蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
眼を開いた時、見えたのはただ焔だけであった
「……
頭を押さえ、言葉を紡ぐのは初老に近付き始めた一人の若作りな男。その手に携えた人の手には余る大きさの大剣は、それそのものが燃えている
自分自身の小さな体は、最早火傷と痛みそして何より精神的な怪我でぴくりとすら動かなかった
蒼炎の中に佇む銀髪の巨漢。炎の中に沈む幼い子供
ああ、そんなCGもあった
此処からかよ、酷いな
そう、冷静に考えることが出来るのも、予めあの
その眼には、鮮やかな蒼い炎だけが焼き付いていた
次に目覚めたのは、ベッドの上
全治無し。まともに動けるようになるまで約二週間。一生焼け爛れた左目周辺は治らず火傷痕と生きていく。
治りについては何も言われていないけれども知っている。此処はあの道化が言っていた言葉を信じればおれの知っているゲームの中みたいなものなのだから
ならば、此処はゲームの中。そしておれは……その序盤お助けキャラの一人だ
遥かなる蒼炎の紋章シリーズ。おれが今その登場人物の一人になっているだろうゲームは、所謂乙女ゲームだ。ギャルゲー版もあるが
プレイヤーは聖女だと予言された主人公となって王公貴族も通う学園生活を送る
そして第一部の行動によって学園卒業後の個別ルートこと第二部があるという感じだ。ストーリーとしては、学園で成長し恋をした聖女(主人公)と仲間達が復活した魔神王達と戦う王道ファンタジー
だがこのゲーム、正直な話女性に受けはあまり良くなかった。話題にはなったが、評価はそこまで高くない。理由は簡単であり、ジャンルがSRPG+ADVであったから
あと、一部キャラを除いてHPが0になったら死ぬ。別ルートで攻略したお気に入りも普通に死ぬって話だからなこれ
極めつけには、シミュレーションゲーム部分の難易度は相当に高かった。どれくらいかというと、RTAだの最短ターンアタックやってたおれが、最高難易度の1発全員生存は運ゲー過ぎると言ってた程
だが、CGは良かったし、キャラも……SRPG部分に容量を取られ過ぎて重要イベント以外はパートボイスという部分を除けば声優も豪華で良し、という事でそこそこ受けはした。
というか寧ろSRPGとして面白いとか言って男性側に割と受けた。結果、元々SRPGだから女性キャラも多いしと男性主人公なギャルゲー版、そして次世代機で容量足りたからと男性女性双方のルートに容量の都合で削られたイベントやキャラも追加した完全版が発売された
更には続編みたいなものの構想もあったらしいが、(仮)として発表された頃に死んだようなので詳細をおれは知らない
そして、お前は弱いと言われるイベントを自分の体で体験した時点で、名前を呼ばれてなくとも自分が誰なのかは分かる。あのイベントは、とあるキャラの語る回想そのものだから
第七皇子ゼノ。それが、今のおれの名前である。
そう考えると、妙にしっくり来た。おれ……というか、これをゲームと認識していたおれの記憶は割と曖昧で、ゼノとしての記憶はしっかりとある。混ざりあったような感覚。おれはおれであり、ゼノでもある
目覚めても火傷で動けないのでもう少しおれの記憶を掘り起こす
第七皇子ゼノ。この世界の皇族の常として姓は無い。皇族としての籍を抹消される際に、婚姻と共に向こうの姓が付く、それがこの世界の皇族だから
ゲーム的に言えば、
一応最初の頃から設定はあるものの容量の都合上モブだった存在であり、完全版で追加されたもう一人の女主人公でのみ攻略出来るという特殊な立ち位置のキャラだ
第七皇子という肩書きから俺様系かと思わせて、割と影のある好青年という感じ
