蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
「……アナ、帰るか?」
珍しく不機嫌そうな少女に、おれは声をかける
が
「皇子さまが心配だからついていきます」
この一点張りだ
そんなに心配される事だろうか、と思うんだが……
「皇子さま、その右手を見てから言ってください」
おれの右手はちょっと赤い。流石に修行をしなおさないとヤバいと思って、師匠に付き合ってもらって剣を振ったからか、巻いた包帯に血が滲んでいる
軽く1刻でこれとは、かなり深刻だ。師匠から習った剣には剛の剣と柔の剣がある
本来はそこに魔剣が加わるんだが、残念ながらおれは魔法が使えないので魔剣は無しだ。それはそれとして、衝撃にブレぬ剛の握り、衝撃で手の中でズレる柔の握り、双方共に手に負担が掛かる。それで一々掌出血していては話にならないだろう
血で柄滑るしな
「……そうだよな」
「おっ、分かったかゼノ」
「こんなんじゃ駄目だよな。もっと強くならないと」
「こいつ分かってねぇ!?」
心底呆れた眼をされた
いや、心配されてるのはおれにも分かるんだ。分かるんだが、それよりもまず、おれは皇子だ
皇子たるもの、誰よりも矢面に立ち民を守るべし。そして、勝って帰ってくるのが皇族の務めだ。アナが心配してくれるのは嬉しいんだが、皇子としては心配されている方向が違うというか
「兎に角、まずは……何か買わないとな」
言いつつ、おれは少女二人を先導して庶民の少ない通りを歩む
わざと少し遠回りして、最短距離である貴族街を突っ切る事はしないようにしてはいるが、それでも幼い女の子、特に片割れは何でかひょっこり顔を出してるが他国のお偉いさんの娘という怪我させたら大事件な相手を、気性の荒い人の多い庶民の商店に連れていくのは気が引ける
聖夜にアルヴィナは連れていったけどな!
いや、あれも結構ヤバかったと思う
アイリスがみんなの話題に入れるよう最近読み聞かせた小説(因みに読んでないなんてとバカにされまくったのでヴィルジニーから借りた)は、男爵令嬢の主人公は、顔に傷跡の残る怪我をさせたという事から侯爵家の三男坊と婚約する事になる……って話だったし
いや、顔に傷が残る怪我って何?七天の息吹をつかえば?とアイリスはあの小説に結局欠片も興味を示さなかったんだが。何でおれ、聞いてるのカラスだけの場所で少女向けの恋愛小説朗読したんだろうな……
兎に角、女の子に怪我させるというのは、地位の差にあんまり関係なく問題なのだ
そしておれは、あの小説みたいに婚約で責任取れるような奴でもない
「何かって、何ですか?」
「ん?庭園会に行くわけだから、何か土産があると良いなって話」
「アルヴィナちゃんが新年で買ってきてくれたソーセージのように?」
「いや、普通は此方のもてなしが足りないとでも?ってそういう品は嫌われる」
「じゃあ、後で食べてくださいってクッキーとか」
名案ですよ皇子さまとばかりに手を振る少女
しかし、おれは駄目だと首を振った
「駄目なんだ、アナ
いや、孤児院の皆なら喜ぶかもしれない。けど……」
「貴族の家には大抵、食材を最高の段階で保存しておける魔法を使える庫人と、それを料理するシェフが居る
シェフと庫人の腕が、貴族のステータスの一つなんだよアナちゃん」
「へー」
自分もお偉いさんだろうに、そこらに疎い狐娘が頷く
「だから、貴族にとって菓子とは出来立ての味が大前提。日持ちするものなんて、こいつバカにしてるのかとなってしまう」
いや、おれは良いと思うんだけどな、クッキーとか
でもヴィルジニー等は、お茶も出ませんの?と寮に押し掛けてきたのでクッキー出すとキレるんだよな
「やっぱり魔法書だとおれは思うんだが……」
「まほーしょ?」
狐娘が首をかしげる
「貰ってうれしーの?」
「いや、基本は嬉しいだろう」
「無くても別に良いよね?」
耳をぴこぴこご機嫌に動かす狐に、ちょっと待てと思わず突っ込む
「アステールちゃん、基本的に覚醒の儀のあと誰でも受ける講座は?」
「ステラ知らないよ?
