・登場人物
退藤カゲル 主人公。囲碁のプロ棋士を目指す。
藤原一星 カゲルに憑いた霊。碁の天才。
戸谷アキラ カゲルのライバル。
昇 院生一位。
筒見 カゲルの中学時代の先輩。
三橋 カゲルの中学時代の同級生。
これに勝ったらプロ棋士か・・・
退藤(たいどう)カゲルは、盤を前にして緊張感を覚えていた。
囲碁のプロ試験は、いくつかの種類に分かれる。まず、東京本院、中部総本部、関西総本部と場所別に分かれ、その中から、夏季棋士採用試験、冬季棋士採用試験、女流棋士採用試験等と分かれる。
退藤カゲルは東京本院の冬季棋士採用試験に挑んでいた。
冬季棋士採用試験は、まず一般アマチュア=外来を対象とした外来予選が行われ、次に、外来予選で勝ちあがった者と、東京本院の院生による、合同予選が行われる。そして、合同予選で勝ち上がった者六名と、院生の予選免除者十名による、本戦が行われる。
本戦では、十六名総当りのリーグ戦が行われ、そこでの成績上位二名がプロ棋士となる。
カゲルがプロ試験を受けるのは今年が初めてである。予選を勝ちあがり、本戦へと駒を進めた。
そして、本戦ではここまで十四局が消化され、十一勝三敗。残すは後一局となった。
本当にプロになんかなれるのだろうか。少なくとも今年は無理ではないか。当初、カゲルはそう悲観していた。実際、合同試験では外来予選突破者などに負け、予選敗退まであとわずかであった。
しかし、そこを突破すると、カゲル自身、意外なほど勝ち始めた。
本戦最終日。カゲルは現在二位であり、今日の対局に勝てば晴れてプロとなる。
カゲルは、自分でも予想外の勝ちっぷりに最初困惑したが、一方、自分の急激な上達が、何に起因するかは承知していた。
そりゃあ、毎日毎日、名人級のやつと練習してたら強くなるよな。
ここまで来られたのはお前のおかげだよ。
彼は、傍らにいる和服の人物・・・藤原一星(ふじわらのいっせい)に語りかけた。
「どこ見て話してんだ」
カゲルの前に、いかにもおぼっちゃまといった雰囲気の子供が座る。
「いや、お前に話してるんじゃなくて」
「?じゃあ誰と話してんだよ」
カゲルの目の前に座った人物・・・今日の対局相手の昇(のぼる)は、携帯した巾着からハンカチや扇子を取り出し、対局の準備に入る。
昇は、直前の研修会で一位。今、院生で最も強い人物だった。彼のここまでの成績は十二勝二敗。最終日を前に、既にプロ入りを決めている。
「ほらカゲル、集中して」
一星に言われるまでもなく、カゲルは目を閉じ、精神を集中させた。やがて、試験官が対局開始の合図を告げた。
「では対局を始めてください」
囲碁では最初に、先後を決める『握り』と呼ばれるゲームを行うのだが、プロ試験では、リーグ表にあらかじめ先後が記入されており、対局者はそれに従う。
パチ。
先手の昇が定石通りの一手目を打つ。
カゲルは、すぐには二手目を返さず、しばらく間を置いた。
思えば、色々なことがあった。
ここまで様々な苦労があって、様々な障害があった。そんな俺が、あと少しでプロなんて。
ここまで来られたのは、本当に、お前がいたからだよ。
カゲルは改めて、傍らに佇む一星を見た。彼は盤面に意識を集中しており、こちらの視線に気付いていない。彼の横顔を眺めつつ、カゲルは過去に思いを馳せた。
一星と出会った、その時に。