蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
「……大体、こんな事が」
おれのその報告に、燃える紅蓮の瞳を閉じて、銀髪の男はふむ、と唇を吊り上げた
「成程な。友人に振られた訳か」
「父さん、それは……」
「まあ、半ば冗談のような言い方だがな。要はそういう話だろう?」
くつくつと机を挟んで向かいで含み笑う父皇シグルド。良く胸元で組む腕をほどいて一つ打ち合わせなどするあたり、本気で愉快そうだ
「まあ、確かにエッケハルトとはおれとしては仲良くしていきたいから、振られたでも良いのかな……」
「で、代わりがそこの」
ちらりと炎の瞳がおれの背後を見据える。其所に居るのは、さも当然の面をして城の皇帝執務室(謁見でも何でもないので当然ながら玉座の間ではない)にまで着いてきた巨大生物。硬質な甲殻とふかふかの毛並みを持つ一角狼……天狼アウィルである
「久しいな、そやつも。雌の方か?」
『ワゥ!』
幼い頃だが覚えているのだろう。行儀良く脚を揃えて姿勢を低くした狼はこの場の所有者へと気負うこと無く一声吠えた
「そうか。全く、女に好かれることに全才能でも注ぎ込んだか貴様
というかだな、皇帝の前に堂々とペットを持ち込むのか貴様は」
「すまない父さん」
と、無礼を詫びようとして……天から父の降らせた金属塊が脳天に激突して中断させられる
「阿呆が。幻獣をペット扱いされて頷くな。そちらの方が無礼だろう」
「い、いやそうかもしれないけれど」
『ククゥ?』
ちょっと心配そうにその蒼い瞳を動かす狼に大丈夫と頭にはあえて触れずに目配せ
「まあ、良い。戯れだ」
「戯れなのか」
「で、だ。そこな天狼は良いとして……貴様は何故当然とばかりに面を晒している?」
少しだけ細くなる瞳。皇帝の眼が射抜くのは……おれの背後で優雅に何時もの飾らないワンピースの裾を整えて座っている長耳の少女であった
そう、ノア・ミュルクヴィズ……ノア先生である
いや、何とか戻ってきてそのままヤバいから父に即刻報告に……というところで、当然のように着いてきたんだよなノア姫。あら、脚折れた人間が何を言うのかしらとばかりに
これでも一応皇子、城にはフリーパスみたいなものなんだが……。いやフリーパスでは無いし実際忌み子がと門番には睨まれたが、僕の弟に用かな?とひょいと現れたルー姐によって即座に事なきを得た
というか、だからこそこんなにのんびりしている。本来なら、一刻も早く言うべき話が一個残っているんだが……その話をルー姐にはもう伝えたからな。皇狼騎士団が動いてくれるなら大丈夫だ
「あら、ワタシが居ては可笑しいかしら?」
「別に構わんがな。
その声に、優雅な態度を崩さずに相手を責めるような瞳を向けるノア姫
「アナタのせいよ。あまりにも親としては不甲斐ないようだから、仕方なくワタシが彼を見守ってあげているの」
楚々とした桜色の唇から無感動に紡がれるのはそんな言葉
……ん?おれどんな扱いなんだそれ
「ああ、理解している。
自嘲気味に嗤う父
おれはそこまで気にしていないというか、厳しいし分かりにくいが気にかけてくれただけで助かってはいたんだが……
「つまり、エルフよ。お前はこの阿呆の親代わり、ノアママという訳か」
「いやその解釈はどうなんだ」
思わず突っ込みを入れる。ノア姫は確かにエルフとは思えぬほどに手助けしてくれてはいる。居るんだがママってそれはさすがに
「だそうだ。ノアお姉ちゃんの方が良いらしい。それとも……恋人のノアちゃんかな」
「……あんまりからかうんじゃないわよ」
