カゲルの碁   作:かろんかろんちょ

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終局

「よかったですね、カゲル。がーるふれんどができて」

 

 カゲルの相棒、藤原一星は心からカゲルを祝福した。

 

「はあ、まあ、うん、いいや、もう」

 

 カゲルは戸谷と・・・()()と連絡先を交換した後、じゃあついでにと彼女を自宅まで送り、そして帰路に着いた。

 

 カゲルは、何とも云えない気持ちになっていた。今日、人生の目標を達成した。しかし、その達成を喜べなかったばかりか絶望するでもなく、何だか明後日の方向に話が逸れてしまった気がした。

 

 しかし、戸谷アキラと連絡先を交換した時、嬉しくなってしまったこの気持ちは否定できない。

 

 まあ、いいや。

 

 人生を達観した時、急に、それは訪れた。

 

 藤原一星の体が、少しずつ消えていった。

 

 体の端が徐々に半透明へと変わり、また半透明の箇所が粉のようにはらはらと散り、中空へ消失していく。

 

「終わりが来たようですね」

 

「ああ、そうみたいだな」

 

 カゲルは、自分でもなぜこんなに冷静なのか分からなかった。ただ、予感はあったのだ。一星は元々幽霊だ。いつかは消える運命にあることぐらい、何となく分かっていた。そして自分の目標の達成が、そのときなのかもしれないと、薄々感付いていた。

 それは一星も同じようで、彼は悲しそうなそぶりも見せず、いつも通りカゲルに優しく微笑んだ。

 

「今まで、楽しかったですよ。カゲル、あなたはどうでしたか?」

 

「ああ、俺も楽しかったし、それに、俺がプロになれたのは、きっと一星のおかげだ。ありがとうな」

 

 一星の体は、ゆっくりと確実に消えていった。もう下半身は完全な無となり、上半身へとその無が広がっていく。

 

「でも、どうせなら名人と指していけばよかったな。戸谷の家にいたし、名人」

 

「いいんですよ。三年ほど前でしたか?私が現代に来て、はじめて負かされたのは。

 あの一局で、まだまだ棋の歴史が続いていくと確信しました。それで満足です。

 それに、私は将棋より、碁の方が好きですから」

 

「・・・そっか」

 

 別れは覚悟していたが、いざその時がくると名残惜しかった。もう会えない。そう想うと、悲しかった。

 でも、これで終わりではないのだ。一星の教えや棋風は、自分の中で続いている。自分の中で、永遠に生きていく。

 

「碁や将棋ってのは、平安時代以前から、ずっと続いてるんだな。そう考えると、ロマンチックだ」

 

 ふとそんな言葉が出てきた。カゲルの言葉に、一星は不思議そうに首を傾げる。

 

 ろまんちっくとはなんですか?そう訊いてくると予想し、カゲルが返答を用意していると。

 

「平安時代?」

 

 と、一星は別のことを訊いてきた。

 

「ああ、だから、平安時代。碁とか将棋がそんなに長く続いてるなんて、素敵なことだろう?」

 

 平安時代の藤原一星、安土桃山、江戸時代の本因坊算砂、そして自分。こんなに長く同じゲームが遊ばれているなんて、何て壮大で、果てしないのだろう。

 カゲルは、一星なら即座に同意してくれると予想していたのだが。

 

「いや平安時代ってカゲル。だって将棋は・・・あっ」

 

 そう言うと、一星は何かに気付いたように、扇子を自らの口の上に持っていく。

 鈍感なカゲルでもすぐ勘付いた。

 何か隠している・・・

 

「ええ、平安時代からの遥かなる時の流れ、その時の中を、人間の知恵は、思いは、歩み続け、また受け継がれていく。すなわち棋とは人そのもの。人の営みが続く限り、それは永遠という時間を・・・」

 

 一星が長台詞を続けている最中、カゲルは、じっと彼をうさんくさそうにねめつけていた。

 

 今さら隠し事すんなよ。

 

 カゲルの目がそう語っていた。

 

「・・・・・・迂闊でしたね。最後の最後に、ばれてしまうとは」

 

「なんだよ、『ばれる』って」

 

「いえ、別に大したことではないのですが」

 

 一星はふうっと小さく溜め息をつく。

 

「カゲル、あなたは囲碁のプロ棋士でしょう。囲碁の歴史はご存知ですね」

 

