蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
びくりと肩を震わせ、時が止まっていた(不可抗力)事で何一つ役に立つことはなかったエッケハルトが焦りを顔に浮かべる
彼とてユーゴ・シュヴァリエという少年……いや今はもう姿を変え青年となった眼前の男の恐ろしさは身に染みて分かっているのだろう。何たっておれと共に一度戦ったのだから
分かってないのは……
「え?転送魔法?」
呆けている桃色髪の転生者だけ
というか、この態度の時点で彼女のゲーム理解度が良く分かるな。AGXだ何だの物語の大筋から外れた転生者同士で片をつけるべき
AGX-ANC14B 《
蒼輝霊晶?なる結晶の防御と、時空渦転システム《ティプラー・アキシオン・シリンダー》?と呼ばれる空間歪曲の二重に護られた
5年前に何とか中破以上に追い込めたATLUSとは異なり、傷一つ付けられる気がしなかったし……今も恐らく届かないだろう銀腕
「ねぇゼノ君とエッケハルト君。彼って何者なの?」
「やべー奴」
と、端的に告げるのは炎髪の青年
実際にそれで良い
「ねぇ、ユーゴ君?……だよね?
私達に用があるの?」
そう聞いたのに、案外呑気に少女は……おれの背後に身を隠しながらもそう問い掛けた
いざとなれば連れて逃げられるようにか、アウィルの事は分かっているのか一切の動揺を見せていなかった元愛馬アミュグダレーオークスは背を低く少女を乗せやすい姿勢で苛立たしげに蹄を鳴らす
「リリーナ嬢、それはあまりに」
「大丈夫」
任せて、と少女はおれに慣れていなさげなウィンクを返した
「ユーゴ君、私への好感度一応+って感じでそんなに低くないから、問答無用ってならないと思う」
……案外便利だな、その好感度が見える目。敵意を秘めた相手は相手が猫かぶりしてても避けられる
「ねぇ、答えてくれると私嬉しいんだけど」
何時でも呼べる筈の封光の杖は呼び出さず、乙女ゲーム主人公だけあっておれでも見惚れそうになる太陽のような邪気の無い笑みでその少女はユーゴに問いを投げ続ける
『クルゥ……』
アウィルが纏うオーラの出力を下げて一度は展開した甲殻を閉ざし、おれも左腰のホルダーに鞘をマウント。ロックは掛けずに何時でもすぐ引き抜けるようにだけ注意する
リリーナ嬢が上手く行くかは分からない。正直ミスするんじゃないかと思う
だがそれでも、おれは彼女が乙女ゲーム主人公として動くのをフォローすると言ったのだ。邪魔はしない
「用?我にそんなものあるかよ」
相変わらずの尊大な言葉が響き渡る
「ってかマジで何時まで死んでんだよマディソン」
降り立った青年が、首の無い青年の胸を土足で踏みつけた。そのままグリグリと襟元に向けて泥を塗り付ける
うん、酷いわこれ。割と可哀想というか……ここまでされる謂れはないだろマジで
「ただ、てめぇ見張ってろと絶対に負けないだろう蒼輝霊晶を……精霊障壁を出せるよう手を貸して放り出したのに勝手に死にやがったし蘇ろうとしないからふざけてんのかってだけ」
すっとその瞳が細くなる
「別によ。アガートラームの制御キー……アストラロレアXが直った訳でもねぇし、今はまだやりあう気も無いっての」
その割には背後にアガートラームの腕が見えるんだがな、と言いたいがとりあえずは話を聞こうとして……
「でも、ああ。このクソ皇子を赦すほど、我気が長くねぇんだよ。死ねや」
ばさっと大袈裟に青年が腕を振り上げた
「グラビトンジャッジメント!」
その刹那、全てが超重力の世界に包まれた
「うぐっ!」
振りかかる馬鹿げた重力に呻く。勝手にホルダーから鞘ごと愛刀が地面に落ち……そして大地に深々とめり込んでいく
「うぎっ!?」
エッケハルトはその炎髪を振り乱して苦しみ
「う、きゃぁぁぁっ!?」
痛みに耐えきれずにリリーナ嬢は地面に丸まって何とかやり過ごそうとする
愛馬はオーラを纏うや大地に横になった。恐らくだが……無理に立っていれば足が砕けると思ったのだろう。まともに立っていられるのは、何とかまだ耐えれているおれと……
『ルクゥ!』
桜色の雷を纏うアウィルだけだ
とてつもない重力に、森すらもその外観を喪っていく。葉が落ち、枝が折れ……幹が砕けて擦り潰されていく。森であった場所が、かつて木々が繁っていた荒れ地へと変えられて行く。森が葉屑と木屑だけが残る地盤沈下したひび割れた荒野に変わるまで、10秒とかからなかった
それこそが……かつてシャーフヴォルとATLUSが放ったグラビトンフィールドを越える超絶重力。グラビトンジャッジメントなのだろう
「あ、がっ!?」
立ち上がることなど出来はしない。膝を付き、ひび割れて沈み始めた大地の中、精々が座り体勢を維持できるだけだ
「……ってか、いい加減起きろクソボケ。魂に反応する蒼輝霊晶がお前を重力から護ってる時点でお前が単なる死骸じゃないのは分かりきってんだよ」
青いオーラを纏い唯一自由に動けるユーゴが同じく青いオーラに包まれた青年の首無し死体を蹴った
「助けが来るまで勝てないかもしれないからっておっ死んでのうのうと寝てんじゃなねぇよ。そもそも死ぬな。蒼輝霊晶くれてやったのに死なれたとかシャーフヴォルとかに滅茶苦茶馬鹿にされんだよ。我に何の断り無く死んでんだよてめぇに自分勝手に死ぬ権利があるとでも思ってんのかクソボケがァァァっ!」
首の無い青年の遺骸は息も荒く金髪の青年の高そうなブーツを履いた足に傷つけられ……
「まあ良いか。とりあえずあのクソを殺してリリーナを確保くらいは……」
「始水!」
あまり頼りたくはないが、今はこれしかない!
そう幼馴染の名を呼ぶが……返事がない。何時もなら要らないタイミングですら語り掛けてくるくらいにフリーダムだというのに何か……
「ティア!」
ひょっとして今の名前で呼ばなきゃ駄目だとでも?とばかりに名を呼ぶが当然返答はない。何か……向こうは向こうで問題が起きているのかもしれない
ならば!
幼馴染に言われた言葉を思い出す。かつて彼らと対峙した時の状況を思い返す
そして……大地に半ば以上埋まった鞘から愛刀を引き抜くと……
「ぐっ!」
おれは、その蒼き刃を己の腹に突き刺した
「……は?自殺?」
「ゼゼゼノ君!?勝ち目がなくても自殺なんて……」
おれが
情けないが……頼らせて貰う!
「来い!