蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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石像、或いは迫る死

そうして、ツインテールを靡かせて去り行く兄を見送る

 彼の天馬は、家のネオサラブレッド……オルフェゴールドと血統が近い。確か祖父は同じ馬だった筈だ

 黄金の鬣を靡かせるその白馬を暫く眺めていると……

 

 「レオン」

 何時しか、おれの近くには一人の青年が立っていた

 年の頃は……高校生くらいだな。一ヶ月しか経っていない体内感覚からしてみれば、おれとそう変わらない年齢だった頃とのギャップが凄い

 

 本当に一年経ってるんだなと思わせるくらいの成長っぷりだ

 

 「ゼノ」

 その眼は険しく、おれを睨み付けていた

 「レオン。何があった。ゴルド団長は?」

 そして……一人だ。執事のオーリンさんは兎も角、雇用としてはおれのメイドだというのにずっとレオンにべったりだったプリシラも居ない

 

 「俺はもう、お前の部下じゃない」

 「レオン、どうした。確かに、行方不明の間におれは死んだことにされたらしいし、給料も払えなかったろうから雇用契約が無くなるのは分かるが」

 

 ……それで怒ってるのだろうか。確かに、騎士団にも一応所属している事にはなってるから最低限の額は出てるんだけど、いきなり給料半額は怒っても仕方ない

 

 「プリシラ達は砦の調査。そして……」

 おれの眼前に突き出される青年の手。その手に握られていたのは……一つの石の破片だった

 

 「これは……」

 何だ、とは聞かない

 見るだけで分かる。明らかに、彫像のようなものの手首から先の一部だ。執事服だろうぴちっとした長袖の端と、手の甲の半ばまでが見て取れる

 

 「お前が消えた後、多くの被害が出た

 今更、どんな面で帰ってきたんだ、ゼノ」

 静かに眼を伏せる

 

 そうだ。分かっていた。ナラシンハ襲撃と、砦が一部壊れている事。ルー姐はおれに責任はないとわざと言わないようにしているのは理解していても、被害が0じゃ無かったことなんて……当然すぎた

 指揮官が消えたとして……それで確実に戦いが止まる訳ではない。ちょっと穏健寄りのカラドリウスが消え、代わりに好戦的なナラシンハが後釜としてやって来たならば……当然、幾度もの戦いがあったろう

 その中で、誰かが死ぬ。そんなの当たり前だ

 

 「お前がっ!」

 おれの手元の抜き身の刀を血眼で睨み付け、青年は吠える

 「お前が!この刀を持ち逃げしなければ!助けられた……そうじゃないのか!」

 「そうかもしれないな」

 その言葉には大人しく肯定する。月花迅雷、この神器をレオンが持っていれば、もしかしたらという気持ちは無くもない

 

 「でも、それは結果論だ」

 「結果論で悪いのかよ!」

 「悪くはない。あの時は、確かにおれの考えよりレオンの考えの方がより良い結果になったんだろう」

 誰でも使えるのが月花迅雷の良いところ。本来おれが独占して使うよりも、こうしておれより基礎能力の低いレオン達の底上げに使う方が有意義だ

 実際、おれだってそんなこと分かっていた。ゲームでだって、ゼノの神器だけどゼノに持たせてオーバーキルするよりも育成するキャラに持たせた方が強いなんて常識だったし、おれ自身そうした使い方が多かった

 

 「ならば」

 「確かに貸した方が月花迅雷の存在意義はより強く発揮されたと思う

 でも、可能性は何とでも言える。月花迅雷で気が大きくなってナラシンハに挑み、そのまま腕ごと食われて紛失することになるからおれが持ってるべきだったかもしれない。勝てたからレオンが持ってるべきだった可能性もある」

 そう、後からならどうとでも言えるのだ

 

 「……だから?」

 「だからだ。すまなかった。あの時の判断はおれのミスだった」

 ……分かっていたろうに。原作レオンと原作のおれとの間の隔意。そして……あれだけレオンにべったりなプリシラやオーリンさんがゲーム内では影も形もなく、レオンとも普通に恋愛が出来る事

 それらは全て、この兵役中に彼女等が死んだことを示しているのだから

 原作前に死ねば原作では影も形もなく、初恋の相手が死んだレオンはおれと距離が出来、そして他の人々と触れ合って新しい恋が芽生える

 

 良く良く考えれば分かったろうに。だからこそ、あの時……レオンに月花迅雷を託し、神器ならざる普通の刀でおれは戦うべきだった

 それが出来なかったのは……一重に、おれの中に不安があったからだ おれの手元の月花迅雷の有無でもって、ゲーム第二部のおれとカラドリウスの戦いはおれの敗死か相討ちのどちらかのシナリオに分岐する

 

 だから、例え影でも、原作では恐らくこのタイミングで一度カラドリウスと邂逅して生き残っているとしても、月花迅雷を手離したくなかった

 ……そう、あれだけ言っておいて、死にたくなかったんだろう、おれは

 

 ギリリと奥歯を鳴らし、唇を噛み締める

 

 「……そうだ、ゼノ

 お前がオーリンさんを死なせた」

 「……ああ」

 「だから」

 「それでもだ、レオン

 彼等魔神は、今まではルー姐が何とかしてくれたんだろう」

 こくりと頷く青年

 

 「だが、無理して残っててくれたルー姐は帰り、向こうにはカラドリウスが戻ってきた

 もう一度戦う事に……なっても可笑しくはない」

 出来れば戦いたくはない。情報を持ち帰るしやることは終わったとばかりにそのままカラドリウスの影は本体に還り、そして作戦終了により撤退。それが一番良い決着の付け方だ

 

 だが……それが成り立つ保証なんて、無いのだ

 

 「だから!今度こそプリシラが死ぬかもしれない、だから」

 「だから、今度こそ死なせないために。皆を護るために

 月花迅雷を振るう」

 「……それで、オーリンさんは死んだ!お前がどっか行ってる間に、石にされて……粉々にされたんだ、ゼノ!」

 振り上げ、振り下ろされる拳

 額を叩く握り拳を受けて……おれの視線はびくともしない

 

 「……それでもだ。本気でアドラー・カラドリウスとやりあうことになったら……

 おれには月花迅雷しかパラディオン・ネイルを捌ける武器がない」

 「そうやって、プリシラも死なせるのか!

 プリシラまで奪うのか!」

 

 耳が痛い

 それでもだ。幾度かの手合わせで分かった以上、おれだって譲れない

 

 「……灰かぶり(サンドリヨン)。漸く戻ってきたところ悪いのだけれども、のんびり話している場合じゃないわよ」

 と、話を遮るように響く声と、軽快な蹄の音。そして、聞き慣れた愛馬の嘶き

 

 「アミュ……と、ノア姫」

 「挨拶や文句の一つも言いたいところだけれども、やってられないから後にするわ

 このままだと、本気で……そこの人がさっき言ってたことが現実になるわよ」

 

 「っ!プリシラ!」

 その言葉を聞くや、おれから月花迅雷をひったくろうとして……

 ステータス差によりそれは叶わないと見るや、レオンは結晶の砦へと駆け出していった


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