蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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魅了、或いはノア

輝く爪、煌めく風

 魔神という名には何処か似つかわしくないそれを行使しながら、憎たらしいほどのイケメン青年はその背の焦げ茶色い翼を最大まで拡げて此方を威嚇する

 普通に考えれば空を飛びながらそんな事をすれば墜落するのだが、生憎奴は普通ではない。翼はあくまでも羽ばたいて飛ぶ為のものではなく、魔法……万色の混沌に与えられた力を行使する際の触媒のようなもの。実際は翼を閉じていようが空くらい飛べるのだろう

 

 「っ!はぁっ!」

 抜刀一閃。今度は鞘内部に溜め込まれていく雷撃を解き放つのみ。レールガンはせず、雷として放つ

 プリシラを助けるには物理的な重さが無ければ風を打ち砕けないと思ったからああしたまで。それが不要ならば、当然こうした方法で良い

 

 「……はっ!前に見たが!?」

 が、飛ばす青雷は風の障壁に防がれる。渦巻く力が雷を吸収し、カラドリウスへは届かない

 

 だが、良い

 結局今やるべきことは、ノア姫の安全を確保しつつ、相手に隙を作ること

 隙さえあれば、月花迅雷ならば十字架を断ち切れる。それは、同材質であるプリシラの十字架に突き刺さったところからも推測できる事だ

 ならばノア姫に隙を産んで貰い、そのまま十字架を破壊してノア姫が魔法で離脱という作戦が成り立つ

 

 全く、実にエルフ頼みの作戦だ。ふざけてる

 おれよりも、他人を危険に晒す。だが、それでもやるしかない。それしか思い付かなかったのだから、それが最善再愚の策なのだ

 

 「ったく!飛び込んでこいよチキンが!」

 爪を振るって迎撃しながら、四天王はおれを煽る

 自分も良くやることだが、他人にやられると実に苛立つ。プリシラの仇、取りたくて足を前に踏み出したくなる

 だが、それではノア姫に頼んだ事すらおれが果たせない。一時の激情に身を任せることは、ノア姫に無駄死にを要求することだ

 だからこそ、奥歯を噛んで堪え忍ぶ

 

 「丸焼きにされてろ物理的チキンが!」

 「大鳥だって言ってんだよ!アルヴィナ様を犬と呼ぶレベルの侮辱は止めろ!」

 「最初は猫だと思ってたがな!」

 「てめぇっ!」

 実際の言葉を言って煽り返す

 

 分かってはいたが、カラドリウスはアルヴィナ関係の煽りにとてつもなく弱い。ちょっと言えば即座に乗ってくる程に熱しやすい

 そして……攻撃は速いが直線的!

 団長へと向けられる不可視の風の刃を逆手に持った鞘で払い、刃を振るう

 そこから放つのは青き雷鳴。何だかんだおれの思いに合わせて切り替わる二つの性質の雷のうち、制圧の蒼雷でもって牽制する

 

 そう。紅雷ではなく蒼雷。火力よりも、相手の動きを止めることを意識する

 「っ!らぁっ!」

 振り下ろされる爪を刃で受け

 「っ!そこぉっ!」

 前回はそこから足を出したが、今回は違う。逆手に握り締めた鞘を横凪ぎに振るって、近付いてきたカラドリウスの脇腹を狙う!

 「ったく!しつこい!」

 地を蹴るような跳躍。おれを狙って突っ込んでくる軌道をおれの頭上を飛び越えるような軌道に強引に修正し、体を持った嵐とでも呼ぶべき脅威が通過する

 そして……

 「パラディオン・フィンガァァァッ!」

 空中で一回転。更に輝きを増した突き出された爪がおれを狙って背後から襲い来る

 

 ……が!

 轟!と落ちる雷撃。噴き出すのはおれの全身を包むような雷轟の壁

 背後から来るのは良くある手!鞘込みの月花迅雷ならば、鞘に納めてほんの少し引き抜いた状態で止めればバリアのようにおれの周囲全体にだって雷撃を発生させられる

 おれの魔法ではないが故に、周囲全方向に放たざるをえず、周りに仲間が居れば使えないのが欠点だが……今この時は問題ない!

