蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
「……アイリス」
「動いたら……駄目」
不満げにおれを見上げる腕の中の仔猫……ではなく妹に言われ、仕方ないとおれは溜め息を吐いた
結局、あの後は本気で何もなかった。オーウェンの言う通り、何事もなくオリエンテーリングは行われ……
おれは、静かにキレた妹によって椅子にされていた。まあ、椅子と言っても踞るわけではないんだが
おれを背もたれ兼クッション扱いして腕の中にすっぽり収まってしまっては妹を追い出せない
それにだ
おれは真剣な表情で蒼い透き通る結晶を、そして緑の光を瞬かせる訳の分からない機械を眺める妹を刺激しないようにその口元に甘い飴のような菓子を運んだ
「……あむっ」
指ごと口に含まれ、ぺろりと舌で舐め回されて、べとべとになった所で唇が緩まって指だけ抜ける
うん、結構余裕あるなこの妹となるが、彼女が今見ているものはオーウェンが託してくれたデータだ
直接使いたくはないけれど、せめて……と渡されたソレは、恐らくは機体に残されていたデータの破片。取り出しかたが悪かったのか、或いは元から破損しているのか。そのデータは完全なものではないが……
「……どう!?」
バン!と……いうほど強くはないが、何か自信ありげにアイリスが謎機械を叩く
ぼんやりと緑の光を撒き散らすそれが不意に駆動を始め、周囲に更に大量の光を放ち始めた
「……お兄ちゃん、わかる?」
「分かるわけ無いだろアイリス」
「……ゼノじゃない、お兄ちゃんでも?」
その言葉に妹の脳天に軽く顎を載せる
「おれはさ、こんな細かい発光物体が実用化されてる世界の事は知らないよ」
そうだ。緑の光を撒き散らしているソレは、というかそれが撒き散らす小さな緑の光はおれの知る限り始水の家で見せて貰ったりしてた特撮なんかに出てくるナノマシンと呼ばれる物体だろう
砂粒よりも小さな、それこそ何処にでも入っていけそうな小さなマシン。そんなもの、どう考えてもあのニホンでは夢物語に過ぎないのだ
「おれが知る限り、こういったナノマシンはただの夢物語だよ」
「……そう、なの?」
「魔法と同じだ。夢見るけど、現実じゃ不可能なもの」
「魔法と、おなじ……」
ぽつりと呟く妹のオレンジの髪が揺れる
そして、小さくミィと呼ぶと、飾ってある机がその四本の足で動き出して隣の部屋からおれが昔プレゼントした猫のぬいぐるみを持ってきた
うん、ゴーレムを作成する魔法だな
「こういうのも、ゆめ?」
「ああ、夢物語だよ。アイリスに向けて寝るときに話してた話もさ、あの世界で作られたつくりばなし
だからさ、魔法が使えるだけでお話になるんだ」
きゅっと胸元にぬいぐるみを抱き締めて、妹は何かを考え始める
「夢と、同じこと……」
「アイリス?」
「甘いの」
言われて、一粒摘まんで
「リンゴ」
「分かったよ」
アナが作りました!していた林檎味の飴玉みたいな菓子を選んで摘まみ直し、前の一粒はおれの口へ入れておく。うん甘い
「お兄ちゃん」
不意に灰色の瞳がおれを見る
「無いのに、なんで?」
「ナノマシンや、魔法のことか?」
「……有り得ないものを、どうして知ってるの?」
……そういう話か、と頷く
確かにそんな疑問もあるかもしれないなと妹の頭を撫でる
例えばなんだけど、
この世界は魔法も神も実在する。その証拠も存在するし
『実際私みたいに話も出来るわけですしね』
茶化さないでくれ始水と思考を読んで投げつけられる言葉に苦笑する
だが、そうだ。創造力というか、有り得ないものへの空想……ファンタジーやSFという物語ジャンル自体が非常に弱いのが、この世界だ。だから、有り得ない魔神の力を持つ変身ヒーローがコンセプトからして物珍しくて受けた
本は刷れるし劇もある。決して文化は未開ではないのだが、それでも特定ジャンルだけ異常に弱い
万能の力があるからこそ、この世界の人は骨董無形な夢を描かない
というか、その事に早くに気が付いていれば新ジャンルファンタジー小説の開祖として金稼ぎとか……
いや無理だな。おれに文才無いし
閑話休題
「あったら良いなと夢見たから、って言うべきかな」
うん、言葉にすると難しい
でも。奇跡がないからこそ、若しもあったらと夢を見た
「ゆめ……」
こくりと、少女が頷く
「アイリス?」
「わかった」
「何が?」
「パスワード。夢と未来」
真剣な灰色の瞳で机に置かれたマシンを見つめる妹
おれはそんな彼女の軽すぎる体を載せたまま、流石にそんな分かりやすいパスワードなんて甘いセキュリティは……
と、言いかける
が、それを言いきる前に、沸き上がる光が更に増え、空中に発光するナノマシンらしき緑の粒子が文字を紡ぎ出す
それは……
「よめ、ない……」
アイリスが即座に匙を投げておれを見上げる
確かに、妹には見覚えのない文字だろう
「夢は明日への希望。この言葉を継ぐ者達へ」
「読めるの?」
「
へぇ、と少しだけ感心したように頷く妹を急かし、先へと進む
膝上で安心しきった少女が操作するのに従って、日本語の文字が……
「かわ……らない」
困惑気味に預けられた体が強ばる
「……何かが、要る。共鳴する……ため、の……」
と、すればそれは
「アイリス殿下」
『contact!』
思考を遮るように扉を開けて現れたのは、正に今から呼ぼうとしていた相手
「すまないが、入っても大丈夫だろうか」