蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
コカトリス。ゲームでも出てくる魔神族の種類だ。蛇の尾を持つ鶏
一般的な認識と良く似ていて、特徴は……声を聴かせた相手を石に変えてしまうというもの
ゲーム的に言えば、状態異常:石化を付与する鳴き声を放つ。それはそれとしてステータスの存在する世界、聞けば問答無用で石になるなんて話ではなく、抵抗は可能なんだが……
抵抗自体、ステータスによる判定。ステータスが低ければ、代行できずに石にされるのは道理だ
忘れていた……っ!何をやっているんだ、おれは!
誘い込んできているのが分かっていて、カラドリウスが乱入してきても何とかなる?その結果が、これか!
怒りに任せ、おれは特に先端を細くした特注の矢を矢筒から引き抜く
そして……弓を地面に捨てるや、手にした矢を己の耳に突き込んだ
「おい、皇子!」
慌てたような、団長の声。ぷつっとした音と共に酷い耳鳴りがそれを掻き消す
「いきなり何を」
「団長。確実に相手の声を聞かないためには、鼓膜を破るのが一番。例え耳栓でも、聞こえる可能性があれば安心しきれない
だから、後は任せます。おれは、何も聴こえなくなるので」
耳が聴こえなくなる恐怖はある
薬草だ何だがあるこの世界、破れた鼓膜を治せない訳ではないが、それでも暫くは耳は聴こえないだろう。特に、此処は辺境。手遅れになる前に薬が手に入るかどうか怪しい
一生、音とお別れかもしれない
それでも、だ。おれは、彼等をコカトリスから、そして魔神族等から護らなきゃいけない
石にされても死にはしないが、石を砕かれれば当然肉体も砕け、元に戻ったときに死ぬ。そして、石にされていては何の抵抗も出来る筈がない
それを止める為には、確実にコカトリス等の間に切り込んで戦うためには!耳が邪魔だというならば!
捨てるさ、そんな恐怖!
覚悟を決めて、残された右耳に尖った矢先を突き込み、痛みに少しだけ顔を歪める
もう、誰かの声は聞こえない
響くのは、おれの体の中の耳鳴りだけ
「伝哮!雪歌ァッ!」
そのまま愛刀を構え、おれは全力で空けていた距離を駆け抜けた
クケェッ!?と、恐らくは一声鳴いたのだろう
だが、もう聞こえない。沸き立つ魔神等の叫びも、間一髪距離が少し遠くて石にならずにすんだ兵士達の嘆きも。何もかも、既におれには届かない
だから、全て想像。実際には違うかもしれないが、解る筈もない
だというのに、体表を叩く圧力のある音
耳を通して浸透する力が、少しだけおれの体を重くする
耳を捨ててもこれか。長期間戦えば、耳が聞こえなくても石にされるとは、厄介な相手だ
「っ、ぐっ!」
そんな事を考えるおれは、寸前でおれに向けて背後から伸ばされていた魔猿の背の触手を切り裂いた
ちっ!隻眼になってから周囲の物音で相手の動きや距離感を測るようになってたせいか、行動が一拍遅れる!
情けない!こんな醜態で……
「雷華ァ!」
周囲に向けて愛刀から雷撃を噴出し、牽制
本当はいけないのに、
「そこぉっ!」
そのまま、少し離れた大鶏がその脚で結晶化した兵士を蹴り砕こうとする瞬間、伸ばされた脚を真っ直ぐ両断
「だあぁっ!」
そのまま、横凪ぎに一閃。赤き雷光が残像の十字を残し……海色の刃がコカトリスの首を撥ね飛ばした
「っ!」
キィンとなる耳鳴り
振り返れば、其所には眼前で崩れ落ちるのとそっくりな二体目のコカトリスの姿がある
……耳、潰して正解だったな。耳栓で済ませてたら今頃石にされてても可笑しくなかった
少しだけ動きがぎこちなくなる腕を見て、おれはそう考える
ゲームで言えばコカトリスの石化の成功率(=抵抗率)は、【魔防】と【精神】の数値に依存する。【精神】は高いが【魔防】が0なおれへの石化成功率は、計算式上絶対に0%にはならない
たかを括っていたら問題だったな
そのまま、戦おうとして……
「っ!此処でかよ」
抜き放った刃で、降り注ぐ嵐のような鉤爪を受け止める
「アドラー!」
降ってきたのは、一度邂逅した巨大な翼の青年姿。四天王、アドラー・カラドリウスの影
そんな彼が、何かを言っているが……
「悪いが、何も聞こえねぇな!」
耳から流れる血で帯を引いて、右手でかつての邂逅時は無かった愛刀の柄を握り締め、おれは現れた四天王に斬りかかった
「雪那!」
まずは影ならば打ち砕けそうな奥義で牽制!そして……
「迅雷断!」
不可視の刃を避けて飛び上がった翼を狙い、斬り上げる!
だが、四天王は影とはいえ、仮にも四天王。その刃は風の剣によって受け止められる
「……これじゃ、無理か」
それを受けて地上に着地するや、おれは反撃だとばかりに降ってくる羽の雨を避けるように飛び下がった
「っ!吼えろ!撃滅の雷鳴よ!」
その最中、視界の端に飛び去ろうとするコカトリスを確認し、刀を振るって赤き雷を放つ
流石に行かせるかよコカトリス!お前とカラドリウスは、おれと踊れ!
そのまま、互いに決めきれずに時間が過ぎる
幾度目の激突だろう。周囲を巻き込まないように離れ、何度目かに刃を風の剣と合わせた瞬間
前回の邂逅のように吹き荒れる嵐がおれを包みこんで……
「逃がすかよ、今度は!」
前回は為す術が無かった。だが、今は違う
雷鳴を纏う刃が嵐の壁を貫いて、にやりとした笑いを浮かべる四天王の脇腹を貫く
そして……そのままおれは、四天王を貫いたまま転移の嵐に呑まれた
嫁は?と聞いて狐娘に票が入ってて笑えますね
やったね狐娘。しかしノア姫が実質トップなのが実にゼノ君というか
そろそろ可哀想になってきたので次の話から暫くは始水オンステージです。カラドリウス君と始水の話になります