おとーさんがステラだけ秘密でやってくれたし」
ああ……そういう、と額を抑える
「アナ、頼む」
そして、おれの時も忌み子だこいつ!と大騒ぎでキャンセルされたな、と思い、おれは横の少女に説明を投げた
「はいっ!」
少しだけ顔を綻ばせ、銀の髪の少女はその青い瞳を揺らして頷く
そして、すちゃっと玩具の眼鏡を掛けた
いや、アナ。その空色に透き通った眼鏡なんだが……正直おれが一年前にプレゼントしておいてなんだけど、あんまり似合ってないと思う
だが、そんなおれの考えは気にせず、少女は教師っぽく眼鏡を掛け、ご機嫌で話を始めた
「これから、わたしがアステールさんに魔法書がどうして必要なのかの昔話をします」
「おー!」
ぱちぱちと響く掌の音
「昔々、100年くらい昔。あるところにぐーたらな男の人が居ました。ある寒い日、ベッドで目が覚めた青年は寒いから暖炉に火をつけたいと思いました」
「なら、点ければ良いよねー?」
「ですが大変です。点火の為の魔法書は遠くはなれた机の上。手に取る為には、この寒い中、布団から出て歩かないといけません
ぐーたらな男はその時思ったんです
『別に魔法書が無くても、魔法書を持って唱えるべき呪文は分かってる。じゃあ魔法書要らないんじゃね?』って」
「うんうん」
頷く狐娘を見て、少女は続ける
「それなら布団から出なくても済みます。これは賢いと思ったぐーたらな男は、いつも通り点火させたい方向に人差し指と中指を揃えて向け……魔法を唱えます
すると!
右手の5本の指全部からさまざまな方向に向けて雷が走りました。そして、その雷の触れた場所が燃え始めてしまったんです」
「えー!?」
「こうしてぐーたらな男は、布団から出たくなかったせいで布団どころか家から出ざるを得なくなってしまったのでした」
「有り難う、アナ」
お礼を言って、おれが引き継ぐ
「こういう感じだよ、アステールちゃん」
「ステラ、魔法書が無くても点火の魔法で変な場所燃やさないよ?」
不思議そうに尻尾を揺らす狐に、いやお前だからだよ、とおれは内心で突っ込んだ
「アステールちゃん。魔法書って、唱えるべき呪文が上に大きく赤……かったり青かったり、特別な色で書かれていて、その下に細かな文字でびっしり読まなくて良い何か変な魔法文字が書いてあるよね?」
「そうだけど、無駄だよねー」
「いや、あれ無駄じゃないんだ
唱えた呪文自体はかなり曖昧なもの。効果はその人の人となりや感情の昂りによって容易く変わってしまう
例えば点火の呪文は、寒いと思った時に唱えたら、自分に近すぎないけど近い周囲を無差別に燃やしてしまう可能性が高かったりする……らしい」
らしい。伝聞だが、そもそもおれは魔法が全く使えないのでそこら辺は授業で習ってもそういうものなのか、と遠い話にしか聞こえない
「その点火の魔法を、誰が何時使っても、右手の人差し指と中指を重ねて伸ばして指差した先にある何かを燃やす魔法に画一化してくれるのが魔法書なんだ」
因みにじゃあ右手の人差し指と中指が無い人はどうなるのかというと、あの魔法書は使えないから他の条件文の書いてある魔法書をオーダーメイドするので高く付く
条件文なんかも魔法の文字だからな。低位の魔法の魔法文字はコピーしても良かったりするけど、それ自体が力持つ文字だけあって、上位魔法になればなるほど条件文書ける人間は減り、書く際に魔力を食い、そしてコピーした時に早くに意味を為さなくなる
だから高位の魔法書やオーダーメイドって高いんだよな
こうして皆のお手元に届くのが、簡単な呪文だけで誰でもある程度画一的な魔法が使える魔法書って訳だ
「へー。でもおーじさま、ステラ、そんな文無くても魔法使えるよ?」
「アイリスもそうだが、呪文だけの魔法は本来不安定。それを、感覚や直感でしっかり整形出来る化け物は魔法書無くても一部魔法が使える」
因みに、低位の魔法に限り、魔法書を作る人間なら慣れで呪文だけから整形出来るようになるらしい
そんな事を話しつつ、おれは店先を覗き込んだ