蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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奪うもの、或いは転生者

「エッケハルト君は……どうなのかな」

 不安げに上目で、桃色の髪を揺らすドレスの聖女は赤毛の青年の瞳を覗き込む

 

 「……どうって」

 バツが悪そうに、おれに対して憤っていた青年は頬を掻いた

 「俺さ、第二の人生でエッケハルトになったって思ってた」

 その言葉を聴きながら、気にせずおれは謎の気配の居た場所を探る。既に何処かに立ち去ったのだろう、気配の主の姿は無い

 が、大きな影だけあって体重も相応だろう。其処に居た事実だけで十分推測しえる何かが残っている筈だ

 そう、肉球と爪跡が組み合わさったと思われる足跡のように

 

 「どう見る、人間」

 リリーナ嬢を下ろしたシロノワールが、おれの上から屈まずに足跡に目を向けて問う

 「大きな何かが居るのは間違いない」

 大きな熊とか、そういった巨獣と呼べるだけの大きさの怪物が

 

 「此処は学園管理下の森、どう考えてもそんな生物が居るのは平常じゃない」

 出発前に森への立ち入り許可を貰う事を含めてシルヴェール兄さんに訊ねたが、大きな魔物は森には放していないらしい

 飼育してはいるのだが、森の中でそんなものに立ち向かうなんて場違いなシチュエーションを作るつもりはなく、平地で戦う訓練の為なんだとか。だから、こんな巨大な足跡を残す生物は居ない

 

 「つまり、原因は……」

 言葉を無視し、じっと足跡を見つめる

 いや、これ見覚え無いか?何となく、何処かで見た足跡に似ているような……

 

 「焦げているな。火属性か」

 周囲の木々を少し浮かび上がって眺めるシロノワールが呟く

 「いや、雷だろう」

 焦げるという言葉に、正体に思い至る

 

 「……分かったのか」

 「ああ、足跡の正体は多分おれが知っている生物だ。だけれども……」

 と、おれは遠くへと目を向ける。遥か西方、今もおれの師が帰っている彼の故郷の方角を

 

 「わざわざこの森にまで姿を見せる理由は分からない」

 エルフ種もそうだが、幻獣っていうのは基本的にテリトリーをあまり離れない生物種だ。それはおれが一度も見たことがない牛鬼等でも変わらない

 神の似姿と呼ばれる彼等は、その神の属性魔力が強く満ちた地に住まうものだ。例えば天狼が常に雷が降る天空山の山頂付近に暮らすように、エルフが常に晴れる天属性魔力の濃い不思議な森から中々出てこないように

 おれを手助けしてくれているノア姫みたいなのが例外

 

 「これは幻獣の足跡だ。だからこそ……」

 「私に分かるように噛み砕いて言葉を紡げ

 ウォルテールなら出来るぞ」

 「そりゃニーラは四天王の中で唯一理知的だか……うぐっ」 

 降ってくる羽根が肩に突き刺さり、小さく呻く

 「私が言いたいことが分かるな、人間

 分からないなら滅びろ」

 と、冷たく言い放つシロノワール

 「アドラー・カラドリウスはもう居ない。だから今は間違っていない」

 「……そうだな」

 少し不満げながら理解したと翼を納める八咫烏

 うん、こいつ面倒臭いわ。親友もそこそこ理性的だろうがとキレるとかさ

 

 「兎に角だ。幻獣がこんな人里近くにわざわざ出てくるのは異様だ」

 「成程、異常か」

 「ああ。牛鬼が人を拐うなんて話はあるものの、それもあまり住処を離れての事じゃない

 おれが知る限り、人里近くで目撃されたのは……」

 「あのエルフの餓鬼」

 という言葉に、そういやテネーブルって皇暦元年には既に四天王やってたから750歳は少なくとも越えてるし、そうなるとノア姫ですら己の1/8も生きていない餓鬼になるのかと感心しながら頷く

 