個別イベントでは、何時抹消されても可笑しくない皇籍程度の自分が平民出身とはいえ聖女の予言を受けた主人公に釣り合わない、もっと彼女には相応しくて幸せになれる相手が居る事に悩む、なんて本当に乙女ゲーなのかこれというキャラである
そして、救済枠だからかチョロい。あとは、彼の……今では『おれ』のルートへの導入はそれはもう滅茶苦茶に主人公が積極的だったりする
何より重要なのが……キャラとして追加された事で判明したのだが、ゼノは通常女主人公ルートでは分岐によって敵幹部と相討ちするか普通に負けたかは分岐するがどんな進行しても死んでいるということ
考察によると皇籍を抹消されて辺境の防衛に飛ばされ、侵攻してきた幹部相手に元皇子の責務として徴兵された皆を逃がすための殿を務めて死亡、だったはずだ
正直な話、死にたい訳がない。それなら転生なんて選ばない
つまり、急務としては生き残る道を選ぶこと。その為には……この世界が通常女主人公ルートでない事を祈る事しかない。或いはこの世界が難易度easy基準だと祈るくらいしか、やることがない
強くなって勝てば良いんだよと言いたくはなるが、相討ちになるルートでのゼノは、恐らくステータスが普通にカンストしている
その上で相討ちということは、強くなってもまあ勝てないだろうという話になる
実際問題、ドーピング含めてカンストしたゼノをもう一人ルートで相討ちしたらしい幹部とぶつけて再現してみた事もあるが勝てたのは難易度nomalが限界だったしな
じゃあ逃げるか?逃げれば殿なんて務めなくて良いから大丈夫?
そんな選択肢は無い。仮にも皇家、例え籍がその時には抹消されてようが護るべき民を見捨てて逃げて良い訳がない。というか、そんな事やらかすなら皇籍抹消はその心の弱さのせいだろボケで終わってしまう
さて、寝よう。考える時間はまだまだ沢山ある
火傷が疼き出したので、考えは打ち切っておれは意識を闇に沈めた
早急にやるべきことは……まずは原作より弱いなんて事がないように鍛えることか
実は結構難題だな!?
2週間と4日、つまり20日が過ぎた。この世界……マギ・ティリス大陸における1週間は8日。1ヶ月は6週間、1年は8ヶ月に当たる。1年は384日となる訳だ
この世界を創ったとされる七柱の神である七大天。
七大天とは、焔嘗める道化、山実らす牛帝、雷纏う王狼、嵐喰らう猿侯、滝流せる龍姫、天照らす女神、陰顕す晶魔の七柱。魔法の存在等あらゆる場所でその存在の痕跡が見える、この世界に実在する事が疑うべくもない神々
それに全てを束ねる者として想像される万色の虹界。それに合わせて月や日にも名前が付けられているが……そこは良いか、もう
閑話休題。正直な所言われた日付が今日から何日前何日後を指すのかさえ分かれば基本は問題ない話であり、あまり意味はない。ゲーム内でも一応表記されていたが、覚えてなくても何とでもなった。1日もやっぱり8つに分けられて火の刻から始まるのだが、刻一つが日本という世界では3時間なので24時間式で考え直せるし問題ない
重要なのは大体動けるようになるまで2週間であった火傷の大半が無視できるくらいまで回復したということ。顔の火傷は一生残るが、他は何とかなった。つまり、もう出歩けるということ。調査開始出来るということ
「……坊っちゃま」
そう、良しとベッドの上で握りこぶしを作るおれを、おれ専用のメイド……ではなく老執事は痛々しそうに見ていた
別に、おれの行動が痛い訳ではない。存在そのものが執事として見ていて辛い程に痛いだけだ、多分
「じい、大丈夫だ」
「しかし……」
「親父の……陛下の真意は伝わってるから」
分かるかボケぇ!と言いたいのを必死に堪え、そう返す
そう、陛下……あの焔纏って実の息子に消えない火傷追わせたボケにして帝国最強の当代皇帝のやらかした事こそが、多分おれが今のおれになった理由
