蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
「……あくまでも確認だが、君か?」
灰髪の皇子等がキャンプだと準備を進めるなか、それを少し離れて見守る青髪の青年にぽつりと問い掛けられ黒髪の少年オーウェンはびくりと肩を震わせた
「た、タテガミさん……」
「答えてくれないだろうか。私は皇子ほど他人に甘くは出来ない」
その瞳は鋭く、少年の腕を射抜く
「いや、何を」
「機虹騎士団として、アイリス派として、貧しい者達に炊き出しをしたことがあったろう?君も母と共に参加した筈だ」
怯えた表情のまま、少年はこくこくとうなずきを返す
「すまないが、私達はああして君を見張っていた
シャーフヴォル・ガルゲニア等と同じ力を持つ君を」
リボルバー式のシリンダー機構により一時的に爆発的な攻撃性能を誇る特殊な剣……ガンブレードの切っ先を地面に向け、下ろして構えながら青年は告げる
「何時から……」
「5年前からだ。皇子に母親と幸せに暮らしているだけの君を下手に刺激しないであげて欲しいと頼まれていたから、今までは特に言及することはなかったが……
王都近郊の不審な爆発事故、あれは君だろう?」
機神LI-OHフレーム。或いはシステムLIOH。若しくは……
Dynamic
Arthur
Imagine
Link
Ignore
Over
Hopes
希望を繋ぎ絶望を覆い隠す大いなる夢の王アーサー。そんな想いで並べられた単語の羅列
ATLUS……合衆国による復讐の旗頭と同じく、語呂と付けたい名前優先で完成した言葉
百獣の王、とっくの昔に絶滅したライオン……いや人間以外の哺乳類等の生物を模し、合体することで魂の摩耗を抑えつつ力を合わせて滅びに立ち向かう為の絆の機神
本来は既に跡形もなく消し飛ばされたグレートブリテン島の伝説の王の名を……ブリテンを救う為にアヴァロンより蘇る未来の王Arthurの名を与えられる筈だった成れの果て
既に、長期的に戦うためにまともに立ち向かえる戦力4人の機体を合体させ頭数を減らすなんて手段はとても取れる余裕はなく、それゆえに未完成のまま、最後の一人と共に異世界から此所へと墜落したそのフレーム、或いはAGX-13KoBfプロジェクトの名を
プレイしたシリーズ作品において、ロボットものではない乙女ゲームだった昔のシリーズとの繋がりとして語られた設定
その完成させられなかった絆の機神の成れの果てを受け継いだ青年の静かなオーラに圧倒され、少年オーウェンは静かに震えた
「あ、あれは……」
「認めたな。知らないと誤魔化せたろうに」
「い゛っ!?」
びくり、と少年の肩が震える。乙女ゲームの中でも野生味がぱっと見強めな竪神頼勇とは対照的な中性的な顔を歪め、逆流しそうな朝御飯の残りを噴き出さないように喉を抑えて少年は呻いた
「……いや、良い
君はその後、力を振るった形跡はない。あの一度、ただ一度だけだ」
怖すぎるのかと表情を緩め、青き青年は剣を地面に突き刺して手放しながら語る
「怖くなったんだろう?あの力が
開発が始まる前の区画。あの子達が追われて誰もいなくなった元孤児院付近
人的被害は0で……けれども、一欠片の残骸すら残らずあの辺りは消滅した。孤児院の飼い犬の墓を始め何もかも
だから、使おうとしなくなった」
こくこくと頷くオーウェン。怯えは消えず、ただ逃げたい一心で……
けれども、爆発的な力をもたらす黒鉄の腕時計のベゼルを展開することは無い。AGXを召喚すれば、未完成のAGXのフレームから作られた紛い物であるLI-OHに勝てるだろうとしても、逃げられるとしても、それでも使わない
「私が直接見たことがあるのはATLUSと呼ばれた赤蒼の機体だけだ。けれども、それすらもアイリス殿下等と共に改良したLIO-HXがあって漸く何とか食らいつけた程度
皇子の口振りからして、残りはあれよりも強いのだろう?」
「う、うん……」
ふっと笑って、ぽんと青年は少年の黒髪に手を置く
