蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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前準備、或いは宣戦布告

「ボクは……」

 ぽつぽつと降る雨の中、何かに護られたかのように水滴がヴェール付近から逸れていく

 此処に居るのが可笑しい筈の少女はただ、其所に立っていた。ヴェールのせいで表情は見えず、記憶の中より豪奢なドレスも、何らかの意味を見出だす事は出来ない

 ただ、胸元のちょっぴり開いたアルヴィナが着るにしては珍しい形のドレスの端から、良く良く見れば掛けている大きな宝石のネックレスとは明らかに材質の違う水晶体が見え隠れしている

 

 それは、何処か月花迅雷が散らす花弁のような形の輝きで……

 「アルヴィナ」

 間違いない。おれが覚えている限り、彼女の胸元を見たのはたった一度。魔神狼として、力尽きたおれの代わりにATLUSと戦ってくれた最後の一瞬だけ

 けれども、その時、どんどん結晶化して砕けていく小さな黒狼の胸元に、綻ぶ花の蕾のような結晶が生えていた

 

 だから、晶魔のような結晶質が胸元から生えている少女は、アルヴィナとしか見えない

 「……皇子」

 意を決し、顔の横のヴェールの隙間に手を入れて、ふわりとかき上げる

 下から現れるのは、ちょっぴり跳ねた夜空のような黒髪と、そこに浮かぶ満月のような丸っこい金眼。左目が雲間に隠れるように、伸ばした前髪に遮られて半ばメカクレになっているところまで含めて記憶通り

 

 「やっぱり、アルヴィナだ」

 「そう、ボク。やっぱり覚えてるんだ、皇子は」

 「当たり前だろ」

 「違う。ボクの記憶、消えてないのが変」

 その言葉に、可能な限り笑って返す

 

 「知ってるだろ、アルヴィナ。おれは彼等と同じく真性異言(ゼノグラシア)なんだ。だからだよ」

 と、少女の瞳がおれの目ではなく、肩を見据えている事に気が付く

 

 「皇子。カラドリウスは?」

 「テネーブル」 

 と、唇に当たるひんやりしたもの

 アルヴィナの指だ。白く細く小さな少女の左手人差し指が、しーっというようにおれの唇を言葉を遮るべく当てられていた

 

 そして、ぷくりと膨らまされる頬。そう表情の変わらないアルヴィナにして珍しいぷんすか顔

 そこに意味があるとしたら……

 

 「やはり、貴様が……っ!」

 と、ギリリと無駄に大きく歯軋りの音を立てて怒りを顕にする

 それを受けて、眼前の魔神の姫はこくりと頷くと唇に当てていた指を離し……小さくぺろりと自身の舌で指を舐めた

 

 「そういうことか?」

 「うん。名前を呼んではいけない王

 防げてるとは思うけど、その名前で裏切ってないか音を聞くスイッチが入るかもしれない」

 そういうことか、と納得する

 アルヴィナの前だからとシロノワール=テネーブルとして本名の方を出したが、アルヴィナは多分裏切りを疑われている状態なのだ。更には、ドシスコンだから酷いことにはしないだろう本来の兄は今やシロノワールやってるからな。バレたら何をされるか分からない

 バレることを警戒するに越したことはないから止めたんだろうな

 

 「話すことは良いのか?」

 「大丈夫、乙女の……秘密

 覗こうとしたら、ウォルテールが怒る」

 「心配なんだが?匿名希望氏にベタ惚れだろうに」

 「犯人氏に片想い兼、ボクの母の親友。友情は、今は負けない」

 「そっ、か」

 ぴこぴこと揺れる耳を見つつ、おれはふーんと思って

 

 「そうだ、帽子」

 「今は良い」

 返してやれと言われていた事を思い出して取りに行かないとと騎士団の溜まり場を見上げるが、袖を引いて止められる

 「もう要らないのか?」

 「要る、絶対

 でも、持って帰れない」

 そう言われ、袖を掴む手をマジマジと見れば……文字通り透き通った指先をしている

 そう、本体じゃないのだ。影、しかも四天王等が使っていたアレと違い、戦闘能力も稼働時間もほぼ無いだろう簡素な作り

 

 「そっか、なら今は渡せないな」

 納得してぽんと少女の頭に手を置きつつ、問い掛ける

 「なら、どうして来たんだ?」

 「教える。でも

 シロノワール、何処?」

 そういえば、先にそれを聞かれてたな

 そう思いながら振り返り、背後にある大講堂を視線で示す

 

 「例のアレに対抗するにはアルヴィナの友人パワーが要るからって、彼女の近くで落としにかかってる」

 リリーナ嬢を標的にしてるかもしれないが、地雷踏まないように婉曲表現するのが難しいからアナを例にして語る

 「マントは、相手に触れるのに使えるらしい」

 「あんしん」

 心配していた訳でもないだろう、表情を変えずに、耳だけぴくりと跳ねさせて少女は告げた

 

 「ボクは……宣戦布告にきた」

 「宣戦布告」

 「だから、皇子。一仕事終えたら、この体を……破壊して」

 ぽつりと呟かれる言葉に、いやいやと突っ込む

 

 「それで良いのかよ」

 「良い。元々この体は壊されるとボクの死霊三体を解き放つようにしてある。壊れる事前提」

 まあ、耐久性無さそうで自然に崩壊しそうだしな

 「だから、壊されて良い。でも、皇子以外に触れられて滅茶苦茶にされるのは、何かやだ」

 ……言い方が酷くないかアルヴィナ?

 

 「だから、皇子。精一杯"ア"レに"似"た存在の名を呼んで、敵意たっぷりに壊して欲しい」

 淡々と告げられる言葉。けれども、揺れる瞳と耳はどことなく不安げで

 

 「……分かった。おれもアルヴィナを手にかけるなんて、例え必要でもあまりやりたくはないけれど、覚悟を決める」

 「んっ」

 満足げに目が細まる

 

 「でも、お前は……」

 「大丈夫。そうでなければ、宣戦布告なんてしない

 不意、うつ」

 「そう、だよな」

 「それに、壊すと次が湧く事も言わない」

 そりゃそうだ。被害を止められるように、わざわざこれから此処で暴れさせると告げてくれているのだから

 

 魔神王を裏切ってないように見せつつ、おれ達をさりげなく助けてくれている

 「だから、皇子

 次に会うのは、決戦の場。屍の皇女による、死霊の葬列の刻

 忘れないで。必ずボクを……拐いに来て」

 「ああ、分かってるさアルヴィナ」

 そのヴェールの頭をくしゃくしゃと撫でて、おれは頷く

 

 「……直さないと、宣戦布告、無理」

 あ、悪い

 

 だがそんなおれは気にせずに少女はしっかりとヴェールを被り顔を隠し直すと、少し地面から浮き上がり……

 「行ってくる。少ししたら悪い狼を止めに来て、ボクの怪盗で、ヒーロー」

 そのまま、大講堂の中に消えていった


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