蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
「……何者だ」
「さあ、な」
交わす言葉は短く。物理的な実体を持つ状況であれば訳の分からない何かが直撃していたのだろうという事は理解したのだろう、怒りを収めてシロノワールがその黒翼を天に拡げる
「人間、知っていることは」
「貴方と同レベルだ。恐らくは……」
背でアナを庇ったせいで背を向けてしまった大きく抉れた沼を振り返って一瞥する
用意されていたのだろうわざと濁らせた水は勢い良く投下された謎の物体によって大きく溢れており、水位は当初の半分程。底が確認できないのは相変わらずだが、おれの身長の……大体1.3倍くらいか?かなり深い沼の縁が外気に晒されている
そして、方向も解った。ほぼ円形だった沼が、一方向だけ抉れて瓢箪型……いや始水の家で見た花が活けられていた高そうな背が高くて下部が丸っこく広がった形状の壺のような形に変わってしまっている
つまり……沼が延びた方向の逆方面からその何かは飛んできたということだ
「……学校?」
その方角から二度目が来るとは限らない。あのATLUSが短距離を謎の黒い球体に飲み込まれてワープするのをかつて目の当たりにした以上、別の方角から攻撃する事だって恐らくは可能
いざとなれば、アレしかない
「シロノワール」
「聖女を喪うわけにはいかないのは私も同じだ
許可する。いや、その時がくれば導こう」
人の姿を取り、さりげなくアナの背後に立つ魔神王は、珍しく真剣な表情をして体に力を入れていた
さらには、リリーナ嬢を護ったときに見せた槍(実は影魔法で異空間に呑み込むだけで殺傷能力はないらしい)まで呼び出して武装状態だ
いざというときの策というのは他でもない。おれが一度だけやった転移、即ち……魔神族を封印した世界の狭間への逃亡だ。敵陣真っ只中に飛び込むという馬鹿そのものの策だが、あの合衆国みたいな色合いの巨神やそれを越える化け物と真っ向からアナを護りつつ戦うとかさせられるよりはまだ勝ち目がある。逃げれなくもないしな
いや、前回は……アルヴィナの為だからか、四天王ニーラ・ウォルテールがわざとのんびり物音を立てながらやって来てくれたからって点もあるから今回同じように逃げ帰れる保証もない。ついでに言えば、アルヴィナを奪って逃げる事も出来ないからアルヴィナにも迷惑だ
それでも……
キィン、と耳鳴りがする
来たか!と一瞬思うが、それは何度も聴いた音。完全に聞き慣れた旋律
そう、学校の方向に緑の閃光の柱が見えるが、それはおれの良く知る召喚の際に起こるもの。即ち
『皇子!何事だ!』
程なく合体し翼を噴かせて飛んでくるのは蒼き鬣の巨神
「竪神!
いや、分からない!突然恐らくはシロノワールを狙ったろう何かが飛んできて……」
「皇子さまが護ってくれたんですけど、一瞬で沼がごーってなっちゃったんです
でも、その後何にも起きなくて」
と、おれとシロノワールに挟まれた少女が少し事態を理解していないように首をかしげて告げた
『何も?』
「竪神、寧ろ学校の方向から飛んできたんだが、何か分からないのか」
『いや、すまない。私自身、アイリス殿下がびくりと突然大きく反応してお兄ちゃんがと言ったから、森方向に駆け付けただけだ』
おれは疑問を溢すが、彼の返答は期待とは裏腹に何一つヒントになるものはない
いや、分かることはあるな。オリエンテーリングの順番が最後だから学校に居てリリーナ嬢を護りつつアイリス本人の相手をしてくれていた竪神が何も感じない。ならば学校付近に下手人は居なかったという事が逆説的に理解できる
竪神のレーダーにも引っ掛からなかった訳だしな
「アイリスが……」
何処かへと飛び去ってしまった鳥のゴーレムを見付けようと周囲を見回しながら、おれは呟く
その間にも何かが来るかもしれない為警戒はさすがに解かない。だが……
「にゃーご」
見つかるのは何時ものオレンジの猫ゴーレムくらいだ。いや何やってんだろうなアイリスは
「…………」
暫しの無言。シロノワールもなにも言わない。自身が狙われていたことを理解しきっているのだろう
そして、暫しの静寂が過ぎて……
「何も、起きないな」
『システムオフ』
『ok!down the power!』
あまり長く召喚し続けていても意味はないとばかりに、格納してある場所へと鬣の機神が転移し、アイリスが動かしてくれているのだろう支援機が何処かへと飛び去る。いや、たぶんそのうち格納庫に戻ってくるだろうけど
そうして、宙から降りてくるのは青い髪の青年竪神頼勇。彼がひょっこりと姿を見せたと言うのに問題ない程度には、何事もない
「皇子、これは……」
「いや、おれに聞くなよ竪神。おれも訳が分からない」
シロノワールを狙ったのは殺意ある一撃だった。だというのに、その先が何もない
「……何も起きない、か」
暫くの後、おれはそう結論付けた
「理由は分かるか、皇子?」
その質問には肩を竦めて首を横に振るしかない
「いや、おれに聞かれても分かるわけがないだろう」
ただ、と一つの仮説を告げる
「おれは始水……いや、言い直そう」
始水じゃおれしか分からないものな
「四天王アドラー・カラドリウスと共に飛ばされた龍海の下に広がる遺跡の中で、一人の守護龍と出会い、話を聞かせて貰った」
「それとこれと話が繋がるのか?」
「私にはまだ繋がりが見えないが……」
組んだ手指で自身の肘をとんとんと叩くのはシロノワール
「ああ。竪神も……多分シロノワールも知ってるとは思うが、おれが対峙した事がある化け物は分かるか?」
「
「
返ってくる言葉に、深く頷く
「そう。おれが出会ったことがあるのは……竪神に渡した謎の剣あるだろ?
