蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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檻、或いは二人きり

「お前らぁぁぁっ!」

 術者(レオン)と離れたせいか、或いは単純に時間が経過したからか。体を貫く風の刃による杭を地面から引き剥がし、おれは無理矢理に立ち上がろうとする

 

 「けふっ」 

 何処か体でも痛めたか、吐き出す血が地面を……そして、ありもしない影だけの鎖を汚す

 他にも幾つか、おれを拘束しておく為に用意されていた氷や岩で出来た枷があって……

 

 「全く、厳重ね

 幻獣でも捕らえる気でやってるのかしら」

 「ノア姫」

 そんな言葉遊びにも、くすりとも出来ない

 

 「何も言わないから、離れたのかと」

 「馬鹿言わないでくれるかしら?

 ワタシは、アナタに有事だから手を貸してあげてるの。人間に迎合した気はないわ。あくまでも、恩人であるアナタ個人に、ね」

 馬鹿にするように、けれども持ち前の火の魔法で指先に灯した火で氷の枷を炙って溶かしながら、エルフの姫はそう告げる

 

 「アナタに注目していたから、姿を隠して空気に徹してればワタシを忘れて一緒に捕らえてくれるでしょうと思ったから何もしなかっただけよ

 本当に何も疑われずに檻が降ってきた時は、ちょっと愉快だったわね」

 ふっと息を吐き、耳を立てて少女は嘲る

 

 「あれで騎士団?素人に毛が生えたレベルじゃない。分かってはいたけれど、良くもまぁそれでやってきたわね

 人間って愚かすぎないかしら?」

 「いや、そもそも彼等は納税の義務の一種として、文字通り血税として兵士をやってるだけだし、ちょっと裕福な……つまり、あまり怪我しただの何だのの問題が起きない方が良い地位と言うか……」

 

 曖昧におれは笑う

 「彼等、住人も割と気の良いゴブリン達くらいで国境先も友好国っていう、治安維持すらほぼ要らない仕事の無い安全圏に回されるような人達だから、さ」

 亜人獣人が混じっていない辺り、本気で閑職というか

 聖教国の発した魔神王復活の預言や四天王出現を経てキナ臭かったからおれが送られたし、実際に事が起きてから一度は竪神やルー姐が来てナラシンハ襲撃は解決した

 逆に言えば、そうした事情が無ければ、皇の名を持つ七騎士団等も回ってこない平和な……兵役に来たうち戦わせる気がない兵を送る場所として扱われていた訳だ。元から警戒していたならば、増援とか要らないように元から強めの人材は多く配属されるに決まってる

 

 「治安維持とかやる騎士団なら、もうちょい良い人材が多いよ」

 「……アナタ、底辺押し付けられたのね」

 「底辺言わないでくれノア姫。彼等だって、命が惜しいだけで国民なんだ」

 いや、それでもカラドリウスの言葉を信じるのは止めて欲しかったというか、あいつ絶対約束を守る気とか無さそうと言うか……

 表だっておれに協力したら婚約者を通じて内通とかアルヴィナが疑われるのは分かるが、報告のために撤退するくらいなら特に問題は無さそうだ。だから、わざわざ人質取ってどうこうするのが、意図が分からなくて不気味だ

 

 「それで、どうするのかしら?」

 おれの四肢に付けられた枷を魔法で淡々と外しきったところで、エルフの姫はおれを見上げた

 「彼等はゴブリン達を捕らえて、そしてアナタを運んで、それで生け贄を用意したで終わらせる気でしょうね

 だから、前もって月花迅雷というアナタの神器を取り上げた……」

 そして、エルフの姫はふと、おれの手を見る

 

 「思ってたのだけれども、神器ならば呼べないのかしら?」

 「……呼べるのは第一世代くらいじゃないか?」

 「いえ、第二世代も飛んでくるわよ。例えばだけど……流水の腕輪も、あの銀髪の子が願えばもうあの子の手元に来るでしょうね

 契約は必要だけど、契約さえ交わしてしまえば、何時でも呼べるわよアレ」

 「そういうものだったのか、アレ」

 ゲームだとそんな仕様だっけ?いや、第一世代神器はバグ無しでは特定の一人にしか使えないから勝手に持ち物の空きスペースに入るようになってたけど、複数人に使える第二世代はそんな仕様じゃなく受け渡す必要があった気が……

 まあ、その辺りは、遠く離れた所でも呼べば来るなら、全適性者が同一ターンで必要な時に使い回して戦えるっていうゲームバランス崩壊に繋がりそうな形になってしまうから、その点でシステム的に出来ないことにされてたのだろうか。ゴーレムのその場での再作製みたいに

 

 「というか、アナ……大丈夫だろうか」

 「心配なの?」

 「流水の腕輪は聖女の力を仮に使えるようになるだけ。護身とかには全く効果がないだろ?」

 そう、おれの月花迅雷や兄である第二皇子シルヴェールの弓、ウィズのガーンデーヴァ、それに何より父の轟火の剣デュランダルなんかはぶっ飛んだ性能を持つ武器だ。ある程度の格上に対しても振り回せば対抗できるだろう

 だが、おれが見た限りあの流水の腕輪にそういったぶっ飛んだ補正はない。単純に、聖女の真似事が出来るようになるだけのもの

 

 「聖女の力を振るえるけど戦闘能力はほぼ無いって、大丈夫かな……

 襲われたり拐われたりしないだろうか」

 そういう事の対策として皇子の孤児院という名分あったし、それが多分無くなると分かっていたからエッケハルト……アルトマン辺境伯という公と侯に次ぐ高位貴族に後を頼んだ

 とはいえ、不安は残る

 

 「馬鹿ね。振ったんでしょう?

