蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
「父さん。結局母さんはどういう人だったんだ?」
貰った干しリンゴを食べ終わり、椅子に座ったおれの膝に顎を載せてくるアウィルの耳の裏を手慰みに掻いてやりながら問い掛ける
『クルゥ』
何処か寂しそうな狼に構うのは止めない
産まれたその時に母を喪ったという点ではこの天狼兄妹だって同じことなのだ
おれには同じように欠点を抱えた妹(まあ忌み子というよりは力が強すぎる側と逆なんだが)が居た
次期皇帝の位を争うライバルとしてすら兄妹には認識されない事も多かったものの、ルディ兄は母が同じアイリスの事もあってか気にかけてくれていたりもしたから兄も居た。シルヴェール兄さんもそれとなくだから、二人もだな
けれど、この兄妹にはそれが無い。何なら暫くは父とすらろくろく会えなかった
賢い狼だ。父母の話だとくらいは分かって、寂しさを募らせるのだろう。だから幼い頃に居たおれに寄ってくる
その耳を掻いてやることで、少しでも寂しさを紛らわせられるなら
そう思いながら、耳はしっかりと父の言葉に傾ける
「知っての通りだ。面白い奴だった
まあ、自分が出来ることだと思ったらその結果どんな損害が出るのかを考えずにとりあえず突っ込む、その辺りはお前にも引き継がれていると言って良いだろう」
「酷くないか?」
「寧ろ余りにも当然の話じゃない。アナタだって似たような事やったりしたんじゃない?」
ほら、ワタシは良く知らないけれど、そのユーゴという相手に対して、と小首を傾げてエルフが問い掛ける
いや、考えてみればそれもそうか。勝てると思って酒の勝負を挑むのも、勝てると信じて決闘を挑むのも、どちらも地位的に問題があって、それを屁理屈でごり押したわけだしな
「アナタのその性格、母親譲りなのかもしれないわね」
呆れたように少女はじとっとした眼でおれを見つめる
「いえ、アナタ別にその母に育てられたという訳ではないようだし、なのに似るのも可笑しい話なのだけれど」
「そうか?案外産みの親に似るものらしいが」
「環境次第じゃないの?」
ほら、とエルフの姫は肩を竦める
「例えばワタシはリリーナと違って」
と、少しだけしまったと言いたげに目をしばたかせ、エルフの姫は続ける
「あの桃色聖女ではなく、ワタシの妹の事よ、分かってるとは思うのだけれど
そのリリーナに比べて、お祖父ちゃん子なワタシの性格は……ええ、端的に言ってプライドが高くてキツいでしょう?アナタ達人間に聖女伝説の一つとして伝わる祖父ティグルのように」
その言葉にいや?とおれは首をかしげた
「ノア姫は結構優しくないか?」
「あら、それなりに厳しく指導してあげたつもりなのだけれど、足りなかったのかしら?」
「そうじゃなくて。言葉の表面は厳しくても、しっかり考えてくれてる
最初は流石に焦ってたのか、結構酷かったけど」
って苦笑しながら頬の火傷痕を掻く
そういえば、この辺りに紅茶をぶっかけられたよな、と思い出に浸りながら
「ええ、ワタシにも余裕が無かったのよ」
「と、大分甘い本性が見透かされている訳だが……
「ああ、もう。好きに判断しなさいよ」
少しだけノア姫はむくれて膝上で右手を握り、淡い金のポニーテールが揺れる
「兎に角よ。どこか人懐っこいあの子や両親に比べて、エルフの誇りをって思ってお祖父ちゃんに育てられたワタシは旧態依然としたエルフ
それはそうでしょう?だから、境遇で変わるのよ」
「そんなものか?」
何となく納得してみる
「……というか、母さんの話は結局全然だな」
「そうね」
『ルゥ!』
おれのぽつりとした言葉に口々の同意
それを受けて、鋼の髪の男は珍しく困ったように目線を落とした
「といってもな。
珍しく怪我をした際に気の迷いで手を出した以外、そこまで深く関わった訳ではない訳だ」
「呆れた人。妻相手にそれ?」
「当初は妻にする気も無かったからな。手を出した以上責任は取るかというくらいの話だった……筈だったのだ」
その言葉が重くのし掛かる
「でも、おれが……忌み子が産まれてしまった」
「そうだ。最初は基本的に産まれずに死んでいくもの。それ故に気の迷いの子が流産する事は悲しいがと思っていた
が、お前は産まれた」
「だから、母は燃え尽きた。最後におれの火を受け取って」
苦々しく腹を抑える。あまり人に見せたことはないが……おれの臍にはその時の火傷痕が残っているのだ
「自分を責めるな。忌み子として産まれた責任はお前には無い
ジネットとて、その責任を負わせるためにお前を生かしたのではないだろう」
静かな声がおれを打つ。それでもだ
どうしても、考えざるを得ない。話を聞けば聞くほどに、母について知れば知るほどに……
「というか、どうしてアナタが何とかしなかったのかしら?
呪いで焼け死ぬのを傍観していたとでも言うの?」
責めるようなノア姫の声も、どこか遠くて
「皇帝は全員の生誕に立ち会わんのなら子の産まれに立ち会うなというのが習わしでな。皇帝たるもの、特定の子を次代として肩入れする事は望ましくない訳だ
まあ、女帝であれば当然全ての我が子の産まれに立ち会う以上平等だが、己はそうもいかん。それにな、どうせ流産と思っていた故、寧ろ慰めの言葉を後々かける方向で考えていた」
「で、蓋を開ければこれと
馬鹿馬鹿しい」
「そうだな。あまりにも阿呆だ」
父の声音には、少しだけ寂しげなものが混じっていて
「ジネットであった灰とこやつを見た時、初めは殺してやろうかと思った」
そうだ。最初から……
「阿呆が!」
一喝する怒号にびくりと肩を竦める
膝が震え、顎を跳ね上げられたアウィルが少しだけ不満げに鳴く
「皇族の名は、戚の側が付けるもの
あいつは最後に、お前の名を残していた。ゼノ、と
『忌み子として産まれ遥か暗い未来しか見えないだろう息子にも、未知なる何か輝かしいものがありますように』という祈り」
おれの瞳を見据えて、男は吠える
「その願いを聞いては、妻の敵だろうが、忌み子だろうが、殺せる筈もない
だからお前は此処に居る。願われて、望まれて産まれてきた。それを忘れるな」