蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
去っていく小さな背中を見詰めていると、不意におれに向けて声が掛けられた
「テネーブル」
声の主はテネーブル・ブランシュ。おれが、せめてカラドリウスとの約束だけはと無策で魔神の世界に飛び込んだ時にアルヴィナから託された魔神王の魂。かつてシロノワールとして暫く預かっていた彼と同一の足が白くて爪と嘴が赤い三本足の烏……導きの鳥とも言われる
言われてみれば、魔神を導く王なんだからヤタガラスというのは確かに適当なのだが……。妹が狼で部下がライオンだ白頭鷲だゴリラだの魔神なのに一番上がカラスってぱっと見だと一番弱そうで違和感あるな
「シロノワールだ」
と、彼はカラスの姿のまま、影から顔だけ出して告げた
「いやテネーブルだろう?」
「シロノワールだ。テネーブルは、既にあの汚似いちゃんに奪われた。今の私はただのアルヴィナの飼いカラス
そうでなければ、今すぐ八つ裂きにしているぞ、ゼノ」
と、影から出てこずにカラスは静かに語る
「良いか、全てはアルヴィナの為。こうして言葉を交わすのも、人と休戦するのも……何もかも、友の片翼と妹の願いのために過ぎない」
等々と語る青年の声に抑揚はない。羽音と共に全身を見せても、嘴から漏れるのは淡々とした声音
「あまり馴れ合うと、何時か地獄を見るぞ?」
「地獄、か」
「語りたいならば好きにすれば良い。私は……今だけは話に応じてもやろう
だが忘れるな。私は貴様等の死だ」
翼を大きく拡げて、テネーブル=シロノワールは告げる
が……あまり威厳はない。結局カラスだからだろうか
「何時かアルヴィナをこの手に保護し、かの
そう、彼は告げて……
「そんな事を言いに、言葉を交わしてくれたんじゃないだろう?」
だがしかし、おれはその言葉を否定する
彼はテネーブル・ブランシュだ。ゲームではあまり出番はない……というかラスボスだから有っても困る存在だが、その心はゲームでの描写から何となく分かる
「そうだな」
その瞳が、おれを、いやその背のマントを見据える
「貸せ」
「……ああ」
一瞬の迷い。けれども信じて、おれは分かったと背に羽織った黒いマントを外して腕に掛け、眼前で羽ばたくヤタガラスへと突き出す
それを三本の足のうち一つで掴んだかと思うと、カラスの姿が変わっていく
カラドリウスのものよりも濃い黒翼、それと同じ色をした跳ねた髪、色の定まらない混沌とした瞳を持つ一人の青年へと
「魔神王」
「……だから、シロノワールだ」
気だるげに呟くのは、原作でも見た顔の男。ラスボスたる魔神王テネーブル
「どうやったんだ」
「そこか、気になるのは」
何処か呆れたような声
「この翼は貴様に託されたもの。だが……アドラーの翼は、私とアルヴィナに託される筈のもの。左右は違えど、多少の力は纏うことが出来る。その恩恵で、こうして本来の姿……」
と、そこで青年は混沌の瞳を閉じた
「いや、そうでもないか。人型になれるという訳だ」
ああ、そういやアルヴィナもカラドリウスも殆どずっと人の姿をしていたから忘れかけるけれど、本来はもっと異形なんだよな
アルヴィナはあの日見た狼だし、カラドリウスは結局使われることの無かった巨鳥が真の姿。人っぽい姿は……
「この姿か?魔神族とて統一した姿があった方が都合が良い。貴様等な分かるように言うと……この姿が無かったとしたら、私とスノウが同じ魔神族として結婚出来るか?」
その言葉におれは目を閉じてちょっと考えてみる
スノウ……アルヴィナのお母さんでルートヴィヒが使役していた白狼と、記憶に有るヤタガラスのカップル……
「互いに想っていれば、良いんじゃないか?」
「貴様、性教育0か」
酷いことを言われた気がする
「一応、知らないことは、無いが……」
いや、知ってるさ一応。キスで子供は出来ないとか色々と
「……どうでも良いが、別種で子はほぼ出来ない」
まあ、狼とカラスで子供ってどうなんのそれ?って話はあるな。羽の生えた黒狼とか産まれたらカッコいいと想うが……それが成り立つとも限らないか
「つまり、その姿でないと子供がほぼ産まれないと」
「そういう事だ。もう良いだろう」
と、教えてくれた王は勝手に机の上に膝を立てて座りながら、そう告げる
どうでも良いが、やけに様になる。全身黒統一された服装で真っ黒過ぎるんだが……顔が彫りの深いイケメンだからだろうか
「だがな、アルヴィナが少しだけ可哀想だ
何だかんだ、あの子は今のこの光溢れる地に憧れを抱き、気に入っていた。それを滅ぼし混沌に沈めるのが私であり、それを変える気はないが……」
