イーリス聖王国の魔道士がオラリオに来るのは違っているだろうか? 作:カルビン8
オレ達はステイタスを更新し終えて朝方に出会ったシルとの約束通り、西メインストリートに装備を整えて向かった。 ヘスティアはバイトの打ち上げがあるらしく別行動だ。
「えっと、この辺だっけ?」
「そうだな、ここら辺であったよな・・・?」
オラリオの朝と夜とでは全く違う。夜になるとどこに何があるのかわからなくなる。
キョロキョロと見回していると朝見た薄鈍色の髪のシルが見えた。目があって向こうも気がついた。
「あっ!シエンさんとベルさん!」
「よ、夕ご飯を食べにきたぞ。」
「こ、こんばんわ・・・」
「約束通り来てくださったんですね!席はこちらです!お客様お二人様入りまーす!!」
そんな声を出さなくても・・・そのせいで複数の客がこっちを見ているじゃないか・・・
オレ達の席はカウンターであまり目立たない端っこだった。こういう配慮は有難い。
店の名前は【豊饒の女主人】か、覚えたぞ。
「アンタ達がシルの呼んだ客かい?パッとしない顔と冒険者らしくなく可愛らしい顔じゃないか!」
店長と思われる恰幅の良い女性が話しかけてきた。
「「ほっといてください・・・」」
顔の話題は勘弁してください・・・
それにしてもここの店員美人さんばっかりだな!
しまいにはエルフまでいるし潔癖ってイメージだけど珍しいな・・・
だかそれよりも気になるのはここの店員達、全員出来るな・・・力を隠しているみたいだが立ち振る舞いが違う。
「そこの黒い坊主、ウチの店員をジロジロ見てんじゃないよ。さっさと注文しな!」
どうやら探っているのを勘付かれて怒らせてしまったようだ。詮索はされたくはないって事か。
「すいません、ではジュースとパスタをお願いします。」
ジュースが200ヴァリスでパスタは300ヴァリスかかった。高ッ!?
一食50ヴァリスで充分なのに・・・
「あいよ。そっちの坊主は?」
「あ、はい。僕も同じものをお願いします。」
しばらく経った後に店長さんから頼んでいたものを受け取った。パスタは山盛りでジュースもコップからこぼれてしまいそうなくらいに入っていた。
ただ高いだけじゃないんだと少し感心した。
二人で大人しく食べているとシルがやってきた。
「どうです?楽しんでますか?」
「・・・圧倒されています。」
「楽しんでいるよ、馬鹿騒ぎはちょっと前のことを思い出すしな。」
クロム達と一緒に遠征に出て敵を倒して城を奪い取った時、邪竜ギムレーを滅ぼした時はみんなで飲んだっけ・・・そん時はルフレはいなかったけど、懐かしいなぁ。
「どんなことがあったんですか?私気になります!」
「シルは仕事があるんだろうが・・・」
「給仕の方は十分に間に合ってますので、大丈夫ですよ。いいですよね?」
「・・・ほどほどにしな。忙しくなったらすぐに働いてもらうからね!」
え、仕事を途中にして休憩が出来るのか!?何というお店なんだ・・・
「というわけで聞かせてもらえますか?」
「シエン、僕も聞きたい!」
「・・・少しだけな。オレの出身はイーリス聖王国というところで・・・」
オレはベル達にイーリスでどんなことがあったかを少し話した。
こんな王様がいる、とんでもなく強くて頼もしい奴がいる、協力して頑張って国を守ったのだと。
「シエンって凄かったんだね。」
「今じゃあこの有様だけどな。」
「ふふふ、面白い話ですね。色んな人とお話しするのはやっぱり楽しいです。」
「そうか?知らない人に話しかけるのは結構勇気がいると思うけど・・・」
「そんな事はないですよ、知らない人と触れ合うのが、ちょっと趣味になってきているというかその、心が疼いてしまうんです。実際にベルさん達に会ってシエンさんのお話を聞かせてもらって新しい発見もありましたし。」
「すごいこと言うんですね。」
オレもあいつらと出会わなかったら今の自分も無いわけだし、そう思うと人とのふれあい、出会いは大切だな。
「ニャア!ご予約のお客様ご来店ニャ!」
星4来いッ!!・・・ハッ!?俺はいったい・・・
猫耳のウエイトレスさんが大勢の団体組が現れたことを告げる。
昨日あった【剣姫】さんもいるしロキ・ファミリアの団体さんかな。
個人的に一番気になったのは綺麗で気品のある深緑の長い髪の翡翠色の目をしたエルフだ。
確かリヴェリア・リヨス・アールヴさんだっけか。エイナがいうにはエルフの王族、ハイエルフなんだとか。
…………なんとなくイーリスの第1王女様を思い出すなぁ。
あ、ロキ・ファミリアの団員の魔力覚えておこっと・・・前にあった時は気がつかなかったが【剣姫】さんの魔力はなんか変だな。普通じゃない感じがする・・・
「・・・・・」
「ベルさん、ベルさーん」
ベルは顔を真っ赤にして【剣姫】さんを見ている。シルの呼びかけが聞こえていないようだ。本当に惚れてるのか、険しい道だぞベル。
