蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
「アナが浚われたぁ!?」
飛び降りたおれを待っていたのは、そんな言葉だった
「頼む……クソ皇子、ねぇちゃんを……」
別に、この少年とアナに血の繋がりはない。単に孤児として年上のアナをねぇちゃんねぇちゃんと慕ってるだけだ。結果、僕のねぇちゃんを取ったと認識しておれをクソ皇子と目の敵にしていた……んだろう。アナの眼前ではクソ皇子呼ばわりは怒られるので抑えていたようだが
「分かってる」
……誘拐ルート。考えた事はあった。光源氏ルートだとかも。だが、幾らクソ雑魚忌み子でも皇族の保護下にそうそう手を出す阿呆は居ないだろうとたかを括っていた
自分は忌み子クソ雑魚だろうがキレた皇族が皇帝を呼ばないとも限らないから、手出しなんぞしないだろうと。正面から皇帝に勝てる奴などこの国には一人として居ない
実は割とぶっ飛んだ経歴持ちのおれの師匠でも無理だ。つまり、皇帝に喧嘩を売るということは即ち死だ。この世に両手の指で足りる最上級職、その上アホみたいな上限値と成長率を誇る皇族専用職で神器持ち。伝説の勇者だとかと同格と言っても良いバケモノに誰が喧嘩を売りたいだろう
というか、だ。ゲームにおいて条件を満たすとお助けキャラとして加入するのだが、その際のスペックは意味不明。難易度Hardestのラスボスとタイマン張れる……どころか、難易度Hard深度5のラストステージをソロれると言えばその意味不明さが分かるだろうか
難易度低いとたった一人で魔神王3形態全てと殴りあいラストステージをクリアするバケモノ、それが当代皇帝である。喧嘩売る奴とか居ないだろう流石に、と思っていても仕方ないだろうこんなの
だが、違ったらしい。おれもやっぱり甘い
がくり、とおれの腕の中で弛緩する少年の体を抱き止める。致命傷ではない。意識を失っただけだ。外傷は特にはない
まあ、当たり前と言えば当たり前。彼曰く、頼まれた買い物を終えて帰ってきたら孤児院がめちゃくちゃに荒らされてた、らしい。彼自身は犯人に会ってはいない。傷なんて無いだろう。だが、心労で倒れた
「すまない、そこの人。彼の事を頼めるか?
後で礼儀は通す」
「任せて下さい皇子!」
「いや俺に!」
「私に!」
口々に手を伸ばす民に苦笑しながら、皆に送るから皆でやってくれ、と返して気絶した少年を横たえる
まあ、城壁越えてきたのを見ている民達は、おれを皇子だと信じるだろう。ならば、頼まれた少年を介抱すれば礼という名のかなりの金が手に入る……という打算に動かされるのは当然のオチである
それで混乱が起きてしまうのも必然、皆に最初から配るからと言わず、一人にとしようとしたおれがバカだった
人混みを抜け、孤児院まで走る
「いやー、酷いなこれ」
其処にあったのは、原型を留めた家。だが、その正面扉は斧らしきもので蝶番が破壊され、玄関に落ちている
内部もまた荒れ放題。金目のもの全部を持っていこうとしたのだろうか、衣装棚も何もかも扉が開いて中身が床に散乱している。実に典型的な物取りの仕業であろう
と、言いたいがここまで荒らすのは普通ではない。何たってここまでやればすぐにバレる。単なる物取りはもっとこっそりやるものだ。バレて兵を送られたらどうするというのだ
兵なんぞ返り討ちよ!と粋がれる程の勢力でなければこんな荒らしはしないだろう
「ん?おめぇここのガキか?」
ふと、影が頭にかかったので振り返る
大男が、此方を見下ろしていた
市民の皆さまは遠巻きに眺めるだけである。一人兵士の詰所に駆け出していくのが視界の端に見えたがそれだけ
正しい判断である。ステータスがあるこの世界で、見るからにやばい相手に数人がかりでも蹴散らされて怪我人や死人が増えるのがオチだ。遠巻きに見つつ、こっそり対応できるだろう兵士を呼ぶのがベターな手
だとすれば恐らく真っ昼間に行われた最初の荒らしから時間が経ってるだろうに未だに兵士が駆け付けていないのが気になるのだが……
「みんなをどこにやったんだ!」
舌足らずさを出すように叫ぶ
振り返る地面に見えたのはかなりの大きさで点々と残る僅かな土の陥没。恐らくはゴーレム系の通った跡。成程、そのせいか。石造りのストーンゴーレム辺りが使われたのならば、末端の兵士ではそうそう太刀打ち出来ないだろう。より上を呼びに行ったのだ
「ちっ、男かよ。儲からねぇ
教えてやろうか、ガキぃ」
訓練用の割とボロい服(師匠にボコられて良くほつれる。今さら毎回直しても無意味とそのままだ)を着ていたのが効を奏したようだ。城壁飛び越えてたのを見なかった彼には孤児院の一員扱いしてもらえている。まあ、お忍び用のボロ布だと見てた人には認識されたのだろう。たまに親父も安酒呑みたいと街に降りるらしいし。それで良いのか皇帝
妹に会いに行くのにそんな服で良いのかって?良いのだ、着飾っていくと似合わないだ何だ文句を付けられるから、粗末な服で行くことにしている。泥臭いのがお似合いだとでも言いたいのか、割とこの服のアイリスからの評判は良いのだ。複雑な事に
男かよ、という事は人拐いだろう。基本的に男より女の方が高く売れる
需要が違うのだから当たり前だ。魔法があれば力仕事なんて大半何とかなるんだから、力仕事用の男奴隷なんぞあまり売れない
顔が良ければ一部女に飽きたお貴族様や男を買う貴族の奥様に売れるかもしれないが、生憎おれは顔に火傷があって悪くなかったはずの顔立ちが台無しだ
「教えて……」
「連れてってやるよ、オラぁ!」
分からない奴ぶって首を傾げたおれの脳天に、棍棒が振ってきた
どうせそんなこったろうと思ったがまともに食らったフリをして、まるで気絶したかのように倒れる。実際にはダメージは無い。死なないまでもダメージ食らうんじゃないかと思っていたが拍子抜けである
……脳天だからクリティカルヒット、所謂必殺だよな、多分これ。それでおれに通らないって、割と弱いんじゃ無いだろうかこの人拐い。少なくともアナの事件で剣を受け止めた兵士はもっと強いぞオイ、筋力20あんのかてめー
いや、殺してしまったかとか不安がらない辺り、大男ではあるが子供すら一撃死しない見かけ倒し筋肉と自分でも理解してるのかひょっとして
まあ、良いか。とりあえず連れていってくれるというなら有り難く運ばれよう
延びたフリを続けながら、とりあえず縛られーー子供程度と舐めてるのかかなりユルくその気になれば千切れる程度ーーそのまま運ばれることにした
って気絶したフリってのも面倒だなおい。つい動こうとしてしまう
初めて知ったわそんな事。知りたくはなかった
そのまま馬車に放り込まれると、直ぐに馬車は動き出す。一息つけるかと思ったが、運んできた大男はおれと同じ荷台に乗ってきたので流石に無理
そのまま、数時間ほどドナドナられて、漸く彼等の根城に辿り着いたのだった