蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
「さて」
怯えの消えた黒髪の幼さを残す少年を連れて、銀の聖女やノア姫の待つ場所へと歩く。
既にマントを羽織ったシロノワールは横で真剣な表情をしており、オーウェンはやっぱりゲームの知識があればこそ恐いのかそれとは距離を空けて着いてきた。
「オーウェン、あれは良いのか?」
そんな少年がそそくさと腕時計を外しているのを見て、おれはふと声を掛けた。
何となく分かっていたが、普通に外せるんだな、あれ。
「……この力は、だめなんだ」
「いや、持ってるだけで悪い事なんて無い。使い手次第だろ?」
だというのに、少年は良いんだとニホン式の時計を……普通の時計のバンドではなく、金属製ベルトに謎電子ロックで引っ付いているらしいそれを腕から外して胸元のポケットに仕舞いこんだ。
「これを使ったら……僕は僕で無くなってしまう。
そう感じるんだ」
まっすぐ前を見つめる真剣な表情。
「……他の皆も」
もしかして、精神支配能力が……
「あ、違うんだ、ごめん」
考察に耽りかけたおれをバツが悪そうに遮る少年は、無邪気な笑みを浮かべた。
「この時計……AGXって超兵器には精神を弄くる力はないよ。
ちょっと……ALBIONは強烈な鎮痛剤と合成薬物で薬漬けにならなきゃまともに扱えないから痛みも恐怖も無い無敵の人にさせられるけど……」
うん、酷い話である。そりゃATLUSより強い機体貰ったとしても乗りたくないわな!
「そうじゃないんだ、ゼノ皇子。
貴方もきっと知ってると思うんだけど……僕達のAGXはあまりにも強すぎる」
ちらり、とオーウェンがおれの後ろを着いてくる気はなく堂々とおれの前を行くシロノワールを見た。
「単機で、魔神王を倒せるくらいに」
「……舐められたものだな、この黒翼の
「……落とせる。こいつなら……
大事な人の想い出を、魂をゼーレに捧げて燃やす気さえあれば、四天王と竜魔神王が束になっても確実に倒せる。だから、もう使っちゃいけないんだ。
そうしないと力に呑まれて、きっと僕は……」
その言葉に、シロノワールの背の畳まれた翼がぴくりと動いた。
「竜魔神王……。可能性に過ぎないあの姿を知っていて、尚そう告げるのか」
あ、やったこと無いのか、相棒の竜との
『「む、失礼な事を考えましたね兄さん?
幾ら強くとも機械に神が負けると思いますか?」』
と、脳裏に響く声。
いや、流石に相手強すぎないか?
『「まあ、下手したら負けるんですけどね」』
いや負けるのかよ!?
『「冗談ですよ兄さん。
……と言えれば良かったんですが、13以降の機体は、言ってしまえばこの世界で言う
苦笑するような幼馴染の響きが耳に残る。
『「とまあ、兄さんを脅すのはこれくらいにしましょうか。
実際は負けませんよ。血反吐と涙で塗り固められた無数の墓標を護るあの精霊王当人なら兎も角、貰っただけの人間に使いこなせる筈もありませんからね。あくまでも、負けかねないのは彼等では有り得ないフルパワーでの仮定です」』
酷い発言である。
というか、何なんだその精霊王って。
『「墓標の精霊王。
……何て言うか、今の兄さんをより拗らせたような人ですよ」』
いや知り合いかよ!?
『「ちなみにですが、彼の息吹は兄さんの推しに息づいてますよ。
ほら、タテガミさん。兄さん好きでしょう彼?彼の使う機体や魂の物質化技術はかつて世界と世界の狭間で神との戦いの果てに遺跡の門をぶち破ってこの世界に墜落した彼と
この世界では……禍幽怒と呼ばれてたと思います。まあ、そのせいで世界の異物フィルターがAGXについて結構判定を甘くしてしまって、今兄さんが苦労する羽目になってるんですがね」』
反省です、と幼馴染は何でも良いですよ借りですからと昔っからの誘いかたを耳元で告げる。いや声しか届かないから当然だが。
……いろいろと衝撃的な事実だな始水!?話したことの無い頼勇がお気に入りって話をさらっと知ってたことを含めて!?
『「そもそも、何のために兄さんではなくタテガミさんの高いフィギュア飾ってたと……」』
それは始水ではなくゲームを貸してくれた高校生の
『「……通信料不足により通話は切断されました。通信料をお支払いただいてからのまたのお掛けを心よりお待ちしております」』
あ、
と、耳を抑えて対応していると……
「うおっ!?」
前方から顔に向けてなにかが飛来し、咄嗟に右手で受ける。
それは……痛くはない細かい飛沫であった。
「すまない、少し考え事を……」
と、その飛沫を散布してきた金髪の青年に向けておれは言うが、
「臭い。海の水のような……鼻が曲がる龍臭さ」
気にせず彼は手にした黒い闇からスプレーのように飛沫を飛ばし続ける。
「いやシロノワール」
「鼻が可笑しくなる。そんな臭いをする相手をアルヴィナに近付けさせるわけにはいかない。
耐えろ」
……尊大だなオイ!?まあ魔神王だし仕方ないか……
と、大人しく頭から謎の香水を被ることにする。オーウェンが大丈夫なのかとばかりに見てくるが、まあ大丈夫だろうと手を振って。
「それで、誤魔化すのにどんな香りを?」
「烏の糞尿」
「うぶっ!?」
いや待て!?なんだその香りは!?