 「ってノア姫は……いやノア姫もか

 それとは別に、天狼が子育ての為に降りてきた事が一度ある」

 正確には降りてこようとした事が。ルートヴィヒ・アグノエルによる呪詛を止めるためにか、産まれようとしている仔を危険に晒して呪詛に呑まれながら荒れ狂っていたから、原作通りの天狼事件が発生した場合の話だな

 

 「そうした特例でのみ、か

 私にも襲い掛かったあの天狼は」

 「あれが本来子育ての為に降りてきた天狼

 彼等に出会い、止めに動いたんだと思うが……ああいったように、そもそも住処以外で見かける方が珍しい。だから……」

 「幻獣が降りてくるだけの何かが別にあると言いたいのか」

 その言葉に、おれは深く頷いた

 

 「だから、言われて愕然としたよ。リリーナちゃんは結構深く転生の事とか考えてたんだなーって

 俺は軽かったし、ゼノはめっちゃゼノだし」

 と、話を終えてシロノワールと共に転生者二人の近くに戻ると、まだ転生した事への云々を語っていた

 

 「あ、ゼノ君!ゼノ君は……どう思う?

 優しいゼノ君なら、酷いことは言わないと思うんだけど……」

 少し不安げに、おれの手を握って少女が上目に問い掛けてきた

 ついでに、酷いこと言わないでねと釘をさされた。いや、言う気はないというか、酷いことを言うとただのブーメランになるからやらないが

 

 「おれまで聞きたいのか」

 そもそも聞く必要あるのか、と聞いてみるが……

 「ゼノ君はメインキャラの一人、攻略対象だからそりゃ聞いておきたいよ」

 と言われてしまう

 いやリリーナの攻略対象じゃなくないか?と言いたいがまあ良いか

 

 「基本的におれのスタンスはシロノワールとそう変わらない。返せるならば返すべきだ」

 「……うん」

 そうだ、おれだって勝手にこの世界のゼノに記憶をインストールして適当な事やってる訳だしな。勝手な事をやらなくて済むならそうすべきなんだ

 

 「だからリリーナ嬢。貴女が本当の、えーと」

 「恋。門谷恋(かどやれん)

 「ああ、そうだった。貴女がその肉体を本来の持ち主に……(レン)ではない貴女の語る物語の主役であるリリーナ・アグノエルの魂に返したいというなら、その方法を探す手伝いもする」

 ひとつ頷いて、指を折る

 「一応だけど、手助けできそうな相手も知っているし、何とかやれるとは思う」

 そう、アルヴィナである。おれの中の獅童三千矢を呼び出せたように、本来のリリーナの魂だって呼べる気がするからな

 

 まあ、そもそもその為にはアルヴィナを拐ってこなきゃいけないんだが……

 

 「ただ、もしもうまく行かないなら」

 目を一度閉じて握られた手をほどき、此方からしっかりとすべすべした肌の手を握る

 

 「その場合は、せめて幸せに全力で生きるべきだ」

 「……え?」

 虚をつかれたように、リリーナ嬢の眼が丸くなる

 

 「リリーナ嬢。貴女が願って肉体を奪った訳ではないんだろう?」

 「うん。カーディナルって神様?が転生させてくれるって言ってたから頷いたの」

 

 幼馴染の反応がない。語ってくれるかと思ったんだが……

 いや道化の話にユートピアと共に名前が出てきてたな。紅蓮卿(カーディナル)って。恋い焦がれた事は?と言っていたから多分女神だ

 いや、それしか分からないが

 

 「そうだ。君のせいじゃない

 なら、もしも何とも出来ないなら……せめて、本来の持ち主に誇ろう」

 「ほこ、る?」

 「貴女の体で、貴女のお陰で、幸せな第二の人生を送ることが出来たって」

 「それ酷くない?」

 「酷いさ。でも……」

 奥歯を噛み締める

 

 「総てを奪っておいて……不幸だったと奪った意味すら台無しにするよりはまだ良いって、おれは思う」

 「ゼノくん……」

 「せめて奪ったことに、第二の人生に全力に生きて価値を作るんだ」


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