 ならば、その後を心配しなくても良いんじゃないかしら?」

 心にも無さげにノア姫はおれからわざわざ目線を逸らして告げる

 ノア姫としても、何だかんだアナとは暫く居た訳だし、本当にそんなことを思っていたら話題にあげないだろうから、本気で言ってないんだろう

 おれの反応が見たくて、でも嘘をつく事がプライド的に微妙で、つい目線を逸らした……んだろうか

 

 「……それでもだよ

 心配なものは心配だ」

 「そう。割と勝手な話ね」

 

 「でも、今のおれに出来ることはない。信じるしかないさ

 そして……まずは、現状を変えなきゃ行けない」

 そうしておれは、魔法で作られた檻を睨み付ける

 

 とりあえず……ぱっと見で分かるのは、金属製に近いように見えること

 但し、単なる金属では無いだろう。小さく振動しているようにも見える辺り、何らかの仕掛けがあるのは間違いがない

 

 だが……それだけだ。一見して抜けられそうにも見える

 「ノア姫、少しだけ中央に寄って欲しい」

 「……ええ、良いわよ」

 そうして、何があっても多分一番安全な場所に動いてもらって……

 

 「っ、はぁっ!」

 掌底一発。ステータスにものをいわせて、取り敢えずぶん殴って様子を見る

 

 「ぐっ!」

 同時、肉体に痺れが、金属っぽい檻の格子に僅かな歪みと電流が生じた

 更には……

 「これもか!」

 まるでSF映画で見る脱走者を射殺するレーザービームのようなものが、おれの足目掛けて照射された

 

 「……とりあえず、厄介な……」

 そうして、距離を取ったおれはそう呟いた

 天井は同じ素材であり、格子の隙間から朝日の隠れた曇り空が見える。飛んで脱出……は不可能だろう

 

 「ノア姫、おれの拘束を解いてくれたように、この格子も……」

 と、振り返って聞いてみるも

 「アナタね、最初に聞きなさいよそれ」

 なんて呆れた表情をしながら、紅玉のような目の少女は首を横に振った

 「でも、責めないわ。結局ワタシも、この格子はお手上げ

 残念ながらワタシの手持ちの魔法書には、何とか出来る手段はない

 あと、魅了も転移も意味ないわ」

 

 ……先に言われた

 「魅了はワタシの為に自分の命すら擲たせられるけれど、今は効かないわ

 アナタを閉じ込めてゴブリンと共に生け贄として差し出すことが、大真面目にワタシを助ける手段……に彼等の中ではなるみたいね。馬鹿馬鹿しい話だけれど、魅了は好き勝手操れる訳じゃないもの。残念ながら、使い物にならないわね

 転移についてはもっと簡単。この檻、アナタの父の使ってきた陽炎の牢獄と同じで転移無効よ」

 

 「そう、か。有り難う」

 とりあえず考えてくれた相手に礼を言って、だがどうしたものか……と悩む

 のんびりしている時間はない。檻の耐久力はおれ基準では低くはないが高くもないから、本気で握り締めて曲げようとすれば曲げられなくは無いだろうが、それをさせないために電流が走っていて、ついでにレーザーが狙ってくる、と

 電流だけなら無理矢理耐えてねじ曲げられたんだが、足をレーザーで狙われてはその場に留まって踏ん張れない。足が破壊されたら、流石に体勢を崩す

 

 「ノア姫、おれの足が壊れたら支えてくれたりしないか?」

 「却下よ」

 「駄目か」

 「そもそも成功するとは思えないわね。ワタシに危険を犯して欲しいならば、もう少し現実的な方法を考えてくれる?」

 

 と、ふと思う

 「ノア姫」

 「何よ、また馬鹿な考え?」

 「ああ、そうだけど……魅了魔法、カラドリウス等に効かないか?」

 本来の彼等には効かないだろう。だが、相手は今は影だ

 それに、影としても作られてから時間が経過して劣化している

 

 「魔神相手よ?」

 「人間だって、元魔神なんだろ?それに、おれ……は先祖返りらしいけど、効くっちゃ効くんだろ?」

 「……分かったわ、でも分かる?」

 その瞳が、おれをじっと見る

 少しだけ震える指先が、おれの手に触れる

 

 「魔神は頭可笑しいのが多いの。効いたとして、気に入ったから殺してやると襲い掛かってきたりする可能性は高いわ

 それに、効くかも微妙なところ。効かない可能性も十分あるわ

 

 上手く行けば人質を解放させられる一手になるけれど、ワタシを殺しに来られる可能性もまた高い

 それでもやって欲しいの?アナタが命を賭けさせる、ワタシの命の責任を背負うその覚悟はあるのかしら?」

 

 「頼む、ノア姫」

 その声は、自分でも分かるくらい情けなく、頼りなく、信用無く震えていた

 

 覚悟なんて出来ていない

 それでもだ。今まではずっと、誰かが来てくれる可能性を信じていた。今回も、ルー姐に頼めばこんな事態にはきっとなってなかった

 でも、それを断った以上、おれ以外には誰もいない

 

 今回は、おれが何とか出来なかったら、誰も助けてはくれない

 

 それは、背負うには重すぎる光で。万四路すら死なせたおれに、他人の命なんて……とても、預かれるものじゃなくて

 

 「そんな顔しないでくれる?

 まあ良いわ。とりあえず、此処を出ないとやるやらないの話にすらならないもの

 まずは、現実を見ることね」

 

 現実、か

 ふと思い付いて、耳に触れる

 「始水」

 呼ぶのは幼馴染。龍姫様の知恵を借りようかと思うも……

 「『兄さん、此処は圏外です』」

 「って圏外あるんだ、これ……」


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