うん、何となく臭く……は無いな。ほぼ無臭。
だが……おれはほぼ気にならなくとも、というかまず龍臭いってのが分からないんだが、気になる存在は居たらしい。
「ふ、ふ……そんな香りだめです!」
汚い言葉に詰まりながら、近くまで戻ったことで声が聞こえたらしく、銀のサイドテールを跳ねさせて小走りで聖女アナスタシア・アルカンシエルが駆けつけてきた。
「シロノワールさん、皇子さまをいじめちゃ、めっ!ですからね!
今日のオリエンテーリングのグループリーダーとして、怒っちゃいますよ!」
とリーダー風を吹かせつつ頬を小さく膨らませてアナはそんな叱り方をする。
が、まあ……真剣な表情してるよえで完全にどこ吹く風だな、シロノワールは。
そもそも基本は人間の言葉なんて聞く気もないんだろう。
「あ、皇子さま。
ちょっと待ってて下さいね、今変な香りを気にしなくて良いように……」
と言いつつ、少女はワンピースのスカート部分の腰辺り……女の子の服なんて全く造詣が深くないから何処にあるんだよ!?と驚かざるを得ないが実はあるらしいポケットに手を入れて何かを取り出す。
それは、小さなスプレー。いやアナもか。流行ってるのか香水。
いや普通流行ってるよな、女の子だもの。リリーナ嬢も持ってたし、プリシラは香水代をメイドとして恥ずかしくない身なりの為の経費として請求してきてたし……
ぷしゅっと軽い音と共に散布されるのは、少女の髪から香るものと似た爽やかで少し甘い臭いの液体。
リンゴだろうか、この甘い香りは。アナは良く柑橘っぽい良い臭いをさせているけれど、それとは別のようだ。最近変えたのか?
と、香ってみると……今日の少女の髪からは同じ香りがした。どうやらお揃いのようだ。
まあ、今日使ったから持ってるだけで他意は無い……かもしれないが、否応なしに同じと言う事実に意識させられる。
あの日の告白を。拒絶しなければいけない、甘い誘惑を。
「っ!」
唇を噛んで正気を取り戻そうとして……
「んぐっ!?」
突然の悪臭にむせた。
「くっせ!?お前くっせぇなゼノ!?」
鼻を抑えて呻くエッケハルト。やっぱり近寄らない方が良かったんですよと言わんばかりに頷くアレット。
くつくつと人が悪そうに含み笑う
あ、オーウェンの奴意識飛んでる。危ないなおい。
ふらりとなる少年の肩を抱き止め……
「シエル様」
「アナです」
「シエル様」
「前も言いましたけど、貴方に護られた孤児の女の子は皇子さまの言うことを聞きますけど、腕輪の聖女は異国の忌み子……」
言うだけで顔を歪めるならそもそも無言で良いだろうに、少女はその言葉を口にし、続ける。
「忌み子な皇子の言うことなんて聞かなくて良いんですから無視です。
わたしに何かをして欲しいなら、昔みたいに呼んでくださいね、皇子さま?」
「いやそんなこと言ってる場合……
か、流石に」
意地をはり合うほど緊迫した時でもない。
「アナ」
諦めてその名を呼ぶ。いつもアナって呼ばされてんなおれ?
「はい、皇子さま」
「オーウェンにその香水付けたハンカチ辺りを被せてくれ。おれの悪臭で気絶したのにおれが無策で支えてちゃ駄目だ」
「あ、あれ?
この香水……どうして?」
「多分香水と混ぜると悪臭が発生する特殊なものだったのよ。
せこい嫌がらせね」
はい、とタオルと鍵をおれに向けて投げ渡しながら、エルフの教師がその小さな体で大きな溜め息をついていた。
「バカ騒ぎで全然進まないわね。オリエンテーリングの説明くらい出発前にさせてくれないのかしら?」
「すまない、ノア姫……じゃなくてノア先生」
「アナタが一番の問題よ。水浴びて流してきてくれる?臭いわ」
そそくさと、おれは水の出る場所に向かい……
「いや、魔道具だからおれにシャワー使えなくないか?」
そう思ったところ、シロノワールが動かしてくれて水は出た。あくまでもからかう目的だったようだ。
やけに冷たかったが、まあそれは諦めよう。気長に付き合うしかない。
来週の更新頻度は下がります。
ちょっと本格的にアナちゃんASMRのシナリオとか……