「ああ。起源は知らないけど、確か日本では奈良時代以前から打たれていて、で、平安時代にはかなり盛んになってて」

 

「いいでしょう。

 では、将棋の歴史は分かりますか?」

 

「将棋は・・・だから、囲碁と同じ感じじゃないの?」

 

「・・・カゲル。あなた、ついさっきあれだけ将棋と囲碁は違うって力説してたくせに・・・」

 

「仕方ないだろ、勉強してないんだから」

 

 カゲルは開き直った。

 

「分かりました。カゲル、よく聞いてください。

 碁は奈良時代以前から日本で打たれていました。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「・・・・・・いやいや。おかしいだろ。お前、将棋強いじゃん」

 

「ええ凄く強いです」

 

「でも、将棋は戦国時代以降に生まれたんだろ?じゃあ、平安時代のお前が強いなんておかしいよ」

 

「ええ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ああ成る程。

 

 カゲルは一回納得した後、ええっと叫んだ。

 

「だってお前、平安時代に生まれたって・・・」

 

「いつ言いました?何となく言動だけで判断していたのでしょう」

 

 カゲルは今まで、藤原一星は平安時代の人間だと思い込んでいた。

 

「いやいや、やっぱりおかしいって。だってお前、『藤原』だろ。藤原っていえば平安時代だろうが」

 

「別に藤原性だからといって平安時代の人間とは限らないですよ。現代にもある苗字です・・・まあ、いいでしょう。

 藤原一星は偽名です。嘘なんですよ」

 

「ぎ、ぎめい」

 

 カゲルは衝撃を受けた。まさか自分の相棒の名が偽名だったなんて。こいつの本当の名前を知らなかったなんて。

 

「何で今まで騙してたんだよ」

 

「・・・ごめんなさい。本名は名乗りたくなかったんです」

 

「だから何で」

 

 一星の体は既に顔以外消えている。もう残り時間は少ない。

 

「どうですカゲル。私の名前、当ててみてくださいませんか?」

 

 残り時間が少ないのに、一星はこの期に及んでクイズを出してきた。

 

 さっさと名前を教えろ。

 

 そう文句を云いたかったが、それで拒否され押し問答にでもなった日には、本当に時間がなくなってしまう。カゲルは文句を言わず、頭を回転させた。

 

 藤原一星の本当の名前は?

 

 手がかりは・・・まず、棋力。囲碁はプロ新人王の俺より強い。だから囲碁の達人・・・で、それに加え、将棋も強い。アマ時代の戸谷に勝った。でも、ネット対局で正体不明の奴には負けてた。正体不明の奴の棋力は分からないけど、とにかく、囲碁よりかは絶対的な強さではないってことだ。しかしアマを寄せ付けない程度には強い・・・やはり歴史上の棋士だろう。

 他は・・・和服着てる。だから、何となく、昔の人なんだろう。

 後、霊として本因坊算砂の指導をしてたらしく・・・いや、それも嘘なのか?

 で、名前も嘘。苗字の『藤原』は、平安時代っぽくみせるために付けたんだろう。

 

 では名は?『一星』はどうだろう。『星』っていったら今の俺には囲碁しか思い浮かばん(盤上の黒い点)が。その前に付いてる『一』にも意味はあるのか?

 

 後、名乗りたくないってどういうことだよ。何か不名誉っぽい名前ってことか。しかし囲碁も将棋もとてつもなく強いんだろ?絶対、囲碁か将棋で名前が残ってる棋士のはず。

 

 星に一。

 

 囲碁では、星から一目ずれた場所に、何種類かの呼び名がある。

 

 星より一目隅のところを小目。星より一目隅から遠いところを高目。後、目はずし。そして、三々。

 

 小目、高目、目はずし、三々。

 

 一星・・・『星』と『一』目違う場所・・・三々。

 

 三々。さんさん。サンサン。何だか、どこかで聞いた音だな。

 

 そこである可能性に気付き、カゲルは思わずぷっと吹き出した。

 

 おいおい。まさか駄洒落か?