「すまんな、あまり気負わせずからかえる相手も居らん。冗談の通じん奴が多いゆえな」
反省の色もなく、態度を崩さずに告げる父に、黄金の髪のエルフははぁ、と溜め息を吐いた
「その怖さのせいでしょう?まあ、ワタシとしては何でも別に呼ぶ分には構わないけれど」
「じゃあノア姫」
「だから何なのよその珍妙な敬称。ワタシでも間違ってると分かるわよ。姫"殿下"、若しくは姫"様"でしょう?」
まあ良いのだけれど、とエルフの姫は肩を竦め、それを愉快そうに父は眺める
「で?結局その馬鹿共の護っていたものは何だった?」
と、ひとしきり笑った父は漸く本題を切り出す
全く、ワタシで遊んでる暇あるの?息子が脚折れてるのだけれどとずっとノア姫はじとっとした眼をしていて
「アウィル」
椅子に座ったおれは背後に控える狼を呼ぶ
「説明してあげて」
『「びりびりするとどーんじゃよ?」』
響くのは、おれにも教えてくれたそんな言葉
うん、実にアウィルというか、何言ってるんだ感ある
「くくっ、分かるように言い直せゼノ」
「つまり、地雷らしい」
「ほう、地雷とは何だ?」
その言葉に、そういやこの世界にそんなもの無いなと思い出す
「地雷というのは……簡単に言えば誰かが踏むと壊れて爆発するように坪に爆発魔法を閉じ込めて地面に埋めておく罠みたいなものかな」
ほう、と父は頷く
「で、その魔力関知版が仕掛けられているのだと。普通に考えればどんな魔法だとなるが、次元が違えば軽く可能か」
『「ぬしの香りを辿ると、びりびりしておったからアウィル慌てたんじゃよ?」』
「成程な。撃退して気を良くして何を護っていたのかと近づいた馬鹿をその地より轟く雷とやらで吹き飛ばす二段構えという訳か」
「多分アナとかリリーナ嬢とかの殺したくない相手が来たらそう強くはないから刹月花で捕らえ、そうでないなら殺せれば良し、数が多くて抜かれてもその爆発で殺せるから問題ない。って話だったんだろうと思う」
「で、それをそこな狼に教わって逃げ帰ったと」
こくりと頷く
そして、誉めて誉めてとばかりに寄ってきたそのお手柄狼の耳の裏を軽く撫でてやった。うん、実に助かるし安上がり。シロノワールとは違うというか……
あいつ当然の面で高級品食っていくしな。まあ、元が魔神の『王』なんだから舐められないようにって話なんだろうけど
寧ろアウィルが安物のジャーキーだので満足してくれるのが安すぎるだけか、これ
「……対応は」
「近づかなければ怖くない。だからルー姐が誰も興味本意で来ないように封鎖をしてくれるって」
「まあ、あやつの言葉があれば効くか」
で、だと男はおれを見る
「あやつはまだ女の格好か?」
「じゃなきゃルー姐じゃなくルディウス兄さんかルディ兄って言うよ」
その言葉に、あの馬鹿……と皇帝は額を抑えた
「あの馬鹿が……」
「というか、どれだけ教育失敗してるのよアナタ。馬鹿なのかしら?」
冷たいノア姫の言葉だけが、静まった部屋に響いた
「何だ、聞きたいのか?確かに
「というか、妻の方はどうしたのよ。そっちがまともなら何とかなるでしょう?」
「こやつの母などは死んだが?」
その言葉に、一度エルフの姫は形良い唇をきゅっと結んで言いかけた何かを飲み込む
「ええ、馬鹿馬鹿しすぎて困るもの。少しくらいこの彼の更正に役立つなら是非聞きたいわ」
そして、少ししてそんな肯定の言葉を紡いだのだった
おれも聞くか。実は今世だと母さんとの思い出なんて何にもないしな、おれ。いや、前世の方ならあるかと言われても小学生の頃に死んだから結構曖昧なんだが……体が弱くて良く寝てたことは覚えてるけど