「おっしゃ、みんな遠征お疲れさん!今日は宴や!飲んで歌えぇ!」
『カンパイ!!』
似非関西弁を喋る朱色の髪の人が音頭を取ると宴が始まった。 神威を感じるし神だったか。
「ロキ・ファミリアさんはうちのお得意さんなんです。彼等の主神のロキ様が私達のお店を気に入られてしまって。」
ロキ・ファミリアはトップクラスの強さを持つファミリアだったはず、そんなに良い店なのかここは。綺麗な店員さんがいっぱいいるからそれが目当てだったりして。
しばらく経つと酒が回り始めたのか前に会った灰色の獣人が大声で話し始めた。
「そうだ、おいアイズ!お前のあの話を聞かせてやれよ!」
「あの話?」
「あれだよ、帰る途中で見逃したミノタウロスが3階層まで上がって行って時にいたじゃねえか。あのトマト野郎がよ!」
その話が聞こえたのかベルの体がビクッと強張った。
「いかにも駆け出しって感じでよ!足が動かねぇで震えてやがったぜ!」
「ほう、で?その冒険者は無事やったんか?」
「アイズが間一髪ってところで倒したんだよ。そういえば黒づくめ野郎もいてぶっ倒れてやがったなぁ。みっともねぇ、雑魚なら雑魚らしくもっと上の階層でモンスターと遊んでろってんだ!」
獣人の悪口は止まらない、顔を見る感じかなり酔っている様だ。悪酔いするタイプかな?
・・・それにしても雑魚・・・か。向こうだと化け物だの悪魔だの散々言われてきたけどこっちでは雑魚か。世界が違うとこうも変わるか。
「いい加減にしろ、ベート。ミノタウロスを逃したのは我々の不手際だ。巻き込んでしまったことをその者達に謝罪する事はあっても酒の肴にする権利はない。恥を知れ」
「ハッ!ゴミをゴミといって何が悪い。」
聞くに耐えんな、さっさと食べて頃合いを見て帰るか・・・
ベルのほうを見ると俯いて若干震えていた。獣人の言葉はまだ続いた。
「雑魚じゃあ釣り合わねえんだよ、アイズ・ヴァレンシュタインにはな!」
その言葉を聞いてベルは椅子を蹴飛ばして立ち上がり外へと走り去って行った。ベルの向かったあの方向は・・・ホームとは逆、そういう事か・・・
「ベルさん!?」
突然のベルの行動にシルは追いかけようとするがオレは止めた。周りの客の視線がこちらに向いているが無視する。
「待てシル、お前じゃ追いつけないし店の仕事があるだろう。アイツの行った場所はなんとなくわかる、任せてくれ。」
「あぁ?テメェはあん時の転がってた黒づくめ野郎じゃねぇか!?」
「ベートッ!」
「ああ、あん時転がってた情け無い黒づくめ野郎だよ。さっきまでアンタの言ってたのはどうしようもない事実。」
「分かってんなら雑魚は大人しくしてればいいんだよ!」
「そういう訳にはいかない。全ては弱肉強食、弱いままだと奪われるだけだからな。あんな思いはもうごめんだ・・・」
焼かれた家、失った大切な人達、全てを守るなんて事は出来ないけど、せめて身近にいる人達だけでも守りたい。
ベルの向かった場所、ダンジョンに行かなくては・・・
「店長さん、料理美味かったです。これオレ達の代金です。」
「・・・あいよ、ちゃんと帰ってくるんだよ。また美味いもん食わしてやるからね。」
「それは楽しみにしています。では「まって」・・・ん?」
シエンは店から出ようとしたら後ろから声をかけられた。アイズ・ヴァレンシュタインからだ。
「あの、ごめんなさい。私の仲間が悪口を・・・」
「でも本当の事だからな。反論できないし・・・まあいいじゃないか!ふふ、それにしてもアンタ謝ってばっかりだな。そんなショボくれた顔してっとせっかくの宴が醒めちまうぞ?」
「待ってほしい、私からも謝罪をさせてもらいたい。君達が被害を被ったのは我々の責任だ、すまない。」
ハイエルフのリヴェリアはシエンに謝罪をした。
アイズからシエンのステイタスの事を聞いていてL v.1の冒険者が多数のスキルを持つなどあり得ないのでその人物に興味を持ったがまさかこの場にいるとは思ってもいなかった。
「いえいえ、ダンジョンでは何が起きるか分からないのに上層だからと油断していた我々が間違っていたのです。それに【剣姫】様には助けていただいたのでこちらこそお礼を、有難うございました。」
そう言ってシエンは恭しくお辞儀した。その姿に周りにいたエルフ達は感心していた。
「・・・今の私は君と同じ冒険者だ。だからそんなに畏まって礼をしないでほしい。」
「これは失礼しました。王族の方となるとどうしてもこうなってしまいましてね。うちの王も気にしないんですけど従者の人や貴族達が口煩くて厳しくて厳しくて・・・」
「そうか、君も苦労していたのだな・・・」
シエンは若干同情されたが今はそんな場合ではない。リヴェリアさんと話を少しにベルを追いかけるために今度こそ店を出た。ダンジョンへ急がなくては!
