蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
「アナちゃん。俺、ずっと君が応えてくれる事を待ってるから
例え、一度無理って言われても。君の幸せを願って、諦めないから」
って、真剣な瞳で、メラメラと燃える炎を宿して。学園の制服じゃなくて立派な燕尾服?って言うんだと思う赤と金の刺繍の入った黒っぽい服に白いシャツの彼はわたしの手を握って告げる
大きな男の人の手。でも、誰かにマッサージされて磨き上げられた傷ひとつないその手は、今も撫でられた感触を覚えている皇子さまの手より……感触が心地良いからこそ嬉しくない
刀の柄を、鞘を、弓を。誰かを傷付ける物しか持ってこなかった薄汚れた手と自嘲する、細かな切り傷と打ち傷と、そして無数のタコや豆。デコボコして全く綺麗じゃなくて、貴族っていうより下働きみたいな質実剛健なちょっと痛い掌。それとどうしても比べてしまう
「じゃあ、俺は……
また明日、アナちゃん」
って、精一杯の笑顔で、エッケハルトさんは部屋を出る
「はい。また明日です」
何も返事をしないのは悪いから、わたしもそう返して、ベッドから立ち上がって部屋を出る彼をお見送りします
此処は女子寮の一番上の階。この8階には、たった2つしか部屋がないんですけど、その分広くて……階段じゃなくて魔法の昇降機を挟んで両側に一部屋ずつ
彼が降りていくまでは見ようかなと思ったら……
向かいの扉が開いて白い手がエッケハルトさんを手招きするのが見えました
「……人があまり立ち入れない場所で助かった」
って、呆れたようにぽつりと呟くタテガミさん
「えっと?」
「婚約者が居る女性が、あまり気軽に異性を自室に連れ込むのか……という話だ
皇子からすれば別に良いだろうという事になるんだろうが、周囲の目はどうしても」
「で、ですよね……」
「ええ、だからワタシが何も疚しいことは無いようにアナタの時は見張ってあげてたの」
と、横からわたしより背の低くなってしまったエルフの方が話に補足をしてくれます
「はい、有り難うございます、ノアさん」
その声に、紅玉の瞳のエルフは、小さく悪戯っぽく微笑みました
「ノア先生、よ。アナタは聖女で、ワタシはエルフ。存在としての位にそう上下はないわ
だから、生徒として教員をしっかり敬いなさい」
「それで、タテガミさんは……」
昇降機を降りていくガイストさん?の方を見送って、それでも留まる彼にわたしはちょっとだけ首を捻ります
「ああ、すまない。貴女に用があるのは私ではないんだ」
と、ずっと彼の影になっていた場所から、不意に……ぴょこんと細長い尻尾が見えました
オレンジ色の鮮やかな尻尾。鈴の付いたリボンを端に巻いてチリンと音が響く
そして見えるのは、大きな耳
「えっと……猫さん?」
「……にゃ、あ」
そうして姿を見せてくれたのは……アイリスちゃんでした
皇子さまの妹さんで帝国の皇女様、三年くらいわたしも雇ってもらってメイドとしてお世話をさせて貰ったことがあります。そんなわたしの一つ下の女の子が、猫の着ぐるみを着て立ってました
え?いつの間に?分かりませんでしたけど……
「ずっとだ。さっきからアイリス殿下は私の後ろに居た
ただ……」
「ゴーレム。【鎧装】みたいに……使う」
って、スポッと頭の大きさの3倍はある被り物の猫を外して、お兄ちゃんが切るからとボブカットくらいの髪を揺らしながらアイリスちゃんは告げました
「えっと、つまり……見えなくなってたんですか?」
こくり、と頷かれる
「どうしてそんなものを?」
「生身、疲れる……」
そうでした。アイリスちゃんは、わたしがお世話をしてた頃も大体ずっと寝たきりで……
「お、起きて大丈夫ですか!?」
って、わたしは今日通されたというかさっき寝かされてたのが始めてで全く自分も知らないわたしの部屋の中に少女を招き入れる
えっと、アイリスちゃんの好きなお茶は香りが甘酸っぱいからってアップルティーだった筈ですけど……お茶や茶器って何処に仕舞われてるんでしょう?
「それで?何しに来たのかしら?
