蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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兄、或いは家族との再会

「お兄、ちゃん……」

 まだ川の水を引き込む為に城壁の下に金柵こそあるが空けられた穴の中に隠れた敵が居ないか、或いは……駆け付けようとしたその刹那、不意に感じた世界の歪みの原因が誰なのか

 ユーゴ?シャーフヴォル?或いは始水が居ると言っていた11HAD(ALBION)使い?最大の脅威かもしれないアルトアイネスなる巨神の使い手?そのどちらかなのかは知らないおれが見た眼の悪い母と歩いていた彼?それとも別人?

 分からないが……誰か何処かで見ていた気がしたのだ

 それらの調査のため、息を吐き、時には頼勇やガイストといった騎士団の面々に対して興奮気味に喋る新入生達が散っていくのを眺めていると、不意に背後から声が掛けられた

 

 少しだけざらついて割れた声。彼女本来の声音の優しさの消えた音

 「アイリス」

 首だけでおれは振り返ろうとして……

 「と、シルヴェール兄さん」

 妹猫を抱き抱えた長身の優しげで理知的な顔立ちの男性を見て慌てて全身をそちらへ向ける

 

 第二皇子シルヴェール。確か今年26歳くらいで、おれの11上の兄にして、皇太子のようなもの

 

 「やあ、ゼノ」 

 少し眉を緩め、妹猫を抱き上げる手を片方だらりと下げて、その彼はおれへと挨拶する

 「お帰り……なさい、お兄ちゃん」

 と、拘束?の緩んだ全身が明るめのオレンジの毛に覆われていて瞳が爛々と緑色に光っているという蜜柑色の小さな猫がするりと兄の手から抜け出して……

 ではなく、上半身と下半身にぱかりと分割。断面に機械的なというより植物の蔓な接続面を露出しながら器用に上半身だけがぴょんと宙を舞っておれの頭の上へ。そこから、地面に落ちた下半身へと蔦が延びしゅるりと蔦同士が接合されると、おれの頭に爪を……

 

 「ただいま、アイリス。情けなくも、今一時帰還しました、シルヴェール兄さん

 此度はそちらの協力あっての事。ルディウス殿下にその旨と礼を言っていたということをお伝えください」

 石頭過ぎ(魔導鋼鉄製のアイアンゴーレムより硬い)て爪を立てられずに苦労する妹猫の体をさりげなく左手で抑えてやって支えながら、おれはそう兄であり……一応はライバル?であり、これから教師と生徒となる相手へと小さな首の動きで挨拶する

 

 というか、アイリス。この妹猫ゴーレムの材質、花だったのか……。なんて、抑えた左手にふかふかした毛と周囲の外気と同じ温度を感じながら落とさないように気を付けると、程なくして両半身が合体して妹猫が再度完成した

 

 くすりと、眼鏡の青年が笑う

 「シルヴェール兄さん?」

 何が可笑しいのだろう、妹猫が完全に降りる気がないとばかりに丸まる気配を頭上で感じながら、おれは眉を潜めた

 

 「いや、ゼノ。アイリス派といえば、昔はその格好が象徴みたいなものだった

 忌み子な兄の頭の上という帝国猫帝(ていこくびょうてい)

 今ではついぞ見れなくなった光景に、つい懐かしさが出てしまってね。失礼」

 「ああ、そういう」

 確かに、とおれもつられてひきつる火傷痕に歪められないくらいに曖昧な笑いを返した

 

 確かに、初等部に居る頃はアイリスってずっとおれの頭の上に居て猫の姿のゴーレムを操って生活してたからな……。おれが連れていかないと、外に興味がないとばかりに

 

 「アイリス?」

 頭の上で動かなくなる妹猫

 「疲……れた。後で、届けて」

 と言うなり、物理的に光っていた猫の瞳から緑の光が消え、灰の目に戻る。同時、アイリスによる遠隔操作の魔法が切れて少しだけその植物製の体が重くなった

 

 「お休み、後で」

 おれにはよく分からないが、疲れたらしい。アイリスが疲れるということは、それだけ何か動いてくれたのだろう

 優しく妹が使っていたゴーレムを頭の上から持ち上げ……たら怒られそうで、帽子のように乗せたままにする

 

 「シルヴェール兄さん。魔神族については」

 「把握はしているよ。此方は川を遡ってくる相手を対応していたからね」

 あ、そうなのかと頷く

 

 確かにだ。考えてみれば何で教員が来なかったのかという話。シルヴェール兄さんとか、教師の中にも此処に居て戦える人材は居たわけで。そんな彼等が魔神復活と襲撃という一大事に本気でなにもしてなかったなんて事はあり得ないにも程がある

 

 「竪神君から君が来ると聞いてね。正門は任せていた」

 「何とか……間に合わなかった感じですが」

 と、おれは回収していた遺体を見下ろして呟いた

 バラバラになって食い荒らされた少年の遺体は、棺桶の中。片手がないし、腹も食い破られているし……帰ろうとした中で、逃げられなかった名も知らない彼を、おれは救えていない

 例えリリーナ嬢やアナ……ではなくもうおれとは関係ないシエル様を凶牙から護れたとして、間に合ってなどいないのだ

 

 「それは皆同じことさ

 相変わらずだね、ゼノ」

 「相変わらずですよ。結局、何も護れない」

 ……アナスタシア・"アルカンシエル"。教会出のもう一人の聖女

 腕輪の聖女と呼ばれる点は原作とは違う。原作では当初は聖女としての力を持たず、一年の終わりに開花するまでは二つ名は無く、開花後は極光の聖女と呼ばれる筈だ

 

