蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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増殖、或いは困惑

「そんな事よりゼノ、大変だ」

 下ろすや否や、エッケハルトのバカは座れ座れと机を叩く

 穀物が……3人かかりで運べそうなので言葉に甘え、用意された椅子の一つに腰かける。地味にアレットからも、アナからも離された位置なのが信用微妙だな感があって辛いところ

 「何が大変なんだエッケハルト。アナに嫌われたというならばおれは知らん」

 「嫌われてねぇよ!?」

 ガチャンと音をたてて揺れる水のグラス。樹脂だとそんな音がしないので、割と久方ぶりの音だ

 ふと、ガラスの音が何かを思いだしかけて……それを振り払う。思い出しても、きっと良いことはない

 

 「皇子さま……水、飲みますか?」

 頭を振る俺を見て穀物を運んできた疲れで立ち眩み(座ってからだが)でもしたのかと心配してくれたのだろうか。銀髪の少女が自分の前のカップをささやかに押し出す

 「……いや、大丈夫だよアナ

 きっと、優しい主催者様が用意してくれるさ」

 ……だからこっそり睨むなエッケハルト。間接キスだなんだを考えたのか知らんが……

 と、そこで見回して気が付く。グラスが3つしかない事に

 「ということで貰うぞ」

 と、エッケハルトの前の殆ど残ってない水をこれ見よがしに煽る。うん、残ってないから口を付ける必要もないな

 

 「……野蛮、ニセ皇子」

 「野蛮は兎も角ニセ皇子じゃない。というか、そもそも座れよと言っておいてグラスが無い方が悪い」

 ふいっと、栗色の髪の少女は横を向く。嫌われたのだろうか。嫌われるようなことは……

 「遅かった」

 「何が?」

 「お姉ちゃん、まだ部屋から出られない」

 「手遅れよりは良いだろう」

 「でも……!」

 「おれはおれに出来ることをした。そして、間に合いはした

 おれから言えるのは、それだけだ」

 御免、もっと早く来ていれば。と言葉はぐっと飲み込んで

 言ってしまうのは楽だ。気分も晴れるしアレットの機嫌もちょっとは上向くだろう。だが、それだけだ。それだけの為に謝ることは出来ない。皇族の謝罪にはそれなりの意味がある。気軽に頭を下げるな、意味が無くなる。毅然としろ。そう、何度も教えられている

 ……だから、頭は下げない。御免とも言わない。実際問題、もっと早くにエッケハルトから色々と聞けばもっと早くに動けたかもしれない。けれども、あの時は自分の知りうる限りの情報で正しいと思う行動を取ったのだと、行動に非など無いと、だから謝罪は口にしない。気軽に自分が至らなかったすまないと謝る上に、誰がいざというとき従いたいだろう。その命令もミスで後で謝罪されるんじゃないか、そう思われても仕方がない。明確に非が無いならば謝るな

 ……子供の間でそんなこと、と言いたい。言いたいけれども……皇族である自覚を常に持てと言われている以上、下手には崩せない。崩してはいけない

 

 「……睨まないで」

 「睨んだ気は無かったよ」

 言いながら、静かに目を閉じる

 後味の悪さに、小さく唇を噛んで。それでも謝罪はせず

 「もう良いよ、最低」

 ふいっとまた顔を反らす気配に、目を開けた

 「王公貴族って面倒でさ

 謝ったら色々とスキャンダルされたりするのさ」

 その栗色の髪が触れかけた目尻に光る涙を、さっとエッケハルトが拭う

 あいつなりのフォローだろうか。正直有り難い、あいつも貴族、似たような話は聞いているのだろう

 「だからバカ皇子がもしももっと早くに来るには、もっと早く事件を知れてたっていう運の良さでしか無理だったんだよ」

 ……いや、散々お前も同類(転生者)かと二人して基本事項話す前にお前が実はさと今回の事について話してれば間に合ったぞエッケハルト。おれはアナ達孤児に手を出すペド野郎共じゃないからと捕まってるだけでそれ以上はない安全だと思って確実に人質だ何だが起きない時まで待とうとしてただけで、と悪気が在ったわけでもあるまいし言っても仕方ないことで少しだけ目は細め

 

 「それは置いといて、大変なんだゼノ」

 「それは、おれとお前に共通の話か?」

 「そうだ」

 頷く焔髪に、多分ゲームではとか何だだろうなと当たりを付け

 「アナ、穀物見てきてくれるか?

