カゲルの碁   作:かろんかろんちょ

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2013年~2015年 退藤カゲル 14歳

 

「ふざけるな」

 都大会の個人戦予選一局目。戸谷アキラは、目の前に座る退藤カゲルに激昂した。戸谷が怒ったところを、カゲルはこのとき初めて見た。

 

 

 

 藤原一星はとてつもなく強い達人だった。

 

 初めて行った道場で、カゲルは連戦連勝で勝ちまくった。しかしそれはカゲルの実力ではなかった。

 一星の実力だ。

 一星が扇子で次の手を示す。カゲルがその通りに手を進める。カゲルは一星の指示通り進めるだけで、圧勝を続けていた。いかにも強そうな親父だろうが気取った感じの青年だろうが、カゲルに―一星に敵う者はいなかった。

 

 そんな時、カゲルに挑戦した子供がいた。

 

 カゲルが年齢を聞くと、その子供は、自分は十二歳だと答えた。

 俺と同い年の奴がこんなゲームやってんのかよ。カゲルは驚いた。

 そして、カゲルは完勝した。子供は―十二歳の戸谷アキラは、おかっぱ頭を振り乱して泣き始めた。涙が盤面に落ち、その跡が広がっていくと、戸谷はごめんなさいといってハンカチを出し、一生懸命盤面を拭き始めた。

 

 ゲームで負けて泣いてる・・・

 

 カゲルには、目の前の子供が泣いていることが意外だった。

 

 一方、傍らの一星は、まるで親が子を見るように暖かく、また真剣な表情で、泣いている戸谷を見守っていた。

 

 この子は強い。まだ私には適わないが、きっと将来、偉大な棋士になる。

 

 一星の言葉に、カゲルは再び驚いた。この戸谷って奴、そんなに凄い奴だったのか。しかも、こいつが将来有望って瞬時に分かるなんて、一星ももしかしたらとんでもない奴なのかもしれない・・・

 

 カゲルは、二人に感心した。

 

 同時に、どうしようもない疎外感を覚えた。

 対局は対話だ、と一星から聞いたことがある。でも、俺と目の前のこいつは盤を挟んで向かい合ってるのに、俺とこいつはちっとも対話できていない。盤面を見ても意味が分からない。こいつが泣いている理由も、一星が感心している理由も、俺には分からない。

 

 強くなりたい。

 

 カゲルはそう思った。

 

 一星に頼るんじゃなくて、実力でこいつに勝てるぐらい。それぐらい強くなりたい。

 

 その夜、カゲルは、一星に基本的なルールと定跡を教えてもらい・・・

 中学生になると、カゲルは生まれて初めて部活に入った。

 

 

 

 その日から約二年間、カゲルは部活動を中心に腕を磨いた。賭け対局で金稼ぎできるほど強い同級生の三橋、知識だけなら誰にも負けない二年生の筒見部長。彼らと対局を積み、必死に棋力を上げてきた。

 

 最初は、誰にも勝てなかった。でも、対局を繰り返す内、その辺のおっちゃんには負けなくなった。やがて、格上だった筒見部長と張り合えるようになった。百戦錬磨の三橋にもちょっとずつ勝てるようになった。

 

 部活に入ったんだね。

 

 どこから情報を仕入れたのか、ある日、カゲルの元に再び戸谷アキラが現れた。

 

 戸谷は「部活なんかに興味はなかった」と云う。自分はもっと高みで勝負する人間だと。

 しかし、と、戸谷は自分で否定する。

 君が部活に入ったなら、こちらも部活に入ろう。そして、君と戦おう。私達は同じ都内の学校。都大会で戦える。

 そう宣言して、戸谷は去っていった。

 

 カゲルは、嬉しくなった。ライバルが、自分を求めてくれている。それがたとえ、自分ではなく一星に対する感情だとしても。それでもカゲルは嬉しかった。

 

 そして、カゲルは大会に出た。都内の大会に、筒見、三橋と共に出場した。もはや、彼はずぶの素人ではなかった。一人で戦える、立派なアマチュア棋士であった。

 そして、カゲルは戸谷と対局した。カゲルは、再びのライバルとの対局に心を躍らせた。

 いや、再び、ではない。自分と戸谷は、初めて対局するのだ。これが俺とお前との初対局だ。

 そう考えると、闘志が燃え上がった。

 しかし・・・

 

「ふざけるな」

 

 中盤、定跡を過ぎたばかりの局面で、戸谷は怒った。しかし、カゲルは、彼が何に怒っているのか理解できない。ただ、傍らで見守っていた一星と、そして、激怒した当人の戸谷だけがその理由を知っていた。

 

「負けました」

 

 数手後、カゲルは投了した。そこでやっと悟った。

 俺の酷い手に、戸谷は怒ったんだ・・・

 戸谷にとって、カゲルは達人のはずであった。戸谷は、一星がバックについて戦っていたカゲルしか知らなかったのだ。

 

「ありがとうございました」

 

 カゲルの投了を受け、戸谷は挨拶を返した。しかしそれは儀礼的な意味でしかなかった。戸谷は感想戦も行わず、素早く後片付けをすると、カゲルを一瞥することすらなく、その場を去っていく。

 

 こんな奴に負けたのか。

 

 カゲルには、ライバルの背中が、そう語っているように見えた。

 カゲルは、十四歳にして初めて、挫折を経験した。

 

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