「凄いことだ。私だって、やるべき事がなければLI-OHの力を悪用したくなるかもしれない
それを君はしなかったんだろう?」
ただ、と青年の目が鋭く変わる
「それでも、私はあの皇子ほど、他人を信じない事は出来ない」
「え?」
呆けたように口が開く
「ゼノ皇子って、人を信じすぎるんじゃ……
僕だって」
「信じていない。彼は誰一人信じていない。私も、アイリス殿下も、君も、勿論聖女アナスタシアも」
「いやそんな筈は」
オーウェン……いや早坂桜理自身、初代ゲームはそこまでプレイしていない。アニメ版と男主人公のコミカライズを見たことがあるくらいだ
その為、天光の聖女の物語であるゲーム本編についてはかなり疎い。ヒロイン攻略しておくとか考えなかったのは、そうした理由もひとつあった
けれども、ちょっとしか知らなくとも。彼は覚えている。皇族は民を救うんだろ!ならお母さんを助けてみろよ!と怒鳴りこんだら、本当に薬を買ってきて母を助けてくれた第七皇子の姿を
それは確かに、ほんの少しだけ出番があった漫画の彼そのもので
だからこそ、オーウェンは抗議する
「あの皇子は」
「いや、語弊があった
信用はしているだろう。私の力や人格を」
「うん」
「だが信頼していない。彼は人の心が分からず、痛みも分からず、ただこの力とこの性格ならこう動くという信用で、利害を合わせているだけだ」
と、一応は友人であり雇い主にも近い相手に言う言葉じゃないかと青年竪神は苦笑した
「人間賛歌は優しさの賛歌。だから皇族は民を守るんだ。産まれ持った地位も力も金も、より弱い誰かを救うためにある。それが人間の人間である理由だ
なんて、ゼノ皇子は言うのに……」
「オーウェン少年」
その言葉は、何処までも優しい響きで
「人間賛歌を高らかに謳う者は、その賛歌からかけはなれた人格だ
本気でそれを思う者は、己の賛歌を体現する者は、言葉にして薄っぺらくする必要がないんだ。だから、耳当たりの良い人間賛歌を語る人間には気を付けた方がいい」
「タテガミさん、ゼノ皇子の仲間なんじゃ……」
その疑問に、青年はまあ、それはそうなんだがと所在なさげに機械の手で虚空を握っては離して苦笑いする
「寧ろだ。近付けば近づくほどボロが出る
そんな皇子だからこそ、何時か……多くの人間から見放される時が来る」
「忌み子ってボロクソ言われてるけど?
僕も昔は……」
「それでも、まだ地位があるし、追われてもいない」
「でも、もっと事態は不味いことになっていってるのよ」
不意に割り込んできたのは、金の髪を揺らすエルフ
「?」
「例えばワタシ。これはワタシのプライドの問題だから止める気は無いけれど……」
突然現れた少女は、悪戯っぽく微笑む
「アナタもエルフの価値は分からないかしら?」
「何で居るんだろうってずっと……」
「アナタ達が語っていたATLUS。そして、それとは別の仲間が死んだ筈の四天王の怨霊を引き連れてエルフを襲ったのよ
それを、あの皇子達や天狼が撃退したの。その礼よ」
「あ、そう繋がりが……」
納得がいき、オーウェンはぽんと手を叩いた
「後は聖女達。忌み子なんかが婚約者の座にのうのうと収まっていて、【聖女という存在】に価値を見出している人々は恨むでしょうね
何で忌み子なんかが、と」
ぴくりとその金髪少女の長耳が跳ねる
「そういう点では、あの子の行動は寧ろあの灰かぶりを追い込むから困りものなのよね
唯でさえワタシが手助けしてあげていて更には聖女と婚約していて恨みを買うのに、もう一人が露骨に気にしてたら相乗効果で恨まれるわ」
「確かに」
あまり乙女ゲーに思い入れがないからそこまで考えていなかった少年もこくこくと頷く
「その前に、人を信頼しないから踏み込まない彼の代わりに色々と動こうという訳だ
人格面は褒められたものじゃないとはいえ、私はあの皇子のことはアイリス殿下の事もあるし嫌いじゃない」
だから、と再度射抜く瞳
「君がATLUSの使い手ほど悪辣でないと信じて……手を貸して欲しい。私の用件は、そういうことだ」