蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
少し憮然としてなにかを考えていそうなノア姫とも別れ、狭くて暗いが立地の良い何時もの場所へと戻ろうとして……
その前に一つの影を見つけ、足を止める
「……シエル様」
柔らかなシルエットと揺れるサイドテールを見間違える筈もない。それはアナだった
仮にも聖教国から来た腕輪の聖女だからだろう。ワンピースの神官服を何時も着ている彼女は、何処か所在無さげにおれ用の小屋の扉を見詰めていた
「あ、皇子さま」
と、おれの気配に気が付いたのか少女はぱっと此方を振り返り……
「と、ええぇっ!?」
ルァゥ!と元気に挨拶する狼の姿に目を見開いた
「え、え?
……アウィルちゃん?」
『ルルゥ!』
と、強靭な甲殻に覆われた前足を上げるアウィル。いや、端から見たら化け狼が鋭い爪のある前肢を振り上げる恐怖映像なんだが、怖くないんだな
「皇子さま、この子アウィルちゃんの方……ですよね?」
『「アウィルじゃよ?」』
「喋りました!?
え?どうしたんですか皇子さま!?わ、わたし何がなんだか」
目を白黒させてキョロキョロと辺りを見回す銀髪の少女に出来る限り優しく笑いながら、おれは手を叩いてアウィルに指示する
と、白狼は狼というよりは四つん這いの子熊とでも言うべき100kgは越えているだろう体重と体躯からは思いも付かない軽やかさでおれの前に躍り出ると行儀よく座った
「アウィルは、おれ達を助けに来てくれたんだ。変な匂いがするって」
「そうなんですか?」
『「アウィルが産まれた時にもあった、やな匂いが最近酷いんじゃよー」』
頭を下げて鼻を前肢で抑えるようにして、アウィルは唸る
「だから、皇子さま達を?
本当に有り難う御座いますアウィルちゃん」
ぺこりと頭を下げる少女に、白狼は気をよくしたように尻尾を一度くゆらせた
『「もっとアウィルを褒めるんじゃよ?」』
「褒められると嬉しいらしい」
安上がりだ
「はい、心強いですアウィルちゃん!」
『グルゥ!』
頭を高くする天狼スタイル……ではアナの頭辺りまで額が上がってしまうと頭を低く、狼は唸る
暫く、その頭を昔のように銀の少女は撫で続けた
「そうです、大丈夫だったんですか?」
と、ふと気が付いたように少女が問いかけてきたのは……流石に近いからってこの小屋にアウィル入らないよなとおれが思い始めた頃であった
昔のアウィルは頭に乗る大きさで行儀が良かったから部屋に連れ込めたんだが……大型犬よりデカイ今のアウィルを寝床しかないに等しい掘っ建て小屋には入れられない。これはもう、行儀とか関係なくスペースの問題だ
「ああ、アウィルのお陰もあって」
自慢げな狼を立てながら告げる
いや、真面目にアウィルが居てくれて、桜色の雷を使ってくれなければリリーナ嬢の体があの重力下で持たず大怪我したかもしれないし、持ったとしてとても何らかの魔法が使える余裕はないだろう。お手柄なのだ
「……そうじゃないです
お怪我の方は」
「大丈……」
言いきる前に、乾いた音がした
痛みは無い。だからこそ、少しの間何をされたのかが全く分からなくて……右手を抑えるアナに、漸く頬を叩かれたのだと理解する
「シエル様、何を」
「嘘」
「無事なことは」
「嘘言わないで下さい!」
きっ!と温和な表情の似合う彼女には似つかわしくないきっ!とした睨む瞳がおれ……の足元を貫く
「脚の動きが可笑しいです、近づく足音に金属音も混じってます」
……バレるのかよそれ
「皇子さま、折れた足に金属の支え棒を巻き付けて誤魔化してますよね?」
「アナ、昔金属仕込んだ高下駄を履いてた事があるだろ?それだよ」
「燃えた軍服の代わりに適当なシャツ一枚羽織って、同じく焼け痕の残る革靴がですか?
そもそも、添え木見えてますよ?」
「本当か」
足を上げたとして両足に負担を分散するから耐えられているから無理だと理解してアウィルにさりげなくもたれ掛かりつつ左足の靴を確認しようとして……
「ほら、折れてるんじゃないですか」
靴は流石に金属仕込んだものを履く余力がなくて履き替えた軽さを追求した新品だった事を思い出す
肩を竦めるしかない
「折れてるよ。でも、それくらいだ。どうせそのうち治るから、被害なんて無いに等しい」
「治るから良いなんて、そんな訳ありません!」
と、少女はその小さな手でおれの右手を取り、包帯を巻いて固定した折れたそれに顔をしかめるもそれで止まらずに手を引いた
「行きますよ、皇子さま」
「いや、何処にだ」
アウィルを泊めるために男子寮の上の方の階(機虹騎士団の為に最上階の片方の部屋を寮代はガイストが出してくれて取っている)使うしかないかと思っていたのだが、男子寮とは逆だ
「わたしの部屋です。こんな場所に怪我人を押し込める訳にはいきませんし」
「こんな場所って……」
うん、女子寮付近の板作りの簡易小屋は確かにこんな場所だな。不満はないんだが
「そもそも、なんで建物とも言えないような場所なんですか。明らかに」
「いや、聖女様を護るためという名分から女子寮に近くなければいけないものの、本来男性がみだりに近付くべき場所ではない。立ち入っちゃいけないんだ
役目が終わり次第即刻潰さなきゃいけないのにまともに暮らせる施設を用意する方が変だ」
「……理屈の上ではそうかもしれませんけど、可笑しいんです
だから、怪我人はちゃんとしたベッド行きですからね」
弱い力ながらぐいぐいと引かれる手
「……変な噂が立つ」
「皇子さまが苦しむくらいなら、噂くらい良いです」
尚も少女は譲らない。力の差は歴然、正直な話振りほどくのは簡単なんだが気持ちの問題で突き放しきれない
「いや、そうじゃなくてさ
ゼノ君に浮気されたってなったら婚約者な私が困るんだけど!?」
……降ってきたのは、意外な助け船であった
そう、桃色聖女様である
「その割に、エッケハルトさんを連れ込んだり……」
「あれはゼノ君の友人としての相談だから!潔白!セーフ!ちゃんと他にも見てる人居たし!」
助け船は案外弱かった
「いや、その通りだ。大丈夫だよアナ、アウィルを野宿させる訳にはいかないから、暫く騎士団に泊まるからさ」
その言葉に、不承不承といった感じで少女は手を離した
「きちんと傷を治すまで安静にしててくださいね皇子さま、絶対ですよ?
無理したら……また監禁しちゃうかもしれませんからね?」
背筋が少し寒くなる
「分かってるよ、足が折れてちゃ上手く走り込みも何も出来ないから早く治す」
「あと、来週の新入生歓迎会なんですけど、やっぱり騎士団の誰かの護衛が必要なんだからわたしのエスコートを……」
「いや、そこで婚約者の私無視されたらさっきの警告そのままじゃない!?」
次回予告
迸閃の祈りと共に、一つの計画が動き出す。
それがもたらすのは、一つの決戦。星の名を抱く少女の描く物語の第三幕が、此処に現出する。
其は、共に歩む希望を信じた祈り。其は、幾多の願いを込めた百獣王。
一つの再会が、譲れない魂の激突を呼び覚ます。
「エマージェンシーフュージョンッ!」
次回、蒼き雷刃の
血戦!
「ダァィッ!ラァイッ!オォォォォウッ!」