あと、茶器なんて無いわよ。元々周囲に世話をされる前提でこの部屋は用意されてるもの、持ち込みよ」
え?それは困りますけど……アイリスちゃんのメイドをさせて貰っていた時期のものはアイリスちゃんのものですし、孤児院のものは捨てられちゃいましたし……
聖教国ではお茶を淹れたくても最初は茶なんて贅沢って言われて。聖女さまってみるみるうちに奉りあげられてからはお茶と言った時点で淹れさせてと言う前に勝手に用意が進んでいくようになってしまって
「どうしましょう」
『call!』
って、響く男の人の声
「ああ、すまない、至急頼む
いや、茶葉とポットでだ」
って、口元に当てた左手の石に向けて話し掛けるタテガミさん
「騎士団員の女性兵士が3階下の部屋に居る。彼女に頼んだがすぐに届けてくれるらしい」
べ、便利ですね……皇子さまが竪神は間違いない凄い奴って言ってたのも分かります……
そうして、暫く
届いたそこそこ高い筈の茶器でお茶を淹れて……わたしとアイリスちゃん、そして当然の顔をして混じっているノアさんの前に
タテガミさんは……女性寮の部屋の中にあまり居るのは宜しくないからって、部屋の外で一人甘いものが欲しくなったと棒付きの飴を咥えて護衛してくれてます
「自己紹介は要るかしら?」
って、ノアさんがアイリスちゃんをじっと見据えて、きちんと足を整えた気品のある座りかたをしながら聞きました
「知って、る」
「そう。ワタシもアナタを知ってるわ。なら、紹介は要らないわね」
って、耳とポニーテールを揺らして、ノアさん
「それで?皇女殿下は何をしに来たのかしら?」
唯我独尊。どんな相手にもエルフ種であるワタシは偉いのよと態度を基本的に変えないエルフのお姫様は、そうけれども背が低いから上目遣いになりかけつつ告げる
わたしも背が低いからちょっと目線がずれちゃってますけど、皇子さま相手の感覚でやろうとしたんでしょうか?
「ガールズ、トーク……」
って、アイリスちゃんは重そうにカップを持ち上げ、香りだけ嗅いだらカップを置きながら言います
「へぇ、議題は?」
「お兄、ちゃん……」
「皇子さま?」
その言葉に、小さな皇女様は小さく頷きます
「他に、居な、い……」
あれ?"第七"皇子だからあと六人は居る気がしますけど……
「それは、血がつながってる、だけの他人……」
……ちょっと酷くないですか、それ?
「へぇ……」
って、ノアさんは一人楚々とした顔で優雅にお茶を一口だけ口にすると、此方を見ます
「たった一人、ね
彼はどうせそう思ってないわよ。誰にでも優しいもの」
「どうでも、いい……」
でも、ちょっと酷い物言いにも、アイリスちゃんはめげずに言い返しました
「他人に、優しいことと……
あの日、護っ……たことは、無、関係……」
ま、そうですよねとわたしはこくこく首を振ります
例えば、わたしでなくても助けてと言えば助けてくれるのが皇子さま。だからって、助けてくれた事実は変わりませんし
「ただ、不安」
アイリスちゃんは静かにベッドに座って膝に置かれた自分の手を見詰めます
「爪、かからなかった……」
えっと、つめ?
「何で兄に爪立てようとしてるのよアナタ」
ノアさんがカップを落としかけ、何とか下に添えた左手でバランスを取って。じとっとした目をしました
「まぁ、きんぐ……」
「そう。なら何も言わないわ」
藪をつついたと思ったんでしょう、ノアさんは少しだけアイリスちゃんから目を逸らして、我関せずって顔でお茶を口にして……
「でも、困った
足、砕け、ない……」
「何考えてるんですかアイリスちゃん!?」
「監禁……手伝って」
驚愕に目を見開くわたしを他所に、オレンジの髪の儚い妖精のような女の子は、その灰色の瞳で、妖精という言葉のイメージとはかけ離れた事を淡々と呟く
え?監禁?皇子さまを?
……で、でも。そうやっても皇子さまは傷付くでしょうし……。動けなかったら、突然居なくなったりボロボロになって帰ってきたりしなくなってくれて、でも……うぅ……
「あ、足を折るなんてひどいこと、流石に
少しだけ、冷たい皇子さまへの嫌がらせも兼ねて
「ちょっと聞かせてください、アイリスちゃん」
後で皇子さまにごめんなさいって言わなきゃいけないような事を、わたしはぽろっと口にしたのでした
監禁と聞いて即座に理由を察知するアナちゃんの図
何で分かるんでしょうね……