ダンジョン一階、二階、三階とスムーズに降りて行く事は出来たがベルに会う事は出来なかった。ただダンジョンの通路には回収されていない魔石がポツポツとあるのでベルがこの先にいる事だけは分かる。大きめの魔石を回収しながら更に階段を降り、6階層にてようやくベルを見つけることができた。1つ目の黒色の人影の様なモンスター【ウォーシャドウ】と遭遇している。
「やああああああ!」
「・・・!?」
6階層での戦闘能力は随一とも言われるモンスターをベルは持っていたナイフで胸の奥にある魔石を破壊して倒した。
ここまでがむしゃらに戦ってきたのか身体中に怪我をしており、かなり酷い。
また新たにモンスターがダンジョンの壁から生まれて疲弊しているベルに襲いかかる。
「【ミラーバリア】!」
「・・・!?」
「グッ、ああああああ!!」
ベルに襲いかかろうとした所を透明な障壁を張って防ぎ、ウォーシャドウの爪による攻撃を弾く。
その隙をベルは逃さずに疲れている体を声を上げて奮い立たせてウォーシャドウを倒す。
「間一髪だったな、ベル。」
「はあ、はあ、・・・シエン。」
「無茶し過ぎだ、オレが来なかったら死んでたかもしれないんだぞ。」
そう言ってオレはライブの杖を使ってベルの怪我の治療にかかる。
「シエン・・・僕、馬鹿だったよ。弱い僕があの人に好きだと言ったって振られるだろうし、釣り合わないんだ。あの獣人に反論できない弱い自分が悔しい。」
「・・・そうだな。」
「あの人に振り向いてもらうために僕は強くなりたい・・・!」
ベルはあの獣人に腹を立てていたわけではなかった。弱い自分自身に腹を立てていたのだ。
勉強会の時、エイナにランクアップするにはどうすればいいかと聞いたところ、手段としては自分よりも強いモンスターと戦い上質な経験値を得ることだそうだ。
剣姫はL v.5、つまり最低でも4回は自分よりも格上と戦う必要がある。
惚れた女の子に振り向いてもらうために4回以上死ぬかもしれない戦いを挑まないといけない。
「馬鹿か。」
「馬鹿でもなんでもいい!やるんだ!」
「死ぬかもしれないんだぞ?前に戦ったミノタウロスの事を忘れたわけじゃないだろ?」
「やる!!」
ベルはオレから目を逸らさずに真っ直ぐと見つめ己の意思を告げる。
コイツは馬鹿だ、大馬鹿だ。だけど自分の気持ちに嘘をつかない真っ直ぐな心を持つ、いい馬鹿だ。
多分コイツは一人でも突っ走るのだろう、だが一人でこのダンジョンを攻略するのには限界がある。協力する人が必要だ。
・・・こっちの世界では大人しくして魔道書を売ったりして金を稼いで余生を過ごす・・・そんなつもりだったのにそんな事はなくなりそうだな。
「分かったよ。ベル、お前が耐えきれない攻撃はオレが防ぐ、お前が怪我をして立てなくなったら治療して立たせてやる。だから、お前の思うがままに思いっきりやってみな。」
「シエン・・・ッ!」
「応援してやっから絶対に死ぬんじゃねぇぞ、ベル。さ、もうひと暴れしてやろうぜ!」
「うん!」
目標を持った奴は迷いがない、必要な事に対して面倒だと思わずに自らこなして己を高めていく。
きっとこれからベルは物凄い勢いで強くなっていくだろう。
ベルについて行くって決めたんだ。ベルの足を引っ張るわけにはいかない、オレも強くならないと。
ベートって言葉はキツイけれど、本当はいい奴なんだよなぁ・・・