 

「分かりましたか?囲碁には三々へ打つ布石がありますが、本因坊家は代々、その三々へ打つ布石を禁じ手としてきました。次元の低い手だと断定していたんです」

 

 助け舟を出され、カゲルは自身の出した結論に確信を持った。

 

 まったく、手間を取らせやがって。

 

「ふん。だから、()()()()()()()()()()()()()()()()

 藤原一星、改め、()()()()()

 

 三々=さんさん。

 算砂=さんさ。

 

 確かに一字違いで、両者は似ている。そして、三々は忌み嫌われた低レベルな手。だから算砂=『三々を連想させる名前』は嫌だったと。で、まったく音の違う新しい偽名『一星』を考えたと。

 

 何て下らない理由だ。大体これなら、『一星』だって三々が由来じゃないか。音は確かに違うけどさ。

 

 カゲルが呆れた顔をすると、それにまったく頓着せず、一星は―本因坊算砂は、説明を始めた。

 

「ただ名前が嫌いという理由だけで偽名を使ったわけでもないんですけどね。

 だって、私はあの本因坊算砂ですよ?いきなり『私は本因坊算砂だ』って言ったら、信じてもらえないか、怖がられるかと思って」

 

「幽霊な時点で信じられないし怖いんだが」

 

 実際、出会ったとき、カゲルは、彼が名乗る前から逃げ出してしまった。

 云われてみればそうですね。あっさり認めてしまった算砂に、カゲルは声を出して笑った。そんなカゲルを見て算砂も微笑む。

 

「でも、カゲル。私は現代に感謝します。本当に碁とは深遠です。

 今は囲碁の定石が随分変化していますね。カゲルと一緒に現代の定石を勉強して、驚かされました。

 特に、私にとって衝撃的だったのは『三々』の扱いでした。

 まさか現代では、『三々』が良い手とされているなんて!」

 

 三々は、昔からある囲碁の定石だが、決して高い評価を受けてはいなかった。算砂の云う通り、本因坊家では禁じ手としていたほどである。

 しかし現在、その三々は有力な布石の一つとなっている(一つには1933年の新布石、もう一つには囲碁ソフトの星に対しての三々入り)。

 

「まったく。それを知った時は感激しました。もう算砂=さんさの名を嫌う必要がないんだなと」

 

 それは、本因坊算砂の本音だった。

 

「はいはい。よかったな。本因坊算砂さん」

 

 彼が敢えてそっけなく答えると

 

「・・・カゲル。もっと感動してください!」

 

 と、算砂は本気で不満な様子。

 

 将棋の起源やら一星の正体やら色々あったが、結局、最後にはいつも通りの会話が出来て、カゲルはほっとした。

 俺にとって、一星は一星なんだ。そう思えることが、嬉しかった。

 もう時間は残っていなかった。本因坊算砂の姿は既に消え、もう声しか聞こえなかった。

 

「カゲル。さようなら」

 

 最後はそれだけ言って、本因坊算砂は消えてしまった。

 

「ああ、じゃあな」

 

 カゲルもそれだけ言って、帰路に着いた。

 

 俺は本因坊算砂と六年間一緒にいたのか。

 

 彼が消えたことは寂しかった。悲しかった。しかしカゲルは、今の自分を誇ることができた。俺は、藤原一星に、本因坊算砂に教わった唯一の現代人なんだ。

 

 そう思うと、悲しさも、寂しさも、紛れた。別れの後に残ったのは、楽しい思い出ばかりだった。

 

 六年間みっちり本因坊算砂の指導を受けてたわけだ。そりゃ、強くなるわな。

 カゲルは自嘲すると、夜の道を静かに歩いて行った。彼自身の未来へと、歩いて行った。

 

 その遥か先にある―

 

 神の一手を極めるために。

 

 

 

 ―fin

 




 ここまで付き合っていただき本当にありがとうございました。

 囲碁の知識はほとんど①スーパー神漫画『ヒカルの碁』②日本棋院のホームページ③ウィキペディア頼りなので間違っていたらごめんなさい。特に三々がどうこう歴史がどうこうの辺りはかなりアヤシイので真に受けないでください。
 また、調べたつもりですが、将棋部の大会の日程や、プロ試験の日程諸々も相当アヤシイのでごめんなさい。
 あと、作中で一星が「将棋は『打つ』ではなく『指す』」と指摘していますが、私の記憶が確かなら将棋が公式に『指す』表記になったのは木村名人の時代なので、本因坊算砂先生が指摘するのはおかしいのですが目をつぶってください。

 『ヒカルの碁』は本当に名作です。
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