この世界は、当然ながら剣と魔法の異世界である。聖女なんてものが居る以上当たり前だが。そして、そんな世界の人々は必然的に魔法を使う力を持つ。獣人は持たないから差別される
魔法属性は大きく分けるとやはり七大天の属性になる
そして、此処に一つだけ禁忌がある。相性が悪い属性同士、それも純属性とされる七大天の属性の二人は決して結ばれてはならない。その二人の子は呪われるだろう、というものだ
もう分かるだろう。あの親父の属性は火の純、メイドだったらしい母親の属性は水の純。おれ、第七皇子ゼノは、その禁忌を思いきり踏み抜いた忌み子なのである
何でも疲れた時に甲斐甲斐しく世話してきたメイドについうっかり手を出してしまったら禁忌の相手で、しかも1発で仕込んでしまったとか何とか
気の迷いで忌み子を作んないでくれ親父
因にだが、そんな忌み子を産んだせいで、母は死んだ。おれを産んだその時に、おれと共に呪いの炎に焼かれ、おれだけを必死に消火して、自分は燃え尽きた
……おれにある母の思い出は、左肩と臍にある小さな一生残る火傷痕と、父から母に子を産んだ際に贈られるはずだった、3回まで攻撃でない魔法を無効化できるアクセサリーだけ
そして、五歳の誕生日に子供は全員行う、属性を見幼い子供の弱い体では耐えられぬ為に眠っていた魔力を解放する儀式の際に、遂に禁忌の理由は明かされたのだ
属性:無し。魔力を扱えず、魔法も無い。当然魔法が使えなければ、魔法で色々出来る前提で8日に1度しか休みがなくても良いだろというこの世界での常識的なスケジュールがキツくなる
そんなことはどうでも良いがあまりにも致命的な事に魔力を使えないから魔法に対する障壁も一切無い。つまりは、SRPG的に言えばMP、魔力、魔防の3つの値のカンスト値が貫禄の0
ゲーム的には、固有スキルにその3つの上限を0にする効果が付いており、何しようが伸びない
そんな、人間相手では基本
それ故に、獣人と同じく魔法関係が0……いや恐ろしいことにもう一個魔法についての欠陥がある。そう、魔法があるのに全治無しな理由がそれだ
そもそも、回復魔法が効かないのだ、おれ。
アンデッドか何かかよおれ!?
そんな被差別対象である獣人以下、力をもって在るべき皇子としてはあまりにどうしようもない弱さ故に、周囲からはボロクソに言われ、泣き付いた実の父親にお前はどうしようもなく弱いとボコられ……というのが、第七皇子ゼノの過去だ。そして、今のおれの境遇だ
あの親父の本当に言いたかった事は、今のお前は弱いが、お前の父親は強い。父親の血を引いているのだからお前だって強くなれるはずだ。悔しさを糧に強くなれ、それだけがお前に出来ることだ。……なのだが
原作ルートにおけるゼノは、悩んだ末にその答えに辿り着いて立ち直っていた。そして、皇族としては失格スレスレも良い所だがお情けで籍を抹消されない程度の強さを手に入れて本編の学園に入学してきていた
言わせてくれ。正直原作ゼノはエスパーかと。幾ら父親が口下手で力で押し切るバカだと分かっていても五歳の子供がそんな真実理解出来る訳無いだろうと。超ポジティブヤンデレファザコン以外は親にすら見捨てられたと解釈して絶望、精神死ぬ以外のどんな結果が起きるんだよと
……だから、おれが産まれたのだろう。幼い純粋な第七皇子ゼノの意識は、父親に弱いと突き放された時点で壊れてしまった。その壊れた意識を、おれというもので修復した。それが、それこそが、ゼノであり、名前も覚えてない日本人だったおれなのだろう
「……陛下に伝えてくれ。武術の師を、おれに用意して欲しいと」
これで良いはずだ。分かっていると伝わるはず
「坊っちゃま!」
「頼むよ、じい」
それだけ告げると、おれはリハビリがてら部屋を飛び出した