蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
「……御早う御座います、皇子さま」
朝、ハンモックを揺らす感覚に薄目を開くと、目の前に大きな白い猫耳があった
「……アナ?」
「はい、御早う御座います」
フード付きパジャマのまま、ふわりと小さな花が咲き綻ぶように微笑みを浮かべる幼馴染の少女
それを見て、おれは……
「寝過ごしたか!?」
という焦りと共に、ハンモックを飛び降りた
「……あ、大丈夫です皇子さま。まだ、雷の刻になったくらいです」
一日を8つに分けた3つめの刻の始め。この辺りから太陽が昇る……つまりまだ早朝である
初等部の授業の開始時刻は1刻は後だ
「……そうなのか」
ほっと息を撫で下ろすおれに向けて、くすくすと可笑しそうに、少女は笑う
「それに、今日はお休みですよ、皇子さま」
「そうだっけか?」
明日が明日だから良いだろうと土の刻に差し掛かる辺りまで師匠に弓を持たされて刀を持って迫ってくる師匠から逃げつつペイント矢を射って当ててみろという修行をしていた事は覚えているんだが、今日は別に週1の休日である虹の日ではなく雷の日だ
週の3日目、当然の平日の筈なんだが……
「皇子さま、お父さんの誕生日を忘れちゃダメですよ」
何が可笑しいのか、微笑みを絶やさずに少女はおれにそう呟いて……
「ああ、皇帝誕生日か」
漸くおれはその祝日を思い出した
いやおれ、あんまり祝日関係ある生活して無かったからな。去年の皇帝誕生日とか天空山に修行だと連れてかれてた時期だし
「って皇帝誕生日か!」
「……はい、皇子さまのお父さんの誕生日です」
おれの手をきゅっと握り、綺麗な瞳で少女はそう呟く
「……何一つ用意してない……」
それに対しておれは、そんな言葉を返した
「そうだと思いました
皇子さま、わたしや孤児院の皆のために頑張ってたから、きっと覚えてないんだろうなって」
いたずらっぽくウィンクして、少女はおれの答えにそう返す
「だから皇子さま、わたしと皇帝陛下の為にプレゼント、買いに行きませんか?」
おれの瞳を見上げるように、少女の眼が訴えてくる
おれは、ぽんとその頭に右手を置いた
「そっか、それで起こしてくれたんだな、アナ
有り難う。アナが覚えてくれてて助かったよ」
「じゃあ」
「ああ、買いに行こう。アルヴィナや頼勇も誘っ……」
言いかけたところで、みるみるうちに元気を無くす少女におれは言葉を切る
「……アナ?」
「皇子さま、二人じゃ……だめ、ですか?」
「いや、皆で行った方が良くないか?」
「そうしたら、皆の為にって皇子さま、全部お金出しちゃうんじゃないですか?」
不安そうに瞳を潤ませ、胸の前で手を握って銀髪のしっかりした幼馴染は訴えかけてくる
「いや、当然じゃないか?
おれはすっかり忘れてたけど、皇帝誕生日は祭の日だ。皆に楽しく遊んで貰うのは、皆を預かる皇子としての義務だ
自腹で遊べよっていうのも酷だし無いだろう」
……というか、孤児院のあの人にもあの日のためにってそこそこの額の資金を要求されてて何かと思ってたんだが、皇帝誕生日の祭で子供達が遊ぶ資金だったのか
そんなことをおれは思い出す
いや、何事かと思ったが頼勇関係で迷惑かけるしと思って渡しておいて良かった。渡してなければ、孤児院の皆にとって楽しそうな屋台を見るだけって悲しい祭にしてしまう所だった
「それですよ、皇子さま!」
「いや、どうしたんだよアナ」
「皇子さまは、自分のものに頓着しなさすぎです!
わたしはそれで助かってるところもあるからあんまり言いたくないんですけど……」
きゅっと唇を結び、真剣な面持ちで少女は訴える
ふわふわした猫耳パジャマのせいで、空気は緩いままだが
「今日はそれじゃダメです!そんな皆にやりたいなら遊んでこいってお金を出してたら、当初の目的が果たせなくなっちゃいます
だから、皇子さまがどーしてもっていうなら」
「どうしても」
「なら、最初にこれだけ置いてくから各々楽しんでって額を置いていって、きちんと皇子さまは誰かの為に気軽に使わないお父さんへのプレゼントの為のお金を分けておくべきです」
真剣な眼差しの少女に、いや、とおれは笑いかける
「いやいやアナ、おれだってお金の分別くらいはしておくって」
「皇子さま」
今日一番の冷たい声
「エーリカちゃんの時、皇子さまは皆の新年の御馳走の為のお金を、どうしたか覚えてますか?」
……ぐうの音も出ないな
「エーリカの兄を騎士学校に入れて盗みを働いた分この街を守らせるからって事態を収拾するのに使いこみました」
いや仕方ないだろう。生きるために盗みの常習犯やってた年齢9歳の子供とか、子供の頃からの騎士学校に入れるくらいしか庇う手段が無かった。もうやらないという口だけでは信用なんて出来ないからな
「そこはギリギリで冒険者ギルドへの納品で何とかしただろう?」
間に合わなければ忌み子で研究したいというおれ指名依頼を受けてモルモット確定だったので、高価買い取り中で良かったと心から思う
納品依頼の他に、近くの村を襲っていた……って魔物を倒した時、その村が出してた依頼料貰ってくれば余裕もあったが、襲われて復興出来てない村に金を出せは言いたくなかったので見ないフリしたからギリギリだった本当に
「皇子さま、皇子さまのお父さんの誕生日は今日なのに、間に合わせるだけの時間はあるんですか」
「アステールから借りる」
「返さなくて良いけど結婚させられますよ」
呆れたように、悲しそうにパジャマの少女は呟いた
うん、おれ自身分かっている
忌み子なおれにはアステールと結婚する選択肢が無い以上、彼女に下手に頼ってはいけないことくらい
責任を取れないなら責任を負うなってのは鉄則だ。何度か破ってるけどなおれ
「じゃあ、アナ」
と、おれは枕元を漁り、20枚の軽鉄貨を取り出す
「はいこれ、アナの分」
「皇子さま、わたしの分は要らないです」
「そう言うなって、アナだって、遊びたいだろ?」
「わたしは、アイリスちゃんからのお給料があるから……」
モゴモゴと呟く少女の手に、おれは貨幣を握らせる
「アナ。おれは君達を守ると約束したからこうしてるだけだよ
自分の稼いだお金は、自分の将来の為に取っておくんだ。ただでさえ、孤児院に一部送ってるんだろ?残りまで使う必要はないって」
「……分かりました。でも、皇子さま。この額以上を今日わたしが使おうとしても、ぜーったいに代わりに払うよ、なんて言っちゃダメですよ」
「心配性だな、アナは」
その頭のフードの上から、柔らかなその髪を……女の子の大事なそれを傷付けないように優しく撫でて
「じゃあアナ、風の刻になる辺りに、塔の入り口で」
「はいっ!」
しっかりと頷く少女を一瞥し、おれは時計を見る
半刻は剣が振れる。少しでも強くならなければ
……あの日、避けきれなかった悔しさは、数日経った今も薄れてはいない
おれは、魔法で動くからおれでは呼び込めないエレベーターのシャフトに身を踊らせ、壁を蹴って素振りできる部屋まで降り始めた