 

 「こなっ!?」

 大きく翼を羽ばたかせて減速。四天王たる大鳥は雷撃に前髪を焦がしながら空へと逃げ……

 「降り注げ!」

 空へと吹き上がり盾となる雷撃は、魔力となって更なる力と変わる

 天へとドラゴニッククォーツの刃を掲げたのを合図に、空に登った雷が産み出した雷雲から、蒼い雷が空へと逃げた魔神へと落ちた

 

 「はっ!これが……ようやく本気か!」

 ばさりとマントのように翼を翻すカラドリウス。そこから抜けた羽根が避雷針となり本体へと落ちる雷を代わりに受けた

 

 「ったく!時間を……」

 此方を見る魔神。そのどこまでも澄んだ瞳が、闘いの最中、初めて少女の姿を捉える

 

 「……っ」

 ぞくりと、背筋に寒気がする

 だが、心地悪いようなものではない。寧ろ心地よさすら感じるぞわっとした感覚

 魅了の力。かつて【鮮血の気迫】で耐えたそれが、無差別に全てを魅了するエルフの力がおれを巻き込んでカラドリウスに襲いかかる

 

 ノアの為に何でもしてやりたい気持ちが植え付けられるが……問題ない!

 おれのやることは変わらない。おれが彼女の為に為すべき事、それをするために今こうしているのだから……

 

 魅了されようが!

 そんなもの!

 怒りでソレを見失いかねなかった心を!クリアにしてくれるだけ!

 

 「伝、哮、雪、歌ァッ!」

 踏み込み抜刀。勝つために、救うべきものをこの手から溢れさせないために……。その為にこの戦場に立ってくれた、魅了故か何よりも輝いて見えるあの淡い金の姫の期待に応えるために!

 

 透き通った水晶の刀が、微かに紅の雷撃を纏って結晶の十字架を砕く

 

 「っ!」

 空中で大翼の青年は静止する

 最初から食らう事を見越して、その上でどうせ思考に影響はないからと無視しているおれと異なり、突然植え付けられる心に戸惑い、動きは止まる!

 

 「っざけてんじゃ、ねぇぇぇっ!」

 風が頬を切る。おれにすら届く程に鋭い……いや、魔法攻撃扱いであるが故におれの【防御】の一切が機能しない力がところ構わず吹き荒れる

 

 「アルヴィナ様への想いに、土足で踏みこんでんじゃねぇぞ、エルフごときがぁぁぁぁっ!」

 それでも、攻撃はノアを避けるようにその周囲全てを囲むように降り注ぐ

 

 これが魅了の力。効くならば……それで良い!

 そう思っておれが更に十字架を砕き、団長の腕を解放しようとしたその刹那

 「っ!があっ!」 

 青年は空で己の頭に輝く爪を立てる

 「舐めてんじゃねえぞ、人類共が!」

 

 ……ふざけてるのか、あいつ!?

 だらりと青い血を頭から溢れさせる青年に、おれは平静っぽく装う下で驚愕する

 おれの【鮮血の気迫】どころか、無理矢理脳に傷を与えて魅了を解除しやがった!

 

 「……大丈夫なの、これ!」

 「ノア、大丈夫だ」 

 「というか、アナタが大丈夫なのかしら!?魅了かかってるじゃないの

 何時ものお得意のアレはどうしたのよ」

 「問題ない!思考が怒りで染まるよりもクリアになるだけだ」

 「いえ可笑しいわよ、本当にそれで大丈夫なの?」

 「ノア、君を必ず護り抜き……そして団長を救い出す!魅了があろうが、それは何一つ変わらない!

 ならば!それで良い!」

 此方を血走った瞳で睨み付けるカラドリウス

 それが、まだ魅了を無理矢理打ち砕いたが故に動けない隙を縫って、更に十字架を打ち砕く

 全ては最初からの作戦通り。何も……変わってなどいない!

 

 「本当に卑怯ね、アナタは」

 そんなことをぽつりと呟く姫が、何となく気になった




おまけの超簡単なキャラ紹介

ゼノ(獅童三千矢)【魅了】
屍天皇ゼノ等と同じゼノの特殊形態。魅了に掛かった状態のゼノのこと。
基本的には変わらないが、原作ゼノルート終盤に近い人格になっており、魅了相手であるノア姫を、原作での聖女(アナ)と同じく、たった一人のエゴ丸出しで優先度を上げる特別な誰かとして接してくる。
具体的に言うと、『ノア姫』という珍妙な敬称ではなく距離感の近い『ノア』と呼び捨てになり、より多くを救うのは当然の話としてその辺りの言動や行動原理こそ普段通りだが、それはそれとしてノア最優先になる。
それは彼女の存在がエルフ種との縁であり、それを維持する事の利がとても大きいという理由もあるが、それがもしも無くても君に手を伸ばすとは当人の談。

当然、突然原作終盤の両片想いから告白に至る頃の攻略対象をそのまま無防備な心に叩き付けられた恋愛初心者なノア姫は死ぬ。

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