混沌色の瞳がおれを静かに見据える
「一つ、殲滅以外の手を試してみる事にした」
「つまり?」
何というか、話が分からない
首を傾げるおれに、彼は淡々と告げる
「聖女が居なければならないのだろう?魔神王の証、王剣ファムファタールを止め得るのは秩序の七柱から直接力を託された聖女だけだ」
それには頷く
ゲームでも、聖女と勇者……つまり主人公しか解除できないバリアが有るんだよな
いや、当然主人公なんだからゲーム的には特に主人公が絶対必要ですよという設定の補強ってだけで何の障害でもないんだが……。主人公死んでたらゲームオーバーになってるから、問題が起きよう筈がない
だが、この世界ではそんなゲーム的な事情は関係ない
「ならば簡単だ。聖女が居なければ良い」
その言葉に、愛刀に手を触れる
アルヴィナから託されたし、何より彼女に語った事を貫くならば斬るなんてしたくはない
だが、それでも……リリーナ嬢を、聖女を護るためならば
構えるおれに向けて、溜め息を吐いて青年は拡げていた翼を閉じた
「話は最後まで聞け
殺しては、此方も手詰まりだ。聖女を殺しはしない
だが……貴様のように先祖返りが産まれるように、人とは秩序へ裏切った魔神の成れの果て。ならば、聖女とて遥か昔は魔神だろう」
あ、何となく言いたいことが分かってきたな
……いや、本気か?とおれは目をしばたかせた
「つまり、聖女と恋仲を目指す?」
「誰が。私はスノウ以外とそんなものになる気はない」
嫌そうに吐き捨てるテネーブル
……うん。厳しそうだ
初恋の相手の死によって頑なに世界を終わらせる事を使命として掲げるようになった敵の王(イケメン)とか何でルート無いの!?とプレイヤーから結構不満が出ていて、轟火の剣で追加イベント入った時には喜ばれ……そしてヒロイン闇落ちバッドエンドルートで違うそうじゃないされたと高校生の
初恋拗らせすぎてるというか、一途というか……他の女の子に靡く姿が思い浮かばないというか、靡くなら四天王ニーラが報われない恋に身を焼かれてないというか……
「ただ、私に惚れてもらうだけだ。一方的に、報われず、此方に与して人類を裏切るように、な」
嗜虐的で残酷な笑みを、青年は浮かべる
「どうだ、ゼノ皇子。この作戦を行っている間、私はこの一作戦だけを遂行する。勿論、落とす相手だ、丁重に扱い守ろう」
静かな瞳が、おれを射抜く
青年の……本来異形の筈だが力が足りなくて再現できていないのか普通の人間のものな左手が差し出される
「賭けてみないか、
だが、と彼は翼を拡げる
「それがならぬのであれば、アルヴィナという共通の目的を果たした後、全力で滅ぼすだけだ」
……これは、脅しだろうか
寧ろ、言い方は酷いが歩み寄ってくれているような気もするが、見返しても本心は分からない
ただ、何かに静かにキレている事だけは痛い程に分かる。きっとそれは、アルヴィナ……ではなく、カラドリウスに関しての事
だからこそ、此方に一歩歩み寄る。共闘なんて申し出る
親友を愚弄した自分の肉体に巣食うナニカをこの手で討つために、人間にだって手を求める
けれど、それを言ってもはぐらかされそうで
「ああ、分かったシロノワール
必要でない限りそのマントを貸すし、適当に良さげな仮プロフィールで学園に来て貰うようにする
後は貴方次第。おれは、
愛刀から手を離して、青年の手を握り……握り潰す気で爪を立てた
相手も同じなのだろう、鋼鉄くらいなら引きちぎれるだけの力が手をきしませるが……お互い様だ
「その分、アルヴィナのためにも、戦って貰う。シロノワールとして協力して戴いた時よりも」
「当然だ」
その言葉に頷いて、おれは手を離した
「シロノワール。でも一つだけ
翼は良いけど顔は変装してくれ。魔神王と
主に、別の魔神王の存在に感付かれてアルヴィナの安全とかが」
「そう、だな」
その言葉と共に、彼の髪色が大きく変わった
いや、好きに変わるのかよそれ!?
こうして、様々な者の思惑と共に……乙女ゲームの幕は上がる
正規主人公は何故かおれと婚約した状況からスタート、色々と原作から差が出てきてしまったが……やるしかない。やってやるさ
例え、アナを、万四路を、天狼の母にエーリカやエルフの皆、何匹ものゴブリンに、アドラー・カラドリウス。そうした何もかもを取り溢し傷付け壊すばかりの穢れた掌でも、始水が送り出してくれたこの魂が燃え尽きるまで
おれは忌み子で、そして……あの日誓った、蒼き雷刃の
第一部 【忌むべき皇子と始まりへの導光】・完