 そういった差異はあるものの、彼女はあの日の腕輪と共に、ああしてあそこに居た

 それまでに、どんな苦労があったのだろう。エルフ達を助けるために使い、借りてただけですからと置いてきた筈の神器を再び持ち出して、聖女と呼ばれるまでになって。それなのに、基本は何一つ変わっていない

 利益もないのに。誰かを助ける義務すら、おれと違って欠片も無いのに。寧ろ護られる側なのに。それでも誰かの為を思って動く、昔のあの子のままだった

 

 まだ子供で。伸び伸びと遊んで成長していくはずの時に。それを護るべきだったのに。たった一人で、知らない場所で。知り合いが居たとして、あまり縁の無いヴィルジニーとアステールくらいなんて、辛い場所で

 どれだけ辛い思いをしてきたろう。おれには想像も付かない

 けれど、あの子は……そうして、一人で頑張ってきた

 

 なら、もう……こんなおれなんて、要らないだろう。どうせ、護ると言ったのに放り投げて辛い思いをさせて、皆をバラバラにしたことで恨まれてるだろうしな

 

 だから、近付かない方がいい

 ゲームでは、妙にゼノだけ好感度上がりやすすぎて他ルートの邪魔になってたんだ。おれだって、選択肢一個間違えたけどセーフと思っていたら好感度上がりすぎてゼノの追放イベントを起こせずRTA終了した事は1度や2度じゃない

 いや(うた)お姉さんの家でやらせて貰ってるだけなのに何敗してたんだよ当時のおれ!?

 

 兎に角だ。此処はゲームじゃなくて現実の筈だが……それでもだ。セイヴァー・オブ・ラウンズは運命から皆を解き放つと言っていたのだし、シナリオに合わせる強制力があるのかもしれない

 始水に聞ければ良いんだが、謎の直通コールは遺跡から遠いと疲れるらしいので余程でなければ使いたくない

 

 なら、アナとはあまり……会わない方がいい。シナリオの強制力が実はあった日には、アホみたいに上がりやすい好感度に縛られる。あの子が本当は誰を好きでも、おれルートに補正されてしまうかもしれない

 それは嫌だ。幸せになって欲しいさ、当然。なら、変に関われない。不幸にするだけだ

 

 そもそも、あの子にはあまり戦ってほしくない。傷付いて欲しくもない。聖女なら……いや、本来リリーナ嬢も転生者だからって聖女として戦えというのは間違ってるんだが、まだリリーナ嬢の方がマシ。向こうは正規主人公だからな!

 

 「というか、意外でしたシルヴェール兄さん」

 と、おれは自分の気持ちも切り替えるように言葉を紡ぐ

 「ん?」

 「いえ。ガイスト公爵から聞いたのですが、此度は機虹騎士団による聖女護衛について、口添えを戴いたと」

 実際には騎士団の定期報告がてら帰ってきていたルー姐が名代として口添えしてくれて、そのまま帰ってったらしいけれど

 

 「ああ、それかい?」

 「聖女の護衛については、聖女という強い影響を持つ相手を味方につけられそうなもの。まさか口添えを貰えるとは思ってなかったのですが」

 そのおれの拙い敬語に、くすりとその青年教師は笑って眼鏡の鼻を抑えた

 

 「いや、そうかな?」

 「そうですか?」

 「授業をしてあげよう、ゼノ

 聖女は二人。アルカンシエルと、アグノエル。では、影響はどちらが上かな?」

 

 眼を閉じて考える

 正規主人公はリリーナ嬢。でも、アナだってもう一人ルートではちゃんとした聖女で主人公だから……

 「どちらも」

 「不正解。腕輪の聖女はエルフの秘宝で聖女の力を使える『聖教国がそう選んだ』聖女。天光の聖女は『七大天たる女神が選んだ』聖女。後者の方が、より上の存在だよ

 勿論、だからといって腕輪の聖女が必要ない等とは言わないとも。しかし、予言の聖女であり、聖女リリアンヌを継ぐのはアグノエル嬢の方

 そして君は、そのアグノエル嬢と婚約を交わしている」

 それにはこくりと頷く

 

 いずれ破棄するものだけれども、今はそうだ

 「では、その縁からアグノエル嬢を護るのは君。そうなれば、天光の聖女はアイリス派に抱き込まれる事になるだろう

 しかしね、二人とも護ることになるとすれば……婚約者である自分も、他の女も同じ『聖女』として同列に護られる事になれば

 女の子はそれを苦しく思う。分かるかい、ゼノ?」

 「他人の気持ちを測るのは苦手だよ、兄さん」

 そのおれに、人の悪そうに見えるように作った笑みを彼は浮かべる

 

 「だろうね。私自身、女性の扱いで負けるつもりは全く無いよ

 だからこそ推した。両方の護衛をかって出させた方が、腕輪の聖女を抱き込もうとするより良い結果を、天光の聖女を此方側に引き込むという結末を目指せるからね」

 と、冗談めかして青年はおれの頭……はアイリスが領土権利を主張しているので左肩を軽く叩いた

 

 「なんて、ね

 私達は君達の仲間ではないよ。皇位の派閥で争うライバル

 けれど、兄であり味方ではある。そういうことだよ」

 その言葉に、おれは小首を傾げた

 

 「前の方が本音じゃないんですか?」

 「さぁ、どうだろうね

 考えてみると良いよ、ゼノ」




お兄ちゃんに対して監禁したい想いを抱いていてガイスト君から健全に片想いされてる系猫妹アイリス、漸くの再登場である。
良く出番消えますからね彼女……

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