2013年 退藤カゲル 12歳
一星とカゲルは倉の中で出会った。ファーストコンタクトはカゲルが逃げ出して終わったが、彼が再びカゲルの目の前に現れ、自分が幽霊であること、しかし悪い霊ではないこと、自分の経歴等などを説明し、やっと打ち解けた。
数日すると一星は「打ちたい打ちたい」と言って愚図り始めた。
カゲルは最初、彼の要求を無視したが、彼が昔憑いて指南していたと言う本因坊算砂について調べ、気が変わった。
本因坊算砂は名人と呼ばれるほどの人物だったらしい。そいつを指南したってことは、とんでもなく強い奴なのかもしれない。
カゲルは一星の要求を受け入れ、彼を道場へ連れて行った。
一星はうきうきして付いて行ったが、道場の中に入って愕然とした。
「・・・・・・カゲル。私は『誰かと打ちたい』と言ったはずですが・・・」
「ああ、だから『打ちたい』んだろ?ここなら色んな人と打てるらしいぜ」
「・・・・・・カゲル、あなた、碁を打った経験はありますか?」
「碁?なにそれ」
「・・・・・・」
そう、彼が連れて行ったのは道場―将棋道場であった。
一般的に、将棋の対局場は『将棋道場』、囲碁の対局場は『碁会所』と呼ばれる。つまり
しかし、当時のカゲルは将棋も碁もまったく興味がなかった。特に、碁の知識については欠片もなかった。何しろ、一星の宿っていた盤―
彼には、将棋と碁の違いすら分からなかった。
「カゲル、覚えておいて下さい。
「そうなの?」
「そうです。だから私が言った『打ちたい』とは『囲碁を』誰かと打ちたいということだったんです」
「囲碁?将棋じゃないの?でもお前将棋盤に宿ってたじゃん」
「・・・・・・あれは碁盤ですっカゲルのバカっマヌケっ」
「えーお前将棋やりたかったんじゃないの?でも席料ってやつ?もう払っちゃったし、もうすぐ相手を付けてくれるらしいよ。ほら、来た来た」
一星が文句を言い終わらない内に、カゲルの前に対局相手が座った。
一星はその相手に圧勝した。
続けてもう一人と対局し、その相手にも圧勝。次も圧勝、次も圧勝。級位者からはじまって三段四段の手練を次々と倒していった。
「なんだ。お前、将棋強いじゃん」
トイレ休憩の際、トイレまで付いてきた(憑いてきた)一星に、カゲルは言った。
「そりゃあ、強いですよ。何しろ私は本因坊算砂を指導した男ですからね」
一星はそう言って胸を張る。
「ふーん。その本因坊算砂って、将棋の達人なんだ。囲碁は趣味ってやつ?」
「・・・・・・カゲル、これも覚えておいて下さい。『本因坊』とは、囲碁の強い人に贈られる称号みたいなものです(というか算砂が開祖なんですが)。ですから、『本因坊』算砂は碁の達人ですし、彼を一から指導した私も当然碁の達人です」
「でも、将棋も強いじゃん。それとも、今は昔よりレベル低い?」
「・・・・・・あなたは確か、本因坊算砂についてちゃんと調べたはずではなかったですか?」
「ちゃんとじゃないよ。興味ないもん。ちらっとだよちらっと調べた」
「・・・・・・では私が教えてあげましょう。
本因坊算砂は、安土桃山から江戸時代にかけての人である。当時の碁打ち、また将棋指しは、囲碁も将棋もできる人が多かった。その代表格こそが本因坊算砂で、今だ彼の棋譜は、囲碁界、将棋界問わず語り継がれている。
カゲル達が席に戻ると、その向かいにはカゲルと同い年の子供―戸谷アキラが座っていた。
一星が戸谷に完勝すると、戸谷は泣き出した。
頬を伝った涙が盤に落ちてしまい、戸谷はそれをハンカチで拭き取った。
2015年 退藤カゲル 14歳
この年、カゲルは部の個人戦で戸谷に敗北し「ふざけるな」と怒られた。
ここでの部とは勿論、囲碁部のことではない。
負けて泣く戸谷の姿に感銘を受けたカゲルは、中学生になると、将棋部に入部した。カゲルは入部前に、将棋の基本的なルールと基本的な『定跡』をあらかじめ一星に教えてもらった。
そう、
当然である。なぜなら
筒見、三橋の二人と共に、カゲルは将棋の腕を磨いた。そして、大会に出場したのだが、戸谷の力には及ばなかった。
しかしカゲルを責めるのは酷である。
何しろ戸谷は、このわずか二年後にプロ棋士となったのだ。
戸谷は十二歳の時カゲル=一星に敗北し、そのショックでプロ養成機関、奨励会への入会を見送った。そしてこの年、十四歳、カゲルを負かした戸谷は奨励会に入会する決意をし、翌年春に入会。それから戸谷は、わずか一年半で奨励会を駆け抜けプロとなったのだ。プロ養成機関、奨励会は、六級からはじまり四段でプロとなる。その長い道のりを一年半で突破したのは、一つの快挙であった。
一星が見込んだ通り、戸谷は天才だった。