あれの本体である、AGX-ANC14B。そして、さっき名前が出たATLUS
ただ、守護龍の少女ティアによれば、最低限あと二機、奴等はこの世界に持ち込まれている」
その片割れはオーウェンの持ち物なんだが、現状何事かと周囲を見回しつつ、自分も時計を取り出すべきなのか胸元のポケットに時折目を落とす彼は少なくとも今回の下手人では有り得ないから言わずにスルー
わざわざ敵かもしれないだろうと疑う目を向けたくはない
「そして、そのうち片方は、14B……アガートラームすらも超える強さを持つらしいんだ」
「皇子さま?わたしにはぜんっぜん話が分からないんですけど……
それ、大丈夫なんですか?」
と、ずっと口を挟まないようにしていたろう少女が、耐えきれず言葉を口にする
きゅっと可愛らしさのために分割された袖の先を握り混み、その瞳は不安そうに目尻を下げていて怯えが見て取れる
「逆に大丈夫ですよ、シエル様
おれが対峙したアガートラームは無敵の強さを誇っていたけれど……
無敵のほぼ置物だった。あまりに強すぎる力ゆえに」
「出力を確保できずに稼働しない?」
頼勇がそうか!とばかりに手を打つ
「私のLI-OHはある程度余裕をもって動かせているが……」
「召喚時の音声でもエンジン関連でエラーメッセージが出てるのを誤魔化してた覚えがあるし、エンジンが点火されていないから、まともに動かないんだ」
「それでも無敵か」
「無敵だよ、な、エッケハルト?」
と、共に戦った割に今は何にも言ってくれない友人に話を振る
「あ、あの時のか!」
「オイ」
「いや俺さ、あれが何て呼ばれてたのかすら良く覚えてなくて
だってあのユーゴが持ってた一機、しかもお前相手に使ってたから集中もしてなかったしさ
覚えてる訳無いだろ細かいこと」
言われてみればそれもそうか
「でも、何一つ通らなかったのは覚えてるだろ?」
「ああ。魔法も物理も、それこそあの伝説の神器の攻撃すら謎バリアで防がれてたな」
だろ?とおれは笑う
「攻撃がアガートラームでもアトラスでも無いと仮定した場合、恐らくは15……アルトアイネスと言うらしい最強機体によるもの」
「え?それ大丈夫なんですか?」
「逆に大丈夫、シエル様
彼らのうち、少なくとも一人は貴女を手中に収めたがっている。だから、貴女を巻き込んで殺してしまいかねない……超重轟断ブラストパニッシャーだとかの超広範囲攻撃を封じられているにも等しい」
アナ達全員を殺して良いなら、それこそATLUSですら謎のブリューナクと言うらしい雷撃槍だとか色々とあの謎砲撃を超える火力は出せる。でも、シロノワール狙いで沼周辺が消し飛ぶ火力を出してこなかった辺り、手加減せざるを得ないのだろう
「そして……その性能ゆえに、一発でエネルギーを食い過ぎて動けなくなった可能性がある」
「ゼノ皇子」
AGX自体を持つが故に多分一番良く知っていそうながら沈黙を保っていた少年が、不意におれの袖をくいっと引いた
「オーウェン?」
「その……ティアちゃんは、あと何を」
「あと?」
「最後の一機の名前とか……」
ああ、成程。何処まで知られているのか、自分の機体が挙げられた中にあるのか、その辺りから15が使われたというのが正しいのかとか個人的に考証してくれる気か
「それならば聞いた。AGX-ANC11H2D、機体名を……《ALBION》」
静かに告げるおれ
「ホロウハート……嫌な名だ」
ぼやく頼勇に、知らないからか何も言わないシロノワール
「わっかんね!考えても無駄だぜアナちゃん!」
と、聖女をめんどくさいわりに何の糧にもならない話し合いから連れ出そうとするエッケハルト
「ワタシに聞かれても困るわよ」
と、衝撃波でバラバラになったスタンプ帳の切れ端を沼の残骸から拾い上げてきたノア姫は参加の意図を見せずに告げ
「ま、証拠は消し飛んでしまったけど、7つ集めたのは確認したもの。不測の事態はあったけど、オリエンテーリング終了よ。お疲れ様」
と、勝手に締める
「残りの皆がオリエンテーリングをやって良いか等を話し合う必要があるもの、ちょっと今日は誰も学校まで送れないわ。泊まって貰える?」
「……アルビオン……。なら、大丈夫だと思う」
ノア姫のエッケハルト等にも配慮した提案を遮るように、少年は言葉を紡ぐ
「ん?そうなのかオーウェン」
「ゼノ皇子。多分だけど、二発目は来ない」
まあ、おれよりAGX所有者が詳しいのは当然か
「分かった、おれは信じる
ただ、皆を納得させなきゃいけないし、ちょっと会議に顔を出してくれないか?」