 基本的には粥にして食べるものだし……一昨日レオンが持ってきたろう干し肉とか入れて煮るんだ」

 「お腹、空いたの?」

 「昼は運んだアレ食ってこい、って言われてるよ。何時も豪華なものばかりじゃないさ。皇族だからこそ、皆の食事も知れという話」

 「……うん、頑張る」

 こくりと頷いて、銀髪の少女は席を立つ

 実は昼は食ってきたので騙すようで悪いのだが……それでも転生云々を聞かせるわけにもいかないので、席を外して貰う

 「……ニセ皇子」

 「貰っていけ、アレット

 詫びじゃないけれども、折角来たんだから」

 詫びじゃないと強調。寧ろこれで詫びみたいなものと認識してくれると助かる

 「あっそうだ、アレットちゃん、出来上がったら俺の分も持ってきて」

 そうして体よく出来上がるまで見ててとアレットも人払い

 

 聞き耳立ててる馬鹿もまあ居ないと確認して

 「で、どうしたエッケハルト」

 そう聞き、呆然とした

 

 「リリーナが増えたぁ?」

 「そうなんだよゼノ。どうしよう」

 「ちょっと待て、リリーナってまさかお前が飼ってるペットとか……じゃないよな?淫ピ……桃とか日焼け……金とかだよな?」

 と、わざともしも魔法で聞いてる奴が居たとして分かりにくいように言い直しつつ略して聞き返す

 正確には淫ピリーナ、ロリリーナ、日焼けリーナの3種。この世界に近しいゲームの本家主人公(リリーナ)の選べる3タイプの立ち絵である。ふわふわのピンク髪の正統派乙女ゲー主人公、全体的に小さく神秘的な黒髪、胸も背も大きめの金髪褐色。イメージとしてはザ・乙女ゲー主人公、レーターの趣味が出たロリ(自由枠)、テンプレギャル。最後を選んだときの口調は普通だしちょっと浮いてねこいつ……感は中々のものであり、ロリリーナ時にシルヴェールルートやってしまって事案臭が中々にした事も覚えている。他が16なのに対してロリリーナだけ13くらいに見えるんだよなアレ

 「そう、それ

 桃居るだろ?」

 「ああ、居るな」

 原作主人公が居るかどうか確認しようとした際、確かにリリーナという名前のピンク髪の子を存在を確認した。年は同じで子爵家。階級はキャラクリエイトの結果によって伯爵、子爵、男爵のいずれかの家だった事になるのでゲーム的には子爵家だから本物だとかそういったことは言えないのだが……まあ間違いないだろう。因みに爵位は一部キャラの好感度の上下に補正を掛ける。家柄が格上か格下か等でちょっとだけイベント等が違うわけだ

 「子爵家だろ?」

 「お前も確認したのかエッケハルト」

 

 「それでさ

 ……男爵家が跡継ぎのいなささに業を煮やして、商人に嫁いだ娘の子を引き取った」

 「ほうほう、それが?」

 多分名前リリーナで黒髪でちっこいんだろうな、とアタリを付けながら頷く

 「多分あいつ、ロリリーナだ」

 「……名前は?」

 「リリーナ」

 「同い年の貴族に二人とか流行ってんのかその名前」

 と、言いかけて気が付く

 リリーナ、つまりは主人公たる少女は聖女である。聖女の属性は天、天、天以外。天、天は聖女故の力の強さにより重なって表記されるようになったという話なので、今現在は天、天以外となるはず。魔法の資質は産まれ持ったもの。エッケハルトが何を望もうが火属性なように、おれに何があろうが属性が無く魔法が使えないように、アナがどれだけ練習しても水、天なように、一生変わることはない。変化するとしたら、圧倒的な力により重ね表記になる事だけ。ならばだ。天属性を含む2属性を持たなければ聖女じゃないと言えるのではないかと

 ……幸い、同い年なので桃色リリーナについては調べられた。おれと同じときに覚醒の儀を受けていたのでさっくりと見つかった。結果は天、火。天を含むので聖女足り得る

 

 「んで、その子の属性は?」

 「天、影だ」

 「……ダウト、出来ないな」

 「だろ?」

 エッケハルトと二人、顔を突き合わせる

 

 「まさか、実はどっかの伯爵家の隠し子でしたーって金出てきたりしてな、天、土辺りで」

 「はっはっはっ、まっさかぁー

 流石にネット小説の読みすぎだぜゼノ」

 「読んだこと無いわ、家にネット環境無かったから……」

 「……マジかよ。そういう家なら、近所のねーちゃんも可愛がるか……」

 「んまあ、不幸だったって記憶はないんだけどな」

 と、うんうん頷くこの世界でおれがおれとして接せる現状唯一の相手に笑って

 自分でも確認しておくか、と心に決めるのであった


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