水のようなキツイ匂いでもなく、自然な香りだ。
「……くんくん」
「ひぅっ……」
アロマのような効果でもあるのか、嗅いでいるとリラックスして、体が弛緩している気がした。
いつの間にか香蓮の腕は風音のお腹に回されており、完全に後ろから抱きかかえるような体勢になっていた。
「……くんくん」
「か、香蓮さぁん……あ、あの……」
「…………。————はっ!?」
風音の弱りきった声に正気に戻った。
香蓮の腕の中では耳を真っ赤にして俯く風音の姿。
後ろにいる香蓮には見えないと思っているが、42インチの大型液晶テレビの真っ暗な画面にバッチリと映ってしまっている。
「ご、ごめんっ!」
その姿に若干ドキドキしながら、血が上り熱くなった顔を離す。
「い、いえ。大丈夫……ではないですが、大丈夫です……。匂いを嗅ぐのは、ちょっと……。今日は体育もあったので……」
「あはは〜……。そうだよね〜。うん、私がどうかしてた」
この子は汗も甘い香りがするのか、という呟きは心の中だけに留めた。
(というか、家に来るのはあんなに緊張してたのに、膝の上には普通に乗るんだ……。でも匂いを嗅がれるのは恥ずかしい、と)
最後のは正常な人であったら誰だって恥ずかしいものかと思われるが、中々に香蓮を振り回す行動をする。
風音の中での緊張の具合は『"友達のような行動" > "甘える行動"』というような力関係になっているのだった。
果たしてどうしてこうなったのか。
「か、香蓮さんっ」
「あ、はい」
「その……匂いを、嗅ぐ……のは、後にして、作戦会議しましょう?」
「あ、うん。そうだね」
元々は
そもそも風音が香蓮の膝の上に陣取ったのが原因なのだが、香蓮も役得だったので喧嘩両成敗というやつだ。
「……………………」
思い返すだけで顔が熱くなる。
客観的に見ても身長180cm超えの女子大生が現役女子高生(ハーフ美少女)に抱きつきクンカクンカしてる。
完全にアウトだ。
こんなところを北海道にいる親友に見られたりしたら、
『お、おう……コヒーよ。ついにそっちの道に目覚めたか……。だが、それでも君の親友であり続けるさ』
想像上でも受け入れられてしまった。
なんて懐の深い親友なんだろう。
(感動で涙が出るよ……)
受け入れられるかどうかは別にして、絶対に言外しないことを誓った。
せっかく風音が来てくれたのだ。
今までのことは一度忘れて、本来の目的を遂行することにした。
ちなみに、体勢は先程から変わっていない。
「そういえば、作戦会議って具体的に何するのかな?」
香蓮の問いかけに、少し上を向いて返答する。後ろめたいことでもあるのか、少し言いずらそうにしている。
「あ、作戦会議というか……。あの、私、SJの基本的な概要は香蓮さんから教えてもらいましたが、具体的なルールは聞いてなかったので……」
「あー、確かに」
つまり、作戦会議という名の説明会である。
「ということです。なので私は説明を所望します」
「了解しました」
その後、香蓮によるSJのルール説明が始まるのであった。
続く。
アンケートのご協力ありがとうございます。
今回長くなったので、次回に続きます。中途半端ですみません。